リシェールは旦那様から逃げられない

紫乃

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男は微笑んでいるはずなのに笑っていない瞳から強い怒りを向けられていることがわかる。

怖い。この男も。自分の思いを裏切るこの身体も。

発情なんてしたくないのに男の獲物を前にした肉食獣のような瞳を見つめただけ、甘い匂いを嗅いだだけで頭の奥がビリビリと痺れている。

広くて柔らかなベッドの上、男に股がられ両手首を一纏めに掴まれ押さえ込まれている自分はまるで標本に貼り付けられた蝶のようだ。


はぁはぁと荒い息を漏らす
噛み付くように口付けられたぴちゃりと隠微な音を立てる

「っゆるして…お願い」


「許さないよ。君が完全に私のものになるまでは」

そういうと荒い息を漏らす口を塞ぐように男の唇が重ねられた。
口腔を擽るように我が物顔で舌は動く。ぴちゃぴちゃと響く音と、溢れる唾液。
零すことは許さないと言わんばかりに男は長い舌でそれを僕が飲み込むように送り込んでくる。



ゴクリ。
自分のものと男のものの混じり合うそれを飲み込んでしまった。男の香りのように果汁のように甘いそれは今の自分にとって猛毒だった。
力の抜けてしまった体から毟り取られていく破られ衣服とは呼べなくなっていたもの。

自分を守っていたはずのそれはまるで忌々しいと言わんばかりにゴミのようにベッドの向こうへ放り投げられていく。
彼という肉食獣に差し出された供物のようにとうとう生まれたままの姿になってしまった僕を味わうように
首すじから下へ下へとゆっくりと舐めていく。

「っああ!…っ、んん」
カリッ。なめられ、ねぶるように嬲られていた乳首が強く噛まれた瞬間触られてもいない自分のものがドクドクと噴き出した。

イッていいとも言ってないよ?どちらも触ってあげていないのに潮を吹いちゃったね。リシェール?



だらだらと涎を垂らすのはリシェールの陰茎だけでなく。昨日までただの排泄孔だったそこは男に孕ませてもらおうとくぱくぱと呼吸に合わせて誘っている。

「や、めて…。違う…。いや…」

「違わない。見て?リシェールはこんなに欲しがる私だけの女の子になったんだよ。」

蕾から溢れるとろりとした蜜を指ですくうと僕に見せつけるように指を舐めた。
そして彼の長い指で蕾を擽るとそこへつぷりと突き入れた。
かき混ぜられるそこは止めてもらいたいと思うリシェールを裏切り男の指をもう離さないと食い締め、味わおうとする。



「お仕置きしてあげようと思っていたけど、あんまり可愛いから止めてあげる。けど、条件がある。私が欲しいって言って?そしたら止めにしてあげる。私の名前は…」


自分が自分で無くなるのは嫌だ。彼を受け入れてしまったら自分は本当にアルファの庇護を受けることでしか生きられないオメガになってしまう。

止めないで。指なんかよりもっと太いものが。彼のものが欲しい。僕を孕ませて。


そう言いたい思いを押し殺し、叫ぶ。

「じーくっ!…っジークフリートを僕に…ちょうだい!」

よくできました。にこりと笑うとジークは熱杭を柔らかく男を誘う蜜壺へ突き入れた。

「んッあぁ!や、やだ。いやぁあぁ」
どうして…。止めてくれるって言ったのに…。


「お仕置きを止めてあげるとは言ったけど、私のものにするのを止めるとは言ってないよ」

「っあぁああ……!」

ずるりと動くそれはオメガとして目覚めたばかりのリシェールの幼く狭い胎を押し広げ、ジーク専用のそれへと変えていく。
ジークが吐精し、リシェールの胎を白濁で染め上げた時、リシェールはか細い悲鳴にも似た喘ぎをあげ気を失ってしまった。


それから1週間。リシェールはベッドでジークと名乗る男のものを受け入れた状態で過ごした。食事は男のものを受け入れながら対面座位で口移しか、ほんの小さな子どものようにスプーンで給餌を受ける。
風呂も備え付けのプールのように広い湯殿で男に洗われる。自分の匂いが取れたと風呂に入ってもすぐに汚されるが。
男が何者なのか。ここはどこなのか。話を聞こうにも男の香りを嗅いだだけで何も考えられないアルファの精を求める雌になってしまう。


いつ寝て起きているかも分からないから詳しくは分からないが恐らく夜会から8日目。



僕にジークフリート・フォン・ベルンシュタインと名乗った先日の夜会の主役であった彼はその日のうちに兄である国王に結婚の許可を求めると、臣籍降下し、公爵位を得てしまった。


僕の同意も、僕の両親の許可も求められず、婚約期間も結婚式もない。
恐れ多くも国王陛下に証人となって頂いた結婚宣誓書に名前を書いたのみ。国王陛下と公爵様の前で小市民な僕が拒否どころか声を上げることもできるわけもなく。



ーーーー



「行ってくるよ。リシェール。」
うちでいい子にね?と微笑みと共に僕の頬にひとつキスを落とす彼からは朝方まで続いていた淫らな気配は微塵もみられない。
容赦なく貪られた自分は玄関で見送るどころかベッドから起き上がることも酷使された喉は掠れた声ですら発することもできず、頷きを返すのみなのに。



彼により着せられたゆったりとした薄衣の上だけを纏い脚を力無く投げだす自分と
襟元の詰まった騎士服をきっちりと纏い、西洋刀サーベルを佩く彼は対照的だ。
もう出勤の時刻なのだろう。
コンコンコンという小さなノックの音が響く。
旦那様は「今行く」と外へ声を掛けるもチュッチュッと僕の目尻や首筋にキスを落とし続けている。
いつもの事だが時間はいいのだろうか。このまま旦那様の興が乗ってしまえば昨夜の交わりのダメージを引きずる自分は抱き潰され夜まで起き上がることもできないだろう。
「…っん!…だ…んな…さま。」となんとも情けない限りのかすれ声しかでない。旦那様に停止を求めることさえできないのだ。唇を噛み旦那様に目で訴えるしかできない。



…っリシェールッ!
旦那様に静止を求めたはずなのに何故か色気を漂わせ始めた旦那様に今日こそはベッドから起き上がって庭園にある東屋で本を読むのだという目標を断念した。その時。とノックと共に「旦那様。お時間にございます」と執事の声が聞こえた。
2回目であり、時間も無いのだろう。

旦那様は渋々といった様子でため息を吐くと
行ってくるよと僕の頬を撫でるとドアをパタリと閉め出て行った。


はぁ…。ベッドに伏して一息つく。
昨晩より求め続けられやっと訪れた休息であり、
1人になれる時間だ。シルクのサラサラとしたシーツの上で微睡む。高貴な身分にも関わらず騎士団に入団し自分のことはなんでもしてしまう旦那様が変えてくれたのだろう。白濁と汗に全身塗れていた筈なのにさらりとした身体もまた。


広大な屋敷の中でも南側の塔にあるこの部屋に射し込む暖かな日差しと、滑らかなシーツ、極度の疲れは瞼を重くしてしまう。これが毎日毎日のこと。夕方旦那様のお帰りの後に目を覚まし、夜を共にし朝を迎える。あぁ今日こそは普通の生活をと思ったのに。眠気に逆らうことはできず。


カチャとドアを開ける音と数人の気配を感じた。
この部屋には僕と旦那様以外には許可を得た番のあるオメガの女性かベータの女性メイドしか入室を許されていない。
きっと彼女たちがいつものように僕が眠っている間に部屋を整えてくれているのだろう。

下級貴族の出で大して美しくもないし1日の殆どをベッドの住人として過ごし、社交も行えない。
何よりアルファの精を頂き新たなアルファを生み出すことしか取り柄のないといわれるオメガでありながら14歳で旦那様と結婚してもう3年も子どもができない。首を噛んで番にしてもらってもいない。
だって旦那様の優しさに甘えて娶ってもらっただけなのだから。



こんな出来損ないの主人を彼女たちはどう思っているんだろう。公爵家のメイドとして完璧な仕事をこなす彼女たちの誰とも口を聞いたことも無いけれど。
きっと知らないままでいる方が幸せなのかもしれない。



初めて参加した夜会で僕は王子というアルファの中でも最高位にある旦那様のフェロモンに当てられて発情期を起こしてしまった。
そんな僕に父が娼館に早く売ればよかったと呟いた瞬間。旦那様がピクリと雰囲気が変わったのが分かった。
あのまま捨て置くことだったできただろうに優しい旦那様はベータ同士から生まれた下位オメガである僕を娶ってくれたのだ。運命の番であると嘘をついてまで。

はじめての夜は無礼にも旦那様のお名前を呼んでしまったが、旦那様は僕の恩人だ。旦那様の名前を呼ぶ権利は旦那様が首を噛んでもいいと思える本当の番の方のものなのだ。
僕が結婚誓約書に名前を書いたその日から僕は彼を旦那様とよんでいる。






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