ぎゃっぷ!びーすと!!

石ノ森椿

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借金と獣街(ビーストスラム)

選択の時

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食事を済ませると、メイドさんはスタスタと食事の片付けを始めた。

やっぱり手際いいなー。
私も人間の世界にいた時には少しだけバイトでファミレスに入ってたことあるけど、こんなに動けなかったもんな~。

ぼんやり眺めていると、ふとメイドさんと目が合った。
「何か?」
「い、いえ。」
「御用であるのならばお申し付けください。」

その淡々とした口調の強さに、歓迎されていないのはひしひしと伝わってくる。

私は目を逸らすために机に目を移したものの、木目を追うのが関の山だった。
その間にもメイドさんが食後の飲み物の準備を始めた。

その色は赤。私は考えるのをやめた。

「水でよろしいですか?」
「あ、はい……!」

メイドさんはみんなと同じワイングラスに注いで後ろに下がった。

そして3人がグラスを掲げたのを見て私も慌ててグラスを持った。

「それでは、この屋敷の新しい仲間に乾杯~!!」
「うーい!!」
「」

「乾杯……。」

水を口に含むと、少し土の臭みのようなものを感じた。
この臭みは…多分井戸水。

「そう言えば我々の自己紹介がまだだったかな?」
「はい、私もまだでした。葛城悠智……と申します。」

私が座ったままぺこりと頭を下げると、受け入れる声と、蔑まれたような鼻息が聞こえた。

「うん、よろしくね。僕は蜘蛛アクラネ。蜘蛛の獣人だよ。」

「俺は知ってるよな!でも一応、ロー。改めてよろしく!」

「……オロチだ。」

それぞれの紹介が済むと、徐にメイドさんが私の側に寄った。
「悠智様。」
「ッ……はい?……え?」

そして私の手元に3枚の……婚姻届が並べられた。

「あなたにはこちらの3人のご主人様方から、番になる方を選んでいただきます。」

「番…?」
「性行為をして婚姻関係になることです。」
「」

えぇ…?!
あまりの急展開に私はぽかんと口を開けてしまった。

「混乱してしまったようだね~。」
「すんげぇ顔、ナハハハ!!」

「あ、当たり前です……そんな……急に言われても…困ります。」

「フンッ、馬鹿馬鹿しい。元々、婚姻目的で人間を買ったのだ。」
「なッ…」

私はそこで悪態をつくはずだった。
でもここに来るまでのことを思い返して言葉が出てこなくなった。

公衆の面前で肉塊にされていたり……犯されたり……。ここには"人権"なんてないんだ。

あるのは……人間という……だけ。

「……少し時間をください。」

私は席を立って3人に頭を下げた。
メイドさんは私の横について行き先を促した。


メイドさんから案内された部屋には必要なものは全部揃えられていて、ベッドは1人のものとは思えないほど大きく出来ていた。

「……すごい……広いね……。」
「悠智様……。」
「うん……ちゃんと選びます……ごめんなさい。」

メイドさんは無表情で私に婚姻届を押し付けた。

「敬語は必要ありませんので、ご承知おきください。」
「そう……分かった。あなたのことはなんて呼べばいいの?」

「メイドで結構です。私に名前など必要ありませんので。」
「……そんな……。」

「私はただの使用人ですので。」
そのメイドさんを見て、目に光がないという言葉がある理由がわかった。

「そんなの……悲しいよ。」
「ッ……。」

私はあまりに無機質な表情のメイドさんが顔を歪めた事で自分が泣いていることに気がついた。

「あは……はは……ごめん、私が泣いてちゃ訳ないね!」
「……何故、悠智様が涙を流すのかわかりません。」

そう呆れた声を上げながらも、メイドさんは私にエプロンの端を押し付けた。

「だ……よね。あの……名前を呼べないのは……悲しいことなの……私がいたところだと。」
「……ならばお好きにお呼びください。ここに来る前の名はもう亡くしました。」

私はメイドさんの顔を見るためにエプロンを握りしめた。
メイドさんは気まずそうに唇をとんがらせて目を逸らした。

その横顔が幼少期に面倒を見ていた猫にそっくりな気がした。
「"たまちゃん"…なんてどうかな?」
「……何故……?」

「いや…私の小さい頃に面倒見てた子に似てるかな……なんて……。」
「本人ですから当たり前かと。」

「……え?」
「私は、あなたが昔、餌を与えてくれた猫です。……墜人ケガレビトに捕まり、肌が焼け焦げる毒液をかけられて殺されそうになり、正当防衛のために噛み殺しました。」

「……そんな……ことがあったなんて……。」
「それでもこの姿であなたに会えば、あなたは私を恐れるのはわかっておりましたので。」

たまちゃんは当時を思い出すように自らの腕に爪を立てた。

「……ごめん、ごめんなさい……たまちゃん。」
「この話はやめましょう……私も忘れたい記憶です。……では以後そのようにお呼びください。」

その時に私を見下ろしたたまちゃんの目が……あまりに苦しそうに細められていたのが、私まで切なくなった。


「それでは、本題に入らせていただきます。」
「……うん。」
だよね~。忘れるわけないよね~。

「もし誰も選ばないことがあれば、あなたの命の保証は出来ませんので、きちんとお選びください。」

たまちゃんの目に嘘はない。
生死を握るのは私の選択1つって事か。
私は呼吸を整えて覚悟を決めた。

「私は……。」
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