虹の軍勢

神無月 紅

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20話

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「ふぅ、やっと終わったか。……それにしても、白夜もなかなかやるね」

 槍を振るって穂先に付着していたゴブリンの血を地面に払い、懐から取り出した布で穂先を拭きながら、猛は白夜に感心したような視線を向ける。
 白夜がネクストの生徒としてそれなりに強いというのは分かっていたが、先程の戦いで見せたノーラと連携して行われた戦いは、猛にとっても驚くべきものだった。
 ……もっとも、それはあくまでもネクストの生徒という枠組みの中での話であり、少なくてもゾディアックに匹敵する戦闘力を持っているかと言われれば、即座に首を横に振るのだが。

「そうですか? そう言って貰えると……」

 嬉しいです。
 そう言おうとした白夜だったが、自分の言葉を最後まで口にするよりも前に蛟の驚愕の声が周囲に響く。

「ちょっ、白夜! あんた、それ! それ!」
「え?」

 いきなりの大声に驚いた様子を見せた白夜だったが、蛟が指さしている方に視線を向けると、思わず金属の棍を持っていない方の手で顔を覆う。
 何故なら、そこに広がっていた光景はこの山に入ってから一度見たものだったからだ。
 すなわち、白夜の影から伸びた闇にゴブリンの死体が沈んでいくという光景。
 それどころか、白夜の闇はさらに広がっていく。
 そうして白夜が倒したゴブリン以外にも、蛟や猛が倒したゴブリンの死体を、次々と闇に沈めていく。
 それはまるで闇が死体を呑み込んでいる……いや、喰らっているかのような、そんな光景。
 その光景を初めて見た蛟と猛は、当然のように不気味さを感じ、それぞれの武器を構える。
 それでいながら武器の切っ先が向いているのは白夜ではなく闇なのは、この短時間であっても白夜をある程度信用出来る相手と判断したからか。
 ともあれ、白夜の闇はそんな二人に全く何の反応も示さず、その場にあったゴブリンの死体全てを呑み込む。
 そうしてゴブリンの死体全てがその場から消え去ると、自分は白夜の影ですと言いたげに、そのまま白夜の足下に戻る。

『……』

 以前にもその光景を見た杏と弓奈は、そこまで驚いた様子を見せない。
 だが、今の光景を初めて見た蛟と猛の二人は、説明を求める視線を白夜に向け、口を開く。

「どうなってるのか、話を聞かせてくれるかな? 今のは、白夜の能力だよね?」
「えーっと……はい」

 穏やかな口調ではあったが、猛の白夜を見る視線は鋭い。
 蛟も、猛ほどではないが鋭い視線を白夜に向けていた。
 そんな二人に比べ、この光景を初めて見るはずの音也はただ驚きに眼を大きく見開いている。
 白夜にとってさいわいだったのは、音也の視線の中に忌避の色がなかったことか。

「白夜の能力は……影、かな? 随分と珍しいけど」
「いえ、そう見えたかもしれませんが、正確には闇になります」
「……で、今のは具体的にどんな能力なのか、しっかりと説明して欲しいんだけど」
「そう言われても……」

 力の籠もった視線を向けてくる猛だったが、白夜はそれに戸惑ったように言葉に詰まる。
 実際、この能力は今日になって初めて発現したものであり、具体的にどのような能力を持っているのかは白夜にも理解出来てはいない。
 勝手に動き、モンスターの死体を呑み込む。
 魔石や素材、討伐証明部位といったものを得ることも出来なくなることを考えると、非常に迷惑な能力と言ってもいいだろう。

「答えられないのかい?」

 尋ねる猛から発せられる圧力は、その言葉と共に一段と強まった。
 蛟も、何かあったらすぐに行動に出られるように身体を僅かに動かしながらことの成り行きを見守る。
 そんな二人の様子に反応したのか、ノーラは空中で浮かんでいた状況から白夜を守るかのように白夜の横にまで降りてきた。
 このままでは、色々と不味いことになる。
 そう判断した白夜は、取りあえずといった様子で口を開く。

「えっと、この能力は今日初めて発現したものなので、自分でもよく分かりません。ただ、今のところこの闇によって被害を受けたりはしていないので、特に問題はないかと」

 モンスターの死体を呑み込むという時点で金銭的な被害を受けてはいるのだが、それ以外に何か具体的な被害を受けている訳ではない。
 ……もっとも、金銭的な被害という点では、白夜にも色々と自分の能力に対して言いたいことはあるのだが。

「なるほどね、そういう時期な訳だ」

 小さく呟いた猛だったが、すぐに白夜に向けていた圧力が弱くなる。

「分かったよ。……けど、その闇は君の能力だ。そうである以上、絶対に自分でコントロール出来るだろう。能力者であれば、自分の能力を把握し、使いこなすことは当然のことだ。分かるね?」
「はい」

 猛の口から出たのは、無茶なことという訳ではない。
 いや、寧ろその言葉通り、能力者としては当然のことと言ってもいい。
 だが……その言葉に頷きながらも、白夜は自分の能力をどう操作すればいいのかが、分からないでいた。
 実際問題、闇が白夜の制御を離れて勝手に動く以上、どうしようもないというのは間違いのない事実なのだ。
 それをどうにかしろと言われても、白夜はどうすればいいのかが分からなかった。

「さて、話は纏まったことだし、本題に入ろうか。……ゴブリンの集落に対する攻撃だけど、僕と蛟が先陣を切って攻撃するから、白夜は遊撃という形でなるべくゴブリンに見つからないように攻撃をして欲しい。杏は魔法で適時フォロー。弓奈は音也様の護衛。いいね?」

 つい先程までは厳しい視線を白夜に向けていた猛だったが、今はその厳しい視線も収まり、白夜たちに向かって言い聞かせるように告げる。
 白夜も、それ以外の面々も、そんな猛の言葉に異論はなく、頷きを返す。
 もちろん本来なら色々と主張したいこともあるのだが、猛の意見が一番真っ当で、同時に危険性も少ないのは間違いなかったからだ。

「じゃあ……行こうか」

 そう告げ、お互いの役割を決めてから再び歩き出し……先程白夜の闇によってゴブリンの死体が呑み込まれた場所からそれ程時間が経たず、目的の場所を発見することが出来た。

「見つけた。……全員、準備はいいね?」

 槍を手に尋ねる猛の言葉に、全員が頷く。
 それを確認すると、猛と蛟は一気に飛び出す。
 ゴブリンは逃げ出した白夜と音也を探すために、多くのゴブリンを山の中に出している。
 結果として、それが集落の中にいる戦力を減らすことになっていた。
 真っ先に猛の槍の餌食になったのは、集落の見張りのゴブリンだ。
 元々ゴブリンは、そこまで集中力が高くない。
 自分たちを纏める上位種や希少種といった存在が出ても、それは変わらない。
 一時的に命令を聞くことはあっても、それが長く続くとそれだけに集中するということは出来なくなるのだ。
 そんな不幸なゴブリンが、真っ先に猛の放った槍で頭部を貫かれ、地面に崩れ落ちる。

「グギャ?」

 最初に倒されたゴブリンの近くにいた別のゴブリンは、最初何が起きたのか理解出来ない様子で疑問の声を漏らす。
 だが、それがゴブリンにとって致命的な隙となってしまう。
 次の瞬間には、ゴブリンの頭部は蛟の奮った長剣によって空中に斬り飛ばされていたのだから。

「白夜!」

 蛟の言葉に白夜は頷き、ノーラと共にゴブリンの集落に入り込む。
 猛と蛟が派手にゴブリンと戦っているために、集落の中に残っていた数少ないゴブリンたちの意識はそちらに向いていた。
 だが……当然集落のゴブリン全てがそちらに向かっている訳もなく、集落の中には何匹かのゴブリンの姿もある。
 眠っているゴブリン、何かを食べているゴブリン、仲間と話しているゴブリンといったように。

「ノーラ、まずは倒せるだけのゴブリンを倒してしまおう。出来るだけあっちの二人に戦力が集中しないようにな」
「みゃー!」

 白夜の言葉にノーラが了承の鳴き声を漏らし、そのまま一人と一匹はゴブリンの集落の中を駆け抜ける。
 もっとも、集落とはいってもきちんとした家や小屋がある訳ではなく、適当に折った木で粗末な小屋……いや、小屋と呼ぶのも躊躇われるような建物がいくつもあるような、そんな集落だが。

「みゃ!」

 ゴブリンの集落を走っていると、不意にノーラが警戒の鳴き声を漏らす。
 そして次の瞬間、近くにあった木の陰から、一匹のゴブリンが姿を現す。
 手には棍棒を持っており、集落の中で行われている戦闘の援軍にでも向かおうというつもりだったのだろう。
 だが、まさかこんな場所でいきなり敵に遭遇するとは思わなかったのか、間近にいた白夜を見て、驚きで動きが止まった。
 それでも戦闘に向かおうというつもりだったためか、咄嗟に手に持っていた棍棒を白夜に向けて振るおうとし……次の瞬間、ゴブリンの口から悲鳴が漏れる。
 何故なら、ゴブリンの眼球にノーラの放った毛針が数本突き刺さっていたためだ。

「ギョア!?」

 そして一瞬の隙が出来たゴブリンに対し、白夜は金属の棍を振るう。
 横薙ぎに放たれた一撃は、容易にゴブリンの首の骨を折り、ゴブリンの身体は地面に崩れ落ち……

「って、またかよ!?」

 首の骨が折れて死んだゴブリンが地面にぶつかる寸前、素早く白夜の闇が伸びると、その身体を呑み込む。
 自分の能力でありながら、こうも自由に動き回るような真似をされるのは、白夜にとってもあまり面白いことではない。
 それでも死体が見つかってゴブリンたちの騒ぎにならないだけいいかと、半ば無理矢理に現在の状況に利益を見出して考え、そのままゴブリンの集落の中を進む。

「っ!?」

 集落の中を進んでいる途中、掘っ立て小屋と呼ぶのも躊躇われるような小屋の隙間から中を覗いた白夜が見たのは、こうして集落の大きな騒動になっているにもかかわらず、それに全く気が付かないで眠っている一匹のゴブリンの姿だった。
 咄嗟にノーラの動きを止めると、白夜はそっと掘っ立て小屋の中に入っていく。
 眠っているゴブリンのすぐ近くまでやってきても、そのゴブリンが起きる様子はない。

(危機感がないというか、この程度では起きない大物だというか。……前者だろうな)

 白夜は金属の棍をゴブリンの頭の上まで上げ、次の瞬間、そのまま一気にゴブリンの頭に向かって振り下ろす。

「っ!?」

 頭蓋骨が砕かれる衝撃で一瞬ゴブリンは目を見開いたものの、次の瞬間にはそのまま意識を……そして命を失い、動きを止める。
 頭蓋骨を砕き、脳みそを潰す感触。
 それに微かに眉を顰めつつ、白夜は金属の棍の先端に付着した肉片や骨片をゴブリンの身体で拭い……

「本当にお前は好き勝手に動くな」

 まるでそれを待っていたかのように、白夜の闇が頭部を砕かれたゴブリンの死体を呑み込む。
 ゴブリンの集落に来てから、妙に自己主張するようになった闇に呆れと諦めの混ざった溜息を吐く。
 そもそも、闇に何らかの能力があるのかどうかというのは、白夜には分からない。
 自分の能力でありながら、こうも好き勝手に動かれると、既に何と言っていいのか分からなかった。

「みゃ!」

 元気出せと、そう慰めるようにノーラが鳴き声を上げ、それを聞いた白夜は現在自分がどこにいるのかを思い出して小さく頷く。
 金属の棍を手に、ゴブリンが暢気に眠っていた――そして結果として永眠した――掘っ立て小屋を出る。
 猛や蛟が暴れているためだろう。集落の中は非常に騒がしくなっていた。
 そんな集落の中を、白夜はノーラと共に走る。
 その途中で何匹かのゴブリンと遭遇し、金属の棍をゴブリンの血や肉片で汚していく。
 奇襲や、ノーラによる毛針による牽制。
 そのような行為を繰り返しているうちに、やがて空を飛んでいるノーラが警戒心も露わに鳴く。

「キュ!」
「っ!?」

 白夜はそんなノーラの言葉に、素早く走っていた足を止め、周囲を見回す。
 ノーラの索敵能力が高いというのは、すでに白夜にとっては当然のことだ。
 そのノーラが高い鳴き声で警戒を露わにしたのだから、この先には何かがある。
 そう考えるのは当然だろう。
 掘っ立て小屋の隙間から向こうを覗いた白夜が見たのは、ゴブリンだった。
 いや、それは本当にゴブリンと呼んでもいいのか。
 普通のゴブリンは子供くらいの大きさ。
 白夜の腰くらいの大きさがほとんどで、少し大きくても胸までの大きさはない。
 だが……今、白夜の視線の先にいるのは、身長二メートルほどもあるゴブリンだった。
 身体つきも普通のゴブリンとは比べものにならないくらいに体格がいい。
 一見するとゴブリンの大きさではないのだが、身体のつくりはゴブリンで間違いない。
 そんなゴブリンの正体がなんなのか、白夜は知っていた。
 ちょうど学校の授業で習ったばかりなのだが、忘れられるはずがない。

「ゴブリンの、上位種……」

 口の中で呟いた瞬間、ゴブリンの上位種はまるでその声が聞こえていたかのように白夜の方に視線を向けるのだった。
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