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【鏡の章:バラバラにされた海獣】
1「新たなる混沌をもたらす姉妹」
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自分の居場所は此処じゃないと、いつも思っていた。
あなたに賭ける哀しいケモノ。
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単身、自宅へと帰りついた二日前の夜から、ずっと不貞寝を続けている。
昨日も今日も学校には行かなかった。今日なんてどうせ終業式だけだし、明日からは冬休みだ。クリスマスや大晦日を控えた賑やかさ、今年を締め括ろうとする慌ただしさ、どれもいまの俺には耐えられそうにない。
〈つがいの館〉ではどのような対応を決めたのだろうか。まさか体面を気にして事件を隠匿しようなんては、さすがにあり得まい……隠し通せることでもないはずだ。被害者たちのうち、益美はともかく、他の面々はいちおうの社会生活を営んでいたのだから。
ならば、もうじき此処にも警察が来るだろう。両親が逮捕され、俺はこれからどうなるのだろうか。考えたくない。考えたくない……。
時刻が正午を回る。
頭も身体も鉛のようにだるいけれど、そろそろ眠りに入るのが難しくなっていた。眠り過ぎてしまったのだ。かと云って、起き上がる気力も湧かないし、起き上がったところですることもない。
そんなふうに腐っていると、インターホンが鳴った。
一度鳴り止んで、もう一度鳴らされて、また鳴り止んで、再び鳴らされる。
俺は這うように布団から抜け出して部屋を出て階段を下って……その間もインターホンは鳴らされ続け……モニターを見にリビングへ行くのもかえって面倒なので、廊下を進んでそのまま玄関に辿り着き、扉を開けた。
来訪者は真正面に立っていた。
「あ。君が茶花くんだね? 帰ってきてて良かったーって思ったけど、さては学校行ってないな? おはよーございます」
からかうような笑みを浮かべるこのお姉さんを、俺は知らない。明るい茶髪のボブカット。紺色のダッフルコートのポケットに両手を入れて、首を少し傾げている。
「あたしのこと聞いてる? 薊沙夜っていうんだけど」
「……もしかして、夕希の?」
「そう、姉です。愚妹が世話になってるみたいね」
姉がいるとは聞いていなかったが、苗字から推測した。しかし似てないな、と思う。夕希の特徴が丸顔と大きな目なのに対し、この人は瓜実顔で目が細い。夕希とは違う気さくさで、雰囲気は大人びている。
「何の用でしょう」
「それがさー、夕希が失踪しちゃったんだよ」
突拍子もない報せに面食らう俺の前で、沙夜はバックパックを漁って中から一枚の便箋を手に取った。「これ書き置き。何か知ってるんじゃないかなー、君」と云いながら突き出されたそれに、俺は目を走らせる。
『先輩へ。大好きな先輩へ。大好きな山野部茶花へ。
ボクは天から堕ち、バラバラにされた海獣。
先輩はきっと、このボクを拾い集めて、
拾い集めて、見つけてくれるでしょう。
薊夕希は大罪と同じ数だけ切り分けられたのです。
右腕は黄色の強欲。右脚は赤色の憤怒。
首は藍色の嫉妬。胸は紫色の色欲。腹は桃色の暴食。
左腕は緑色の傲慢。左脚は青色の怠惰。
嫉妬の蛇が髪となった首こそメドゥーサの首です。
ペルセウスはメドゥーサの首を持って、
アンドロメダを救いに来るでしょうか。
兄と妹が結ばれる聖なる夜に待っています。
先輩が大好きな、山野部茶花が大好きなボクより。』
夕希の書いた字は初めて見るけれど、不可解な文章がいかにも彼女らしい。
暗号……だろうか? 彼女は俺に宛ててこれを残し、失踪した?
「全然、知りません。でも夕希がやりそうなことだと思います……」
「そうね」沙夜は改めて便箋を突き出してくる。俺が仕方なくそれを受け取ると、当たり前のように云う。「夕希捜すの手伝ってもらうよ」
ああ……喪に服していることを理由に断れはしないだろうか。
「面倒な話だけどさー、世間様に迷惑掛けてるのを放っておくわけにもいかないでしょ? って云っても、その寝起きの様子じゃ落書き事件のこと知らないか」
「何ですか、それ」
「そこに書いてある七つの大罪だと思う。説明してあげるから、とりあえず家に上げてよ」
「……分かりました」
まあいい。ひとりでいても気が滅入るだけだ。夕希捜しはむしろ、束の間の現実逃避になってくれるかも知れない。
彼女を放っておけないのは俺も同じだし……。
自分の居場所は此処じゃないと、いつも思っていた。
あなたに賭ける哀しいケモノ。
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単身、自宅へと帰りついた二日前の夜から、ずっと不貞寝を続けている。
昨日も今日も学校には行かなかった。今日なんてどうせ終業式だけだし、明日からは冬休みだ。クリスマスや大晦日を控えた賑やかさ、今年を締め括ろうとする慌ただしさ、どれもいまの俺には耐えられそうにない。
〈つがいの館〉ではどのような対応を決めたのだろうか。まさか体面を気にして事件を隠匿しようなんては、さすがにあり得まい……隠し通せることでもないはずだ。被害者たちのうち、益美はともかく、他の面々はいちおうの社会生活を営んでいたのだから。
ならば、もうじき此処にも警察が来るだろう。両親が逮捕され、俺はこれからどうなるのだろうか。考えたくない。考えたくない……。
時刻が正午を回る。
頭も身体も鉛のようにだるいけれど、そろそろ眠りに入るのが難しくなっていた。眠り過ぎてしまったのだ。かと云って、起き上がる気力も湧かないし、起き上がったところですることもない。
そんなふうに腐っていると、インターホンが鳴った。
一度鳴り止んで、もう一度鳴らされて、また鳴り止んで、再び鳴らされる。
俺は這うように布団から抜け出して部屋を出て階段を下って……その間もインターホンは鳴らされ続け……モニターを見にリビングへ行くのもかえって面倒なので、廊下を進んでそのまま玄関に辿り着き、扉を開けた。
来訪者は真正面に立っていた。
「あ。君が茶花くんだね? 帰ってきてて良かったーって思ったけど、さては学校行ってないな? おはよーございます」
からかうような笑みを浮かべるこのお姉さんを、俺は知らない。明るい茶髪のボブカット。紺色のダッフルコートのポケットに両手を入れて、首を少し傾げている。
「あたしのこと聞いてる? 薊沙夜っていうんだけど」
「……もしかして、夕希の?」
「そう、姉です。愚妹が世話になってるみたいね」
姉がいるとは聞いていなかったが、苗字から推測した。しかし似てないな、と思う。夕希の特徴が丸顔と大きな目なのに対し、この人は瓜実顔で目が細い。夕希とは違う気さくさで、雰囲気は大人びている。
「何の用でしょう」
「それがさー、夕希が失踪しちゃったんだよ」
突拍子もない報せに面食らう俺の前で、沙夜はバックパックを漁って中から一枚の便箋を手に取った。「これ書き置き。何か知ってるんじゃないかなー、君」と云いながら突き出されたそれに、俺は目を走らせる。
『先輩へ。大好きな先輩へ。大好きな山野部茶花へ。
ボクは天から堕ち、バラバラにされた海獣。
先輩はきっと、このボクを拾い集めて、
拾い集めて、見つけてくれるでしょう。
薊夕希は大罪と同じ数だけ切り分けられたのです。
右腕は黄色の強欲。右脚は赤色の憤怒。
首は藍色の嫉妬。胸は紫色の色欲。腹は桃色の暴食。
左腕は緑色の傲慢。左脚は青色の怠惰。
嫉妬の蛇が髪となった首こそメドゥーサの首です。
ペルセウスはメドゥーサの首を持って、
アンドロメダを救いに来るでしょうか。
兄と妹が結ばれる聖なる夜に待っています。
先輩が大好きな、山野部茶花が大好きなボクより。』
夕希の書いた字は初めて見るけれど、不可解な文章がいかにも彼女らしい。
暗号……だろうか? 彼女は俺に宛ててこれを残し、失踪した?
「全然、知りません。でも夕希がやりそうなことだと思います……」
「そうね」沙夜は改めて便箋を突き出してくる。俺が仕方なくそれを受け取ると、当たり前のように云う。「夕希捜すの手伝ってもらうよ」
ああ……喪に服していることを理由に断れはしないだろうか。
「面倒な話だけどさー、世間様に迷惑掛けてるのを放っておくわけにもいかないでしょ? って云っても、その寝起きの様子じゃ落書き事件のこと知らないか」
「何ですか、それ」
「そこに書いてある七つの大罪だと思う。説明してあげるから、とりあえず家に上げてよ」
「……分かりました」
まあいい。ひとりでいても気が滅入るだけだ。夕希捜しはむしろ、束の間の現実逃避になってくれるかも知れない。
彼女を放っておけないのは俺も同じだし……。
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