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異世界への転生
盟主の大陸と、封印牢の対話
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それから二週間が経った。
未だライザルドは牢の結界の中に封じられていた。
身体は半透明の霊体――触れることも、触れられることもない。
しかしその意識は冴えわたり、常人よりも深く鋭く、そして静かに世界を見つめていた。
その間、牢には一人の若き王が、頻繁に姿を見せていた。
セリオス王国第八代国王、アレクシオン・セリオス八世。
二十代半ば。理知的な瞳に穏やかな物腰、そして気品と威厳を併せ持つ青年王。
この日もまた、王は騎士の護衛も連れずに独り、封印牢へと足を運んでいた。
「またお越しくだされたか、アレクシオン陛下。ご多忙であろうに……恐縮でございますな」
ライザルドの声は、深く落ち着いた響きを持つ。
その口調には、老練な者ならではの敬意と皮肉が滲む。
「いいえ、ライザルド殿。あなたのような存在が現れたことこそ、私にとって最も重要な問題です」
「ほほ……若いながら、よく気の利いたことを仰る。陛下のお言葉、胸に沁み入りますわい」
冗談めいた言葉に、王はかすかに笑みを浮かべる。
ライザルドは霊の姿でありながら、確かに“人”だった。言葉に知性があり、礼に深さがあった。
そして十日を越えた頃、王はようやくこの世界の真実を語り始めた。
「ライザルド殿、あなたが現れたこの地は、《エルディア大陸》と呼ばれる世界の六大陸のひとつです。
この大陸には、現在十二の独立した国家が存在しております」
「ほほう……十二国、とな。ずいぶんと多彩な顔ぶれでございましょうな」
「はい。それぞれが異なる特色を持ち、例えば“武”を誇る【ノルザン軍政帝国】、“魔術”に特化した【アル=マゼラ魔導国】、そして学術と技術の先進国【サヴァルタ連邦学術国】などがございます」
「なるほど、役割が分かれておる……まるで、相互に依存するような仕組みに見えますな」
ライザルドは腕を組み、うなずく。王は静かに頷き返し、語りを続けた。
「今から397年前――十二国は大戦を終結させ、以後は同盟関係を維持しつつ、4年に一度、《大陸祭典》と呼ばれる祭りを開くようになりました」
「祭り、でございますか。名は楽しげじゃが、裏に何か仕掛けがあると見えますな」
「さすがです。大陸祭典はただの催しではなく、十二国が《盟主》を決めるための競技でもあります」
「ほう……覇を競う、平和の名を借りた闘争。興味深い構図ですな」
王は魔法で空中に図を浮かべる。
「祭典では、武力、知力、そして“団結力”を競う競技――つまり、スポーツも含めた複合戦です。
その3つの部門で得点を競い、総合得点一位の国が、四年間の《盟主国》として、大陸内での政策主導権や貿易優遇を得ます」
「ほほぅ……理に適う仕組みですな。表向きの平和の裏に、争う場所を一箇所に集めたと。よう考えられておる」
「そして、次の祭典は三年後。記念すべき、第百回を迎えます」
「百回……さぞかし盛り上がることでしょうな」
少し沈黙が流れた後、ライザルドが問う。
「陛下の御国、セリオスは、その中でいかほどの位置におるのでございましょうか」
アレクシオンはわずかに視線を落とし、そして正面をまっすぐに見据えた。
「……十二位。最下位です」
言い訳も虚飾もなかった。真実だけを告げる王の姿に、ライザルドはしばし目を細める。
「……ふむ。最下位とは……」
「我がセリオス王国は、軍事、魔術、経済、あらゆる分野で後れを取っております。
ここ100年近く、十二国中十二位を維持し続けております」
苦笑すら浮かべず、ただ静かに語る王。
「……陛下のようなお方が治めておられる国が、最下位とは……世の中、ままならぬものでございますな」
そして、ライザルドは結界の中から、やや身を乗り出すようにして言った。
「陛下。ひとつ、お尋ねしてよろしゅうございますか」
「何でしょう?」
「その祭典――セリオスの栄誉のために、わしのような得体の知れぬ者を、利用なさるおつもりで?」
アレクシオンは、すぐに首を振った。
「いいえ。あなたがこの地に現れた理由を、私はただ……“知りたい”のです。
そのうえで、もし――我が国の未来に光を与えていただけるのなら、それは奇跡に等しい」
その言葉に、ライザルドはしばし沈黙し、そして静かに笑った。
「……率直なお方で、何より。――では、申し上げましょう」
「……?」
「この老いさらばえた亡霊、しばし、陛下の御国に留まりましょう。
その“祭典”とやら、興味はございますゆえ……わしの眼で確かめさせていただきます」
アレクシオンの目が大きく開く。
「……よろしいのですか……!」
「ただし、勘違いなされぬよう。これは助力でも忠誠でもありませぬ。
あくまで――この命、まだ果たすべき“縁”があるように思えるが故」
霊体のライザルドが目を閉じた。
かつて守り抜いた世界。命を懸けた理想。
――そして、自らの死後に見た“滅びの未来”。
ここはまったくの異世界。
だが、それでも、何かが似ている。力の不均衡、平和の脆さ、そして王の志の光。
「……見届けましょうぞ、アレクシオン陛下。
このわしに“賭ける”だけの覚悟が、陛下にあるのかどうか」
その声音には、威風と慈しみと、深い年輪の重みがあった。
かくして、十二国中最弱の国・セリオス王国に、“一柱の亡霊”が、静かに宿ったのだった。
未だライザルドは牢の結界の中に封じられていた。
身体は半透明の霊体――触れることも、触れられることもない。
しかしその意識は冴えわたり、常人よりも深く鋭く、そして静かに世界を見つめていた。
その間、牢には一人の若き王が、頻繁に姿を見せていた。
セリオス王国第八代国王、アレクシオン・セリオス八世。
二十代半ば。理知的な瞳に穏やかな物腰、そして気品と威厳を併せ持つ青年王。
この日もまた、王は騎士の護衛も連れずに独り、封印牢へと足を運んでいた。
「またお越しくだされたか、アレクシオン陛下。ご多忙であろうに……恐縮でございますな」
ライザルドの声は、深く落ち着いた響きを持つ。
その口調には、老練な者ならではの敬意と皮肉が滲む。
「いいえ、ライザルド殿。あなたのような存在が現れたことこそ、私にとって最も重要な問題です」
「ほほ……若いながら、よく気の利いたことを仰る。陛下のお言葉、胸に沁み入りますわい」
冗談めいた言葉に、王はかすかに笑みを浮かべる。
ライザルドは霊の姿でありながら、確かに“人”だった。言葉に知性があり、礼に深さがあった。
そして十日を越えた頃、王はようやくこの世界の真実を語り始めた。
「ライザルド殿、あなたが現れたこの地は、《エルディア大陸》と呼ばれる世界の六大陸のひとつです。
この大陸には、現在十二の独立した国家が存在しております」
「ほほう……十二国、とな。ずいぶんと多彩な顔ぶれでございましょうな」
「はい。それぞれが異なる特色を持ち、例えば“武”を誇る【ノルザン軍政帝国】、“魔術”に特化した【アル=マゼラ魔導国】、そして学術と技術の先進国【サヴァルタ連邦学術国】などがございます」
「なるほど、役割が分かれておる……まるで、相互に依存するような仕組みに見えますな」
ライザルドは腕を組み、うなずく。王は静かに頷き返し、語りを続けた。
「今から397年前――十二国は大戦を終結させ、以後は同盟関係を維持しつつ、4年に一度、《大陸祭典》と呼ばれる祭りを開くようになりました」
「祭り、でございますか。名は楽しげじゃが、裏に何か仕掛けがあると見えますな」
「さすがです。大陸祭典はただの催しではなく、十二国が《盟主》を決めるための競技でもあります」
「ほう……覇を競う、平和の名を借りた闘争。興味深い構図ですな」
王は魔法で空中に図を浮かべる。
「祭典では、武力、知力、そして“団結力”を競う競技――つまり、スポーツも含めた複合戦です。
その3つの部門で得点を競い、総合得点一位の国が、四年間の《盟主国》として、大陸内での政策主導権や貿易優遇を得ます」
「ほほぅ……理に適う仕組みですな。表向きの平和の裏に、争う場所を一箇所に集めたと。よう考えられておる」
「そして、次の祭典は三年後。記念すべき、第百回を迎えます」
「百回……さぞかし盛り上がることでしょうな」
少し沈黙が流れた後、ライザルドが問う。
「陛下の御国、セリオスは、その中でいかほどの位置におるのでございましょうか」
アレクシオンはわずかに視線を落とし、そして正面をまっすぐに見据えた。
「……十二位。最下位です」
言い訳も虚飾もなかった。真実だけを告げる王の姿に、ライザルドはしばし目を細める。
「……ふむ。最下位とは……」
「我がセリオス王国は、軍事、魔術、経済、あらゆる分野で後れを取っております。
ここ100年近く、十二国中十二位を維持し続けております」
苦笑すら浮かべず、ただ静かに語る王。
「……陛下のようなお方が治めておられる国が、最下位とは……世の中、ままならぬものでございますな」
そして、ライザルドは結界の中から、やや身を乗り出すようにして言った。
「陛下。ひとつ、お尋ねしてよろしゅうございますか」
「何でしょう?」
「その祭典――セリオスの栄誉のために、わしのような得体の知れぬ者を、利用なさるおつもりで?」
アレクシオンは、すぐに首を振った。
「いいえ。あなたがこの地に現れた理由を、私はただ……“知りたい”のです。
そのうえで、もし――我が国の未来に光を与えていただけるのなら、それは奇跡に等しい」
その言葉に、ライザルドはしばし沈黙し、そして静かに笑った。
「……率直なお方で、何より。――では、申し上げましょう」
「……?」
「この老いさらばえた亡霊、しばし、陛下の御国に留まりましょう。
その“祭典”とやら、興味はございますゆえ……わしの眼で確かめさせていただきます」
アレクシオンの目が大きく開く。
「……よろしいのですか……!」
「ただし、勘違いなされぬよう。これは助力でも忠誠でもありませぬ。
あくまで――この命、まだ果たすべき“縁”があるように思えるが故」
霊体のライザルドが目を閉じた。
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――そして、自らの死後に見た“滅びの未来”。
ここはまったくの異世界。
だが、それでも、何かが似ている。力の不均衡、平和の脆さ、そして王の志の光。
「……見届けましょうぞ、アレクシオン陛下。
このわしに“賭ける”だけの覚悟が、陛下にあるのかどうか」
その声音には、威風と慈しみと、深い年輪の重みがあった。
かくして、十二国中最弱の国・セリオス王国に、“一柱の亡霊”が、静かに宿ったのだった。
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