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二章英雄の意思を我が剣に

愛を超えた執着心

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「歩けるか歩君?」

「は、はい。何とか・・・」

 口では大丈夫と言っているが、歩き方が覚束ない。魔力だけでなく体力まで根刮ぎ持っていかれたらしい。

「ラグドさん!今の炎は!?」

 歩のドラゴブレイクを見て駆けつけてきたライムは虚ろな目をし、元気も魔力もない歩を見て驚く。

「後で説明する。それより今は───」

 後ろから飛んできた矢がラグドの背中を射す。ラグドは痛みに耐え後ろを振り向いた。

「何をするのです───マクドス王子」



「ん、あれは───」

 アンデッドと戦っていたマーブルがある存在に気がつく。

「どうしたんです、強い魔物でも見つけたんですか?」

 亮一が質問すると、マーブルは震える手で見つけたものの方向を示した。

 指差す先には金髪碧眼の美青年が弓を構えて立っていた。

「・・・誰?」

「マクドス王子だ・・・」

「え!?あれが!!」

 見つけても見つけられなかった王子をついに見つけられた喜びか、戦いを投げ出してマクドスの方へと向かっていく。

「ちょ、マーブルさん!!」

 亮一は呼び戻すが、今のマーブルの耳には一切聞こえない。

「マクドス王子!!」

 マーブルに気づいたマクドスは彼女を優しい笑顔を迎えた。

「マーブル、無事だったか」

「はい!このマーブル簡単には死ねません!」

「そうか・・・どうやらかなり迷惑をかけたようだね」

 涙目のマーブルをマクドスはその胸に抱き締めた。マーブルは戸惑ったが、自然に彼の胸に顔を埋める。

「嬢ちゃん!逃げろぉ!!」

 ライムが険しい表情で叫ぶ。

「え───?」

 瞬間、腹部を鈍い痛みが襲う。すぐに腹部を見ると、短剣に刺されていた。

 刺した犯人は一目瞭然、マクドス王子である。

 何で?あんなに優しかったのに・・・。あんなに正義感溢れる人だったのに・・・。

 何でこんな事を・・・私の愛しい人。

 バタリと糸の切れた人形のように地面に伏せる。マクドスはマーブルが倒れる様を見ても笑顔を絶やさなかった。

「テメェ!」

 ライムの槍がマクドスに向かって飛んでいく。矢をも超えるであろう速度だ。

 しかし、マクドスはまるで当たり前かのように槍を受け止め、投げ返した。

 ライムは難なく槍受け止める。

「やはり野蛮ですね、ロマニア王国の騎士は。躾がなってない」

「マクドス王子・・・何故だ。君は誰よりも正義を愛していただろう・・・それなのに何故」

 背中に刺さった矢をラグドは力ぞくで引き抜き、問い質す。

「正義?そんなの愛してなどいませんよ。僕が愛するのはただ1人」

 パチンと指ならしをすると、ゴーストナイトが人を担いでマクドスの隣に並ぶ。

 ゴーストナイトが担いでいたのはシトラだった。どうやら気を失っているようだ。

「君がこの襲撃の犯人か・・・それもシトラ君を手に入れるためか?一体何処から君の作戦だったんだ?」

「察しの良いラグドさんなら理解わかっているでしょう?愛しのシトラをエデンに送る所からです。まあ、このように変なのもついてきてしまいましたが」

 変なのと言い腹から血を流しているマーブルに視線を向ける。

「シトラを・・・返せ・・・」

「それは出来ません。シトラを私物にするために僕は?」

「テメェ、禁術に触れたのか。どうりで俺の投擲を受け止めたのか」

 途端、マクドスの笑顔が歪んだ。その歪んだ笑顔はまるで悪魔のように禍禍しかった。

「その通り!流石に猿でも理解わかったようですね!シトラを襲い、エデンに転送させたのも、魔物を操れるようになったのも、全ては禁術を使用したからだ!!」

「下衆が。そんな事しなくても正面から告れば良いのによ───そうか、お前振られたのか」

 マクドスの不気味な笑いが停止する。図星らしい。

「そうだよ!この女は王子の僕に告ったというのに断ったのだよ!美しくて、強くて、優しくて、王子である僕の告白を!!」

 嫌な事を思い出してしまったらしく、マクドスは泣き出してしまった。流石のライムもドン引きである。

「コイツに振られた失意の中見つけたのが、禁術だった!!禁術は何て素晴らしい力なんだろうか!こんな素晴らしい物を何故封印したのか、僕には理解出来ない!」

「人の欲望を強くして破滅へと導くからだよ。現にテメェの欲望は器から溢れてるじゃねえか」

「ほう?詳しいな槍の騎士。もしかしてお前の身内に使った奴がいたのかぁ?」

 ギリギリとライムは歯ぎしりをする。怒りに堪える顔が余程面白いのかマクドスはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

「良いねぇ、人の怒り顔は性欲をそそるよ。男であってもね」

「キモイ事言ってねえで弓の嬢ちゃんを解放しな。さもないと、本気出すぞ?」

「おぉこわっ。でも今は僕を殺す事よりも仲間を助ける方が先決じゃないかな?」

 ラグドは背中を射抜かれ、歩は体力と魔力を使い尽くし、マーブルは腹を刺されて血を流して倒れている。

 マクドスの言う通り、ここは戦うよりも治療を行う方が正しい。

 それをよく理解したライムはマーブルに近づいて肩を貸す。しかし出血多量で意識はなかった。

「良い判断だ。その見返りとして魔物を引き下げましょう。では、さようならもう2度と会いませんからお元気で───」

 マクドスはそう言い残すと、渋谷に溢れかえっていた魔物と共に消えていった。



 扉のベルがからんからんと鳴る。まだ開店前にこのベルが鳴るという事は───。

「おかえり~、随分と早かったな今日──は───」

 その光景を見て驚く、歩はラグドさんに担がれているのだから。他にもマーブルちゃんがライムという青年に担がれていた。

 何が起こったのだろうか?こんな事今まで1度もなかったのに。だが、今はそんな事考えている暇はない。

「すぐにベッドに寝かせるぞ!2階に来てくれ!」

 ラグド達を2階へと誘導すると、各々の部屋のベッドに寝かせた。

「・・・で、何があったのか説明してくれないか?」

「行方不明になっていたマクドス王子が黒幕だった」

「嘘だろ!?」

 ラグドさんやマーブルちゃんから話は聞いているので事情はある程度知っている。まさか探していた奴が犯人だったとは。

「・・・あれ?シトラちゃんは・・・?」

「・・・連れ去られた」

「何だって!?」

 更なる衝撃が冬馬を襲う。冬馬はパニックにならないよう、深呼吸をして気持ちを切り替えた。

「詳しい話は別の話で聞こう」

「そうだな」

 廊下で突っ立ちながら話すのも落ち着かないので、ひとまず居間へと移動して話を聞くことにした。



「成る程、その王子様の異常な程の執着心が今回の騒動を引き起こしたのか・・・」

 前に歩達から聞いた話とラグドから聞いた話を聞いて辻褄があった冬馬はうんうんと頷いて理解する。

「すいません、俺が近くにいたにも関わらず・・・」

「過ぎた事を言うな杉田。今はシトラちゃんの救出を考えろ」

「で、話に出てきた王子が手を出した禁術というのは何なのですか?私達が使っている魔術とは違うようですが」

 そうだと緑と葵に頷く。

「禁術の真の名は悪魔召喚術と言ってな。その名の通り地獄から悪魔を呼ぶ魔術だ。呼び出された悪魔は死後魂を貰い受ける事を条件に本来人には使えない魔法を授ける」

「あの、前から気になっていたんですけど、魔術と魔法の違いって何処にあるんですか?」

 と疑問をぶつける亮一。ラグドは咳ばらいをすると、説明を始めた。

「魔法は奇跡を再現する事が出来るのだ。だから神しか使う事が許されん。ある時、とある人間が神に魔法を求めた。神は当然ダメだと言ったが、その人間は諦める事なく懇願した。その結果、神は仕方なく魔法の劣化版である魔術をその人間に教えたのだよ」

「では、何故神にしか使えない魔法を悪魔が知っているのです?」

 ラグドの話だと魔法が使えるのは神のみのはず。なのに悪魔が魔法を何故知っているのだろうか?

「サキュバスという悪魔を知っているか?」

「確か、男を性的に惑わす下級悪魔でしたっけ?」

「簡単に言うとな。神話によるとサキュバスはとある神をタブらかして魔法を教えて貰い、教えて貰った魔法を地獄に広めたという話だ」

「何やってんだよその神様」

 魔術と魔法の説明を終えたラグドは話の軌道を戻す。

「連れ去られたシトラ君なのだが、探す当てはある」

「探索の振り子ですね?」

「「「「探索の振り子?」」」」

 初耳の優人、亮一、葵、緑は頭にハテナを浮かべる。

「頭に探し物のイメージを浮かべながら地図にかざすと、光って場所を教えてくれる魔術道具さ」

 ライムが簡単に説明すると、雑嚢から振り子を取り出してラグドに渡す。

「おっと、地図を取りに行かなければな」

 肝心の地図がない事に気付いたラグドは立ち上がってドアノブに手をかける。確か歩君の部屋にあったはず。

「地図なら、持ってきましたよ」

「うおっ!!───あ、歩君・・・」

 ドアの外には歩険しい表情の歩が立っていた。歩けるまでには回復したようだ。

「先程の話、ドア越しで聞かせてもらいました。早速シトラを探しましょう」

「待て歩、お前まさか───」

 歩の行動の速さに亮一は何かを感じ取ったようだ。歩も亮一が感づいた事に気付いたようでコクリと頭を縦に振る。

「無茶だ歩。ラグドさんの話からだとお前無理矢理英雄シグルの技使ったんだろ?だから体力も魔力も完全には───」

「回復している」

「・・・え?」

「回復しているんだ。何故だかは分からないが」

 歩の言葉は偽りではなく真実だった。歩の嘘をつくときの癖を知っている皆は止めはしなかった。

 振り子を貰い受けた歩は頭の中にシトラの顔を浮かべ、振り子を地図にかざす。

 国はやはり日本だった。日本列島に縛って振り子をかざす。

すると、驚きの結果が出た。あまりに意外すぎて歩の顔から笑みが溢れる。

「待ってろよシトラ。すぐに助け出してやる・・・」 
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