才能は流星魔法

神無月 紅

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異世界へ

0016話

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「これが……まさにファンタジーだな」

 イオは興味深そうに周囲の様子を確認しながら、ドレミナの大通りを歩く。
 周囲の光景が日本と全く違うというのもあるし、何よりも街中を歩いている者の中には武器や防具を装備している者が多数いる。
 それだけで、まるでここはコスプレした者たちが集まるような空間ではないかと思えるのだが、すぐにその意見を却下する。
 何しろ、目の前にいる者達が装備しているのは間違いなく本物なのだから。
 とはいえ、イオが知っているコスプレというのもTVやネットでみたような写真でしかなく、実際に自分の目で見たことはない。
 そうである以上、あるいは実際にコスプレをしている者を見た場合、人によっては本物と見間違うようなこともあるのかもしれないが。
 ふとそんな風に思いつつも、イオは改めて周囲の光景を見回しながら進む。

「兄ちゃん、兄ちゃん。ちょっと買っていかないか?」

 歩いていたイオは、不意にんな風に声をかけられ、声のした方に視線を向ける。
 そこにはパンを……正確にはサンドイッチやホットドッグのような惣菜パンとでも呼ぶべき料理を売っている屋台があった。
 中年の男が、笑みを浮かべてイオに話しかけている。

「え? 俺ですか?」
「おう、その様子を見た限りだと、ドレミナに来たばかりなんだろ? なら、ドレミナの名物を食べないって手はない」
「それは……」

 ドレミナの名物というのがどんな料理なのかは分からないものの、名物料理であるのなら、それを食べたいと思うのは当然だろう。
 幸い、イオにはソフィアから貰った金――正確には魔石を始めとした諸々の買い取り代金の前払い――があるので、金額的に余裕がある。

「おじさん、ドレミナの名物ってどれ?」
「これだよ、これ」

 イオの言葉にそう言って示してみせたのは、コッペパンに近い形状に焼かれた黒パンに切れ込みを入れ、そこに焼いた肉と野菜を挟んだ料理だった。
 ウインナーが入ってないのでホットドッグといった表現は相応しくないものの、それでも美味そうなのは違いない。
 特に焼いた肉と野菜から漂ってくる香りは、この世界にきてからは山の中で暮らしていたイオにしてみれば非常に食欲を刺激する香りだった。

「おじさん、これいくら?」
「銀貨二枚だ」
「分かった。はいこれ」

 言われた値段を素直に渡すイオだったが、何故か屋台の店主は唖然とした様子でイオの顔と差し出された二枚の銀貨を見る。

「おじさん?」

 何故か動きを止めた店主に、イオは不思議そうに尋ねる。
 そんなイオの様子に、店主は呆れたように息を吐く。

「あのなぁ、どこの田舎からやって来たのかは分からねえけど、俺に言われた値段をそのまま支払ってどうするんだよ」
「え?」

 イオにしてみれば、言われた値段をそのまま支払おうとしただけだ。
 何故それで注意されるのか、正直なところ全く理解出来ない。
 そんなイオの様子を見た店主は呆れた様子で口を開く。

「いいか? こういう場合は値切りの交渉をするんだよ。大体、このパンに銀貨二枚って、どう考えても高すぎるだろ」

 そう言われたイオは、そうなのか? と疑問に思う。
 そもそもこの世界に来てからはずっと山の中でゴブリンと追いかけっこをしていたし、ソフィア率いる黎明の覇者に拾われてからも色々と話はしたものの、銀貨がどのくらいの価値があるのかといったようなことまでは聞いていない。
 また、日本にいたときも値引きの交渉といったことはほとんどしたことがなかった以上、今のこの状況において店主にそこまで注意されるというのは、かなり予想外だった。

「えっと、じゃあどうすれば?」
「あー……もういい。銅貨三枚だ」

 イオの様子から、説明しても意味はないと判断したのか、店主はそう言う。
 店主の様子に納得出来なかったイオだったが、安く食べ物を……それもきちんと調理された、このドレミナの名物料理を買えるのなら文句はない。
 素直に銀貨ではなく銅貨を三枚渡し、パンを受け取る。

「一応言っておくが、この街では……いや、この街に限らず、基本的に大抵の場所では値引き交渉が出来る。商人に言われたままの値段を支払うなんざ、よっぽどのお人好しだけだ」

 もういいと言いつつも、店主はイオの様子を見て、このままだと他の商人にぼったくられるだけだと判断したのだろう。そう言ってくる。

「あ……」

 そしてイオは、何故店主が呆れていたのかを理解し、照れ隠しに視線を逸らす。
 そんなイオの視線の先では、串焼きを売っていた屋台の店主が不満そうな様子を見せつつ、視線を逸らす。
 それが何を意味しているのかは、イオにも十分に理解出来る。
 このまま値引き交渉について気が付かないまま串焼きを売っている屋台の近くに行っていた場合、あの店主はイオに普通よりも高額な値段で串焼きを売るつもりだったのだろう。

(ある意味でゴブリンよりも油断出来ないな。……ファンタジー世界の商人と考えれば、それはおかしな話って訳でもないのか?)

 イオは受け取ったパンを食べながら、その場をあとにする。
 ちなみに向かうのは、当然だが串焼きを売っている屋台とは違う方向。

「美味いな」

 歩きながら食べるパンだったが、中に挟まった肉は酸味の利いたソースで炒められており、野菜も炒められてはいるものの、食感がしっかり残る程度になっている。
 そんな炒められた肉と野菜の味をパンはしっかりと受け止めており、軽食というよりはどっしりと腹に溜まるような料理だ。
 とはいえ、この世界に来てからはしっかりした料理らしい料理を食べていなかったイオだけに、次々と口に運び、その美味さに笑みを浮かべる。
 店主からの小言については、パンを食べながら歩いている時点ですっかり頭の中から消えていた。

「んぐ……美味いけど、口の中の水分が結構持っていかれるな」

 肉や野菜から出る水分をパンが吸い取っているとはいえ、それでも十分にパンはイオの口の中の水分も奪っていく。
 出来れば何か飲み物が欲しいと思いつつ、周囲の様子を見る。
 すると、ジュースを売っている屋台を見つけた。
 ……実際にはジュースではなく果実水なのだが、イオにしてみれば似たようなものだ。
 水晶のおかげで文字を読むのも苦労はしないので、その屋台から果実水を買う。
 幸いなことに、果実水を売ってる屋台では最初に提示された金額が銅貨一枚と高額でもなかったので、先程の店主の言葉は忘れ、素直に言い値を払う。
 それでも店主が少し驚いた表情を浮かべていたのを考えれば、恐らく交渉すればもう少し安くなかったか、果実水の量が多くなったのだろう。

(銅貨よりも下の鉄貨ってのも、ちょっと使ってみたかったんだけどな。……まぁ、いいか)

 果実水はそれなりに美味いと思うものの、冷たくはなく温い。
 さっぱりとしてはいるものの、出来れば冷たい果実水を飲みたいという思いはある。
 そうしながらドレミナの街中を歩いていると、かなり人の数が多いのに気が付く。
 そして街中にいる多くの者が、暗い表情を浮かんでいた。
 何故? と若干疑問に思ったイオだったが、すぐに納得する。
 ゴブリンの軍勢が襲ってくるかもしれないのだから、近くの村や街から少しでも防御力の高いドレミナに集まってきたのだろう。
 ドレミナがこの周辺では一番大きな街である以上、ゴブリンの軍勢はここを狙うといった可能性が高いのだが、それでも戦力が充実している場所の方が生き延びることが出来ると考えた者も多かったのだろう。
 とはいえ、自分の住んでいた場所からドレミナに避難してきたのだから、そのような者たちが明るく笑うといったような真似が出来るはずもない。

(その辺はもう考えなくてもいいんだが)

 自分がゴブリンの軍勢を倒したということで、少しだけ気分がよくなる。
 ここにる者たちは、もうゴブリンの軍勢に怯えるといったようなことはないのだから。
 また、結局はどこかの村や街に到着するよりも前にイオがメテオを使ってゴブリンの軍勢を倒したので、命は助かったが村や街は荒らされた……といったようなこともない。
 そんな風に考えていたのが悪かったのだろう。
 どん、と。
 気が付けば前から歩いて来た相手とぶつかってしまう。
 これで、相手が温厚な相手ならそこまで問題もなかっただろう。
 だがぶつかった相手は見事なまでに強面の顔で、筋骨隆々という表現が相応しい男。
 身長も二メートルほどもあり、百七十センチ半ばのイオにしてみれば、見上げなければ顔を確認することが出来ない。
 ましてやぶつかったのですぐ近くであればよけいに。

「おい、どこ見て歩いてるんだ?」
「え? あ、その……すいません」

 強面の男だけに、このまま絡まれるのでは?
 そんな思いで半ば反射的に謝ったイオだったが、男は呆れたように口を開く。

「今のドレミナは人が多いんだ。それは分かるだろ? 適当に歩くような真似はしないで、しっかりと注意して歩けよ」

 そう言い、イオの肩を軽く叩くとそのまま去っていく。
 ……ただし、イオとぶつかった男と一緒に行動していた数人は、イオを睨み付けてからその場を立ち去ったが。

「えっと……あれ? ラッキー?」

 もちろん、強面だからといって絶対に自分が絡まれるといったようなことはない。
 それは分かっているものの、今ぶつかった相手はかなり強面な顔をしており、絡まれると思ってしまったのだ。
 だが、実際には特に責められるといったようなこと――取り巻きには視線で責められたが――もなく、むしろ気をつけるように言われた。
 そんな男の様子は、とてもではないがイオが最初に考えていたような性格をしているとは思えない。

(あ、でも……黎明の覇者の人たちと比べても迫力は負けてなかったよな? これってもしかして、実は大物だったとか、そういう可能性もあるのか?)

 そんな風に思いつつも、取りあえず今はもっとドレミナに慣れる必要があるだろうと、半ば意図的に今の出来事を忘れ、街中の探索を楽しむ。
 値段交渉についてはそれなりに慣れなかったものの、それでもある程度は満喫することが出来たのだった。
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