灰被り姫は皇妃を歩む!

wumin

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幽閉令嬢の憂鬱

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 やわらかい陽ざしが髪をなで、ほんのりと冷たい風がほおを伝う。鳥のさえずりが夜明けを告げる。
 古びたカーテンがふわりと舞い、同じく年季の入ったベッドがきしむ。

「……」

 紫水晶を思わせる瞳が、ゆっくりと開かれていく。ぼんやりと天井を見つめながら。
 まだ夢うつつ。まどろみの中に恋い焦がれるように毛布をつかみ、息をつく。視線を落とし、床を見つめて。
 絨毯じゅうたんなど敷かれていない、むき出しの板の間。強く踏みしめれば底が抜けてしまいそうな印象だ。

「……」

 と、わしゃわしゃになった少しくすんだ黒髪が顔をおおい、脚をなでた。
 無言で足元を凝視しても、これが夢ではなく現実なのはまちがいない。

「はぁ……」

 それから大きくため息をもらす。
 よく言えば屋根裏部屋のようにも思える。
 だけど――
 少女は首を小さく横にふって、うつむく。
 彼女の瞳に映るのは、通気口ほどしかない窓。あるいは外からしか施錠せじょうできないとびら。外界とのつながりはそこだけだった。
 時折、流れこむメイドたちのはしゃぐ声。楽しげに笑う姉たちの会話に口を真横に結ぶ。
 ついであたりを見回す。
 まるで外に出るのを拒むかのような部屋だ。
 あるいは幽閉ゆうへいされている、といってもいいだろう。

「…………」

 無言で室内を凝視ぎょうしして、ふいに嫌な言葉が脳裏のうりをよぎる。

 ――来ないで!

 金切り声を上げるソプラノの声とともに。

 ――あいつと……魔女と同じ!

 明確に拒否され、幼げな少女たちが逃げていく。ついで怒声が耳をつんざいた。

 ――リーナ、お前は……またっ!!

 しわがれた老婆。つまりメイド長が目を怒らせ、こちらをにらむ。

「……」

 くちびるを噛みしめ、少女じぶんは訴えるように視線を送る。
 なのに。

 ――私を呪うのかい? ああ、いいさ。やってごらん!

 悪態をつかれ、くやしさで肩をふるわせた。

(どうして、そんなことを言うの?)

 ギュッと手を握りしめ、心の中で叫ぶ。
 いや、もちろん理由など分かりきっていたけれど。

(やっぱり……わたしがこんな眼をしてるから?)

 いくら自問しても、他に思い当たるモノがない。
 なぜなら、この国ザーパトには古来より伝わる伝承があったからだ。


 ――暁の空を紫眼が望み、奏でる声は明星あけぼしに命ずる。この世を全て我が手に、と。そして大河は血に染まり、イナゴが宙をおおう。地響きで家々はくずれ、病が流行り、無辜むこの民を冥府あのよへといざなう。黒髪の女が掲げる三色の灯火ともしびにつながれながら。


 つまりは、かつてこの地に災いをもたらした魔女がいたのだという。
 ただのおとぎ話、であればどれほどよかったことか!
 というのも、ここザーパトの人たちは、ひどく信心深かった。
 何百年、もしかしたら千年以上も昔に起きた出来事を、いまだに恐れているほどに。
 いわゆる魔女伝説。それが彼らの心身をずっとむしばんでいたのだ。
 そして何よりも、リーナの容姿は、その言い伝えにある魔女のそれに酷似していたらしい。すなわち、紫水晶を思わせる瞳と、くすんではいたが膝まである黒髪。
 まわりを見れば、ブロンドや赤毛。青や琥珀こはく色の目ばかり。人と違う風貌はやたらと目立つもの。まして、それが禁忌きんきとされるものなら尚更。
 何より人は正しさを手にした時、最も残酷になる。
 言い伝えにある、災いをもたらした魔女と同じ容姿。それは彼らにとって大罪だったのだろう。
 あるいは復讐心を満足させるため?
 真意はともあれ、何人なんぴとも自らする悪事は善行なのだとのたまうもの。

 ――この世の安寧あんねいは、我らが守るのだ。

 もしかしたら、単に家の名誉を損ねたくなかっただけなのかもしれないが。
 なぜなら、リーナは大公の娘だったのだから。

 貴族、それも王族の分家である一族。その娘が、かつてこの世に災いをもたらした魔女と同じ容姿を持つ。彼らにとって、それは不都合な事実だった。
 だからなのか。
 物心つく頃から、彼女は家の外へ出たことがほとんどない。もちろんだが、父の命令によって。
 だけど、姉たちは楽しげにお出かけし、社交パーティーにも呼ばれる。
 この残酷な事実に気づかないほど、おめでたくはなった。

「……」

 自分の顔ほどの大きさしかない窓。それに外側から厳重に施錠された扉。閑散かんさんとし、飾りっ気のない室内を一瞥いちべつし、リーナは小さく息をつく。
 理不尽ともいえる仕打ちに。
 けれど、どうすることもできない現実に打ちひしがれて。

(わたし……)

 もしかすると、一生このままなのかもしれない。
 そんな嫌な想像すら頭をもたげてくる。それから自らの宿命を恨み、そして呪う。好きでこんな容姿に生まれたわけじゃないのに、と。
 この世には努力ではどうにもならないことばかり。
 そう、沈んだ気持ちになることから、彼女の一日は始まる。
 だが――



 コンコン、とドアをノックする、怯えた声がリーナへと告げた。

「あ、あの……だ、旦那だんなさまがお呼びです。何でも、とても大事な話がある、とおっしゃってました。今、カギを開けますから、できるだけ速やかにいらしてください」

 メイドから言伝を受け、開錠の音が部屋にひびく。

「あ、あの――」

 どんな話なのか?
 きっとロクでもない内容に違いない。そう確信を抱き、不安から扉の向こうにたたずむはずの少女へと話しかけようとして……

「ぴゃっ!?」

 悲鳴があがり、直後靴音とともにメイドの少女はかけていった。

「……」

 それはもう、あからさまに。
 でも、それがリーナの日常なのだ。
 瞳をうるませ、そでで滴をぬぐう。感傷に浸っていたかったが、そうもいかない。
 なぜかって、理由は一つ。この家で旦那さまと呼ばれるのはただ一人。彼女の父で、ザーパトを治める大公その人なのだから。



「……お父さま、何用でしょうか?」

 そして今いるのは食堂。
 長テーブルの上座で、娘を見つめる父ミヒャエルへと、リーナは問う。
 紫の瞳が映すのは、金髪に碧眼で、ずんぐりむっくりな体躯たいくをした四十男。かぶとは脱いでいたが、甲冑かっちゅうを身にまとい帯剣している。
 しかも鋭い視線が娘であるはずの彼女をにらむ。さながら戦場のような空気、とでも形容すべきだろうか?
 重苦しい雰囲気の中で、開口一番に彼は言った。先が跳ねた威圧的な口ひげをふるわせて。そう、告げたのだ。娘の人生を変えるであろう決定を。

「リーナ、お前の結婚相手が決まったのだよ……」

 と。
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