弱国コンサルタント

ひがしの くも

文字の大きさ
4 / 31
異世界への転生

盟主の大陸と、封印牢の対話

しおりを挟む
 それから二週間が経った。

 未だライザルドは牢の結界の中に封じられていた。
 身体は半透明の霊体――触れることも、触れられることもない。
 しかしその意識は冴えわたり、常人よりも深く鋭く、そして静かに世界を見つめていた。

 その間、牢には一人の若き王が、頻繁に姿を見せていた。
 セリオス王国第八代国王、アレクシオン・セリオス八世。
 二十代半ば。理知的な瞳に穏やかな物腰、そして気品と威厳を併せ持つ青年王。

 この日もまた、王は騎士の護衛も連れずに独り、封印牢へと足を運んでいた。

「またお越しくだされたか、アレクシオン陛下。ご多忙であろうに……恐縮でございますな」

 ライザルドの声は、深く落ち着いた響きを持つ。
 その口調には、老練な者ならではの敬意と皮肉が滲む。

「いいえ、ライザルド殿。あなたのような存在が現れたことこそ、私にとって最も重要な問題です」

「ほほ……若いながら、よく気の利いたことを仰る。陛下のお言葉、胸に沁み入りますわい」

 冗談めいた言葉に、王はかすかに笑みを浮かべる。
 ライザルドは霊の姿でありながら、確かに“人”だった。言葉に知性があり、礼に深さがあった。

 そして十日を越えた頃、王はようやくこの世界の真実を語り始めた。

「ライザルド殿、あなたが現れたこの地は、《エルディア大陸》と呼ばれる世界の六大陸のひとつです。
 この大陸には、現在十二の独立した国家が存在しております」

「ほほう……十二国、とな。ずいぶんと多彩な顔ぶれでございましょうな」

「はい。それぞれが異なる特色を持ち、例えば“武”を誇る【ノルザン軍政帝国】、“魔術”に特化した【アル=マゼラ魔導国】、そして学術と技術の先進国【サヴァルタ連邦学術国】などがございます」

「なるほど、役割が分かれておる……まるで、相互に依存するような仕組みに見えますな」

 ライザルドは腕を組み、うなずく。王は静かに頷き返し、語りを続けた。

「今から397年前――十二国は大戦を終結させ、以後は同盟関係を維持しつつ、4年に一度、《大陸祭典》と呼ばれる祭りを開くようになりました」

「祭り、でございますか。名は楽しげじゃが、裏に何か仕掛けがあると見えますな」

「さすがです。大陸祭典はただの催しではなく、十二国が《盟主》を決めるための競技でもあります」

「ほう……覇を競う、平和の名を借りた闘争。興味深い構図ですな」

 王は魔法で空中に図を浮かべる。

「祭典では、武力、知力、そして“団結力”を競う競技――つまり、スポーツも含めた複合戦です。
 その3つの部門で得点を競い、総合得点一位の国が、四年間の《盟主国》として、大陸内での政策主導権や貿易優遇を得ます」

「ほほぅ……理に適う仕組みですな。表向きの平和の裏に、争う場所を一箇所に集めたと。よう考えられておる」

「そして、次の祭典は三年後。記念すべき、第百回を迎えます」

「百回……さぞかし盛り上がることでしょうな」

 少し沈黙が流れた後、ライザルドが問う。

「陛下の御国、セリオスは、その中でいかほどの位置におるのでございましょうか」

 アレクシオンはわずかに視線を落とし、そして正面をまっすぐに見据えた。

「……十二位。最下位です」

 言い訳も虚飾もなかった。真実だけを告げる王の姿に、ライザルドはしばし目を細める。

「……ふむ。最下位とは……」

「我がセリオス王国は、軍事、魔術、経済、あらゆる分野で後れを取っております。
 ここ100年近く、十二国中十二位を維持し続けております」

 苦笑すら浮かべず、ただ静かに語る王。

「……陛下のようなお方が治めておられる国が、最下位とは……世の中、ままならぬものでございますな」

 そして、ライザルドは結界の中から、やや身を乗り出すようにして言った。

「陛下。ひとつ、お尋ねしてよろしゅうございますか」

「何でしょう?」

「その祭典――セリオスの栄誉のために、わしのような得体の知れぬ者を、利用なさるおつもりで?」

 アレクシオンは、すぐに首を振った。

「いいえ。あなたがこの地に現れた理由を、私はただ……“知りたい”のです。
 そのうえで、もし――我が国の未来に光を与えていただけるのなら、それは奇跡に等しい」

 その言葉に、ライザルドはしばし沈黙し、そして静かに笑った。

「……率直なお方で、何より。――では、申し上げましょう」

「……?」

「この老いさらばえた亡霊、しばし、陛下の御国に留まりましょう。
 その“祭典”とやら、興味はございますゆえ……わしの眼で確かめさせていただきます」

 アレクシオンの目が大きく開く。

「……よろしいのですか……!」

「ただし、勘違いなされぬよう。これは助力でも忠誠でもありませぬ。
 あくまで――この命、まだ果たすべき“縁”があるように思えるが故」

 霊体のライザルドが目を閉じた。
 かつて守り抜いた世界。命を懸けた理想。
 ――そして、自らの死後に見た“滅びの未来”。

 ここはまったくの異世界。
 だが、それでも、何かが似ている。力の不均衡、平和の脆さ、そして王の志の光。

「……見届けましょうぞ、アレクシオン陛下。
 このわしに“賭ける”だけの覚悟が、陛下にあるのかどうか」

 その声音には、威風と慈しみと、深い年輪の重みがあった。

 かくして、十二国中最弱の国・セリオス王国に、“一柱の亡霊”が、静かに宿ったのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双

四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。 「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。 教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。 友達もなく、未来への希望もない。 そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。 突如として芽生えた“成長システム”。 努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。 筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。 昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。 「なんであいつが……?」 「昨日まで笑いものだったはずだろ!」 周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。 陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。 だが、これはただのサクセスストーリーではない。 嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。 陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。 「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」 かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。 最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。 物語は、まだ始まったばかりだ。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます

難波一
ファンタジー
"『第18回ファンタジー小説大賞【奨励賞】受賞!』" ブラック企業勤めのサラリーマン、橘隆也(たちばな・りゅうや)、28歳。 社畜生活に疲れ果て、ある日ついに階段から足を滑らせてあっさりゲームオーバー…… ……と思いきや、目覚めたらなんと、伝説の存在・“真祖竜”として異世界に転生していた!? ところがその竜社会、価値観がヤバすぎた。 「努力は未熟の証、夢は竜の尊厳を損なう」 「強者たるもの怠惰であれ」がスローガンの“七大怠惰戒律”を掲げる、まさかのぐうたら最強種族! 「何それ意味わかんない。強く生まれたからこそ、努力してもっと強くなるのが楽しいんじゃん。」 かくして、生まれながらにして世界最強クラスのポテンシャルを持つ幼竜・アルドラクスは、 竜社会の常識をぶっちぎりで踏み倒し、独学で魔法と技術を学び、人間の姿へと変身。 「世界を見たい。自分の力がどこまで通じるか、試してみたい——」 人間のふりをして旅に出た彼は、貴族の令嬢や竜の少女、巨大な犬といった仲間たちと出会い、 やがて“魔王”と呼ばれる世界級の脅威や、世界の秘密に巻き込まれていくことになる。 ——これは、“怠惰が美徳”な最強種族に生まれてしまった元社畜が、 「自分らしく、全力で生きる」ことを選んだ物語。 世界を知り、仲間と出会い、規格外の強さで冒険と成長を繰り広げる、 最強幼竜の“成り上がり×異端×ほのぼの冒険ファンタジー”開幕! ※小説家になろう様にも掲載しています。

異世界に転生した俺は英雄の身体強化魔法を使って無双する。~無詠唱の身体強化魔法と無詠唱のマジックドレインは異世界最強~

北条氏成
ファンタジー
宮本 英二(みやもと えいじ)高校生3年生。 実家は江戸時代から続く剣道の道場をしている。そこの次男に生まれ、優秀な兄に道場の跡取りを任せて英二は剣術、槍術、柔道、空手など様々な武道をやってきた。 そんなある日、トラックに轢かれて死んだ英二は異世界へと転生させられる。 グランベルン王国のエイデル公爵の長男として生まれた英二はリオン・エイデルとして生きる事に・・・ しかし、リオンは貴族でありながらまさかの魔力が200しかなかった。貴族であれば魔力が1000はあるのが普通の世界でリオンは初期魔法すら使えないレベル。だが、リオンには神話で邪悪なドラゴンを倒した魔剣士リュウジと同じ身体強化魔法を持っていたのだ。 これは魔法が殆ど使えない代わりに、最強の英雄の魔法である身体強化魔法を使いながら無双する物語りである。

処理中です...