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第一章
2.
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前任の付き人だったキムさんが退職し、後任が決まるまで一人暮らしという某国の王子にあってはならない事態だったけれど、何事もなくいつの間にか1ヶ月が経っていた。
携帯で動画を見ながら料理も作ったし、必要な物は通販サイトにアクセスして買い物すれば翌日には届く。洗濯は下着以外をクリーニングに出せばいいのだし、掃除はお掃除ロボットが稼動していた。
生まれた時から誰かが必ず側に控えていたので、完全に一人になって寂しい気もしたけれど、大学やアルバイトに行っていたらあっという間だった。
そして今日の昼休み。午後からはアルバイトに行くので、同級生と大学に併設されたカフェで軽食をとっていると、国際電話がかかってきた。何事かと思えば新しい付き人がこっちに入国したと言われ、めちゃくちゃ驚いた。
「え?誰が入国したって?は?」
同級生たちは午後の講義が始まるからと、軽く挨拶をしてカフェからいなくなっていた。電話の相手は、とにかくメールをご確認下さいと言って電話を切ってしまった。自分の付き人に無関心過ぎると怒られ、今年の補佐官人事府は王子に物申す気概があって素直に頼もしいなと思った。
久しぶりに開けた携帯のメールボックスには、広告の隙間に何通も未開封のメールがあった。そもそもこのメールボックスは付き人が開けて確認するもので、共有されているとはいえ僕が開け忘れていたとしても責めないで欲しい。
1ヶ月前から付き人候補選考会の資料らしき内容がばーっと続くので、途中でとても面倒になり、端折って直近のメールを開くと新人の履歴書が添付されていた。
" ジミル・マトック 22歳。僕より2歳上か…"
成績は初等部から高等部卒業まで首席。現在は首都の有名大学4年生。単位は取得済みで、最後の実習として僕の付き人になったらしい。推薦者は宰相。ということは、宰相の縁者なのだろう。
武道も舞踊も優秀だ。画素数の粗い短い動画の添付を見ると、立ち姿の美しい華奢な青年が映っていた。
マトック家は確か爵位持ちだ。これだけ優秀なら、もっと上の兄たち…せめて第3王子クラスの補佐官見習いになっても良さそうなのに、何故僕の所へ来たのだろう?
しかもこんな留学と称して異国まで来た僕の補佐官見習いなんて、将来性を考えたらまず選択しないだろうに。
顔を覚えようと履歴書の顔写真を拡大する。色白で頬がふっくらとした、可愛らしい顔だった。目は一重なのにぱっちりと切れ長で、唇は桜桃のように紅い。
「なんか…可愛いな?」
おい。男が可愛く見えてどうする。自分にツッコミを入れたものの、どうしたって可愛い。しかも、何処かで会ったような親しみを憶える。
「うん、うまくやれそう」
そんな好印象を持った彼とは、笑顔でよろしくお願いしますと挨拶したかった。それなのにアルバイトは延長、雪も降り始め家で待つようにと送ったメールへの返信もナシ。これは、何かあったのか?ちゃんと家の鍵を持っているのか?玄関の暗証番号は知っているのか?
そんな不安で頭の中をぐるぐるとさせ、徒歩で帰る家路を最後には走っていた。
辿り着いた家のドアの前に、スーツケースに凭れるようにしてうずくまる人影を見つけた時、心臓が寒さのせいではなく、凍りついた。いつからこうして待っていた?
「ジ、ジミルさん?!」
声をかけても反応がないので、揺り起こそうと触れた肩が小刻みに震えていた。
思わず掴んだ腕は細く、男とは思えない華奢な身体つきに何故かドキドキし、とにかく部屋の中へ暖かい所に連れていかなければと思った。
暗証番号を押して家の鍵を開け、彼の持ってきたスーツケースを玄関に押し込む。次に彼を抱き上げるが、軽くてびっくりしてしまう。身体が柔らかく首が仰け反り、パーカーのフードがはらりと外れた。確かに履歴書で確認した特長のある唇。魅力的だったその唇が今はすみれ色になっていて、肌の白さは尋常ではない。
こんな時なのに、彼の肌の美しさに数秒見惚れた。首筋の艶かしさなんて、匂い立つ色香に惑わされるようだった。
……こんな気持ちは初めてだ。写真で見た時よりも、数倍可愛く見える!
そう、僕は一目で心を奪われてしまった。
もしかしてこれが!
俗に言う『一目惚れ』?!
携帯で動画を見ながら料理も作ったし、必要な物は通販サイトにアクセスして買い物すれば翌日には届く。洗濯は下着以外をクリーニングに出せばいいのだし、掃除はお掃除ロボットが稼動していた。
生まれた時から誰かが必ず側に控えていたので、完全に一人になって寂しい気もしたけれど、大学やアルバイトに行っていたらあっという間だった。
そして今日の昼休み。午後からはアルバイトに行くので、同級生と大学に併設されたカフェで軽食をとっていると、国際電話がかかってきた。何事かと思えば新しい付き人がこっちに入国したと言われ、めちゃくちゃ驚いた。
「え?誰が入国したって?は?」
同級生たちは午後の講義が始まるからと、軽く挨拶をしてカフェからいなくなっていた。電話の相手は、とにかくメールをご確認下さいと言って電話を切ってしまった。自分の付き人に無関心過ぎると怒られ、今年の補佐官人事府は王子に物申す気概があって素直に頼もしいなと思った。
久しぶりに開けた携帯のメールボックスには、広告の隙間に何通も未開封のメールがあった。そもそもこのメールボックスは付き人が開けて確認するもので、共有されているとはいえ僕が開け忘れていたとしても責めないで欲しい。
1ヶ月前から付き人候補選考会の資料らしき内容がばーっと続くので、途中でとても面倒になり、端折って直近のメールを開くと新人の履歴書が添付されていた。
" ジミル・マトック 22歳。僕より2歳上か…"
成績は初等部から高等部卒業まで首席。現在は首都の有名大学4年生。単位は取得済みで、最後の実習として僕の付き人になったらしい。推薦者は宰相。ということは、宰相の縁者なのだろう。
武道も舞踊も優秀だ。画素数の粗い短い動画の添付を見ると、立ち姿の美しい華奢な青年が映っていた。
マトック家は確か爵位持ちだ。これだけ優秀なら、もっと上の兄たち…せめて第3王子クラスの補佐官見習いになっても良さそうなのに、何故僕の所へ来たのだろう?
しかもこんな留学と称して異国まで来た僕の補佐官見習いなんて、将来性を考えたらまず選択しないだろうに。
顔を覚えようと履歴書の顔写真を拡大する。色白で頬がふっくらとした、可愛らしい顔だった。目は一重なのにぱっちりと切れ長で、唇は桜桃のように紅い。
「なんか…可愛いな?」
おい。男が可愛く見えてどうする。自分にツッコミを入れたものの、どうしたって可愛い。しかも、何処かで会ったような親しみを憶える。
「うん、うまくやれそう」
そんな好印象を持った彼とは、笑顔でよろしくお願いしますと挨拶したかった。それなのにアルバイトは延長、雪も降り始め家で待つようにと送ったメールへの返信もナシ。これは、何かあったのか?ちゃんと家の鍵を持っているのか?玄関の暗証番号は知っているのか?
そんな不安で頭の中をぐるぐるとさせ、徒歩で帰る家路を最後には走っていた。
辿り着いた家のドアの前に、スーツケースに凭れるようにしてうずくまる人影を見つけた時、心臓が寒さのせいではなく、凍りついた。いつからこうして待っていた?
「ジ、ジミルさん?!」
声をかけても反応がないので、揺り起こそうと触れた肩が小刻みに震えていた。
思わず掴んだ腕は細く、男とは思えない華奢な身体つきに何故かドキドキし、とにかく部屋の中へ暖かい所に連れていかなければと思った。
暗証番号を押して家の鍵を開け、彼の持ってきたスーツケースを玄関に押し込む。次に彼を抱き上げるが、軽くてびっくりしてしまう。身体が柔らかく首が仰け反り、パーカーのフードがはらりと外れた。確かに履歴書で確認した特長のある唇。魅力的だったその唇が今はすみれ色になっていて、肌の白さは尋常ではない。
こんな時なのに、彼の肌の美しさに数秒見惚れた。首筋の艶かしさなんて、匂い立つ色香に惑わされるようだった。
……こんな気持ちは初めてだ。写真で見た時よりも、数倍可愛く見える!
そう、僕は一目で心を奪われてしまった。
もしかしてこれが!
俗に言う『一目惚れ』?!
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