バッド・ロマンス【連作短編】

七条楓華@Unsweet(アンスイート)

文字の大きさ
35 / 35
キャント・ヘルプ・フォーリン・イン・ラブ【SIDE: ヴァレンチン】二年前

いつか塀を越えるまで

しおりを挟む
 マルクはまもなく牙の出し入れの方法をマスターした。血を吸う時にも気を使うようになった。 
 おかげで牙が刺さっても前ほど痛くはなくなったし、血を吸われても意識が飛ぶことはなくなった。


 幽閉されてからきっかり三十日後。重い扉がようやく開き、俺たちは部屋から出された。
 リュボフ博士がにやにや笑いながら廊下に立っていたので、俺はその顔面を拳で思いきり殴りつけた。


 バンパイアとのペアリング後の二か月で、俺のクラスメイトだった連中のうち十一人が死んだ。そのうち六人は自殺だった。また、精神を病んだクラスメイトも三人いた。
 一方、マルクのクラスメイトだった三十九人のうち、十四人がバンパイア化に耐えられず命を落とした。
 無事に成立したペアは二十組に満たなかった。その結果が上出来なのかどうかは、俺たちには知るよしもない。

 しかし、バンパイア化してからのマルクの身体能力の向上ぶりは、リュボフ博士をはじめとする研究者たちを非常に喜ばせた。マルクは過去のどの[エンハンスト]バンパイアよりも高い数値を叩き出した。まさしく史上最強、世界最強のバンパイアだった。
 それは、[造血器官]の作り出した血よりも生身の人間から直接吸う血の方が、バンパイアの強化にとって効果的であることを明確に立証する結果だった。


 俺は戦闘訓練を受けさせられるようになった。
 ――将来、マルクはバンパイア・ソルジャーとして実戦投入される。そうなると、マルクの「食糧」である俺も戦場に同行しなければならない。兵士として戦える状態にしておく必要があるだろう、という研究所の方針だ。

 俺は真剣に訓練に取り組んだ。銃器の扱いを覚え、格闘の技能を磨き、攪乱戦術を学んだ。
 強くなりたかった――てっとり早く使える『力』が欲しかった。
 必ず、[研究所]の警備システムを突破して脱走してやる。リュボフ博士の鼻を明かしてみせる。そのためには俺にも戦える力が必要だ。


「なあ。ひさしぶりにまた聞かせてくれないか、おまえの歌」

 マルクがぼそっとつぶやいた。
 演習場の隅にある大木の陰に座って拳銃の手入れをしていた俺は、顔を上げてマルクを見た。

「一人じゃ、歌えねえよ」

 俺のバンド仲間だったクラスメイトたちは全員死んでしまった。あれ以来、俺は一度も歌ってない。

「俺、好きなんだ。おまえの歌う声が」
「あんたが楽器を覚えろよ。ギターか何か弾けるようになれ。伴奏してくれるんだったら歌ってやる」

 そう言ってやると、マルクは困惑のていで眉根を寄せた。

「俺が楽器? できるだろうか、そんなこと……」
「やってみろよ。やる気があれば、なんとかなんだろ。どんなことでも」
「そうだな」

 不意にマルクがにっこりした。

「不思議だ。おまえに言われると、なんでもできるような気がする」

 俺は、相手の脳天気な顔を見上げて、ちょっと迷った。

 俺は近いうちに[研究所]を逃げ出すつもりだ。[研究所]の警備システムは把握したし、戦闘訓練の間に、脱走に必要な装備も手に入れた。準備は万端整っている。
 [研究所]は俺をドナーとして使うために作ったんだろうが、生まれちまったからには俺の命は俺のものだ。好きな所へ行って好きなように生きてやる。バンパイアの餌として生きるだけの命だなんて、勝手に決めつけられてたまるもんか。

 絶望の中で死んだり正気を手放したりした俺のクラスメイトたちも。
 せめてクラスの中で誰か一人ぐらい自由に笑って生きていけたとすれば――きっと喜んでくれるよな。

 だけど、俺がいなくなったら、マルクは困るだろう。

 [研究所]がマルク向けの[造血器官]をすぐに用意するだろうが、マルクは俺から直接吸血していた時ほどのパフォーマンスをあげられなくなるだろう。


 それに、たぶん、この男はとても寂しがるだろうな。俺を失ったら。


 そう想像するだけで、ずきっと心に痛みが走るのは、俺もしょせん遺伝子の呪縛を逃れきれていないという何よりの証拠だった。
 ――遺伝子だ。俺たちが惹かれ合うのは、遺伝子レベルでそのように作られているからに過ぎないんだ。
 俺は懸命に自分に言い聞かせ、マルクから視線を外して銃の手入れを再開した。そうでないと、「俺はもうすぐここから脱走するつもりだけど、あんたも一緒に来る?」などと、うっかり口をすべらせてしまいそうだった。

 バンパイアの餌として生まれてきた運命。
 そこから抜け出したくて、[研究所]を脱走しようとしているのに。
しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

男の娘と暮らす

守 秀斗
BL
ある日、会社から帰ると男の娘がアパートの前に寝てた。そして、そのまま、一緒に暮らすことになってしまう。でも、俺はその趣味はないし、あっても関係ないんだよなあ。

仕方なく配信してただけなのに恋人にお仕置される話

カイン
BL
ドSなお仕置をされる配信者のお話

チョコのように蕩ける露出狂と5歳児

ミクリ21
BL
露出狂と5歳児の話。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。 漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。 陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。 漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。 漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。 養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。 陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。 漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。 仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。 沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。 日本の漁師の多くがこの形態なのだ。 沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。 遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。 内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。 漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。 出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。 休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。 個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。 漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。 専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。 資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。 漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。 食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。 地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。 この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。 もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。 翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。 この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

処理中です...