本所深川幕末事件帖ー異国もあやかしもなんでもござれ!ー

鋼雅 暁

文字の大きさ
36 / 56
怪鳥奮闘記

5

しおりを挟む
 そのころ、朝顔長屋の二人は眼をまん丸にしていた。
「……こ、これは……」
「こんな菓子の山……」
「見たことねぇぞ……」
「うむ」

 英次郎が、躊躇うことなく山から餡ののった串団子をとり、二人に二本ずつ手渡した。
「一度に二本も?」
「さ、二人とも早く食べねばすべてが親分の腹におさまるぞ!」
「お侍、そんなまさか」
「見よ、親分の手と口が高速で動いておる」
 一瞬ぽかんとした二人が親分につられて団子を食べ始める。
「うまい!」
「団子屋顔負けの美味さ」
 喜一が嬉しそうに、二人の皿に茶色がかった丸い餅を置いた。
「これが、けさいな餅でござい」
「あっ、南蛮菓子か? 甘いぞ」
「けさいな餅ってぇなんだ?」
 それはな、と、親分が言う。
「お絹さまが貸して下された製菓書に載っていた菓子で、お絹さまももとの料理が何かは知らぬと仰せであったため、カピタンたちに聞いてみたところ、調べてくれたぞ」
 かぴたん? と、朝顔長屋の二人が首をかしげるので、英次郎が、
「長崎から来ておる阿蘭陀オランダ商館長のことだな」
 と、さらりと説明する。
「元は葡萄牙ポルトガル国のチーズなるものを使用した食べ物であるらしい。我が国に伝来以降、チーズの代わりに南瓜を煮たものを餡として使い、小麦粉でこしらえた皮でくるんである」
 親分の口から飛び出す横文字に、大工と棒手振り二人の目が白黒する。いくら黒船が来た、開国だ攘夷だと騒がれていても、彼らの与り知らぬところでの話なのである。
「親分、あっしはここで失礼しやす。鍋の具合が気になりやす」
「ご苦労であるな、喜一」
 喜一が下がり、太一郎が簡単に異国の話を聞かせる。
 甘味をたっぷり食べ、人肌にあたためられたお茶を飲み、異国に思いを馳せ、ようやく二人の顔に色が戻ってきた。呼吸も落ち着いてきたことを確認した英次郎が、小さく親分に頷いて見せる。
「喜一、おるか」
「へぇ」
「皿を下げてくれ。うまかったぞ」
 部屋に入るなり見事に空になった皿を、喜一が複雑怪奇な顔で見つめる。食べてもらえてうれしい反面、これの粗方が親分の腹へおさまったのかと思うと親分の身体が心配になってくるのである。
「喜一。あとでそれがしが、ちと、素振りに付き合うゆえ」
 喜一が英次郎に対して深々と頭を下げて退室していった。
 
「で、二人に改めて聞きたい。日本橋で何があったのか」

 へぇ、と、大工の熊八が頷いた。
「ついさっきのことなんですけどね、あっしら日本橋を渡っていたら、ごおっとすごい風に吹かれやしてね。目を開けていられないほどで。その後、あっしらの前を歩いていた新吉と豆蔵が立て続けに倒れたんで、どうしたのかと思って駆け寄ったら胸に大きな穴があいていて、背中まで破れていたんで……」
「……それは……惨い最期であったな……」
 親分が悲しそうな顔をした。のっそりと立ち上がり、文机や棚を漁っている。
「で、誰が新吉と豆蔵の命を奪ったのだ?」
 と、英次郎が訪ねる。
「それが……化けものの鳥なんで……」
 と、棒手振りの五郎蔵が身を乗り出した。
「鳥? 鳥とは、空を飛ぶあれか?」
「お侍、それ以外に鳥がいるかってんだ!」
「す、すまぬ……」
「両方の翼を広げたら、日本橋がいっぱいになるくらいに大きい鳥ですぜ」
「しかも赤いくちばしが異常に尖っていて……あれでぐさりと……。ひと二人が……一瞬で事切れたって具合でさ。ありゃ逃げようったって無理、助からねぇ……」
 その時の様子を思い出したのか、五郎蔵も熊八も黙りこくってしまった。が、五郎蔵が茶を飲んで話を続ける。

「それだけじゃねぇんで……。その化け鳥は、二人の死体をまとめて掴んで持ち去ったんで……」

 え? と、英次郎も太一郎も動きを止めて五郎蔵をみた。
「鳥が、二人をどこぞへはこんだのか?」
「へぇ」
 そんな話は今まで聞いたことがない。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

【完結】『からくり長屋の事件帖 ~変わり発明家甚兵衛と江戸人情お助け娘お絹~』

月影 朔
歴史・時代
江戸の長屋から、奇妙な事件を解き明かす! 発明家と世話焼き娘の、笑えて泣ける人情捕物帖! 江戸、とある長屋に暮らすは、風変わりな男。 名を平賀甚兵衛。元武士だが堅苦しさを嫌い、町の発明家として奇妙なからくり作りに没頭している。作る道具は役立たずでも、彼の頭脳と観察眼は超一流。人付き合いは苦手だが、困った人は放っておけない不器用な男だ。 そんな甚兵衛の世話を焼くのは、隣に住む快活娘のお絹。仕立て屋で働き、誰からも好かれる彼女は、甚兵衛の才能を信じ、持ち前の明るさと人脈で町の様々な情報を集めてくる。 この凸凹コンビが立ち向かうのは、岡っ引きも首をひねる不可思議な事件の数々。盗まれた品が奇妙に戻る、摩訶不思議な悪戯が横行する…。甚兵衛はからくり知識と観察眼で、お絹は人情と情報網で、難事件の謎を解き明かしていく! これは、痛快な謎解きでありながら、不器用な二人や長屋の人々の温かい交流、そして甚兵衛の隠された過去が織りなす人間ドラマの物語。 時には、発明品が意外な鍵となることも…? 笑いあり、涙あり、そして江戸を揺るがす大事件の予感も――。 からくり長屋で巻き起こる、江戸情緒あふれる事件帖、開幕!

【完結】ふたつ星、輝いて 〜あやし兄弟と町娘の江戸捕物抄〜

上杉
歴史・時代
■歴史小説大賞奨励賞受賞しました!■ おりんは江戸のとある武家屋敷で下女として働く14歳の少女。ある日、突然屋敷で母の急死を告げられ、自分が花街へ売られることを知った彼女はその場から逃げだした。 母は殺されたのかもしれない――そんな絶望のどん底にいたおりんに声をかけたのは、奉行所で同心として働く有島惣次郎だった。 今も刺客の手が迫る彼女を守るため、彼の屋敷で住み込みで働くことが決まる。そこで彼の兄――有島清之進とともに生活を始めるのだが、病弱という噂とはかけ離れた腕っぷしのよさに、おりんは驚きを隠せない。 そうしてともに生活しながら少しづつ心を開いていった――その矢先のことだった。 母の命を奪った犯人が発覚すると同時に、何故か兄清之進に凶刃が迫り――。 とある秘密を抱えた兄弟と町娘おりんの紡ぐ江戸捕物抄です!お楽しみください! ※フィクションです。 ※周辺の歴史事件などは、史実を踏んでいます。 皆さまご評価頂きありがとうございました。大変嬉しいです! 今後も精進してまいります!

【アラウコの叫び 】第1巻/16世紀の南米史

ヘロヘロデス
歴史・時代
【毎日07:20投稿】 1500年以降から300年に渡り繰り広げられた「アラウコ戦争」を題材にした物語です。 マプチェ族とスペイン勢力との激突だけでなく、 スペイン勢力内部での覇権争い、 そしてインカ帝国と複雑に様々な勢力が絡み合っていきます。 ※ 現地の友人からの情報や様々な文献を元に史実に基づいて描かれている部分もあれば、 フィクションも混在しています。 また動画制作などを視野に入れてる為、脚本として使いやすい様に、基本は会話形式で書いています。 HPでは人物紹介や年表等、最新話を先行公開しています。 公式HP:アラウコの叫び youtubeチャンネル名:ヘロヘロデス insta:herohero_agency tiktok:herohero_agency

半蔵門の守護者

裏耕記
歴史・時代
半蔵門。 江戸城の搦手門に当たる門の名称である。 由来は服部半蔵の屋敷が門の側に配されていた事による。 それは蔑まれてきた忍びへの無上の褒美。 しかし、時を経て忍びは大手門の番守に落ちぶれる。 既に忍びが忍びである必要性を失っていた。 忍家の次男坊として生まれ育った本田修二郎は、心形刀流の道場に通いながらも、発散できないジレンマを抱える。 彼は武士らしく生きたいという青臭い信条に突き動かされ、行動を起こしていく。 武士らしさとは何なのか、当人さえ、それを理解出来ずに藻掻き続ける日々。 奇しくも時は八代将軍吉宗の時代。 時代が変革の兆しを見せる頃である。 そしてこの時代に高い次元で忍術を維持していた存在、御庭番。 修二郎は、その御庭番に見出され、半蔵門の守護者になるべく奮闘する物語。 《連作短編となります。一話四~五万文字程度になります》

徒花

勇内一人
歴史・時代
咲いても実を結ばない花。人はそれを徒花と呼ぶ……ある夫婦の形。

【完結】『江戸めぐり ご馳走道中 ~お香と文吉の東海道味巡り~』

月影 朔
歴史・時代
読めばお腹が減る!食と人情の東海道味巡り、開幕! 自由を求め家を飛び出した、食い道楽で腕っぷし自慢の元武家娘・お香。 料理の知識は確かだが、とある事件で自信を失った気弱な元料理人・文吉。 正反対の二人が偶然出会い、共に旅を始めたのは、天下の街道・東海道! 行く先々の宿場町で二人が出会うのは、その土地ならではの絶品ご当地料理や豊かな食材、そして様々な悩みを抱えた人々。 料理を巡る親子喧嘩、失われた秘伝の味、食材に隠された秘密、旅人たちの些細な揉め事まで―― お香の持ち前の豪快な行動力と、文吉の豊富な食の知識、そして二人の「料理」の力が、人々の閉ざされた心を開き、事件を解決へと導いていきます。時にはお香の隠された剣の腕が炸裂することも…!? 読めば目の前に湯気立つ料理が見えるよう! 香りまで伝わるような鮮やかな料理描写、笑いと涙あふれる人情ドラマ、そして個性豊かなお香と文吉のやり取りに、ページをめくる手が止まらない! 旅の目的は美味しいものを食べること? それとも過去を乗り越えること? 二人の絆はどのように深まっていくのか。そして、それぞれが抱える過去の謎も、旅と共に少しずつ明らかになっていきます。 笑って泣けて、お腹が空く――新たな食時代劇ロードムービー、ここに開幕! さあ、お香と文吉と一緒に、舌と腹で東海道五十三次を旅しましょう!

夢幻の飛鳥2~うつし世の結びつき~

藍原 由麗
歴史・時代
稚沙と椋毘登の2人は、彼女の提案で歌垣に参加するため海石榴市を訪れる。 そしてその歌垣の後、2人で歩いていた時である。 椋毘登が稚沙に、彼が以前から時々見ていた不思議な夢の話をする。 その夢の中では、毎回見知らぬ一人の青年が現れ、自身に何かを訴えかけてくるとのこと。 だが椋毘登は稚沙に、このことは気にするなと言ってくる。 そして椋毘登が稚沙にそんな話をしている時である。2人の前に突然、蘇我のもう一人の実力者である境部臣摩理勢が現れた。 蘇我一族内での権力闘争や、仏教建立の行方。そして椋毘登が見た夢の真相とは? 大王に仕える女官の少女と、蘇我一族の青年のその後の物語…… 「夢幻の飛鳥~いにしえの記憶」の続編になる、日本和風ファンタジー! ※また前作同様に、話をスムーズに進める為、もう少し先の年代に近い生活感や、物を使用しております。 ※ 法興寺→飛鳥寺の名前に変更しました。両方とも同じ寺の名前です。

処理中です...