虹の軍勢

神無月 紅

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36話

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 遠くに見えた、ゴブリンの集落。
 そこに続く道を歩いてきたのは間違いないが、それでも一切の襲撃はなかった。
 白夜たちが見つかって道のない場所を逃げたときとは違い、堂々とゴブリンによって踏み固められた道を進んできたにもかかわらず、だ。
 だからこそ、もしかしたら集落の中にゴブリンたち……もしくは、ゲートから出てきたモンスターか何かが待ち構えているのではないかと、そう思われていたのだが……

「誰もいないわね」

 五十鈴が遠くに見えるゴブリンの集落を見ながら、そう呟く。
 なお、当然調査隊の中には五十鈴が芸能人の鈴風ラナであることに気が付いた者も多かったが、仲間内でならともかく、大声で騒いだりといった真似はしなかった。……いや、出来なかったというのが正しい。
 最初に五十鈴からサインを貰ったり、握手をして欲しいと近づいた者たちは、近くにいた麗華に軽蔑の視線を向けられたためだ。
 いくら鈴風ラナのファンだからといって、麗華にそのような視線を向けれれた状況でサインを貰ったり……といった行動が出来る訳がない。

「そうですわね。それより……上を見てご覧なさいな。少し見えにくいですけれど、ゲートですわよ」

 麗華の言葉に、ゴブリンの集落を見ていた全員が上を……集落の上空を見上げる。
 そこは一見何もない、普通の青空のように見える。
 だが……ここにいる者であれば、あくまでもそれは見せかけだけのもので、実際には何かがあるというのを理解していた。
 そして何より、ゲートのように異世界に繋がっている空間の穴と呼ぶべきものがある以上、能力者の白夜たちは実際に目には見えずとも、何かがあるというのを本能的に感じることが出来る。

「あそこに、ゲートが……」
「もしゲートをどうにか出来れば、俺たちってもしかしてヒーロー? 英雄?」
「いや、ヒーローも英雄も同じだろ。……ニュアンス的には違うかもしれないけど」
「そもそも、どうにか出来ればじゃなくて、どうにかするために俺達がやって来たんだろ?」
「そうだけど……でも、ゲートだぜ? 本当に俺たちでどうにか出来ると思うか?」
「それは……」

 男の言葉に、話していた者たちが言葉に詰まる。
 ここまでは、半ば勢いもあってやって来た者も多い。
 だが、実際にこうしてゲートの存在するゴブリンの集落までやって来れば、否が応でも緊張してしまうのは当然だった。
 中には自分ならどうとでも出来ると思っている者もいるのだが……そのような者は、やはり数が少ない。

「落ち着きなさい」

 自分たちの言葉で動揺し始めた者たちを前に、麗華が凛とした様子で呟く。
 動揺していた者たちは、自分たちの現状が現状だからこそ、今の麗華を見て気高い光の薔薇を思い浮かべる。
 言い方は悪いが、溺れる者は藁をも掴む……といったところか。
 だが、今はたとえ幻想であっても、その光の薔薇こそが必要なものだった。
 麗華が一切動揺せず、いつものように黄金の髪を掻き上げながら自分たちを見ているからこそ、動揺していた者も次第に落ち着いていく。
 動揺が収まり、麗華の美貌に目を奪われる者すらも出てきた。
 そのような者たちを見て、麗華は再度口を開いて凛とした声で告げる。

「いいですか、私(わたくし)たちはこのゴブリンの集落にあるゲートをどうにかするため、ここまでやってきたのですわ。それは、皆も知っていますわね? 私たちがここで失敗すれば、それは東京のすぐ近くにゲートが存在し続けるということになりますわ。それがどういう意味を持つか分かりますわね?」
「そうね。もしそうなれば、東京は常に危険に晒されることになると思うわ。下手をすれば、東京の中にまでモンスターが襲ってくる可能性もあるでしょうし」

 麗華の言葉に、五十鈴がそう答える。
 それは、絶対に考えたくないことだろう。
 現在地球にある都市の中でも、東京の規模は最大級と言ってもいい。
 世界最大とは言えないが、最大級ではある。
 人口密度という点では、世界で最も人の多い都市でもあった。
 そのような場所の近くにゲートが出来るのは、東京の安全面だけの問題だけではすまされないのだ。
 それこそ日本の……場合によっては、世界の安全にかかわってきてもおかしくはない。
 そんな麗華と五十鈴の言葉の真意を、その場にいる全員が理解する。
 理解すれば、この場で怖じ気づいていられる訳もない。
 いよいよ敵の本拠地の近くまでやってきたということで怯えていた者も、麗華と五十鈴の言葉で士気を高める。
 もちろん、そこには空元気もあるだろう。
 だが、今は少しでも士気を高めるために、その空元気であっても必要なのだ。
 空元気も元気のうち、と言われることがあるように……そして病は気から、プラシーボ効果といった言葉があるように、思い込みというのはそれなりに本人に大きな影響を与える。
 いい思い込みであれば、いい影響を。悪い思い込みであれば、悪い影響を。

「では、行きますわよ。本来なら偵察要員を出すべきなのでしょうが……ゲートという異常事態である以上、少人数で行動するのは危険でしょうから、全員で移動しますわ」

 普通であれば、麗華が口にしたように偵察要員を出すべき状況だった。
 だが、今回の場合はとてもではないが普通と呼べる状況ではない。
 下手に個人で動いた場合、ゲートから出てきたモンスターによって……もしくは夜襲してきたような四本腕のゴブリンが奇襲を仕掛けてくるという危険もある。
 そうならないためには、襲撃されてもすぐにお互いがフォロー出来るように全員が一緒に行動した方がいい。
 ましてや、ここには麗華という存在がいる。
 そして本来の実力はまだ知られていないが、五十鈴という麗華に匹敵するだけの戦力もいるのだ。
 であれば、全員で行動した方が安全性が高いのは間違いなかった。

(私一人で先に進んだ方が、手っ取り早いとは思うのですけど)

 白夜たちを引き連れ、ゴブリンの集落に向かいながら麗華は内心で呟く。
 そうしながら、周囲に何か異常がないのかと警戒は解かない。
 実際、麗華の光という能力は極めて強力な能力であり、ゴブリン程度ではどうこう出来ないというのは、夜襲ではっきりとしている。
 四本腕のゴブリンによる襲撃では、白夜や他の者も襲ってきた相手を倒した。
 だが、一番多く……それでいて一瞬に近い速度で倒したのは、麗華が放った光の矢なのだ。
 ここで問題なのは、ゴブリンではなく……ゲートからやってきた存在。
 もしくは、ゲートの影響で変化を受けた特別なゴブリンといったところか。
 そういう意味では、やはり夜襲をしてきた四本腕のゴブリンは、色々な意味で特殊なのは間違いない。……そのゴブリンの死体のほとんどは、白夜の闇に呑まれたのだが。
 先頭を進む麗華。
 そんな麗華のすぐ後ろを、五十鈴や白夜、それ以外の者たちといった様子で進んでいく。
 そうしていよいよゴブリンの集落のすぐ前まに到着するが……相変わらず、ゴブリンが出てくる様子は一切ない。

「妙ですわね。いくらなんでも、ここまで人間が近づいているのに、何も反応がないというのは……」

 てっきり何らかの反応があるものだとばかり思っていたのだが、ここまで近づいてもゴブリンやゲートから出てきただろう存在が姿を現す様子はない。
 腰にあるレイピアの鞘からは、いつでも抜けるように柄に手がかかっている。

「私がちょっと様子を見てみようか? 幸い、私の能力はこういうときに有効だし」

 麗華に話し掛けたのは、五十鈴。
 そんな五十鈴の言葉に、麗華は少し考えてから口を開く。

「分かりましたわ。では、お願い出来ますかしら?」

 その言葉に五十鈴は頷くが……それを見ている方は、慌ててしまう。
 ここにいる者のほとんどが、五十鈴がどのような血筋の者なのか。そして麗華に匹敵するだろう力を持っていることを知らない。
 ここにいる以上能力者であるのは確実だろうが、あくまでも他の面々の認識では五十鈴は鈴風ラナという芸能人という認識なのだ。
 五十鈴がそれだけモデルとして有名になったということの証ではあったが、それも善し悪しだということの証だろう。
 それだけに、このような場所で五十鈴だけを単独行動させるのは、それこそ認識してる事態から有り得なかった。
 だが、そんな周囲の視線とは裏腹に、五十鈴は特に気にした様子もなく麗華よりも前に出る。
 そして精神を集中し、ゴブリンの集落に入るかどうかといった場所で、口を開く。
 そこから紡がれたのは、歌。
 いや、ラー、ラララーといったようなもので、歌詞の類は存在しなかったが、聞いている者は間違いなく歌だと認識しただろう。
 声を褒める表現に美声というものがある。
 五十鈴の口から出ているのは、間違いなく美声と呼ぶに相応しい声だ。
 その場にいる者は、周囲の様子を警戒するのすら忘れてその美しい声に聴き惚れる。
 そのまま、具体的にどれくらいの時間が経過したのか……それを聴いている白夜には分からなかった。
 一日と言われれば嘘だと断言出来るだろうが、一時間と言われても、ましてや一分と言われても納得してしまいかねない。
 それだけの時間、白夜は……そして他の者たち、それこそ麗華までもが、五十鈴の口から奏でられる美しい音色に耳を傾けていた。
 だが、その至福の時間も当然ながらやがて終わる。
 どのような時間であっても、その時間が永遠に続くということはないのだ。
 そうして歌を止めた五十鈴は、麗華の方を見ながら口を開く。

「どうやら、集落の奥にある岩山に洞窟があるみたいね。元からあったのか、それともとゴブリン、もしくはゲートから出てきた存在が作ったのかは分からないけど、その洞窟の奥にかなり多い生命反応があるわ」

 え? と。
 五十鈴の口から出た言葉に、五十鈴がどのような能力を持っているのか知っていた麗華以外の者は、一瞬理解出来ないといった表情を浮かべ、声を出す。
 ……その中に、山から下りるときに五十鈴が能力を使ったところを見ていた白夜の姿もあったのは、どこか間の抜けた話だったのかもしれないが。

「罠の類はどうですの?」
「それもないみたいね。恐らくこの集落にいたゴブリンは、全て洞窟の中に入ってると思うわ。……洞窟の中までは、しっかりと調査出来なかったけど」
「そう。では、この集落の前にいても、特に意味はありませんわね。その洞窟に向かいますわよ」
「ちょっ、ちょっと待って下さい麗華様!」

 調査隊の一人が、平然とそう告げる麗華に思わずといった様子で告げる。……いや、この場合は叫ぶという表現の方が適当か。
 五十鈴の口から出た言葉に一切の疑いを持たない麗華に、それは本気かという目を向けたのだ。
 もっとも、五十鈴の能力を知らない以上、その反応は当然だろう。
 いくら美しい……それこそ意識を奪われるかのような歌声を持っていても、それで何故洞窟があると、その洞窟にゴブリンが集まっていると、そして集落には誰も残っていないと言い切れるのか。
 そんな疑問を抱くのは、当然だった。
 だが、麗華はそんな相手に対して問題はないと首を横に振る。

「彼女の能力は、私が保証しますわ」

 本来であれば、五十鈴の……南風家について説明出来ればいいのだろう。
 だが、南風家のことはそう簡単に口に出来るようなことではない。
 だからこそ、麗華は自分が五十鈴の能力を保証すると告げたのだ。
 麗華が五十鈴に視線を向けると、仕方がないといった様子で小さく頷く。
 それを見た麗華は、目の前でどういうことなのかといった視線を向けてくる者たちに対し、口を開く。

「彼女の能力は音ですわ。ただし、普通の音の能力ではなく進化した音ですけど」

 音という能力を持つ能力者は、それなりに珍しいがいないと言う訳ではない。
 麗華の光や白夜の闇に比べれば、ありふれていると言ってもいいだろう。
 だが、それが進化した能力であれば、話は別だった。
 能力の進化は、それこそ人それぞれで、個人によって大きく違う。
 たとえば水を操る能力の持ち主の能力が進化しても、人によっては水全体を操る能力が上昇するといったようなこともあれば、水の鞭を操る能力に特化した進化をすることもある、というように。
 だからこそ、音の能力が進化したと言われて、納得出来た者が多かったのだ。
 もっとも、音の能力程度かと、五十鈴に侮った視線を向けている者もいたのだが。
 五十鈴も当然そのような視線には気が付いていたが、特に気にした様子はない。
 いや、そもそも相手にすらしていないという方が正しいだろう。

「理解しましたわね? では、行きますわよ。これから私たちが挑むのは、ゲートに関係のある場所、決して気を抜かないように」

 そう告げ、麗華はゴブリンの集落に足を踏み入れるのだった。
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