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第3話 霧中の亡霊トンネル
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私たちは、周囲を警戒しながらゆっくりとトンネルへと入っていった。
霧は濃いけど頭上の照明灯は意外と明るいため、ふたりを見失うことはないが、私は必死に倉橋さんにくっついて歩く。
しばらく進んだところで、突然安藤さんが立ち止まった。
「ん?」
「どうしました、安藤さん」
「コウちゃん、あれ見えるかい?」
前方に目をこらすと、霧の中に何やらぼんやりとした影が見えた。
その影は、次第にその輪郭をあらわにして行く。
中央に並んだ3体の影。それが真っ赤な甲冑を纏った武士の姿と認識できるまで、さほど時間はかからなかった。
「ひええええ!!」
思わず叫び声をあげると、それはトンネル内で反響し、より不気味な音となってぼわんぼわんと響き渡る。
いやいや、自分の声が恐怖だ。
倉橋さんは私の前に出ると、手に持った木刀を下段に構えた。
「下がっていて」
今や、甲冑武士の姿は明瞭に見えていた。
角が生えた兜にマスクのようなお面、そして鎧。全てが赤色で統一されている。
刀を腰に差したまま、全員黙って腕組みをしていた。
ついに亡霊がその姿を現したのだ。
倉橋さんが武士たちに向かって、穏やかな口調で話しかける。
「あなたがたは真田軍ですね。鹿の角の形をした前立て(兜の角)を見る限り」
返事はないが、倉橋さんは続けた。
「信濃国を本拠地とする真田の武士が、なぜ鎌倉に現れるのでしょう」
武士達は微動だにせず、面の奥から私たちを睨みつけているように見えた。
ああ、恐怖で頭がくらくらする。
倉橋さんは強烈な眼光を放つと、突然声を張り上げた。
「ここはあなたがたの土地ではないっ! 去らぬのであれば、私とお手合わせ願おう!」
そう言うと、刀をゆっくりと振りかざす。その体からは強い殺気を感じた。
えっ、えっ。倉橋さん、亡霊と戦う気!?
武士たちは無言のまま、ふたたび深い霧の中へとその姿を消して行く。
だが構うことなく、刀を携えた倉橋さんは、そのまま早足に武士へと向かっていった。
やがて、倉橋さんの姿も霧に隠れて見えなくなってしまう。
「倉橋さん!」
安藤さんとふたりで取り残され、不安な気持ちで霧に向かって呼びかけてみるが返事はない。
いきなり亡霊に戦いを挑むなんて、倉橋さんどうしちゃったんだろう……。
「コウちゃん、意外と無鉄砲なところがあるからなあ」
安藤さんは、呆れ顔で頭を掻いている。
「まあ、しばらく様子をみるか」
「そんな悠長なこと言ってる場合ですかっ。このまま、倉橋さんが戻らなかったらどうするんですかっ!」
亡霊達に、やられてしまったのかもしれない。
あっちの世界へ連れさられてしまう可能性だってある。
ああ、どうしよう。気が焦る。
「私たちも後を追いましょう!」
「まあまあ、心配しなくても大丈夫。じきに戻ってくるって。あっ、ほれ」
安藤さんが顎をしゃくるほうを見やると、霧の中からふっと倉橋さんがその姿を現した。
「倉橋さん! 大丈夫ですか!!」
倉橋さんは私を見ると、いつものほがらかな笑みを浮かべた。
先ほど一瞬見せた強い殺気はすっかり消えている。
「ああ、ごめんね。心配かけて」
「急にどうしちゃったんですか! 倉橋さんらしくないですよ!」
倉橋さんはぼさぼさの頭を掻きながら首を落とし、困った表情をする。
「逢沢さんにはまずいところ見られちゃったな。でも、ああいった輩は許せなくてね」
「ああいった輩……?」
「うん。逢沢さんはさっきの武士を見て、霊気を感じたかい?」
そういえば……。
確かに甲冑武士の姿を見て怖かったけど、前にガマガエルのあやかしを見た時のような奇妙な感覚はなかったような気がする。
「その表情からすると、霊気は感じなかったんだね。やはり、思った通りだ」
「えっ、どういうことですか?」
「奴らは消えてしまったけど、これを落として行ったよ」
倉橋さんは手に持ったそれを、私に差し出した。
模様が入ったぺらぺらの赤い板のようなもので、甲冑の一部みたいだ。
「草摺(くさずり)と言って、胴裾の垂れなんだ。精巧にできているけど、これはプラスチックだよ」
「プラスチック、ですか?」
「うん、偽物ってこと。奴らは亡霊なんかじゃない。甲冑を纏った人間さ」
「はあっ!?」
私の呆けた表情を見て、安藤さんがにやりと笑った。
「つまり、どこぞの輩が、トンネルの亡霊伝説に乗っかってイタズラしてたってわけだ」
「ちょ、ちょっと待ってください。おふたりは最初っからわかってたんですか!?」
「まあね。だってさあ、甲冑が照明灯の光に反射してるんだもん。実体がなきゃ、そんなことはありえないだろ?」
倉橋さんも同意するように頷いた。
「偽物だって気がついたから、強く出てみたんだ。追っかけたら、すぐに逃げて行ったよ」
「そうだったんですか……」
なんだかひたすら怯えていた自分が、今となってはみっともなく思える。
「さてと、帰るとするか」
安藤さんはトンネルの出口に向かって歩き出しながら、独り言のように呟いた。
「まあ、犯人が誰かはこの際置いておくとして、これでもう現れなきゃいいんだがな」
霧は濃いけど頭上の照明灯は意外と明るいため、ふたりを見失うことはないが、私は必死に倉橋さんにくっついて歩く。
しばらく進んだところで、突然安藤さんが立ち止まった。
「ん?」
「どうしました、安藤さん」
「コウちゃん、あれ見えるかい?」
前方に目をこらすと、霧の中に何やらぼんやりとした影が見えた。
その影は、次第にその輪郭をあらわにして行く。
中央に並んだ3体の影。それが真っ赤な甲冑を纏った武士の姿と認識できるまで、さほど時間はかからなかった。
「ひええええ!!」
思わず叫び声をあげると、それはトンネル内で反響し、より不気味な音となってぼわんぼわんと響き渡る。
いやいや、自分の声が恐怖だ。
倉橋さんは私の前に出ると、手に持った木刀を下段に構えた。
「下がっていて」
今や、甲冑武士の姿は明瞭に見えていた。
角が生えた兜にマスクのようなお面、そして鎧。全てが赤色で統一されている。
刀を腰に差したまま、全員黙って腕組みをしていた。
ついに亡霊がその姿を現したのだ。
倉橋さんが武士たちに向かって、穏やかな口調で話しかける。
「あなたがたは真田軍ですね。鹿の角の形をした前立て(兜の角)を見る限り」
返事はないが、倉橋さんは続けた。
「信濃国を本拠地とする真田の武士が、なぜ鎌倉に現れるのでしょう」
武士達は微動だにせず、面の奥から私たちを睨みつけているように見えた。
ああ、恐怖で頭がくらくらする。
倉橋さんは強烈な眼光を放つと、突然声を張り上げた。
「ここはあなたがたの土地ではないっ! 去らぬのであれば、私とお手合わせ願おう!」
そう言うと、刀をゆっくりと振りかざす。その体からは強い殺気を感じた。
えっ、えっ。倉橋さん、亡霊と戦う気!?
武士たちは無言のまま、ふたたび深い霧の中へとその姿を消して行く。
だが構うことなく、刀を携えた倉橋さんは、そのまま早足に武士へと向かっていった。
やがて、倉橋さんの姿も霧に隠れて見えなくなってしまう。
「倉橋さん!」
安藤さんとふたりで取り残され、不安な気持ちで霧に向かって呼びかけてみるが返事はない。
いきなり亡霊に戦いを挑むなんて、倉橋さんどうしちゃったんだろう……。
「コウちゃん、意外と無鉄砲なところがあるからなあ」
安藤さんは、呆れ顔で頭を掻いている。
「まあ、しばらく様子をみるか」
「そんな悠長なこと言ってる場合ですかっ。このまま、倉橋さんが戻らなかったらどうするんですかっ!」
亡霊達に、やられてしまったのかもしれない。
あっちの世界へ連れさられてしまう可能性だってある。
ああ、どうしよう。気が焦る。
「私たちも後を追いましょう!」
「まあまあ、心配しなくても大丈夫。じきに戻ってくるって。あっ、ほれ」
安藤さんが顎をしゃくるほうを見やると、霧の中からふっと倉橋さんがその姿を現した。
「倉橋さん! 大丈夫ですか!!」
倉橋さんは私を見ると、いつものほがらかな笑みを浮かべた。
先ほど一瞬見せた強い殺気はすっかり消えている。
「ああ、ごめんね。心配かけて」
「急にどうしちゃったんですか! 倉橋さんらしくないですよ!」
倉橋さんはぼさぼさの頭を掻きながら首を落とし、困った表情をする。
「逢沢さんにはまずいところ見られちゃったな。でも、ああいった輩は許せなくてね」
「ああいった輩……?」
「うん。逢沢さんはさっきの武士を見て、霊気を感じたかい?」
そういえば……。
確かに甲冑武士の姿を見て怖かったけど、前にガマガエルのあやかしを見た時のような奇妙な感覚はなかったような気がする。
「その表情からすると、霊気は感じなかったんだね。やはり、思った通りだ」
「えっ、どういうことですか?」
「奴らは消えてしまったけど、これを落として行ったよ」
倉橋さんは手に持ったそれを、私に差し出した。
模様が入ったぺらぺらの赤い板のようなもので、甲冑の一部みたいだ。
「草摺(くさずり)と言って、胴裾の垂れなんだ。精巧にできているけど、これはプラスチックだよ」
「プラスチック、ですか?」
「うん、偽物ってこと。奴らは亡霊なんかじゃない。甲冑を纏った人間さ」
「はあっ!?」
私の呆けた表情を見て、安藤さんがにやりと笑った。
「つまり、どこぞの輩が、トンネルの亡霊伝説に乗っかってイタズラしてたってわけだ」
「ちょ、ちょっと待ってください。おふたりは最初っからわかってたんですか!?」
「まあね。だってさあ、甲冑が照明灯の光に反射してるんだもん。実体がなきゃ、そんなことはありえないだろ?」
倉橋さんも同意するように頷いた。
「偽物だって気がついたから、強く出てみたんだ。追っかけたら、すぐに逃げて行ったよ」
「そうだったんですか……」
なんだかひたすら怯えていた自分が、今となってはみっともなく思える。
「さてと、帰るとするか」
安藤さんはトンネルの出口に向かって歩き出しながら、独り言のように呟いた。
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