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22話
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ゴブリンたちの前に出た上位種は、手に棍棒を握っていた。
先程白夜たちに向けて投げつけたのを、追いかけている途中で拾ってきたのか。……それとも他にいくつか予備があったのか。
その辺りは白夜にも分からなかったが、上位種が武器を持っているということの危険だけは十分に理解出来た。
「蛟さん、猛さん、あの上位種……戦った訳じゃないから、はっきりとは分かりませんが、他のゴブリンとは比べものにならないくらい強いです」
「だろうね」
槍を手に、猛が呟く。
今まで戦っていたゴブリンを後ろに下げ、自分だけ前に出てくる。
それは、自分の実力によほどの自信がなければ出来ないことだ。
いや、多少自信があっても、そのような真似をすれば普通なら集中攻撃をされてしまう。
別に白夜たちは正々堂々とした決闘をやっている訳ではない。
どちらかと言えば、ゴブリンを駆除しているという言葉がこれ以上ないくらい相応しい。
「ま、そこまで自信があるんなら私たちが一度に攻撃をしても、問題はないでしょ。……行くわよ!」
そう言うや否や、蛟が長剣を手に一気に前に出る。
そんな蛟に一瞥した上位種は、白夜を殺すことが出来なかったという苛立ちの中に、下卑た欲望を表情に浮かべる。
上位種が自分を見て何を考えたのか。それを理解した蛟は、苛立ちと共に長剣を振るう。
「はああああぁぁっ!」
気合いの声と共に振るわれたその一撃は、上位種の下卑た欲望の視線により、普段よりも力が入っていたのは間違いない。
「蛟!」
振るわれた一撃を見た瞬間、槍を手にした猛が一気に前に出る。
その猛の行動が、蛟を救った。
長剣の一撃を棍棒で受け止めた上位種が、そのまま力ずくで強引に棍棒を振るい……蛟の手から、長剣をもぎ取ったのだ。
長剣の刃が棍棒に食い込んでいたために、蛟は長剣を手放さざるを得ない。
棍棒を振り抜いた上位種は、そのまま再び蛟の棍棒を振り下ろそうとし……そこに、猛の槍が連続して放たれる。
「グラァッ!」
「ちぃっ!」
何度となく放たれた猛の突きだったが、その多くが上位種の皮膚を破り、筋肉を多少は裂いても、断ち切るとまではいかない。
ましてや、骨までは全く届いていなかった。
速度を重視した突きではあったが、それでも予想以上に与えたダメージが少なかったことが、猛の口の中で強い舌打ちがされた理由だった。
だが、それでも上位種に痛みを感じさせ、動きを一瞬なりとも止めたのは間違いない。
その隙に、蛟は上位種から距離を取ることに成功する。
「厄介ね」
自分の武器の長剣が、上位種の持つ棍棒に突き刺さったままなのを見て、蛟が苛立たしげに吐き捨てる。
長剣を奪われてしまった以上、今の蛟の手に武器はない。
……予備の武器を求めて腰の後ろに手を伸ばすと、そこにあった鞘から短剣を引き抜き、手ぶらという状況はすぐに解消されたが。
「ゴブリンの上位種……今までに戦ってきた上位種とはちょっと違うようだ、ね!」
槍の連続突きをくらい、多少なりとも痛みを感じたのが上位種に怒りを抱かせたのだろう。
上位種は猛に向かって、長剣が未だにくっついたままの棍棒を猛に向かって振り下ろす。
だが、猛は喋っている途中で攻撃されたにもかかわらず、後ろに跳躍してあっさりとその攻撃を回避した。
「ゴアアアアアアアアアアアアアッ!」
自分の攻撃が簡単に回避されたことが、より上位種の苛立ちを煽る。
その口から、周囲の者達を威圧するかのような雄叫びが放たれた。
だが、その雄叫びで威圧されたのは、後ろに下がっているゴブリンたちだけだ。
いや、杏、弓奈、音也の三人もその雄叫びに一瞬動きを止めたが、すぐにそれを乗り越える。
上位種と相対している猛、短剣で隙を窺っている蛟、金属の棍を手に握る白夜、その白夜の周囲を浮かんでいるノーラ。
そのような者たちは、上位種の叫びを聞いても動きが鈍くなる様子はない。
「グルラアァアッァァアッ!」
自分の雄叫びが、周囲の者たちはともかく狙った者たちに何の効果もなかったことに苛立ったのだろう。
上位種はその怒りのままに猛に棍棒を振るおうとし……
「ノーラ!」
「みゃ!」
上位種の意識が完全に猛に向かっていた隙を突き、白夜が叫ぶ。
猛だけに集中していた上位種は、そんな白夜の言葉に一切気が付くことはなかった。
そしてノーラは、白夜の言葉を聞き逃すようなことはなく、鋭く行動に出る。
そう。白夜を追いかけているときと同様に、上位種の目を狙って毛針が放たれたのだ。
基本的にノーラの毛針は、鋭く尖っているだけに、かなりの激痛を与えることが出来る。
だが、それはあくまでも痛みだけだ。
よほどのことがない限り、とてもではないが致命傷にはならない。
そんな中で、目というのは痛みを与えると同時に相手の視覚を奪うことにより、白夜たちに大きなアドバンテージを生む。
……もっとも、モンスターの中には視覚に頼らないような者も存在するのだが。
ともあれ、ノーラの放った毛針は猛にだけ集中していた上位種の目に突き刺さり、その視界を奪う。
正確には毛針が刺さったのは左目だけなので、上位種の視界が完全に塞がれた訳ではない。
だが……それでも、上位種の視界が狭くなったのは、間違いのない事実。
そして、いつもノーラと行動している白夜が、そんな隙を見逃すはずもない。
「はぁっ!」
思わず漏れた気合いの声と共に、金属の棍を上位種に向かって突き出す。
……ただし、狙いは頭部でも胴体でもなく……膝。
それも、正面からではなく真横から放たれた一撃だ。
金属の棍によるその一撃は、二メートルを超えるだけの身長を持つ上位種の左膝をあっさりと砕く。
正面からの一撃であれば、こうもあっさりと膝を砕くような真似は出来なかっただろう。
だが、今回白夜が放った一撃は真横からの一撃だ。
いくら頑丈な膝であっても、意識の外ともいえる真横から金属の棍の……それも白夜の放つ突きを受け、無事ですむはずがなかった。
「グガアアアアアアッ!」
左膝を地面に付き、痛みと苛立ちから声を上げる上位種。
だが、その声も残った右目が、自分に向かって近づいてくる猛の姿を見れば、このままでは死ぬことになると、そう理解出来る。
そのまま、まだ握っていた棍棒を大きく振るって猛を迎撃せんとする上位種。
「まだまだ元気だね。けど!」
万全の状態であればまだしも、今の上位種は左膝が砕かれており、どうしても身動きするのに数瞬の遅れが出る。
いつも通りに動こうとし、その瞬間に左膝からの痛みで上位種は動きが鈍るのだ。
そんな上位種であれば、猛も先程までとは違い、容易に攻撃することが出来る。
左足が動かせない状況で、無理に振るわれる上位種の棍棒。
その一撃を回避しながら突き出された槍は、穂先が上位種の脇腹に突き刺さる。
「グルァアアッ!」
「その程度で鳴いてるんじゃないわよ!」
皮膚を破り、肉を抉りながら脇腹を貫通された痛みに上位種が叫ぶが、その程度では許せないと蛟が上位種との距離を詰め、短剣を振るう。
猛の槍が貫いた左脇腹とは反対の右脇腹を斬り裂く短剣。
もっとも、持っているのはいつもの長剣ではなく、短剣だ。
その刃では、上位種を相手に致命傷を与えるのは難しかった。
心臓や喉、頭部……そのような場所を貫くことが出来れば、致命傷になったのかもしれないが……残念ながら、上位種も重要な場所はしっかりと守っている。
だが……上位種にとっての不幸はまだ終わらない。
「うおおおっ!」
上位種の背後から、白夜が金属の棍で思い切り突いたのだ。
それも、背骨があるだろう位置を狙って。
「グギャアッ!」
今までの苛立ちの混ざった声ではなく、明確に痛みが混ざった悲鳴。
もし白夜の武器が金属の棍ではなく槍であったら、今の一撃で上位種を倒すことすら出来ていたかもしれないだろう一撃。
だが、残念ながら白夜の武器は刃のついていない金属の棍で、上位種に致命傷を与えるとまではいかなかった。
もっとも、致命傷ではなくても今の一撃が大きなダメージになったのは間違いない。
叫び声を上げる上位種に対し、次に攻撃を仕掛けたのは杏。
今までは魔法を使えば上位種に目を付けられるからと魔法を使うのを控えていたのだが、今なら大丈夫だと判断したのだろう。
いくつもの風の刃が放たれ、次々に上位種の皮膚を、肉を斬り裂いていく。
風の刃ということで重さが足りず、骨を断つといったことまでは出来なかったが、それでも十分上位種にダメージを与えることは出来た。
何より大きかったのは、風の刃の一つが上位種の右目を斬り裂いたことだろう。
左目がノーラの毛針によって潰されていた上に、右目まで斬り裂かれたのだ。
上位種にとって、視覚が完全に殺されてしまったのは致命傷以外のなにものでもなかった。
もしこれで上位種が、魔力を感じる、聴覚や嗅覚が鋭い、気配を読むことが出来る……といったことであれば、もしかしたらどうにかなったかもしれない。
だが、生憎と上位種にそのような力は存在せず、敵を見つけるのは視覚に頼り切っていた。
その状況で両目とも潰されたのだから、敵に対処出来るはずがない。
混乱した様子で棍棒を大きく振るう上位種。
当然ながら、何かを狙って攻撃した訳でもない一撃は、白夜たちに当たるはずもない。
そして、上位種の視覚が封じられているという絶好の攻撃の機会を、白夜たちが見逃すはずがなかった。
「皆、攻撃を!」
猛の指示に従い、それぞれが攻撃を始める。
白夜は金属の棍で、ノーラは毛針で、猛は槍で、蛟は短剣で、杏は魔法で、音也と弓奈の二人は石を投げて。
まさに全員が一斉に攻撃をするという、傍から見れば苛めに近いものがあるだろう。
もっとも、大変革後のこの世界、モンスターというのは基本的に大勢で倒すのは珍しくない。
「グルラアアアアアアア!」
周囲から絶え間なく行われる攻撃に、上位種が痛みと苛立ちを込めて叫ぶ。
そんな上位種から離れた場所にはゴブリンの集団がいるのだが、白夜たちに攻撃する様子はなく、ただ黙って立ったままだ。
人間であれば、このような状況ではすぐに援護に入るだろう。
だが、ここのゴブリンたちは、上位種に手を出さないようにと命令されている。
その命令と、目の前で上位種が攻撃されているのを比べても、前者の方が重要だと思ってしまう。
上位種が新たに攻撃するようゴブリンたちに命令すれば話は別だったかもしれないが、両目を潰されて完全に混乱し、その上で白夜たちに集中攻撃されている状況では、そんな余裕はなかった。
「続け、続け! 今のうちに倒すのよ! 殺せ、殺せ!」
蛟が物騒なことを口走りながら、ひたすら短剣を振るう。
次々に短剣の刃が上位種の皮を裂き、肉を削ぐ。
……そう、削ぐのだ。
短剣では上位種に対して大きなダメージを与えられないと判断した蛟は、ゴブリンに対する憎悪を込めて上位種の肉を削いでいく。
それは、まるで干し肉の塊を削るかのような、そんな印象を白夜に与えた。
もっとも、血の類が全く出ない干し肉に比べて、蛟の短剣が削いだ部分からは血が流れているのだが。
(えぐいな)
蛟の攻撃を眺め、思わず背筋に冷たいものを感じる白夜だったが、当然のように金属の棍による攻撃を緩めることはない。
上位種の関節を狙って、次々に白夜は金属の棍を振るっていき……そうして、二十分ほどが経ち……
「ガアアア……」
白夜を追っていた時の鳴き声とはまるで違う、弱り切った鳴き声を上げながら、片膝を地面に突く。
周囲から休む暇もないほど続けざまに行われた攻撃に、完全に弱り切っている上位種。
「やれ、白夜!」
そう指示をしたのは、槍を手にした猛だった。
別に白夜に華を持たせようとして叫んだ訳ではない。
純粋に、現在の状況で上位種に対して一番近く、致命的なダメージを与えることが出来るのは白夜しかいなかっただけだ。
猛は先程の槍による一撃を放ったあとで上位種から一旦距離をとっており、蛟は手にしているのが短剣。
杏の魔法もあったが、もう倒せるという状況で出来れば魔力を使うような真似をさせたくないという猛の考えもあったのだろう。
結果として、白夜が金属の棍を手にし、一瞬だけ嫌そうな表情を浮かべながらも口を開く。
「我が内なる闇により、汝に永遠の眠りを与えよう!」
その言葉と共に白夜の影から闇が伸び……金属の棍に纏わり付いていく。
白夜の頬が薄らと赤くなっているのは、闇を使うために自分でも恥ずかしいと思われる台詞を口にしたためだろう。
とにかく、その恥ずかしさを誤魔化す意味を込め……白夜は、周囲の様子が全く見えていない上位種の頭部に向かって、闇を纏った棍を突き出す。
それも、ただ突き出すのではなく、少しでも威力が上がるように棍にを回転させながらだ。
そうして真っ直ぐに進んだ棍は、上位種の頭部を背後から襲い……頭蓋骨を砕く感触を、間違いなく白夜に伝えるのだった。
先程白夜たちに向けて投げつけたのを、追いかけている途中で拾ってきたのか。……それとも他にいくつか予備があったのか。
その辺りは白夜にも分からなかったが、上位種が武器を持っているということの危険だけは十分に理解出来た。
「蛟さん、猛さん、あの上位種……戦った訳じゃないから、はっきりとは分かりませんが、他のゴブリンとは比べものにならないくらい強いです」
「だろうね」
槍を手に、猛が呟く。
今まで戦っていたゴブリンを後ろに下げ、自分だけ前に出てくる。
それは、自分の実力によほどの自信がなければ出来ないことだ。
いや、多少自信があっても、そのような真似をすれば普通なら集中攻撃をされてしまう。
別に白夜たちは正々堂々とした決闘をやっている訳ではない。
どちらかと言えば、ゴブリンを駆除しているという言葉がこれ以上ないくらい相応しい。
「ま、そこまで自信があるんなら私たちが一度に攻撃をしても、問題はないでしょ。……行くわよ!」
そう言うや否や、蛟が長剣を手に一気に前に出る。
そんな蛟に一瞥した上位種は、白夜を殺すことが出来なかったという苛立ちの中に、下卑た欲望を表情に浮かべる。
上位種が自分を見て何を考えたのか。それを理解した蛟は、苛立ちと共に長剣を振るう。
「はああああぁぁっ!」
気合いの声と共に振るわれたその一撃は、上位種の下卑た欲望の視線により、普段よりも力が入っていたのは間違いない。
「蛟!」
振るわれた一撃を見た瞬間、槍を手にした猛が一気に前に出る。
その猛の行動が、蛟を救った。
長剣の一撃を棍棒で受け止めた上位種が、そのまま力ずくで強引に棍棒を振るい……蛟の手から、長剣をもぎ取ったのだ。
長剣の刃が棍棒に食い込んでいたために、蛟は長剣を手放さざるを得ない。
棍棒を振り抜いた上位種は、そのまま再び蛟の棍棒を振り下ろそうとし……そこに、猛の槍が連続して放たれる。
「グラァッ!」
「ちぃっ!」
何度となく放たれた猛の突きだったが、その多くが上位種の皮膚を破り、筋肉を多少は裂いても、断ち切るとまではいかない。
ましてや、骨までは全く届いていなかった。
速度を重視した突きではあったが、それでも予想以上に与えたダメージが少なかったことが、猛の口の中で強い舌打ちがされた理由だった。
だが、それでも上位種に痛みを感じさせ、動きを一瞬なりとも止めたのは間違いない。
その隙に、蛟は上位種から距離を取ることに成功する。
「厄介ね」
自分の武器の長剣が、上位種の持つ棍棒に突き刺さったままなのを見て、蛟が苛立たしげに吐き捨てる。
長剣を奪われてしまった以上、今の蛟の手に武器はない。
……予備の武器を求めて腰の後ろに手を伸ばすと、そこにあった鞘から短剣を引き抜き、手ぶらという状況はすぐに解消されたが。
「ゴブリンの上位種……今までに戦ってきた上位種とはちょっと違うようだ、ね!」
槍の連続突きをくらい、多少なりとも痛みを感じたのが上位種に怒りを抱かせたのだろう。
上位種は猛に向かって、長剣が未だにくっついたままの棍棒を猛に向かって振り下ろす。
だが、猛は喋っている途中で攻撃されたにもかかわらず、後ろに跳躍してあっさりとその攻撃を回避した。
「ゴアアアアアアアアアアアアアッ!」
自分の攻撃が簡単に回避されたことが、より上位種の苛立ちを煽る。
その口から、周囲の者達を威圧するかのような雄叫びが放たれた。
だが、その雄叫びで威圧されたのは、後ろに下がっているゴブリンたちだけだ。
いや、杏、弓奈、音也の三人もその雄叫びに一瞬動きを止めたが、すぐにそれを乗り越える。
上位種と相対している猛、短剣で隙を窺っている蛟、金属の棍を手に握る白夜、その白夜の周囲を浮かんでいるノーラ。
そのような者たちは、上位種の叫びを聞いても動きが鈍くなる様子はない。
「グルラアァアッァァアッ!」
自分の雄叫びが、周囲の者たちはともかく狙った者たちに何の効果もなかったことに苛立ったのだろう。
上位種はその怒りのままに猛に棍棒を振るおうとし……
「ノーラ!」
「みゃ!」
上位種の意識が完全に猛に向かっていた隙を突き、白夜が叫ぶ。
猛だけに集中していた上位種は、そんな白夜の言葉に一切気が付くことはなかった。
そしてノーラは、白夜の言葉を聞き逃すようなことはなく、鋭く行動に出る。
そう。白夜を追いかけているときと同様に、上位種の目を狙って毛針が放たれたのだ。
基本的にノーラの毛針は、鋭く尖っているだけに、かなりの激痛を与えることが出来る。
だが、それはあくまでも痛みだけだ。
よほどのことがない限り、とてもではないが致命傷にはならない。
そんな中で、目というのは痛みを与えると同時に相手の視覚を奪うことにより、白夜たちに大きなアドバンテージを生む。
……もっとも、モンスターの中には視覚に頼らないような者も存在するのだが。
ともあれ、ノーラの放った毛針は猛にだけ集中していた上位種の目に突き刺さり、その視界を奪う。
正確には毛針が刺さったのは左目だけなので、上位種の視界が完全に塞がれた訳ではない。
だが……それでも、上位種の視界が狭くなったのは、間違いのない事実。
そして、いつもノーラと行動している白夜が、そんな隙を見逃すはずもない。
「はぁっ!」
思わず漏れた気合いの声と共に、金属の棍を上位種に向かって突き出す。
……ただし、狙いは頭部でも胴体でもなく……膝。
それも、正面からではなく真横から放たれた一撃だ。
金属の棍によるその一撃は、二メートルを超えるだけの身長を持つ上位種の左膝をあっさりと砕く。
正面からの一撃であれば、こうもあっさりと膝を砕くような真似は出来なかっただろう。
だが、今回白夜が放った一撃は真横からの一撃だ。
いくら頑丈な膝であっても、意識の外ともいえる真横から金属の棍の……それも白夜の放つ突きを受け、無事ですむはずがなかった。
「グガアアアアアアッ!」
左膝を地面に付き、痛みと苛立ちから声を上げる上位種。
だが、その声も残った右目が、自分に向かって近づいてくる猛の姿を見れば、このままでは死ぬことになると、そう理解出来る。
そのまま、まだ握っていた棍棒を大きく振るって猛を迎撃せんとする上位種。
「まだまだ元気だね。けど!」
万全の状態であればまだしも、今の上位種は左膝が砕かれており、どうしても身動きするのに数瞬の遅れが出る。
いつも通りに動こうとし、その瞬間に左膝からの痛みで上位種は動きが鈍るのだ。
そんな上位種であれば、猛も先程までとは違い、容易に攻撃することが出来る。
左足が動かせない状況で、無理に振るわれる上位種の棍棒。
その一撃を回避しながら突き出された槍は、穂先が上位種の脇腹に突き刺さる。
「グルァアアッ!」
「その程度で鳴いてるんじゃないわよ!」
皮膚を破り、肉を抉りながら脇腹を貫通された痛みに上位種が叫ぶが、その程度では許せないと蛟が上位種との距離を詰め、短剣を振るう。
猛の槍が貫いた左脇腹とは反対の右脇腹を斬り裂く短剣。
もっとも、持っているのはいつもの長剣ではなく、短剣だ。
その刃では、上位種を相手に致命傷を与えるのは難しかった。
心臓や喉、頭部……そのような場所を貫くことが出来れば、致命傷になったのかもしれないが……残念ながら、上位種も重要な場所はしっかりと守っている。
だが……上位種にとっての不幸はまだ終わらない。
「うおおおっ!」
上位種の背後から、白夜が金属の棍で思い切り突いたのだ。
それも、背骨があるだろう位置を狙って。
「グギャアッ!」
今までの苛立ちの混ざった声ではなく、明確に痛みが混ざった悲鳴。
もし白夜の武器が金属の棍ではなく槍であったら、今の一撃で上位種を倒すことすら出来ていたかもしれないだろう一撃。
だが、残念ながら白夜の武器は刃のついていない金属の棍で、上位種に致命傷を与えるとまではいかなかった。
もっとも、致命傷ではなくても今の一撃が大きなダメージになったのは間違いない。
叫び声を上げる上位種に対し、次に攻撃を仕掛けたのは杏。
今までは魔法を使えば上位種に目を付けられるからと魔法を使うのを控えていたのだが、今なら大丈夫だと判断したのだろう。
いくつもの風の刃が放たれ、次々に上位種の皮膚を、肉を斬り裂いていく。
風の刃ということで重さが足りず、骨を断つといったことまでは出来なかったが、それでも十分上位種にダメージを与えることは出来た。
何より大きかったのは、風の刃の一つが上位種の右目を斬り裂いたことだろう。
左目がノーラの毛針によって潰されていた上に、右目まで斬り裂かれたのだ。
上位種にとって、視覚が完全に殺されてしまったのは致命傷以外のなにものでもなかった。
もしこれで上位種が、魔力を感じる、聴覚や嗅覚が鋭い、気配を読むことが出来る……といったことであれば、もしかしたらどうにかなったかもしれない。
だが、生憎と上位種にそのような力は存在せず、敵を見つけるのは視覚に頼り切っていた。
その状況で両目とも潰されたのだから、敵に対処出来るはずがない。
混乱した様子で棍棒を大きく振るう上位種。
当然ながら、何かを狙って攻撃した訳でもない一撃は、白夜たちに当たるはずもない。
そして、上位種の視覚が封じられているという絶好の攻撃の機会を、白夜たちが見逃すはずがなかった。
「皆、攻撃を!」
猛の指示に従い、それぞれが攻撃を始める。
白夜は金属の棍で、ノーラは毛針で、猛は槍で、蛟は短剣で、杏は魔法で、音也と弓奈の二人は石を投げて。
まさに全員が一斉に攻撃をするという、傍から見れば苛めに近いものがあるだろう。
もっとも、大変革後のこの世界、モンスターというのは基本的に大勢で倒すのは珍しくない。
「グルラアアアアアアア!」
周囲から絶え間なく行われる攻撃に、上位種が痛みと苛立ちを込めて叫ぶ。
そんな上位種から離れた場所にはゴブリンの集団がいるのだが、白夜たちに攻撃する様子はなく、ただ黙って立ったままだ。
人間であれば、このような状況ではすぐに援護に入るだろう。
だが、ここのゴブリンたちは、上位種に手を出さないようにと命令されている。
その命令と、目の前で上位種が攻撃されているのを比べても、前者の方が重要だと思ってしまう。
上位種が新たに攻撃するようゴブリンたちに命令すれば話は別だったかもしれないが、両目を潰されて完全に混乱し、その上で白夜たちに集中攻撃されている状況では、そんな余裕はなかった。
「続け、続け! 今のうちに倒すのよ! 殺せ、殺せ!」
蛟が物騒なことを口走りながら、ひたすら短剣を振るう。
次々に短剣の刃が上位種の皮を裂き、肉を削ぐ。
……そう、削ぐのだ。
短剣では上位種に対して大きなダメージを与えられないと判断した蛟は、ゴブリンに対する憎悪を込めて上位種の肉を削いでいく。
それは、まるで干し肉の塊を削るかのような、そんな印象を白夜に与えた。
もっとも、血の類が全く出ない干し肉に比べて、蛟の短剣が削いだ部分からは血が流れているのだが。
(えぐいな)
蛟の攻撃を眺め、思わず背筋に冷たいものを感じる白夜だったが、当然のように金属の棍による攻撃を緩めることはない。
上位種の関節を狙って、次々に白夜は金属の棍を振るっていき……そうして、二十分ほどが経ち……
「ガアアア……」
白夜を追っていた時の鳴き声とはまるで違う、弱り切った鳴き声を上げながら、片膝を地面に突く。
周囲から休む暇もないほど続けざまに行われた攻撃に、完全に弱り切っている上位種。
「やれ、白夜!」
そう指示をしたのは、槍を手にした猛だった。
別に白夜に華を持たせようとして叫んだ訳ではない。
純粋に、現在の状況で上位種に対して一番近く、致命的なダメージを与えることが出来るのは白夜しかいなかっただけだ。
猛は先程の槍による一撃を放ったあとで上位種から一旦距離をとっており、蛟は手にしているのが短剣。
杏の魔法もあったが、もう倒せるという状況で出来れば魔力を使うような真似をさせたくないという猛の考えもあったのだろう。
結果として、白夜が金属の棍を手にし、一瞬だけ嫌そうな表情を浮かべながらも口を開く。
「我が内なる闇により、汝に永遠の眠りを与えよう!」
その言葉と共に白夜の影から闇が伸び……金属の棍に纏わり付いていく。
白夜の頬が薄らと赤くなっているのは、闇を使うために自分でも恥ずかしいと思われる台詞を口にしたためだろう。
とにかく、その恥ずかしさを誤魔化す意味を込め……白夜は、周囲の様子が全く見えていない上位種の頭部に向かって、闇を纏った棍を突き出す。
それも、ただ突き出すのではなく、少しでも威力が上がるように棍にを回転させながらだ。
そうして真っ直ぐに進んだ棍は、上位種の頭部を背後から襲い……頭蓋骨を砕く感触を、間違いなく白夜に伝えるのだった。
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