上 下
38 / 219
二章英雄の意思を我が剣に

その矢は疾風の如く

しおりを挟む
「兄ちゃん、退け!」

 亮一の叫びを聞き取った優人は右に転がって、リザードマンから放れる。

 リザードマンは追おうとするが、新たな危機に気づいてその足を止める。が、反応が少々遅かったようだ。

 足を止めて受け身の体勢を取るが、その時にはリザードマンの体は右と左に分かれてしまっていた。

「甘いぜ、蜥蜴野郎」

 刀を納め、転がる兄の元へと急ぐ。

「大丈夫だったか、兄ちゃん?」

「ああ、俺の感が良かったお陰で実の弟に斬られずにすんだよ」

「わりぃわりぃ。でも、兄ちゃんなら避けられるかなって」

 軽く詫びると、尻餅をつく優人に手をさしのべ優人はその手を握り、立ち上がった。

「まあ今はどうでも良い。それにしてもすまなかったな。平日の休みだというのに呼びだして」

「いえいえ、大丈夫ですよ全然」

 むしろあの連絡がなかったら僕は今ごろ人のプライベート大好きな女子達の甘いスイーツになっていた頃であろう。

「で、君が署長の言ってたシトラさんか・・・よろしく」

「こちらこそ」

 優人とシトラは熱い握手を交わしていると、招かれざる客がぞろぞろと這い寄って来た。

「リザードマンがこんなに・・・これは確かに俺らを呼び出す理由としては充分だぜ」

「まったくだよ。・・・午後の授業に間に合うかな・・・」

「さあ?今日は戻らなくて良いんじゃない?歩も今日はクラスの女子とは会いたくないでしょ?」

「何かあったの?」

「いや、何でもない。何でもないから戦うのに集中して」

 剣を鞘から引き抜き構える。すると武装したリザードマン達はそれに反応するように武器を装備する。

 気づけばリザードマンに囲まれている。四面楚歌というのはこのような場面を指すのか。


「地獄の炎よ、罪深き者共を焼き殺せ───『ヘルズファイア』!」

 先制を取ったのは葵の得意魔術の1つ、ヘルズファイアだ。杖に埋め込まれた赤い宝石から炎が噴射する。噴射する炎は僕らを囲むリザードマンの体を焼いた。

「グギャアァァ!!」

 大半のリザードマンが炭となり絶命していく最中、1体のリザードマンは燃えながらもこちらへと剣を握り突撃してくる。

「諦めが悪い──!」

 しかしそのリザードマンのガッツもむなしく、亮一の抜刀術で上半身と下半身に分けられてしまった。

「ねえ、さっきから気になってたんだけど、亮一の使う剣術って普通の剣術じゃないよね?」

 何か引っ掛かるのかシトラは亮一の剣術について質問する。亮一は嬉しそうに鼻を擦って答えた。

「おうよ!俺の剣術は対人に優れた極東剣術だ!」

「極東剣術・・・聞いた事あるわ・・・」

「そういえばあっちの世界にも日本と文化がそっくり島国があるらしいな」

 ラグナロクはエデンのコピー。コピーならばエデンに存在する国がラグナロクに在っても不思議ではないのだ。

 ラグナロクでは日本は極東と呼ばれているらしく、その極東で生まれたのが極東剣術のらしい。

 極東剣術のスキルを持っているのは、亮一と優人さんの2人。どうやら剣道や居合道の心得がある者に極東剣術のスキルが宿るらしい。

 亮一はおちゃらけた性格をしているが、剣道の腕前は一流。去年1年生ながらもレギュラー入りし、更に個人では全国ベスト4に入ってしまうほどの。

 その兄である優人さんは更に上をいく個人全国1位を取っている。

 故にステータスカードの所持者となった当初から極東剣術のスキルを有していた。しかもレベル3で。

「さあて、余興は終わりにして蜥蜴駆除を始めるとしますか!」

「おい!考えなしに突っ込んでいくな!」

 優人さんは追うようにして亮一についていく。

「私はとにかく焼き殺す。歩、リザードマンを一点に集めて」

「了解。シトラは建物の屋上から狙撃してくれ」

「オッケー!」

 シトラは承諾すると、近くにあったマンションをジャンプで登る。

「脚力どうなってんだろ?」

「そんなのどうでも良いから早く行くぞ!」

「了解~」



「歩、右!」

「サンキュ!」

 いつの間にか右から迫って来ていたリザードマンを斬る。葵の進言がなければ肩を斬られていた。

「せいっ!」

 リザードマンは比較的頭が良いがその躯はあまり頑丈ではない。その為武装して戦っている。

 少々手間ではあるが、武装していない箇所を狙えば、ダメージを負わせる事は可能である。

「『フレイムショット』!」

「グギャア!」

 一方葵の戦法は指先に圧縮した炎をリザードマンに撃って、まとまっているならば、ヘルズファイアで一片に焼き殺す。

「相変わらずその魔術便利だな。本当に葵が開発したのか?」

「モチ」

 葵が使用するフレイムショットはラグドさんから教えてもらった炎の魔術を改良して弾丸型にしたのだ。

 これには僕だけでなく、ラグドさんも唸る程驚いた。

「考えたのは良いけど、作るのがめんどかった」

「だからラグドさんも驚いていたんだろう?」

 魔術を使うのと、魔術を作るのでは訳が違う。ベテランの魔術師でも1ヶ月かかるという。それをまだ魔術師として歴史の浅い葵は2ヶ月で作ってしまったのだ。

「炎の弾丸よ、敵を貫け──『フレイムショット』!」

 フレイムショットは1回の詠唱につき5発撃つ事が出来る。消費魔力もそこまで多くないので、惜しむことなく使える。

 弱点として雑魚は殺せるけれど、オーガ級の魔物は一撃では倒せないといったところか。

「歩、ここらへんはもう大丈夫そう。次行こ」

「分かった」



「ぬん!」

「ギギャア!」

 亮一の魔力は平均を大きく下回っており、とてもじゃないが魔術は扱えない。しかし、その反面魔力以外のステータスは平均を大きく上回っている。

ステータス値とスキルの極東剣術がとても相性が良いようで亮一は歩や葵と比べて白兵戦が得意だ。

「武装しても所詮は蜥蜴という事か・・・」

 亮一はリザードマンを鎧ごと斬り殺す。それは単なる筋力だけでなく彼の技量が合わさって成せることだろう。

「ギギャギャギャギャギャア!!」

「成ってねぇ!」

 武器をやたら滅多に振り回し、傷を与えようとしてくるリザードマンに怒りを露にし、斬り伏せる。結局そのリザードマンは亮一に傷1つ付ける事も叶わず断末魔を上げて絶命した。

「次生まれてくるなら、戦士はやめときな。お前には向いてねぇ」

 吐き捨てるように言うと、刀を納め次の相手を探しに更に先へと進んでいった。



「それにしても数が多いな・・・大丈夫かな歩」

 その光景は明らかに異常だった。一目見ただけでも300体は超えている。こんなのラグナロクでも見たことがない。

「あそこにいるのが歩か・・・以外とやるじゃん。レベル15であの強さは純粋に凄いわ」

 千里眼にも近い視力の高い目で歩を見つけたシトラはしばらく歩の戦う様を眺める。

「そこだそうだ!──良し!」

 いつの間にか狙撃の事を忘れて歩の戦い様を見るシトラは興が乗ったのか応援までし始める。

「葵のあの魔術は何・・・?自分で開発したのかしら?やるわね」

 フレイムショットという魔術はまったく聞いた事がない。きっと葵が開発した新魔術なのだろう。

 それにしてもフレイムショットか・・・良い名前だ。フレイムショット、フレイムショット・・・ショット?

「いけね、狙撃狙撃!」

 ショットという単語で自分の使命を思い出したようで、シトラは慌てて弓を構え、矢を番えると、すぐに狙いを定める。

「人の事を素人扱いしておいて、自分のやるべき事を忘れちゃうなんて・・・これじゃアタシも素人同然ね」

 自分への甘さに気付いたシトラは自己嫌悪し、心で反省しながら矢を放つ。

 彼女の放った矢は風によって方向をズラされる事なくしっかりとリザードマンの脳天を貫いた。

「よし、調子は良いみたいね」

 いつもマイペースで自分の体もしっかり洗う事が出来ないお嬢様なシトラは一度弓と矢を使えば狩人へと変身する。

 シトラは幼い頃から森と共に暮らし、森で生きるのに必要な食料を狩りで得ていた生粋の狩人である。

 故に彼女の狙撃スキルのレベルが16歳にして5なのである。本来ならスキルのレベルが5にするのには相当のベテランか手練でなければ出来ないのだ。それなのに狙撃スキルをレベル5にしているという事は彼女が弓の天才だという事を示しているのだ。

 狙いを定めては居抜き、定めては居抜きを繰り返す。気付かないうちにシトラは狩りの世界へと入っていく。

 こうなると彼女には射る事以外考える事が出来ない。たとえ後ろに魔物が迫ってきていても・・・・。

「グギャア!」

「え───しまった!」

 リザードマンの奇声でようやく自分に危機が迫っている事に気付く。しかし、遅かった。リザードマンはシトラにナイフを抜く事も許さず、剣で二の腕を斬る。

「痛っ───!!」

 あまりの痛みにシトラはその場で蹲る。リザードマンはその姿をしばし眺めると、見飽きたのか剣を天高く振り上げ、下ろす。

 もうダメだ。そう思った次の瞬間であった。

 バン!と破裂音が2回聞こえてくる。一体何の音だろうか?爆弾にしては音が小さいし・・・。そしてどうしてだろうかリザードマンが斬ってこない。

 ゆっくりと目を開ける。すると、リザードマンは血塗れで横に倒れていた。

「何・・・で・・・?」

 急いでリザードマンの遺体を確認すると、遺体の胸と頭に1つずつ穴があるのを発見する。一体これは───。

「大丈夫だったか、嬢ちゃん」

「誰・・・!」

声が聞こえた方向を向く。そこにいたのは口髭を蓄えた若い男性が何やら見たことのない武器を持って立っていた。

 直ぐ様スキルサーチで情報を確認すると、いきなり現れた男はステータスカードの所持者だと知る。

「貴方が助けてくれたんですね。ありがとうございます!」

「良いよ良いよ気にしなくて。それよりも怪我してるみたいだけど、大丈夫?」

 まず第一にアタシの怪我の心配をしてくれた事からこの人は間違いなくこちら側の味方だと確信する。

「大丈夫です。治療魔術の心得はあるので」

「そっか、それなら良かった。ところで君は、歩君と一緒に来た増援の子で良いのかな?」

「はい、シトラと言います」

「その名前からしてあっちの方の世界の人だね。俺は杉田洋二郎、杉田って呼んでくれや」

「じゃあ、呼ばせていただきます。一応念のために聞いておきたいんですが、杉田さんは優人さんや歩達の仲間何ですよね?」

 「そうだよ」と杉田さんは笑顔で頷く。

「では、貴方の役割は何ですか?見た感じでは剣士ではないようですが・・・」

「ご名答、いかにも俺は剣士ではない。かといって魔術師でもない。俺は狙撃手だ」

「狙撃手!?」

 あまりに以外な役割に驚いて叫んでしまう。では、弓は?矢は?何処にあるのだろうか?

「そっちの世界には銃はないんだよね。紹介するよ、こいつが俺の相棒さ」

 そう言って彼は肩にかけていた謎の武器を見せつける。先程リザードマンを倒した武器を大きくさせたような形状の武器だ。

「こいつはな、銃っていう武器でな。簡単に説明すると、進化した弓だ」

「凄いですね!」

 エデンはラグナロクに比べ文明が発達している。弓矢が進化していてもおかしくはない。

「どうやら君も見た感じ狙撃手みたいだね。なら勝負をしないか?」

「勝負?一体何の・・・?」

「そりゃあ、勿論どっちが多く倒せるか競い合うんだよ!そっちの方がモチベーションも上がって良いだろ?」

 要するにスコア対決か・・・良いだろう、やってやる。

「お、良いねぇ。目つきがヤル気に満ち溢れてる。これなら本気を出せるってもんだ」

 杉田さんはワハハと大声で笑うと銃を手に持ち、初めて見るポーズを取る。あれが銃の構え方なのか。アタシも後に続くように弓に矢を番える。

「じゃあ───始めようか?」
しおりを挟む

処理中です...