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ep.2 彼女は、ただ自分の生き方を見つけたかった。②
しおりを挟む夢を見た。
あれは幼い頃、足を挫いて歩けなくなった日。
たまたま一緒にいたあいつは、俺のことをおぶって家まで運ぶと言って聞かなかった。
自分の力で帰れるから、先に行けと何度行っても全部「嫌だ」の一点張り。
面倒になって、出来るならやればと言ったら本当におんぶしやがって。
たいした力もないからふらふらして危ないし、進むのも遅いしで足を引きずって歩く方がずっと早かった。
でも、あいつはやめなかった。
小さな背中で頑張り続けた。
あのとき感じた温度。
記憶の隅においやって封じ込めた思い出。
なぜ、そんなものを今夢に見ているのか俺にはわからなかった。
♢
ゆっくりと目を開ける。ここは、どこだろうか。少なくとも、地面ではない。ベッドの上だ。視線の先にあるのも空ではなく木でできた天井。どうして、こんなところにいるのだろう。
「あっ、起きた?」
聞き覚えのある声がした。体を起こして確かめようとするが、うまく動かすことができない。なんとか布団をどかそうとする。
「だめだめ、動かないで!まだ解毒薬を飲んだばっかりなんだから」
声の主は慌ててこちらにやってくると、起きあがろうとする僕を止めた。目に映ったのは、黒い髪を短く切り揃えた綺麗な女性。肌は健康的な肌色で、体型は少し痩せ形に見える。
「誰……?」
「私はルレア。あなた、リンマダの実を食べて倒れてたんだよ」
僕を背負って運んでくれたのは彼女みたいだ。
「あっ、本は……」
「ん?あの変な本?机に置いてあるけど、大事なものなの?」
「まあ、そうですね……多分」
よかった。とりあえず不安が一つ取り除かれる。あれがどれほどのものかはまだよくわからないが、無くしてはまずいことだけは理解しているつもりだ。
「多分? でも、よかった。持ってきて正解だったね」
ルレアと名乗った女性は柔らかく笑った。とても穏やかな笑顔に、少しの安心感を覚えてしまう。
「君、名前は?」
「僕は……僕は、フェイです」
自分の名前を言うのに違和感があるのは初めてだ。でも、これから慣れていかないといけないのだろう。
「フェイくんね。ありがとう、教えてくれて」
彼女はベッドの隣に椅子を置いて、そこに座った。
「体の方はどう? 毒自体は強烈だけど持続性はそこまでないはずだから、多分すぐ動けるようになるよ」
「ありがとうございます。食べた直後よりはずっと楽になりました」
まったくもって不甲斐ない。食欲に負けてあんな果物に釣られてしまうなんて。
「よしよし、なら安心だね。今スープを作ってるから出来上がるまでまってて」
立ち上がって部屋を出ていく彼女の背中を見送る。見ず知らずの子どもによくこんな風に手厚い看病ができるものだ。礼なんて期待もできないのに。
ルレアが部屋を出てからしばらくは、自身の身の上をどうするか考えていた。というのも、この世界のことを何も知らない少年なんてあまりに怪しすぎる。しかしごまかすにも活用できる情報なんて無いに等しい。ここは、一番嘘であることの証明が難しい理由を使うしかなさそうだ。
ノックの音がして、彼女が部屋に入ってくる。
「スープ持ってきたよ、体は起こせる?」
「はい、なんとか」
ぎこちない動作で体を起こすと、湯気の立ち上る木製の器が見えた。まだ空腹を満たせていなかった僕は、唾を飲む。それを見ていたルレアが小さく噴き出した。
「あはは。お腹空いてたんだね」
「え!いや、その」
恥ずかしさで顔が熱くなる。隠そうにも腕が上手く持ち上がらない。諦めて、目を背けるだけにとどめておいた。
「ほら、ふー。ふー。……口開けて?」
スプーンが唇の近くまで持ってこられる。コンソメに近い香辛料の匂いが鼻を通り抜けた。耐えきれず、口を開けてスープを迎え入れてしまう。他人に、ご飯を食べさせてもらうなんて初めてだ。
温かい液体が舌の上をなぞるように流れていく。程よく塩気が効いていて、野菜の旨味が強い。逆に肉の獣っぽいパンチの強い味はほとんどせず、香りと根野菜の甘みを味の中心とした素朴なスープだった。そしてあの脳まで麻痺させてしまうような強烈な甘みより、今の僕が欲しいと思っていた味だった。
「どう? 美味しい?」
「美味しい……」
「よかった、沢山あるから無理せずいっぱい食べて」
結局その後も、何度も口に運んでもらい餌付けでもしてもらっているかのようにスープを飲んだ。お腹が満たされた頃には体もだいぶ元に戻り、自由に動けるようになった。
「おかわりまでしてくれてありがとう。うち、お客さんなんてまず来ないから助かった」
「いえ、こちらこそ。看病だけでなく食事までお世話になってしまって」
「気にしなくていいよ。困ったときはお互い様なんだから。ところで、何で森のあんな深いところにいたの? しかも武器も持たないで」
当然の疑問だろう。肉食の獣が出る森に丸腰の少年が一人。違和感を抱かないほうがおかしいはずだ。
「実は……よく覚えていないんです。何であそこにいたのかも、僕がだれなのかも」
「それって記憶喪失ってこと? 生まれとかも? 親も覚えてない?」
「覚えてないです……」
嘘の割合が多いが、本当のことも言っている。なぜあんなところに落とされたのか、僕自身わかっていないのだから。
「弱ったな……。迷子か捨て子かもわからないなんて……」
彼女は天井を見上げて、考えるようなそぶりを見せる。
「じゃあ、記憶が戻るまでの間ここに居る?」
「えっ?」
意外な提案だった。てっきり期待できても、どこか人のいるところまで送る程度だと思っていたのに。
「嫌なら、無理には言わないよ。でも、身寄りがないんじゃ大変だと思うし」
「迷惑、じゃないですか? 記憶なんていつ戻るかわからないし……」
「全然! むしろ私も一人で住んでるから寂しくてさ。居てくれる方が嬉しいよ」
この女性は底抜けのお人好しなのだろうか? いや、きっとそうなのだろう。ここまでの僕への対応を見れば一目瞭然だ。ただその回答は僕としても願ったり叶ったりだ。
「ルレアさんが、ご迷惑でないなら。よろしくお願いします」
「よし、決まりだね! 色々教えなきゃいけないことがあるけど、今日は疲れただろうからもう寝なね。明日から少しずつ教えるよ」
言われて初めて窓の外が真っ暗になっていることに気づく。どうやらもう、夜も深いようだ。
「じゃあ、光は消しちゃうね」
彼女が手を一つ鳴らすと、光が消える。部屋は一気に暗くなった。
「おやすみ、フェイ。良い夢が訪れますように」
「あっ……おやすみ、なさい」
よく見えないルレアに向かって挨拶をする。ドアを開けたときに廊下から漏れた光を最後に、部屋の中は黒と静寂に包まれた。
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