魔王ちゃんの恩返し~さきほど助けていただいた、あなたの妻です~

今井三太郎/マライヤ・ムー

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第一章「あなたの妻です」

第十五話「回復術師サンティ」

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 安宿の窓から、日が差し込む。
 少し横になってみたものの、フィンは結局仮眠をとることさえできなかった。

 体は疲れ切っているのに、頭はいやにえている。

「行きたくねえなあ……」

 フィンは毛布を敷いた床に寝っ転がって、天井を眺めながら呟いた。

「どこへですか?」
「行きたくなかったら来なくていいぞ」
「旦那さま、質問の答えになってません!」

 クレイはベッドの上で、うんと伸びをして朝陽を浴びている。

「教会に行く」

 フィンは立ち上がって毛布を片付けた。
 しばらく考えてから、クレイはポンと手を叩く。

「ああ! あの、まっしゅぽてとの!」
「……その教会だよ」

 傷の治療を受けながら必死に命乞いをしていたベイブ。
 あのときベイブは、サンティの名前を口にした。


『それがあの女の……サンティの趣味なんだよぉ!』
『男をいじめ倒して、そいつを助けるフリをして、それから……それからぶっ殺すのが!!』


「………………」

 まさかそんなわけが、とフィンは思う。
 パーティーの中で、唯一自分に優しくしてくれていたのがサンティなのだ。


“冒険者殺し”


 そんな言葉が不意に頭に浮かび、フィンは頭を振った。

 絶対に、ありえない。
 ベイブが吐いた苦しまぎれのたわごとだ――しかし。

「確かめないってのも、気持ちが悪いな」
「旦那さま、ひとりごとばっかりです!」
「悪い悪い。下に降りよう。マーガレットさんが飯を作ってくれることになってるからな」

 1階に降りると、相変わらず筋骨隆々の女主人マーガレットが、食事を用意していた。
 皿の上にたっぷりの燻製くんせい肉と、目玉焼きが積みあがっている。

「アンタも、これでしっかり体をきたえな!」
「さすがにこの量は……」
「なんだい? うら若き乙女の手料理が食えないってのかい! あたしゃこれでも75だよ!」

 さすがにこれを全部自分の腹に詰め込んだら破裂してしまうので、いくらかこっそりクレイにも食べてもらった。

「ごちそうさまでしたー!」

 クレイは元気な声で、マーガレットにお礼を言う。

「教会で食べたまっしゅぽてとより美味しかったです!」
「当たり前さ! これから食事は毎回出してやるからね! 覚悟しな!」

 そう言ってマーガレットは、バチンと上腕二頭筋を叩いた。

「さすがに胃もたれしますよおば……、マーガレットさん……」
「平気ですよ旦那さま!」

 クレイも、自分のお腹をぽんっと叩いてみせた。

「そりゃ君は平気かもしれないけど……」

 引き締まったお腹の、どこにあれだけのものが収まるのかがさっぱりわからない。
 クレイはマーガレットと並んで、細い腕で力こぶを作ってみせた。


 ――こんなふうに、いつまでもバカ話をしていたいが、そうもいかない。


 フィンは思い切って、イスから立ち上がった。

「さて……行くか」
「気をつけて行ってきな!」
「ありがとうございますマーガレットさん。行ってきます」

 ぐずぐずしていても仕方ない。
 サンティと話をしなければならない。

 会って、話すだけだ。
 ただ一言、否定してもらえればそれでいい。



 朝は冒険者たちがクエストを受ける時間帯だ。
 リーンベイルの街は活気で満ちている。

 人の流れに逆らって、フィンとクレイは教会へと向かった。
 辿り着くと、今回は裏口ではなく、正門から入っていく。

「おはようございます」

 受付で、老いた修道女に声をかけられた。

告解こっかいでしょうか? 神父さまはただいま出払っておいででして……」
「いえ、そうではなく……サンティに会いにきました」

 そう言うと、修道女は目尻のシワを深くして微笑ほほえんだ。

「あら、彼女とギルドへですか?」
「そうではなく……お話したいことがあるんです」

 修道女としばらく話をする。
 彼女は修道長だということだった。

「では、応接室にご案内いたしますね」

 応接室は、清潔ながらも質素な部屋だった。
 壁にかかったセピア色の宗教画が、部屋を品よく見せている。

「しばらくお待ちください……サンティを呼んできますので」

 フィンとクレイはイスに座って、サンティを待った。
 しばらくすると、修道長がドアを開く。

 部屋に入ってきたサンティは、いつもと変わらぬほがらかな笑顔を浮かべていた。


「おはようございます、フィンさん」


 サンティは手にティーセットを持っていた。
 修道長が部屋の外から、そっとドアを閉める。

「今日あたり、クエストに呼ばれるのかと思っていたのですけれど」
「そういうわけにも、いかなくなった」

 ロンゴ、レレパスは逮捕されたし、ベイブは――。
 パーティーは実質、解散したようなものだ。

 サンティがどこまで知っているかは、わからない。

「しかし、私に会うためだけに教会にお越しになるなんて、珍しいですね」

 そう言って、サンティはカップに紅茶を注ぐ。
 優しい香りが、部屋を満たした。

「……昨夜ゆうべ、ベイブに会った」
「そうですか。なにかお話でも?」
「ずいぶんな話を聞いたよ」

 ティーカップが、フィンとクレイの前に差し出される。
 鼻腔びこうをくすぐる――香り。
 クレイがカップを手に取ろうとした。


 そのとき。


「飲むんじゃない」
「へ?」

 クレイはぽかんとしている。

「飲んじゃいけない。カップを置くんだ」
「はい……」

 素直に、カップはソーサーに収まった。

「ヤケドしてはいけませんものね」

 イスに腰かけながら、サンティが微笑む。


 その微笑みの奥にある真実を――フィンは確信した。


 フィンはじっと、手元の紅茶を見ながら口を開く。

「ケファ草をして乾燥させると、草の表面から水溶性の結晶が得られる」

 そう言って、ティーカップを持ち上げた。

「眠れない病気の者に、よく効く薬だ。だが悪い人間が使うこともある」

 わずかに目を見開いたサンティの目を、フィンはまっすぐ見た。

「独特の甘い香り……紅茶にまぎれさせたつもりだろうが、俺にはわかるんだ」

 優れた狩人は、数多の薬草に通じている。
 だから気づいた。


 ――気づいて、しまったのだ。


「……君がその悪い人間でないことを、願っていたよ」


 そうしてフィンは、ティーカップの中身を床にまいた。
 大きく立った湯気が、ステンドグラスから差し込む虹色の光に照らされる。


「“冒険者殺し”……君が、そうなんだな」


 それを聞くと、サンティは悲しげに微笑んだ。
 そして、フィンと同じように、紅茶を床にそそいだ。


直接・・そう呼ばれたのは、今日がはじめてです」


 サンティの穏やかな声は。
 いつもフィンを支えてくれていたサンティのものと、なんら変わらない。


「そこの小娘が元気そうにしているのを見て、覚悟はしていました。ベイブは失敗したのですね」
「君の差し金、ということで間違いないな」
「ええ」

 あっさりと答えるサンティ。
 フィンは深くため息をついた。



 こんなことは、知りたくもなかった。



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