4 / 48
4.対等の友達
しおりを挟む体育館倉庫で知らない男子に呼び出された私——彩弓は、身に覚えのない罪に問われ、襲われるのだが。
そこに偶然居合わせた前世の部下、ウンギリーが助太刀をしてくれたのだった。
「ウンギリー、私の背中は頼んだぞ」
私が信頼している旨を伝えると、背中合わせのウンギリーは鼻で笑った。
体育館倉庫のような密室で、男子生徒に囲まれても焦る様子はなかった。
「今は夕凪霧生だ。全部で十人くらいか? 昔の団長なら、ひとひねりだったのにな」
「体格差ばかりはどうにもできないからな」
私はキリウと喋りながらも、ひらりひらりと男子生徒の拳をかわした。
こちらからも攻撃したいところだが、逆に足をとられそうで仕掛けることができなかった。
「これだから狭い場所は嫌いなんだ」
私が吐き捨てるように言うと、ふいにキリウがぽつりと告げる。
「そういえば団長があんなことになった場所も――だったな」
「……え? なんの話だ?」
「いや、なんでもない。今のは忘れてくれ」
「気になるじゃないか」
その時だった。
キリウの言葉が気になって振り返った瞬間、背中に何かの気配を感じて慌てて視線を戻す。
すると木製のバットが私の頭上めがけて落下していた。
が、気づいた頃には遅く。
私は落ちてくるバットを見ていることしかできなかった。
———逃げられない!
衝撃を覚悟する私だが。
バットが落ちてくる寸前で、黒い影が私の視界を遮った。
「伊利亜!」
いつから見ていたのだろうか。
物陰から現れた伊利亜が、代わりにバットを素手で受け止めたのだった。
ただ、さすがに素手だと無理があったらしい。
伊利亜はバットを受け止めた瞬間、顔を歪めた。
「伊利亜! 何をやっているんだ」
「団長こそ何をやってるんだ! こんな小者たち相手に——ッ」
「痛むのか? 伊利亜」
「大したことない」
なんてことない風に見せる伊利亜だが、その右手は赤く腫れていた。
伊利亜の赤い手を見ていると——私の中で沸々と何かが燃えたぎるのを感じる。
ああ、そうだ。忘れていた。
こいつは昔から私に心配ばかりかけるんだ——。
「なんだなんだ? もうちょっとのところで、横入りしやがって」
バットで襲いかかってきた男子生徒が舌打ちをする。
その瞬間、私は自分でもブチ切れるのがわかった。
「こんのっ! バカモンがぁあああああ」
伊利亜の怪我を見て興奮した私は、思わず男子生徒たちに頭突きをくらわしていた。
いつものことだが——部下に何かあると、私は自分を見失うことがあった。
騎士である限り、戦場に出れば怪我をすることも少なくはない。
だが自分の子供のように育てた部下たちのことなので、どうしても耐えられなかった。
——と、そんな風に私が頭突きで暴れ回る中、ガチャンと音を立てて体育館倉庫の扉が開いた。
誰かが鍵を壊したのかもしれない。複数の足音がパタパタと体育館倉庫に入ってくるのがわかった。
健と尚人だった。
その気配に気づいてはいたもの、私は止まらなかった。
それから私は襲ってきた男子生徒たち全員に頭突きをくらわせたあとも、胸倉を掴んでさらに殴ろうとしたが——。
「だめだよ、団長」
ふいに、誰かのぬくもりに包まれた。
「ほら、深呼吸して」
大きな体に抱きしめられて、私は思わず動きを止める。
そして言われるがままに深呼吸をしたあと、視線を上げると——そこには、にこやかにこちらを見下ろす茶髪の美形——尚人の顔があった。
「……尚人?」
「もう大丈夫だから、誰も傷ついたりしないから……もういいんだよ」
いつの間にか尚人に抱きしめられていた私は、子供をあやすように背中をトントンと叩かれる。
すると、肩から力が抜けて、私はその場で気を失った。
そして次に目覚めた時——私は自宅マンションのベッドにいた。
「……私はどうしてここに?」
さっきまで学校にいたはずが、いったいどういうことだろう。
私は不思議な気持ちで身を起こすと、隣のリビングに移動する。
「あ、目が覚めたみたいだね」
すると、リビングのコの字ソファには笑顔の健がいて、私に手を振った。その隣には、尚人や伊利亜も座っている。
「健、尚人、伊利亜。お前たちなんでここにいるんだ?」
訊ねると、伊利亜が呆れた目を私に向ける。
「なんでここにいるんだ、じゃないぞ。襲ってきた男子生徒たちに頭突きして気を失ったんだろ」
伊利亜の言葉に続き、健も笑いながら告げる。
「危なかったね。最初はどうなることかと思ってたけど、逆に彩弓が停学を食らうところだったよ」
「見てたのか? いつから?」
私の問いに答えたのは、尚人だった。
「倉庫の隙間から……最初から見てたんだけど、彩弓がバットで殴られそうになった時はひやっとしたよ。中にいた伊利亜が真っ先に飛び出していったけど」
「そういえば……」
伊利亜の右手に包帯が巻かれていることに気づいた私は、そっとその手を両手で包み込んだ。
「すまない。私の不注意のせいでこんな怪我をさせてしまった」
「ああ、ほんとだよ。お前、昔とは違うんだから気をつけろよ」
伊利亜はそっぽを向いて、私の手を振り払った。
その言葉にはトゲがあったが、どこか優しさのようなものも含まれていた。
「そうだよ。彩弓は今、小さくてとっても柔らかいんだから、気をつけないとダメだよ」
「尚人、抱きしめた感想はいらないから」
健はツッコミを入れるが、尚人の発言のせいで、微妙な空気になり——沈黙が続いた。
だが私は大事なことを思い出して、沈黙を破る。
「そうだ! ウンギリーに会ったんだ!」
「ああ、霧生先輩ね」
健は知っている様子で頷いた。
「知っていたのか?」
「いや、彩弓が気絶してる間に少し話したんだけど。バスケ部のOBらしいよ。今大学生だって」
「そうなのか。また会えるだろうか?」
「わりと頻繁に来てるみたいだから、また会えると思うよ」
その希望に満ちた言葉に、私は顔を輝かせる。
せっかく会えたのだから、このままで終わらせたくはないものだ。
他のメンバーともそうだが、私はもっと騎士たちと友好を深めたい。
そんな風に思っていると、ふいに伊利亜が訊ねてくる。
「そんなにウンギリーに会いたいのか?」
伊利亜の怪訝な顔を見て、健が笑って告げる。
「伊利亜、妬かないの。どうせ彩弓は昔の仲間全員に会いたいんだから、それ以外の意味なんてないよ」
「ば、ばかなことを言うな。なんで俺がこんなおっさんに妬かないといけないんだ」
「彩弓がピンチだった時、誰よりも真っ先に飛んでったのは誰だよ」
健に指摘され、伊利亜は顔を背ける。
「あれはだな……とっさに体が動いただけだ」
健がため息混じりに「はいはい」と言う中、私は首を傾げる。
「おい、それ以外の意味とはなんだ?」
訊ねると、健と伊利亜はぎょっとした顔をする。
「彩弓、ライクとラブの意味の違いはわかる?」
尚人に訊かれて、私は大きく頷く。
「もちろんだ。それがどうかしたのか?」
なぜか三人に呆れた目を向けられる私だったが——そんな時、キッチンのほうから足音とともに甲高い声が響いた。
「彩弓ちゃ~ん! ケーキを持ってきたわよ!」
「ああ、姉さん。ありがとう」
現れたのは、大きなお盆を持った姉の友梨香だ。
姉は肩までの髪を揺らしながら、ケーキを近くのテーブルに並べた。
私より六つ年上の姉は、大手企業に勤めるOLで、私よりもずっと綺麗な人だった。
そんな姉に、騎士たちをいかに自慢しようかと考えていると——姉はふと考えるそぶりを見せる。
「やっぱりお赤飯のほうが良かったかしら?」
「姉さん、もう食事前だから、あまり重いものは良くないだろう」
「もう、彩弓ちゃんったら、こんなにたくさんのイケメンを連れてきて……うぅ」
「姉さん、何を泣いているんだ?」
「最近オヤジくさい喋り方になって、とても心配だったけど……こんな素敵なイケメンたちを家に連れてくる日が来るなんて! 皆さん、彩弓をどうぞよろしくお願いしますぅ」
「いえいえ、お姉さん。こちらこそよろしくお願いします」
健が爽やかに笑うと、私の姉はきゃーと悲鳴をあげながら去っていった。
「面白いお姉さんだね」
尚人の感想に、私は小さく頷く。
「とても良い姉なんだが、少々心配症でな」
「お姉さんが心配する気持ちもわからなくはないよ」
そう言ってため息を落とす健に、私は手を合わせてお願いする。
「お願いだ、姉さんには今回の件は言わないでくれ」
「もちろん、誰にも言ってないよ」
尚人にそう言われて、胸を撫で下ろす私だが——。
「そういえば、あの男子生徒たちはあの後どうなったんだ?」
「ああ、それなら僕が穏便に解決したよ? ちゃんと彩弓たちの会話を録音しておいたから」
悪い顔をする健に、伊利亜は白い目を向ける。
「それは強迫ってやつだろ。どこが穏便なんだよ」
「あいつら、彩弓を裸にしてネットにさらすって言ったんだよ? 僕の強迫なんて可愛いものだよ」
「私はお前たちのためなら、裸になることもいとわんがな!」
私が親指を立ててウインクすると、伊利亜がむせた。
「彩弓、もうちょっと慎みを持って。仮にも女の子がその発言はまずいよ」
健に指摘され、私は豪快に笑う。
「半分は冗談だ」
「半分は本気なんだね」
尚人に真面目な顔で返されて、私はうんうんと頷く。
「大事な部下だからな」
「今はお前に守られるような立場じゃないだろ」
伊利亜の言葉に、健も頷く。
「そうだよ、彩弓。今後は俺たちのためとか思わず、自分を守ることを優先しなよ」
まさかそんなことを言われるとは……。
予想もしていなかった言葉に、私はしょんぼりと肩を落とす。
団長たるもの、皆を守ってこそだと思っていたが——現世の騎士たちには、私は不要ということなのか?
「……なんだか寂しいな」
「前世とは違うし、僕たちには新しい付き合い方ができると思うよ。友達もいいものだよ」
健の前向きな言葉に、私は顔を輝かせる。
「そうか? そうだな!」
「……単純」
「なんか言ったか? 伊利亜」
「別に」
53
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。
猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で――
私の願いは一瞬にして踏みにじられました。
母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、
婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。
「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」
まさか――あの優しい彼が?
そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。
子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。
でも、私には、味方など誰もいませんでした。
ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。
白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。
「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」
やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。
それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、
冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。
没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。
これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。
※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ
※わんこが繋ぐ恋物語です
※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ
溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~
夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」
弟のその言葉は、晴天の霹靂。
アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。
しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。
醤油が欲しい、うにが食べたい。
レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。
既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・?
小説家になろうにも掲載しています。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる