虹の軍勢

神無月 紅

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17話

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 洞窟の中に入った杏と弓奈の二人は、ようやく安堵の息を吐く。
 白夜と合流出来たこともそうだったが、洞窟という場所で休憩することが出来るというのも大きい。
 入り口を木の枝を使って隠されているこの場所は、そう簡単に見つけることは出来ない場所だった。
 ……もっとも、それは逆に言えば一度見つけられてしまうと逃げ場がないということも意味しているのだが。

「あー……疲れた。白夜、何か飲み物ない?」
「お前の水筒は?」
「もう何も入ってないわよ」

 杏の言葉に、白夜は小さく溜息を吐いてから小さな水筒を渡す。
 大きくない水筒だけに、水の量もそれほど多くはない。
 だが、それでも杏の水分補給というのは、魔法という戦力を考えればやっておかなければならないことだった。

「近くに川とかあればいいんだけどな」
「私はトワイライトが使っている水筒が欲しいわね。モンスターの素材を使って作ってるから、見た目以上の水が入るんでしょ?」

 白夜の言葉を聞いた弓奈が、心の底から羨ましそうに呟く。
 それは、他の者にとっても同じように思える意見だ。
 モンスターの素材から作られた、俗にマジックアイテムと呼ばれているそれらの道具は、ネクストの生徒にとって垂涎の的と言える。
 だが、モンスターの稀少な素材を使って作るマジックアイテムなだけに、その数は非常に少ない。
 トワイライトの隊員であればまだしも、その候補生といった扱いでしかないネクストの生徒が手に入れられるはずもはなかった。
 ……もっとも、ネクストの生徒でもゾディアックを始めとした者たちや、特別なコネがある者といった場合は手に入れることも出来たりするのだが。
 白夜や杏の場合はそんなコネの類があるはずもなく、普通の水筒を使うしかない。

「川で水の補給もしないとな。……杏、ここに来る途中で川とかなかったのか?」

 そう尋ねるも、ここに来る途中で体力の限界が近かった杏が周囲の様子をしっかり見ていられるはずもない。
 恨めしそうな視線が白夜に向けられ、不承不承といった様子で口を開く。

「残念だけど、そんな余裕はなかったわ。……弓奈は?」
「あー……そうね。ちょっと見なかったかしら」

 杏と違って体力的にはまだ余裕のある弓奈だったが、白夜の言葉に首を横に振る。
 いくら体力に余裕があっても、実際に川がなければどうにもならない。

「ノーラ?」

 一縷の希望を込めて尋ねる白夜だったが、ノーラはそんな白夜の言葉に何も答えない。
 どうやら、ノーラも川を見なかったということなのだろう。

「食料の方はそれなりに余裕はあるんだけどな。水がないとどうしようもない」

 ブロック状の栄養補助食品の類はある程度用意してきているし、それこそ山の中なのだから、果実や木の実といったものを食べることも出来る。
 そちらから最低限の水分を取ることも出来るのは間違いないだろうが……それでも水分は絶対的に少ない。

「ゴブリンの集落があるのは発見したんだし、一旦東京に戻ってギルドに報告した方がいいんじゃない? 弓奈の武器の件もあるし、私の魔力だって結構消耗してるわ」
「うーん、そうだな。……出来れば俺達で何とかしたいんだけど……」

 言葉の途中で、白夜が視線を向けたのは音也と弓奈。
 共に事情は違うのだが、このまま大人しく東京に帰るのを良しとはしない二人。
 ……もっとも、本来ならゴブリンの依頼を受けたのは白夜と杏の二人だ。
 無理に音也や弓奈と付き合う必要もないのだが、そう簡単にいかないのも事実だろう。
 もしここで二人を置いて帰った場合、ほぼ確実に二人はゴブリンの餌食になってしまうというのが、白夜の予想だったし、それは杏も同様だったからだ。
 それを理解しているからこそ、白夜も戻ると口には出来ないでいる。
 白夜個人としても、女の敵と言ってもいいゴブリンをそのままにしておき、それが原因で女がゴブリンに襲われるようなことになるかもしれないと考えれば、絶対に許容は出来ない。

「どのみち、この洞窟にいたままだと色々と不味いし……隠れて体力を回復したら行動に移した方がいいと思うけど。そうなったときにどう行動するのか、今のうちに考えておいた方がいいと思うわ」

 弓奈の言葉に、白夜は頷く。
 もちろん弓奈としては、自分たちでゴブリンをどうにかしたいと思っているのだろう。
 だが、それでも現在の自分の状況を考えれば、それが難しいというのも分かることだった。

「杏の意見は?」

 一応といった感じで杏に尋ねる白夜だったが、杏が何と言うのかはもう理解している。
 そして事実、杏はあっさりと自分の考えを口にした。

「私の意見は山から下りて、この件をギルドに報告することよ」
「だよな。分かってた」

 分かってはいたのだが、それでも一応といった様子で聞いたのだが……残念ながらと言うべきか、杏の意見は山から下りるというものだった。
 白夜は、どうするべきか迷う。
 このまま山を下りた方が一番確実なのは間違いない。
 ギルドにゴブリンの集落のことを報告すれば、それこそネクストの生徒を何人か纏めて派遣するか……それこそトワイライトから隊員を派遣して貰えば、どうとでもなる話なのだから。
 だが……と、やはりそう思ってしまうこともあるのだ。

「それじゃあ……」
「みゃあっ!」

 白夜が何かを言おうとした瞬間、洞窟の中を浮かんでいたノーラが不意に鋭い声を上げた。
 そこにある緊張を感じ取り、それぞれが何が起きてもいいように準備をする。
 もっとも、白夜の持つ金属の棍は長い。
 開けた場所での戦闘であれば、その長さを活かして相手の間合いの外から攻撃をすることも可能だろう。
 だが、周囲に木々が生えている山の中では使いづらく、こんな洞窟の中であれば振り回すことは出来ない。
 突きという手段がある以上、全くの無力という訳ではないのだが……取り回しという点では、間違いなくこの場での戦闘に向いてはいなかった。

「白夜、悪いけどナイフをもう一本貰える? 前に貰った奴は、ゴブリンとの戦いのときに折れちゃって」
「分かった。……音也もこれを持っておけ」
「ありがとうございます」

 白夜に渡されたナイフを、音也は大事そうに持つ。
 元々このような山にいるのが不自然な音也だったが、今はそれを聞くよりも前にやるべきことがあった。
 小さく息を呑み、金属の棍を構えたままでじっと洞窟の入り口を見る。

「ちょっと、本当にこの辺にいるの? どこにもいないわよ?」

 聞こえてきた声に、白夜は小さく息を呑む。
 それは、明らかに人間の言葉だったからだ。
 基本的にモンスターというのは人間と意思疎通をすることが出来ない。……ノーラを始めとした従魔は、その例外だろう。
 つまり、こうして人の声が聞こえてくるということは、外にいるのはモンスターではなく人間ということになる。

『……』

 その場にいる全員が、それぞれ無言で視線を合わせた。
 もちろん今の状況で誰かが助けに来てくれたというのは嬉しい。
 嬉しいのだが……自分たちがピンチの今、何故都合良く助けが現れるのかという不審もある。
 もしこれが自分たちに対して何らかの悪意を抱いている者の仕業であれば、現在の白夜たちの状況では非常に危険なのは間違いない。
 もっとも、だからといってジリ貧に近い状況である以上、いくら怪しくても千載一遇のチャンスなのも間違いのない事実なのだが。
 視線で自分が外に出ると態度で示し、白夜は金属の棍を持ってそっと洞窟の出入り口の方に向かう。
 そっと、足音を立てないように行動し……

「ほら、そこ。今ちょうど出てこようとしているし」

 白夜が外の様子を覗こうとしていた動きを察知しているかのように、声が響く。

「っ!?」

 まさか自分の行動を完全に把握されているとは思わなかった白夜は、小さく息を呑み……やがて覚悟を決めると、洞窟の入り口を覆っていた茂みを掻き分けるようにして外に出る。
 白夜の側には、ノーラも洞窟の外にいるだろう相手を警戒するように浮かんでいた。
 そうして外に出た白夜が見たのは、二人の男女。
 一人は白夜よりも少し年上で、二十歳くらいの女。
 今の時代では珍しくなった黒髪を、肩で切り揃えているようなショートカットの女。
 もう一人はその女よりも少し年下……それでいて白夜よりは少し年上で二十歳までもう少しといった具合の緑の髪の男。
 こちらは、どこか育ちの良さそうな優しげな顔をして、洞窟から出て来た白夜の方に視線を向けていた。

「音也様……じゃないわよ?」

 黒髪の女が、洞窟から出て来た白夜を見て連れの男にそう声をかける。
 男の方は、そんな女の疑問に笑みを浮かべながら口を開く。

「音也様は洞窟の中だよ。……それより、僕たちは怪しまれてるようだし、自己紹介くらいはした方がいいんじゃないかな?」

 そんな男の言葉に、女はいつでも金属の棍を繰り出せるようにしている白夜を見ながら納得する。
 ……こうして、白夜がいつでも攻撃出来るようにしているのを見抜いている時点で、少なくてもこの女は白夜より強いのは確実だった。
 白夜が半ば臨戦態勢にあるのに、自分の腰にある長剣の鞘に手を伸ばしていないのは、白夜がどう行動しようとも自分に危害を加えることが出来ないと理解しているからだろう。
 男の方も手に槍を持っているものの、それを構えるような真似はしていない。
 自分たちが敵ではないと、そう態度で示しているのだろう。
 だが、そんな風な態度をとられても、白夜は安心することは出来ない。
 ゴブリンに追われている現状で、いきなり現れた自分よりも腕の立つ二人。
 どこからどう考えても、怪しいとしか言えないだろう。

「誰、と聞いてもいいですか?」

 一応丁寧な口調で尋ねたのは、自分よりも強いというのもあったが、もしかしたら……本当にもしかしたら自分たちの援軍という可能性も捨てきれなかったためだ。
 何より、音也の名前を口に出した以上、自分たちと一緒に行動することになるのは避けられないだろうと思えた。
 そんな白夜の言葉に答えたのは、二人の中でも主導権を握っているのだろう男の方。

「僕たちがどこの所属なのかというのは、ちょっと言えないかな。……けど、この状況で君が僕たちを怪しむのは分かるけど、敵じゃない。もっとも、君が音也様の敵であれば話は別なんだけど……違うんだろう?」

 何かを確信しているかのような、そんな男の言葉。

「……それで信じろってのは少し無理があると思うんですけど」
「出来れば信じてくれると嬉しいかな」
「音也の名前を出してたけど、音也が今日山にいた理由に、貴方たちは何か関係があるんですか?」
「うーん、関係があるような、ないような……微妙なところだね」

 話せば話すほど、目の前にいる二人組は怪しく思えてくる。

「……凄いわね、あんたの髪」

 ふと聞こえてきた声に視線を向けると、そこでは黒髪の女が白夜を見て……より正確には白夜の虹色の髪を見て、目を大きく見開いていた。
 日の光が当たると、それだけで七色に輝く虹色の髪。
 自分の髪が色々な意味で珍しいというのは、白夜も理解している。
 だからこそ、女のその言葉にも特に激しく反応するようなことはないまま頭を下げる。

「ありがとうございます。お姉さんも美人だと思いますよ」

 ……それでいながら、当然のように相手を褒める言葉が出てくる辺り、白夜らしいと言えるのだろう。

「みゃっ!」
「痛っ!」

 そしてそんな白夜に教育的指導とでも言いたげに毛針を飛ばし、それを食らった白夜が痛がるというのがいつもの流れだった。
 目の前で繰り広げられた、突然のコントとでも呼ぶべきやり取り。
 それを見ながら、二人の男女は小さく笑いを浮かべる。
 もっとも、女の方は率直に美人だと白夜に言われたこともあって、少しだけ照れた様子だったが。

「えっと……そのくらいにしておいて。それで、音也様は?」

 男の方が取りなすようにノーラに告げ、改めて白夜に尋ねる。
 白夜の方はそんな男の言葉に感謝しながら、少し考え……やがて決断した。
 そもそもの話、現在の自分たちの状況は半ば詰んでいると言うべき状況なのだ。
 そうである以上、協力してくれるという相手がいるのであれば、途中経過はどうあれ助けて欲しいし、何より目の前に二人は自分よりも確実に強いという確信があった。
 最終的に助け合う必要があるのであれば、それこそ無駄に敵対的な関係になるまでもないだろうと、そう判断する。

(それに、音也のことを知ってるってことは、多分音也もこの二人を知ってるんだろうし)

 少しだけ警戒を緩めた白夜は、洞窟の前から退いて、口を開く。

「音也、ちょっと出て来てくれ。他の皆も。聞こえてたと思うけど、助けが来たみたいだ」
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