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最終章 探究者と門番

21話 154本目

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 あれから、何回刀の切っ先を合わせ合っただろうか。覚えていない。数えきれないほどに彼と稽古を続けた。

 手の平には血豆が出来ており、左腕の筋肉疲労が凄まじい。靴は擦り切れ、肌は砂埃で汚れ、肉体が水分補給を求めている。

 俺だけじゃない。世界も変化している。夕日が沈み、夜を2度程迎えてしまった。周りの土地が、リオへと転送されて、穴だらけになっている。

 悪い事ばかりではない。同盟騎士や、ザナの勇気ある戦士達のお陰で、生贄は破壊され、ルミナを含んだ生贄の数は2体となった。

 そう、俺が今戦っている青い炎のスケルトンとルミナさえ倒せば、全てが収束へと向かっていく。自分でも理解している実行しようと奮闘しているのだが、スケルトンが全く倒せない。

 癖を見破ったと思ったら、流派を変えてきて、俺の心を乱してくるんだ。しかも、相手はアンデッドなので、体力の消費も無い。稽古をすればするほど、俺の体力はすり減っていく。

 途中、ストレスと体力の限界に至った俺は、青い炎のスケルトンに浄化魔術をかけようとした。殺しはしてこないが、俺達を邪魔してくる敵という事には間違いない。そう思っていたのだが、なんと主任に止められてしまった。

「ここで、彼を成仏させたら君が後悔する事になるよ?それでも良いなら、構わない・・・いや、それでもやらせないや」

 俺が後悔する理由。主任の言葉が頭をぐるぐると回る。体力は減り続け、精神は摩耗していく。

「もう・・・駄目だ・・・」

 ついに、肉体が限界を迎え、前のめりに倒れそうになった時だった。青い炎のスケルトンが即座に俺の体を支えたのだ。

 肉も内臓もないくせに人肌のように温かい。青い炎の温かさだろうか。青い炎は、触れたら火傷しそうなのに、全然熱くない。何なんだこの炎は・・・。

「あ、ありがとう・・・疲れててつい・・・」

「・・・・・」

 青い炎のスケルトンは俺を丁度よさそうな岩の上に座らせると、休むように無言で促してきた。遠慮する必要というか、する余裕なんて全く無かったので、しっかりと座って疲労した体を休ませる事にした。

「翡翠!大丈夫だった?はい、これ水」

「ありがとうございます・・・なんか食べる物とかは?」

「ビスケットしかないな。急いでここに来たから」

「それでいいです。食べさせてください」

 ビスケットの袋を主任からもらい、開けて食べる。しつこすぎない甘さが体に広がっていく。帰ったら、ビスケットを山ほど食べよう。

「なあ、あんたその青い炎はなんなんだ?全然熱くなかったけど・・・」

「それはオレが説明しちゃう!なんたって彼はしゃべれないからね。まあ、説明って言っても、あの青い炎は厳密には炎じゃなくて、魂なんだけどね」

「魂?あんなにはっきり見えるんですか?」

「彼が特殊なんだろうね。オレも31年の人生であんなにはっきりと魂を見たのは指で数えられるくらいだよ。相当強い門番だったんだろうね」

「そうですね・・・ん?」

「ん?どったの?」

「いえ、何でもありません・・・・・・・・・・・・そういう事か」

 主任が俺を連れてきた理由分かったかもしれない。おちゃらけた人だけれども、粋な事をしてくれるな。

「よし!もう大丈夫!そろそろ再開しようか!!」

「ん?もう良いの?もっと休んだ方が良いんじゃない?」

「いえ、そんな悠長な事はしていられませんよ主任。それに彼も、1秒でも早く終わらせたいみたいですし」

 スケルトンはコクリと縦に首を振ると、また定位置にて刀を構える。俺も<隼人一陣>を構え、互いに三ツ頭を合わせ、稽古を再開。

「ふっ────!!」

 まず、最初に攻撃をしかけたのは俺。大きく振りかぶって、脳天を真っ二つにするのを狙った渾身の面打ち。両手を大きく振り上げるので、勿論腹は隙だらけになる。となると、当然の事のように腹を狙ってくるわけだ。

「ッッ────!!」

 隙だらけ!とでも言っているのだろう。ご指摘ありがとう把握済みだ。ならば、素早く刀を振って、元の位置に腕を戻せばいい。

「フンッ!!」

 スケルトンも俺の考えが読めたのだろう。すぐさま後退して、攻撃はせずに俺の渾身の一撃を避けてみせた。この時、初めて俺はスケルトンを後ろに下がらせる事に成功した。

 小さな一歩だが、確実に前へと進んだ一歩だ。嬉しくて、飛び上がってしまいそうだが、気持ちをぐっと抑えて、構える。

 一歩進めたら、二歩目も進める。いや、進まなければならない。

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉりゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 隙を作らせない猛攻。しかし、ただ乱暴に刀を振るっているわけではなく、しっかりと流派、刀の正しい振るい方と共に振っている。重心を低くし、確実に仕留めていくスタイル。そこに寸止めしてやろうという気持ちは微塵もない。

  スケルトンが、殺さないように手加減してくれているというのに、何て酷い奴と思う者もいるかもしれないが、そもそも、倒さなければ、いけない上に、殺さないのは完全にスケルトンの勝手だ。しかも、スケルトンは俺に倒される事を望んでいる。

 言葉を交わしたわけでもない。意思疎通で理解したわけではない。でも、分かる。スケルトンは己を倒させて、俺の成長を促している。

「ッ!!!」

 防戦一方のスケルトン。翡翠に自分を打ち取らせようとはしているが、だからと言って油断も手も抜かない。俺の猛攻を弾いて一旦止めると、後方へと飛んで体勢を立て直す。


 四足歩行の獣のように姿勢を低くし、突きの構えを取る。俺を一撃で仕留めるようだ。寸止めだと分かっていても、体が危険に反応し、電気に触れた時のようにビリビリとした感覚が全身に走る。寸止めだから死なないという気持ちは一瞬で消え去った。この時、俺はまた一歩進む事が出来た。

 低い体勢から放つ突き。幕末と明治の日本を描いた漫画に出てくるキャラのような技を出すつもりのようだ。何処の流派にも存在しない技、これはちょっと対策が難しいぞ・・・。避けきれるかどうか・・・。

「いや、待て。避けなくて良いや」

 そもそも、命の取り合いに何をかすり傷程度の傷を気にしているんだ。気にするのは、武器を振るえなくなる程の重症と命に関わる致命傷。それ以外は全て無視で良い。気にする必要はない。

 日本剣術は基本的に盾を装備しない。盾を装備した場合、パフォーマンスが落ちるからだ。刀の切れ味を真に発揮するには、両手持ちが必要だからだ。

 ならば、どうすればよいのだろうか?魔術で守るという手段もあるが、今この試合では魔術は使えない。というよりも使ってはいけない空気が流れている。

 ならば、心臓を狙っている一撃はどう防げば良いのだろうか?答えは簡単。

「肉を斬らせてぇ!!」

 自分の心臓を腕に守らせて。

「骨を断つ!!」

 攻撃手段を失ったスケルトンに一撃を喰らわせれば良いのだ。

 袈裟斬りで、青い炎のスケルトンの骨を砕く。肋骨の大部分を失ったスケルトンは得物である刀から手を離し、正座すると、俺に骨だけの首を差し出してくる。

「・・・ありがとう、父さん」

 感謝の言葉を述べ、その首を刎ねた。
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