恋する騎士団

悠木全(#zen)

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39.二人の時間(番外編)

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「なあ、そこのお前」

 とある木曜日の昼休み。

 伊利亜いりあのクラスにやってきた私——彩弓あみは、テキトーな男子生徒を捕まえて訊ねる。

 すると、男子生徒はメガネを持ち上げながら、真面目な顔をこちらに向けた。

「彩弓さんですよね? どうかしましたか?」

「伊利亜はいないか?」

「さっきまでいたんですが」

「わかった。引き留めてすまない」

「いいえ」

 男子生徒を解放すると、逃げるようにして去っていった。そもそもどうして私の名前を知っているのかはわからないが、スムーズに確認できたのは良かった。

 そして伊利亜がクラスにいないことがわかった私は廊下に出て、あてもなく歩き始める。階段の踊り場にもいなかったので、伊利亜の居場所は見当もつかなかった。

「せっかく伊利亜を誘おうと思ったのに……どうしてか、最近はちっとも会わなくなったな」

 私が家に誘って着せ替えごっこをして以来、伊利亜とはもう一ヶ月くらい話していなかった。そんなに嫌がることをした覚えはないのだが……どうやら避けられているらしい。

「だがお互いに好きだから接吻したんだし、嫌われたわけじゃないと思うが……」

 そういえば健や尚人とも会っていないが、みんなそんなに勉強が忙しいのだろうか?

「ああ、勉強という文字を想像しただけでも眠くなる————お?」

 などと言いながら、階段をのぼっていると、伊利亜を発見した。

「げ」

「見つけた! 伊利亜! こら、逃げるな!」

「なんなんだよ! 俺はもうドレスなんて着ないからな」

「違う、今回はドレスじゃない」

「だったら頭突きの訓練か?」

「頭突きは訓練などしなくても出来るものだ」

「ついてくるな」

「私はお前に用があるんだから、ついていくのは当たり前だ——あ」

 私が主張しながら階段をのぼっていた最中、咄嗟に足を滑らせた私は、慌てて手すりに掴まるが、それでも勢いを完全になくすことはできず。

 背中から落下しかけたその時——伊利亜が私を抱きとめてくれた。

「おい! 何をやってるんだ!」

「やっと捕まえた」

「……なんなんだよ」

 私を受け止めた伊利亜を抱き返すと、ようやく諦めた伊利亜はため息をついた。



 ***



 伊利亜を捕まえた私は、非常階段の踊り場に移動した。

 話をするなら、ここが一番落ち着くようになっていた。

 そして非常階段の広い踊り場に着くなり、伊利亜はぶっきらぼうに訊ねてくる。

「それで、なんの用だ?」

「二人で遊びに行こう」

 間髪いれずに言った私に、伊利亜は一瞬黙り込む。
 
 なんだか警戒されているようだった。

「遊ぶとは、具体的に何をしたいんだ?」

「遊園地か映画かカラオケか……あとは展望台に行くのもいいな」

「どうして二人で行こうと思ったんだ?」

「姉さんに二人で行くように言われたんだ。この間の詫びも含めてな……」

 伊利亜たちが眠っている間に着せ替え人形をして遊んだことを姉に報告したら、それはそれはこっぴどく叱られたのだった。

 三人それぞれに詫びるように言われたもの、みんな逃げるから、謝ることすらできなかったが、ようやく伊利亜を捕まえることができた。

「姉さんが、恋人なら二人でデートするものだと言っていた」

「……他のやつらは誘わなくていいのか?」

「二人だと言ってるじゃないか。他のやつらを誘ってもいいなら、誘うが」

「……いや、二人でいい」

「なら、どこに行く?」

「お前の行きたい場所でいい」

「だったら! まず遊園地でマジカルトルネードを二十回乗って……カンフー映画を見て、カラオケで……」

「一日で全部まわれるのか?」

「そうだな……だが、どれも捨てがたい」

「何日かに分けて行けばいい。一日しか一緒にいられないわけじゃない」

「そうか! そうだな。伊利亜が遊んでくれるなら、たくさんデートしたいな」

「っ……お前は」

「なんだ? 何か悪いものでも食ったのか?」 

「違う」

「じゃあ、とりあえず遊園地でカラオケしながらカンフー映画を見るか」

「それはどういう状況だ」



 ***



「伊利亜ー! 見てみろ、あそこにイルカがいるぞ!」

「イルカじゃない、野鳥だ」

「そうなのか?」

 姉に言われて伊利亜とデートすることになった私だが、伊利亜が指定してきた場所は、意外にも隣県の展望台だった。

 伊利亜は静かな海を眺めるのが好きらしい。伊利亜の好きなことが知れて、私はなんだか嬉しくて気分が高揚していた。

 だが伊利亜はいつもと変わらないクールさで、ツッコミを入れる。
 
「どうすれば野鳥とイルカを間違えるんだ?」

「そういえば、ここに甚十じんとと二人で来た時はお前も灯台の裏側にいたんだよな。あの時はどうして隠れていたんだ?」

「……たける兄貴に付き合っただけだ」

「なに!? 兄貴だと!?」

「邪魔するつもりはなかった」

「健だけ兄貴と呼んでズルい! 私も呼んでほしい!」

「そっちか」

「どうして私は兄貴じゃないんだ」

「じゃあ姉さんと呼んでやろう」

「嫌だ」

「どうしてだ?」

「兄貴のほうがカッコいいからだ」

「よくわからんが、姉さんと呼ばれるのがそんなに嫌か?」

「嫌というか……苦手だ」

「じゃあ、これからは姉さんと呼ぶ」

「ええ!? やめてくれ……全身がかゆくなる!」

「俺にドレスを着せた罰だ」

「謝るから、許してくれ」

「……どうするか」

 伊利亜は今まで見たことがないくらい楽しそうに笑っていた。そんな伊利亜を見ているとくすぐったい気持ちになるもの、なんだか複雑な気持ちでもあった。
 
 そもそも人の嫌がる様を楽しむなんて……なんてやつだ。

「そういえば彩弓あみ姉さんはここで甚十さんと抱き合ってたな」

「う、それは……言わないでくれ」

「ようやく羞恥心を覚えたのか」

「私も大人になったんだ」

「じゃあ、もっと大人になるか?」

 伊利亜に間近で見つめられて、心臓が早鐘のように鳴った。

 顔を近づけるだけでこんなにドキドキするんだから、接吻なんてしたら心臓が爆発するんじゃないだろうか? ——なんて思っている間に、伊利亜が唇を重ねてきた。が、とっさに私は身を引いた。

「ちょっと待て、今日は心臓の調子が悪いから、接吻はやめてくれ」

「そうか。なら、慣れろ」

 伊利亜に有無をいわさず口づけられて、私は悲鳴をあげそうになる。

 が、深く口づけられて、私は悲鳴を飲みこんだ。

 あまりに長い接吻に息も絶え絶えになっていると、ようやく伊利亜の接吻から解放された。

「い、伊利亜……今のは長すぎるぞ」

 苦しさのあまり、涙をにじませて睨みつけると、伊利亜はため息をついた。

「俺はこれからどれだけ我慢を強いられるんだろうな」

「なんの話だ?」

「お前の姉さんから……いや、なんでもない」

「姉さんがどうしたんだ?」

 伊利亜は何かを思い出して、再び大きなため息をついた。

「成人するまで待てと言われた」

「成人するまで? 何をだ?」

「まあ、いろいろだ」

「いろいろ……というと、頭突きか?」

「だからお前は……なんで頭突きなんだ」

「頭突きにも色々なパターンがあるからな」

「頭突きじゃない」

「なら、なんなんだ?」

「さあ、なんだろうな」

「気になるじゃないか!」

「今よりもっと心臓に悪いことだ」

「そ、それは……お前は私を殺す気なのか?」

「その時がきたら、殺す気で触れてやるから覚悟しろよ」

「こわい! こわいぞ! 伊利亜!」

「冗談だ……半分は」

「お前の冗談はわかりにくい。しかも半分なのか?」

 私がごくりと固唾をのむと、伊利亜は破顔した。 
 
 ただでさえ笑うことが少ない伊利亜だ。そう何度も笑顔を見せられると、なんだか嬉しくてふわふわした気持ちになった。

「なあ、伊利亜」 

「どうした」

「私は伊利亜の笑顔が好きだ」

「……そうか」

「でも笑わない伊利亜も好きだ」

「何が言いたいんだ?」

「どんな伊利亜も大好きなんだ」

 私が思ったことを告げると、伊利亜は顔を背けるようにして離れた。

「全く……お前は」

「どうした? 伊利亜」

「もう何も言わなくていいからな」

「どうしてだ? そんなに嫌なのか?」

「……うるさい」

「そういえば、私はこんなに好きと言ってるのに、伊利亜からは聞いてないな」

「……」

「伊利亜は私のことをどう思ってるんだ? 接吻で答えるのはナシだぞ」

「俺は……」

「うむ」

「お前が苦手だ」

「ええ!?」

「お前を前にすると、どうすればいいのかわからなくなる」

「そうか。じゃあ、思う存分甘えればいい。私のほうが年上なんだから」

「どうしてそうなるんだ」

「お前はきっと、他人に甘えるのが苦手なんだ」

 私がぎゅっと抱きしめると、最初は驚いた顔をしていた伊利亜だが、次第に脱力していった。

「今までさんざん守ってもらったからな。今度は私が守る番だ」

「何から守るんだよ」

「ありとあらゆるものから守ってやる」

「お前……」

 伊利亜が私に手を伸ばした、その時だった。

「はーい! そこまで」

「なんだ?」

 灯台の裏側から、健と尚人が現れた。どうやら、ずっと見られていたらしい。そのことに気づいた直後、伊利亜は気まずそうな顔をして私から離れた。

 そしてこちらに駆け寄ってきた健は、伊利亜に向かってビシッと指をさす。

「これ以上は尚人が暴走するからダメだよ、伊利亜」

「伊利亜……ムカつく」

 健の横にいる尚人の目が、燃えるような赤い色をしていた。暴走の前兆である。
 
 尚人のただごとではない様子に私が慌てる中、伊利亜は頭を抱えた。

「あんたたち、いつの間に」

「友梨香さんから頼まれたんだよ。彩弓が成人するまで伊利亜が悪さをしないよう見張るようにって」

 健の言葉に、私は思わず訊ねる。

「悪さとはなんだ?」

 が、誰も教えてはくれなかった。

「あの人は……絶対に楽しんでるだろ?」

 呆れた伊利亜の横で、私が目を瞬かせる中、健はおかしそうに告げる。

「まあ、そういうわけだから。成人までは悪さしちゃダメだよ、伊利亜」

「彩弓、こいつが嫌になったら、いつでも俺のところに来てよ」

 尚人に手を握られて、私はわけがわからず——とりあえず頷いておいた。

「……なんなんだ」

「伊利亜の苦難は続くね」

 私と尚人を睨みつける伊利亜を見て、健が大きな声で笑ったのだった。

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