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三章音速の騎士

消えた宝石

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「ない!ない!」

 朝の8時。『憩いの場』が開店するまで2時間の頃。歩は地面に這いつくばってを探していた。

 テーブルの下、イスの下、ありとあらゆる場所をくまなく探す。

 が、努力と時間の浪費も虚しく目当ての物は見つかりはしなかった。

「どうした歩?小銭でも探してるのか?」

 厨房から歩の様子を見にきた冬馬は息子が床に這いつくばっている姿を見て少々引きながらも心配し声をかける。

「小銭よりも大事な物!とにかくあれがないと手がかりが1つ消えちゃう!」

 1度見た所をもう1度見るがやはり何もない。

 何処かに落としてしまったのか?海水浴場?優人さんの車の中?

「歩~何処~?」

 目を擦りながら階段を下りてくるシトラ。自力で1階から下りてくるなんて珍しいと思いながらまだ寝ぼけているシトラに詰め寄る。

「僕達が持ち帰ってきたオレンジ色の宝石を無くしちゃったみたいで・・・シトラ、心当たりあるか?」

「ないよ~。だってあれは歩が自分のズボンのポケットに入れてたじゃないか」

「あ────」

 焦っていて忘れていた。そうだ、あの時僕はポケットに入れたんだっけ!

 帰りの車で爆睡し、帰宅後も爆睡していたので忘れてしまっていた。

「父さん!僕の昨日履いてたズボンは!?」

「・・・・・・・」

 そっぽを向いて黙りこむ父さん。何だかというかかなり様子がおかしい。昨日よりもおかしい。

「実はだな。あのズボンなんだが・・・」

「ま、まさか───!!」

 冬馬が宝石の入ったズボンをどうしたのか察した歩の顔は絶望の色に一瞬で染まる。

「ボロボロになった服と一緒に今日の燃えるゴミとして出してしまいました」

「嘘・・・・だ、ろ・・・・」

 膝から崩れて四つん這いになって絶望する。

 やってしまった。あれほど昔から大事な物は財布かバッグの小さいポケットに入れておきなさいと言われていたのに。

 最悪だ。18歳にもなってこんな失態を晒してしまうとは。

 最低だ。貴重な情報源だったのにズボンと一緒に捨ててしまうなんて・・・。

「あ、あの。すまん!俺が捨てる前に確認すれば良かったんだ!」

 四つん這いになる歩に土下座する冬馬。

 土下座する父を見て歩は横に顔を振る。

「違うんだ。父さんか悪いんじゃない。捨てる前にポケットから出さなかった僕が悪かったんだ」

 父さんには非はない。まさかあちこち切り傷や破れがあるズボンに宝石が入っているとは誰も思うまい。

 だから悪いのは僕なんだ。

 僕が、僕が・・・・・・・。

「もう、そんなメソメソしないの!捨てちゃった物は仕方ないから忘れなさい!後でアタシも一緒に頭下げに行ってあげるから!」

「シトラ・・・」

 天使のように見えるシトラの足にしがみつく。

 良かった!彼女の一言で何とか心が折れずにすんだ!

「ちょ、ちょっと歩。離れてよ」

「悪い悪い」

 少し頬を赤らめるシトラの足から手を離す。

「昨日言った通り店は俺が回しておくからお前達は警察署に行ってきな」

「「はーい」」



「捨てたぁ!?」

「はい、すいません・・・」

 歩の失態を聞いた優人は手で顔を覆う。

 その姿を見た歩は申し訳ない気持ちで心がいっぱいになる。

「まあ良い。あんな宝石で手掛りがつかめるとは思っていなかったからな」

 あの宝石には装着したら特別な力が手に入ったりとかはなく、ただの宝石だった。

 持ち主の居場所を教えてくれる便利な魔術なんてないからあの宝石を持っていても意味はないのだ。

 それでも僅かながらあの宝石からプリングを探す方法があったかもしれない。

 そう考えると心が痛む。

「だからきにするな。多分プリングは復讐の為に俺らの前に現れると思うから」

 プリングは油断して後ろに迫ってきていた亮一に気づかずに右腕を切られてしまったのだ。

 治療魔術で何とか腕は接着したが、切られた時の痛みは想像を絶するだろう。

 一度だけ手を魔物との戦いで切断された事のある歩は断言する。

「絶対に復讐に来ますね。あの性格なら」

「だろ?」

 手掛りは1つもないが僕らの目の前に現れる事を信じる事に決めた。

「歩~、終わった?」

 少し離れたベンチで腰を下ろしているシトラが大声で歩に声をかける。

「終わったよ。じゃあ、行こっか」

「うん!」

 ベンチから立ちあがり、警察署を出ようとするところを優人さんに止められる。

「歩、どこ行くんだ?」

「ちょっと買い物しに隣町のデパートに」

「水着買いに行きまーす!」

 水着と聞いた優人は成る程ねと笑う。

 警察署に歩いて向かっている時のことである。

 シトラがデパート行かない?と提案してきたのだ。

 折角父さんから貰った久々の休暇だ。有意義に使わなければ損だ。

 最近シトラともまったく出かけていなかったし承諾したのだ。

 デパートに行くなら今度海に行くために水着も買おうということにもなったのだ。

「亮一にも伝えといて下さい。近いうちに海に行こうって」

「了解。葵ちゃんにも伝わるように緑さんにも行っておくわ」

 小さく手を振る優人に頭を下げると歩とシトラは警察署を出て歩いて3分の駅へと向かった。



「あぁ~、涼しーー!!」

「だな」

 デパートに入った途端冷房の冷たい風が僕達の茹で上がった身体を一気に冷やす。

 少し汗もかいているので寒い。

「えーっと、水着の売り場は・・・3階か」

 エスカレーターの近くに貼られている地図を見て何階かを調べるとそのままエスカレーターに乗り、3階を目指す。

 2階に到着した途端シトラのテンションが爆上がりした。

 このデパートの2階は大きいゲームセンターなのだ。

 年端もいかない少年少女がコインゲームではしゃぎ、僕と同じ高校生達はカードゲームの機械が設置されているところに群がっている。

 騒がしくはあるが、それ以上に大きいゲームの操作音やゲームセンターに流れるアニソンがかき消す。

「歩、こっちこっち!」

 子供のように無邪気な笑みを浮かべて手招きをするシトラの元へと行くと待っていたのはぬいぐるみが景品のクレーンゲーム機だった。

「あれ欲しい!」

 指差すぬいぐるみは首にピンクのリボンがついた可愛らしいクマのぬいぐるみ。

 いかにも女の子が好みそうなデザインだ。

 デパートにデートに来たカップルをゲームセンターへと吸い込む為の店の作戦だろう。上手く引き寄せている。

「クレーンゲームか・・・」

 苦手・・・ではないが、最近クレーンゲームをしていないのでぬいぐるみが取れるか微妙だった。

「お願い!取って!」

 子供のように駄々をこねるシトラ。

 ここで取ってあげるのが男というもの恋人というものだろう。

「良し!出来るか分からないけど取ってやる!」

「やたー!」

 小銭入れを手に取り、中から500円を取り出す。500円を入れることによって通常5回のところを6回挑戦出来るのだ。

「よし!」

 操作スティックを握り、狙いを定める。

 最初は首。けれどぬいぐるみ重さでアームからずるりと落ちてしまう。あと5回。

 ならばリボンに引っ掻けろ!リボンに狙いを定める。3回挑戦したが、リボンの輪っかが小さすぎて爪が入らない。

「くそっ!!」

 何か良い方法はないだろうか?

 首もダメならリボンも駄目。これって無理ゲーなのでは?

 と、思った矢先ある素晴らしい物が僕の目に入る。

 ぬいぐるみについているタグである。

 布製品には必ずついている素材や作った国が書いてあるあの白いタグである。

 あのタグになら爪が入る!

 早速挑戦。残りは2回。

 アームを白いタグの上まで持っていき、下ろす。

「あっ!!」

 微妙なズレにより1発目は入らず。

 残ったプレイ回数は1回。次で決めなければ終わる。

 冷房が良く効いているにも関わらず汗が垂れてくる。

 緊張によるものだ。魔物退治でも流したことがない。

 最後の1回ということを考えて震える手で操作スティックでアームを操作。白いタグの上まで持っていく。

(ここだ───!!)

 満を持して決定ボタンを押す。こっちの緊張を気にすることなくアームはどんどん下へ下りていく。

 アームの爪は─────見事に白いタグの輪っかに入っていた。

「良し・・・!」

 アームか閉じ、白いタグでクマのぬいぐるみを持ち上げる。

 アームにとらわれたクマのぬいぐるみは大きな穴へと落ちていった。

 景品獲得を祝福する音楽が流れる。

 音楽が流れると同時にシトラが抱きついてきた。

「やたー!ありがとう歩!」

 取れるか取れないか分からない中取る事に成功した歩は肩の力が抜ける程の解放感に襲われた。
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