恋する騎士団

悠木全(#zen)

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30.最強の味方

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 夜の果樹園には明かりなどなく、ただ静かに冷たい雨がしたたっていた。

 とある国の王は泥濘でいねいに膝をつくと、黒い空に向かって自らの罪を吐き出した。

「神よ……どうしてこのようなことに。罪のない友を処刑するなど、余のほうが罪人ではないか」

 本当は殺したくなどなかった。

 大切な友人だった。

 だが王族の威光いこうを保つためには、手をくださないわけにはいかなかった。

 そう、すべては体面と保身のために罪のない騎士団長を処刑したのだ。

 ことの発端は団長の妹が暗殺されたこと。

 殺害を指示したのは第二王女だった。

 だがそれを公にすれば王族の権威けんいは地に落ちるだろう。

 騎士団長は民にとって英雄なのだから。

 そこで国王は、団長とその妹の謀反むほんをでっちあげて、団長を処刑するに至った。

 罪を着せられても、最期まで笑っていた団長。

 団長とはそういう男だった。

「神よ、もしも願いが叶うなら、来世こそ我が友を守らせてほしい。たとえどんな辛い試練が待ち受けようとも、余はいつまでもそばに……」

 国王が渾身の祈りを注ぐ中、一筋の稲光が視界を遮った。



 ***



「彩弓ちゃん、ご飯よ」

 私——彩弓あみを狙っていたルアとの決着がついて、平和が戻ってきた木曜日の早朝。

 自室でひとり人形遊びをしているところに、姉の友梨香ゆりかがやってきた。

「姉さん、せめてノックしてくれ」

「ノックなら何度もしたわよ。彩弓ちゃんったら、放っておいたら伊利亜いりあジュニアと遊んでばかりいるんだから。遊ぶなら本物と遊びなさいよ」

「本物とは?」

「もちろん、伊利亜くんのことよ」

「な、何を言うか! 伊利亜と伊利亜ジュニアは別人だ。というか、こんな可愛いジュニアをあいつと一緒にしないでくれ」

「もう、彩弓ちゃんは無自覚なんだから」

「そんなことより姉さん、制服からGPSを外してくれないか」

「どうして?」

「私ももう子供じゃない。常に見張られるのは嫌なんだ」

「彩弓ちゃんはスマホをすぐ忘れるんだから、GPSは必要よ。また今回のようなことがあったらどうするのよ」

「その時はその時だ」

「その時が来たら困るの! ダメなものはダメだからね。もし勝手に外したら、伊利亜ジュニアを捨てるわよ」

「姉さんは鬼なのか!?」

「わかったら早くご飯食べて学校行きなさい」

「はあい」



 ようやくいつもの日常が戻ってきて、清々しい空気を吸いながら登校した私は、学校についてすぐ、とある教室に向かった。

「ルア、おはよう」

「彩弓……どうしてここに?」

 朝からルアの席に出向くと、彼女は驚いた顔をしていた。

 まあ、そういう反応は仕方ないだろうな。

「もちろん、友達だから来たまでだ」

「……来なくていいのに」

「すまないな。私が来たくて来てしまった」

「彩弓」

「おお、たける。おはよう」

 ルアと同じクラスの健が、私を見るなり眉をひそめる。

「おはようじゃないよ。彩弓は何やってるの?」

「見てわからないか? ルアと友好を深めにやってきたまでだ」

「でもルアは……いてっ!」

 朝から頭突きしてやると、健は涙目で私を睨んだ。

「なんで頭突きするわけ!?」

「お前が余計なことを言おうとするからだ」

「後悔しても知らないからね?」

「後悔なんてするわけがないだろう」

 私は一度決めたことは曲げない主義だからな。周りになんと言われようが、ルアから離れるつもりはなかった。

 私と健が睨み合う中、尚人なおともやってくる。

「……彩弓」

「尚人、お前も余計なことを言いに来たのか?」

「違うよ。俺はいつでも彩弓の味方だから、頭突きはしなくていいからね」

「尚人……ずるい」

 尚人が不敵に笑う傍ら、私はルアに思い切って提案する。

「そうだルア、良かったら今週の土曜日、一緒にショッピングに行かないか?」

「……行かない」

「どうしてだ?」

「どうしてあなたと行かなきゃいけないのよ」

「ちょっと!」

 棘のある言葉に、ムッとした健が何か言おうとするが、私はそれを遮る。

「土曜日の授業後……午後十二時に待ち合わせでいいか? 駅近くのカフェ前で」

「行かないものは行かないわよ」

「だが私は行くぞ。何時間でも待ってるからな」

「……知らないわよ」

「じゃあ、私は自分の教室に戻る」

「……」



 ***



「やっぱり、来てくれたんだなルア」

「……」

 土曜日の正午。駅近くのカフェで待っていると、ルアが現れた。私と同じく、制服姿のルアはしぶしぶといった顔をしていた。

「三時間くらいは覚悟していたんだが。まさか時間ぴったりに来てくれるとは思わなかった」

「暇をもて余していただけよ」

「さあ、行くぞ!」

「え、あ! ちょっと!」

 土曜日ということもあって、繁華街は人でごった返していたが、私はルアの手をしっかりと握って、ショッピングモールへと向かった。

「おおお、この間ルアが可愛いと言っていたぬいぐるみの新作が出ているぞ!」

「……」

「なんだこれは!? 伊利亜ジュニアの別バージョンではないか! 七種類もあるぞ!」

 私が興奮気味に雑貨店のワゴンを物色していると、ルアはどこか不服そうにぬいぐるみを手にとった。

「犬や猫なんて、しょせん別の生き物だわ」

「一緒にいて楽しければ、なんだっていいじゃないか。新作のほうが手触りいいな。改良を重ねているみたいだ」

「……また、私がぬいぐるみの事件を起こすとは思わないの?」

「ぬいぐるみの事件? なんのことだ」

「盗まれたぬいぐるみが、彩弓のリュックにあったでしょう。あれも私が仕掛けたのよ」

「へぇ、そうだったのか」

「それだけ?」

「ルアはこのぬいぐるみの中で、どれがいいと思う?」

「……どうでもいいわ」

「そうか。ならこのウインクバージョンにしよう」

「どうせ、最初から選ぶものは決まっていたんでしょう」

「そうだな。そうかもしれない。けど、つい聞いてしまうんだ」

「本当に、伊利亜くんのことが好きなのね」

「姉さんみたいなことを言うんだな」

「姉さんって……」

 ルアは少し黙ったあと、ぼそりと告げる。

「……あなたがうらやましいわ」

「どうしてだ?」

「あなたには尚人くんたちやお姉さんがいるもの。私には何もないわ」

「ルアには私がいるじゃないか」

「私はあなたみたいにはなれない」

「どうして私になる必要があるんだ?」

「騎士たちに嫌われてしまったわ」

「だったら、信頼を取り戻せばいい」

「……そんなの、どうすればいいのかわからないわ」

「信頼されたいなら、信頼されるに足ることをすればいい。愛情が欲しいなら、愛される努力をすればいい」

「それでもダメだったら?」

「その時は私も一緒に考える」

「……本当に、あなたは……バカね」

 ルアは涙声で顔を背けた。

「それが友達というものだと、漫画に書いてあった」

「もしかして、さっきの言葉は漫画から?」

「そうだ。勉強は嫌いだが、漫画は好きだ」

「……本気で聞いてた私がバカみたいだわ」

「ルアは笑った顔が素敵だ」

「気持ち悪いこと言わないでよ」

「はは、以前よりぐっと、ルアが近くなった気がするぞ」

「あなたといると、調子が狂うわ」

「それが友達というものだ……と漫画にも書いていた」

「とりあえず漫画を引用するのはやめたほうがいいわよ」



 ***



 駅前の大通り。

 ショッピングモールを出て、彩弓あみと別れたルアは思い立ったようにスマートフォンを手にした。
 
 最初はスマートフォンを見ながら躊躇ためらうように瞳を揺らすルアだったが、ごくりと固唾かたずを飲み込むと——通話ボタンをタップする。

 かけた先は、父親だった。

「もしもし、パパ」

『どうした? ルア』

「お願いがあるの」

『欲しいものがあれば、ママに言ってくれ。私は忙しいんだ』

「違うわ。これは一生のお願いよ」

『なんだ?』

「パパの医療法人について調べてほしいことがあるの」

『調べてどうするつもりだ?』

「保険金詐欺事件のことが知りたいのよ」

『また訴訟団体に何かされたのか?』

「ううん、違うの。私が知りたいの……あの人たちの手助けがしたいの」

『……そうか。なら一か月だ』

「一か月?」

『ああ。一か月もあればわかることだろう』

「そんな短期間でわかるのなら、どうして今まで調べなかったの?」

『内部告発はリスクを伴うからな』

「いいの?」

『ああ、お前が何かを得るために必要なことだというなら、喜んでやってやろう』

「パパ……ありがとう。私、信頼してもらえるよう、頑張るから」



 ***



「団長」

「おお、霧生きりう先輩じゃないか。どうしたんだ?」

 テスト最終日の帰り道。

 私——彩弓あみが道路橋を歩いていると、霧生きりう先輩が向かいからやってきた。

 霧生先輩とは保険金詐欺事件の訴訟団体にさらわれて以来だったが、彼はなんだかスッキリした顔をしていた。

「今日は団長一人なのか?」

「ああ、今日はみんな忙しいみたいだ」

「そうか……なら、ちょうどいい」

「そういえば、保険金詐欺事件のことだが、犯人が捕まったそうだな」

「ああ。医療法人の監事かんじが保険会社と共謀きょうぼうして詐欺を行っていたらしい。おかげで亡くなった両親の保険金が戻ってきたから……これで普通の生活が送れる。あの女の手を借りなくて済むんだ」

「そうか。良かったな! 急にいなくなったから、心配していたぞ。お前、保険金詐欺にあっていたんだな」

「言わないでくれ。詐欺にあったとかカッコ悪いだろう」

「そんなことはないぞ! 私も割れない壺の詐欺にあったことがある」

「割れない壺だと?」

 霧生先輩は大声で笑っていた。その清々しい笑い声に、私まで嬉しくなってしまう。

「そうだ団長、うちに寄っていかないか?」

「え!?」

 うち、と言われて、霧生先輩宅でのアレコレを思い出す。

 尚人のスマホに届いた写真のおかげで、完全に目が覚めた私は、霧生先輩の家に行くとは言えなかった。

「なんだ、ダメなのか?」

「年ごろの娘が軽はずみな行動をしてはいけないことに気がついたのだ」

「あれだけ煽っておいて、逃げるのか?」

「逃げるわけじゃない。身を守るだけだ」

 私がハッキリと断ると、ふいに霧生先輩は私を抱きしめる。

「おい、霧生先輩!?」

 往来で抱きしめられた私は、驚きすぎて呆然とするばかりだった。

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