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第6話「族長決定」

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「お兄さまっ、危ない!」

「えっ?」

 幻覚か、幻聴かと思った。真雪の声がして、真雪が僕の目の前に飛び出してきて、それであの巨大な薙刀で切り裂かれているなんて信じたくなかったし、信じられなかった。

「あらあら……前に出るなんて死にたいの? いいえ、もう死んでるわね。さようなら、真雪」

「う、嘘だろ……こんな、真雪が、死ぬなんて」

「そうね、私も信じられないわ。雪秀ごときを庇って死ぬなんてね」

「……なんで、止めなかったんだ」

「はぁ? 何を言ってるの? あんた」

 悲しかった。涙なんてもうどのくらい前に流したか分からない。もう涙なんか流すことないって思ってた。思ってたのに血みどろの真雪を見たらこんなにも、水を溜めすぎたお風呂のように両目から涙が溢れるなんて……真雪が死んで、こんな僕なんかを庇って死んだことが、死なせてしまったことが悲しくて悲しくて、そんな自分が腹立たしく怒りを覚える。

 でもその怒りは深雪姉さんへの怒りにも変わった。

「姉さんは――深雪姉さんなら止められたはずだ。寸前で止めることができたはずだ」

「……それが、なに?」

「故意に真雪を殺したのか! 深雪姉さんは……」

 怒りで手に力を入れる。持っていた棒切れはぐにゃりと歪んでさらさらの雪になって消えた。本当に許せない。深雪姉さんの腕なら当たる寸前で止められた。なのに、真雪は死んだ。姉さんが止めなかったから。止められたならきっと真雪は今も――



「そうよ。言ったでしょう? もう姉も弟もないと。それは真雪にも言えること。私の邪魔をするならたとえ不参加でも、それが血の繋がりのある実の妹でも迷いなく殺すわ」

「なんだよそれ……僕を殺すだけならまだ良い。でも関係ない真雪を殺す必要はなかった!」

「ぴーぴーうるさいわねぇ! もうあんたは良いわ。死になさい雪秀――え? な、何よ…… どうして私の薙刀をあんたが止められるのよ!?」

「どうしてだろうね。雪の力が僕に味方してくれてるのかな」

 これは怒りの感情のせいなのか、それとも真雪が僕に姉さんに勝てと言っているのか、かつてないくらいの雪の力が僕の体に満ちている。だからこうやってあの巨大な氷の薙刀をも片手で受け止めることができた。それどころか少し力を入れただけでその薙刀は脆くも崩れた。

「わ、私が……私の最高傑作の薙刀がどうして……あんた、いったい何者なの?」

「あ、あの輝きはもしかして……でも、そんなわけ――」

「な、何よ雪世。あんた、雪秀の力の正体を知ってるの?」

「力の正体ってそんな大袈裟な」

 今まで深雪姉さんと共闘関係を結んでいるはずの雪世姉さんが攻撃どころかずっと棒立ちのまま黙って見ていたのに急に口を開く。それも体も声も震わせてまるで化け物でも見たかのように僕の方に目を向けている。そんな雪世姉さんに深雪姉さんは緊張の面持ちで訊く。僕は深雪姉さんの口から出た言葉に大袈裟すぎると言った。

「やっぱり間違いなく見たことがあるわ。雪秀のそれはきっと雪の王の力に違いないわ!」

「なんですって!? 雪の王の力は雪の一族の長のみが扱える能力のはずよ? それがどうして……まだ族長が決まっていないこの段階で――使えるわけがないでしょう!」

「でも見たことあるもの……昔の映像か何かで確かに――」

「黙りなさいッ!!」

「ひっ!?」

「有り得ないわ……そんなこと。あってたまるものですかッ!! それでは族長は雪の王は――そんなの認めないわ! えぇ! 認めるものですかッッ!」

 確信したように雪の族長の力、雪の王の力だと口にする雪世姉さん。対してそんな発言も許さないと怒声を浴びせる深雪姉さん。雪世姉さんは再び縮こまって黙った。

「……深雪姉さん。僕はもう深雪姉さんを許すつもりはないよ?」

「許す? 誰に向かって、許すなどとという言葉を吐いているの? 負けるのはあんたよ!」

「でも僕は姉さんのようにはしない」

「え? どうして……いやああああっ!!」

「精々、その氷の中で生き続けるがいい。美しさにも拘りを持ってた深雪姉さんには相応しい最期だろ」

 深雪姉さんは両手で構えて雪の波動砲を僕に向けて放った。でもそんな攻撃は今の僕には通用しない。雪の波動砲も、ちょんと指先で軽く突っつくだけで凍っていった。やがて、雪の波動砲を撃ってみせた深雪姉さんすらも凍り付けにしてしまった。呆気ない。こんなことなら始めからこうしておけば良かったな。

「あ……ああ……うわあああっ!?」

「……雪世姉さん。僕はあなたのことは嫌いだけど、殺そうとは思わない。だから安心してこれからは家柄になんか縛られず囚われずに自由に生きてほしい」

「ゆ、雪秀……あなた……」

「それじゃ、僕は行くから」

 雪世姉さんの恐怖から仕方なしの魔法攻撃。でもそんな当てる気もない攻撃なんて通用しない。そもそも雪の王の力の一つ、氷雪のバリアで今の雪世姉さんの弱々しい雪魔法では当たっても無傷だ。僕は雪世姉さんには次期雪の族長としてか自由を与えるという言葉を残してその場を後にした。
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