39 / 48
39.二人の時間(番外編)
しおりを挟む「なあ、そこのお前」
とある木曜日の昼休み。
伊利亜のクラスにやってきた私——彩弓は、テキトーな男子生徒を捕まえて訊ねる。
すると、男子生徒はメガネを持ち上げながら、真面目な顔をこちらに向けた。
「彩弓さんですよね? どうかしましたか?」
「伊利亜はいないか?」
「さっきまでいたんですが」
「わかった。引き留めてすまない」
「いいえ」
男子生徒を解放すると、逃げるようにして去っていった。そもそもどうして私の名前を知っているのかはわからないが、スムーズに確認できたのは良かった。
そして伊利亜がクラスにいないことがわかった私は廊下に出て、あてもなく歩き始める。階段の踊り場にもいなかったので、伊利亜の居場所は見当もつかなかった。
「せっかく伊利亜を誘おうと思ったのに……どうしてか、最近はちっとも会わなくなったな」
私が家に誘って着せ替えごっこをして以来、伊利亜とはもう一ヶ月くらい話していなかった。そんなに嫌がることをした覚えはないのだが……どうやら避けられているらしい。
「だがお互いに好きだから接吻したんだし、嫌われたわけじゃないと思うが……」
そういえば健や尚人とも会っていないが、みんなそんなに勉強が忙しいのだろうか?
「ああ、勉強という文字を想像しただけでも眠くなる————お?」
などと言いながら、階段をのぼっていると、伊利亜を発見した。
「げ」
「見つけた! 伊利亜! こら、逃げるな!」
「なんなんだよ! 俺はもうドレスなんて着ないからな」
「違う、今回はドレスじゃない」
「だったら頭突きの訓練か?」
「頭突きは訓練などしなくても出来るものだ」
「ついてくるな」
「私はお前に用があるんだから、ついていくのは当たり前だ——あ」
私が主張しながら階段をのぼっていた最中、咄嗟に足を滑らせた私は、慌てて手すりに掴まるが、それでも勢いを完全になくすことはできず。
背中から落下しかけたその時——伊利亜が私を抱きとめてくれた。
「おい! 何をやってるんだ!」
「やっと捕まえた」
「……なんなんだよ」
私を受け止めた伊利亜を抱き返すと、ようやく諦めた伊利亜はため息をついた。
***
伊利亜を捕まえた私は、非常階段の踊り場に移動した。
話をするなら、ここが一番落ち着くようになっていた。
そして非常階段の広い踊り場に着くなり、伊利亜はぶっきらぼうに訊ねてくる。
「それで、なんの用だ?」
「二人で遊びに行こう」
間髪いれずに言った私に、伊利亜は一瞬黙り込む。
なんだか警戒されているようだった。
「遊ぶとは、具体的に何をしたいんだ?」
「遊園地か映画かカラオケか……あとは展望台に行くのもいいな」
「どうして二人で行こうと思ったんだ?」
「姉さんに二人で行くように言われたんだ。この間の詫びも含めてな……」
伊利亜たちが眠っている間に着せ替え人形をして遊んだことを姉に報告したら、それはそれはこっぴどく叱られたのだった。
三人それぞれに詫びるように言われたもの、みんな逃げるから、謝ることすらできなかったが、ようやく伊利亜を捕まえることができた。
「姉さんが、恋人なら二人でデートするものだと言っていた」
「……他のやつらは誘わなくていいのか?」
「二人だと言ってるじゃないか。他のやつらを誘ってもいいなら、誘うが」
「……いや、二人でいい」
「なら、どこに行く?」
「お前の行きたい場所でいい」
「だったら! まず遊園地でマジカルトルネードを二十回乗って……カンフー映画を見て、カラオケで……」
「一日で全部まわれるのか?」
「そうだな……だが、どれも捨てがたい」
「何日かに分けて行けばいい。一日しか一緒にいられないわけじゃない」
「そうか! そうだな。伊利亜が遊んでくれるなら、たくさんデートしたいな」
「っ……お前は」
「なんだ? 何か悪いものでも食ったのか?」
「違う」
「じゃあ、とりあえず遊園地でカラオケしながらカンフー映画を見るか」
「それはどういう状況だ」
***
「伊利亜ー! 見てみろ、あそこにイルカがいるぞ!」
「イルカじゃない、野鳥だ」
「そうなのか?」
姉に言われて伊利亜とデートすることになった私だが、伊利亜が指定してきた場所は、意外にも隣県の展望台だった。
伊利亜は静かな海を眺めるのが好きらしい。伊利亜の好きなことが知れて、私はなんだか嬉しくて気分が高揚していた。
だが伊利亜はいつもと変わらないクールさで、ツッコミを入れる。
「どうすれば野鳥とイルカを間違えるんだ?」
「そういえば、ここに甚十と二人で来た時はお前も灯台の裏側にいたんだよな。あの時はどうして隠れていたんだ?」
「……健兄貴に付き合っただけだ」
「なに!? 兄貴だと!?」
「邪魔するつもりはなかった」
「健だけ兄貴と呼んでズルい! 私も呼んでほしい!」
「そっちか」
「どうして私は兄貴じゃないんだ」
「じゃあ姉さんと呼んでやろう」
「嫌だ」
「どうしてだ?」
「兄貴のほうがカッコいいからだ」
「よくわからんが、姉さんと呼ばれるのがそんなに嫌か?」
「嫌というか……苦手だ」
「じゃあ、これからは姉さんと呼ぶ」
「ええ!? やめてくれ……全身がかゆくなる!」
「俺にドレスを着せた罰だ」
「謝るから、許してくれ」
「……どうするか」
伊利亜は今まで見たことがないくらい楽しそうに笑っていた。そんな伊利亜を見ているとくすぐったい気持ちになるもの、なんだか複雑な気持ちでもあった。
そもそも人の嫌がる様を楽しむなんて……なんてやつだ。
「そういえば彩弓姉さんはここで甚十さんと抱き合ってたな」
「う、それは……言わないでくれ」
「ようやく羞恥心を覚えたのか」
「私も大人になったんだ」
「じゃあ、もっと大人になるか?」
伊利亜に間近で見つめられて、心臓が早鐘のように鳴った。
顔を近づけるだけでこんなにドキドキするんだから、接吻なんてしたら心臓が爆発するんじゃないだろうか? ——なんて思っている間に、伊利亜が唇を重ねてきた。が、とっさに私は身を引いた。
「ちょっと待て、今日は心臓の調子が悪いから、接吻はやめてくれ」
「そうか。なら、慣れろ」
伊利亜に有無をいわさず口づけられて、私は悲鳴をあげそうになる。
が、深く口づけられて、私は悲鳴を飲みこんだ。
あまりに長い接吻に息も絶え絶えになっていると、ようやく伊利亜の接吻から解放された。
「い、伊利亜……今のは長すぎるぞ」
苦しさのあまり、涙をにじませて睨みつけると、伊利亜はため息をついた。
「俺はこれからどれだけ我慢を強いられるんだろうな」
「なんの話だ?」
「お前の姉さんから……いや、なんでもない」
「姉さんがどうしたんだ?」
伊利亜は何かを思い出して、再び大きなため息をついた。
「成人するまで待てと言われた」
「成人するまで? 何をだ?」
「まあ、いろいろだ」
「いろいろ……というと、頭突きか?」
「だからお前は……なんで頭突きなんだ」
「頭突きにも色々なパターンがあるからな」
「頭突きじゃない」
「なら、なんなんだ?」
「さあ、なんだろうな」
「気になるじゃないか!」
「今よりもっと心臓に悪いことだ」
「そ、それは……お前は私を殺す気なのか?」
「その時がきたら、殺す気で触れてやるから覚悟しろよ」
「こわい! こわいぞ! 伊利亜!」
「冗談だ……半分は」
「お前の冗談はわかりにくい。しかも半分なのか?」
私がごくりと固唾をのむと、伊利亜は破顔した。
ただでさえ笑うことが少ない伊利亜だ。そう何度も笑顔を見せられると、なんだか嬉しくてふわふわした気持ちになった。
「なあ、伊利亜」
「どうした」
「私は伊利亜の笑顔が好きだ」
「……そうか」
「でも笑わない伊利亜も好きだ」
「何が言いたいんだ?」
「どんな伊利亜も大好きなんだ」
私が思ったことを告げると、伊利亜は顔を背けるようにして離れた。
「全く……お前は」
「どうした? 伊利亜」
「もう何も言わなくていいからな」
「どうしてだ? そんなに嫌なのか?」
「……うるさい」
「そういえば、私はこんなに好きと言ってるのに、伊利亜からは聞いてないな」
「……」
「伊利亜は私のことをどう思ってるんだ? 接吻で答えるのはナシだぞ」
「俺は……」
「うむ」
「お前が苦手だ」
「ええ!?」
「お前を前にすると、どうすればいいのかわからなくなる」
「そうか。じゃあ、思う存分甘えればいい。私のほうが年上なんだから」
「どうしてそうなるんだ」
「お前はきっと、他人に甘えるのが苦手なんだ」
私がぎゅっと抱きしめると、最初は驚いた顔をしていた伊利亜だが、次第に脱力していった。
「今までさんざん守ってもらったからな。今度は私が守る番だ」
「何から守るんだよ」
「ありとあらゆるものから守ってやる」
「お前……」
伊利亜が私に手を伸ばした、その時だった。
「はーい! そこまで」
「なんだ?」
灯台の裏側から、健と尚人が現れた。どうやら、ずっと見られていたらしい。そのことに気づいた直後、伊利亜は気まずそうな顔をして私から離れた。
そしてこちらに駆け寄ってきた健は、伊利亜に向かってビシッと指をさす。
「これ以上は尚人が暴走するからダメだよ、伊利亜」
「伊利亜……ムカつく」
健の横にいる尚人の目が、燃えるような赤い色をしていた。暴走の前兆である。
尚人のただごとではない様子に私が慌てる中、伊利亜は頭を抱えた。
「あんたたち、いつの間に」
「友梨香さんから頼まれたんだよ。彩弓が成人するまで伊利亜が悪さをしないよう見張るようにって」
健の言葉に、私は思わず訊ねる。
「悪さとはなんだ?」
が、誰も教えてはくれなかった。
「あの人は……絶対に楽しんでるだろ?」
呆れた伊利亜の横で、私が目を瞬かせる中、健はおかしそうに告げる。
「まあ、そういうわけだから。成人までは悪さしちゃダメだよ、伊利亜」
「彩弓、こいつが嫌になったら、いつでも俺のところに来てよ」
尚人に手を握られて、私はわけがわからず——とりあえず頷いておいた。
「……なんなんだ」
「伊利亜の苦難は続くね」
私と尚人を睨みつける伊利亜を見て、健が大きな声で笑ったのだった。
50
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。
猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で――
私の願いは一瞬にして踏みにじられました。
母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、
婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。
「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」
まさか――あの優しい彼が?
そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。
子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。
でも、私には、味方など誰もいませんでした。
ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。
白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。
「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」
やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。
それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、
冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。
没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。
これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。
※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ
※わんこが繋ぐ恋物語です
※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ
溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~
夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」
弟のその言葉は、晴天の霹靂。
アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。
しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。
醤油が欲しい、うにが食べたい。
レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。
既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・?
小説家になろうにも掲載しています。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる