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五章妖精達の森

やはり歳には勝てない

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 1時間程ロマニア王やライムさんと話した後、歩達が城を出て向かったのはぎっくり腰になったラグドさんが入院する病院だった。

 レンガ造りの病院は崩壊している箇所が所々にあるが、とても立派である。

「前までは凄い立派な病院だって思ってたけど、エデンの病院見てからそうおもわなくなっちゃった」

「シトラが初めて病院に行ったのってインフルエンザになった時だっけ?」

「あれはキツかったよ。でも歩が近くにいてくれたから嬉しかった」

「本当はインフルエンザの感染者と同じ部屋にいちゃいけないんだけどね。僕は君のお陰で毒耐性があるから」

「まさかアタシの料理がこんな所で役に立つとは思わなかったよ・・・」

 シトラは昨年一度インフルエンザのB型にかかった。流石にインフルエンザは病院にいかなければと行ったのは良いものの、注射を嫌がって1時間病院中を逃げ回った事があった(しっかり捕まえて注射させたが)。

 本当ならインフルエンザに感染した人と同じ部屋にいたら自分も感染するはずなのだが、僕には生憎シトラの料理で発生した毒耐性があった。毒耐性は病にも効くのだ。

「さてと、ここが受付で良いんだよな・・・」

 受付の女性にラグドさんのお見舞いに来たと伝えてラグドさんが入院している部屋を教えてもらう。ラグドさんがいる部屋は3階の個別部屋だった。

「失礼しまーす」

 コンコン、とノックをしてから驚かせないようにゆっくりと入る。

「あら?アナタ、若い人が来たわよ」

 ベットの横の椅子に座る老齢の女性がトントンとベッドに横たわる老人を起こす。老人はゆっくりと目を開いた。

「若い人だけじゃ誰か分からんよ・・・って歩君!シトラ君!」

 当たり前だが、ベッドで寝転がっていた老人はラグドさんだった。いつも鎧姿かローブ姿しか見たことが無かった為かパジャマ姿はとても新鮮だ。

「あら!この子が歩君!!」

 恐らく僕の正体に驚くこの女性はラグドさんの奥さんだろう。

「どうも初めまして、小野山歩と申します。エデンからラグナロクに遊びに来たらラグドさんが入院したと聞きまして・・・」

「それでお見舞いに来てくれたの?あらあら、本当に良い子じゃない!!」

「だから言ったろ?性格は全然違うけど、優しい所はシグルそっくりだって」

 当然だとは思うが、ラグドさんは奥さんに僕の事を話していたようだ。話が早くてとても助かる。

「こちらこそ初めまして。私、ラグドの妻のメグルです」

 メグルさんは僕に右手を突き出して握手を求めてきた。断る理由はないので喜んで握手をした。老婆ではあるが、力は意外とあるようで少し驚いた。

「貴女も初めまして」

「どうも。シトラ・・・です」

 シトラも少々照れくさそうにしながらも握手をかました。

「あ、これつまらない物ですがお土産です。どうぞ」

 大量に買った生八つ橋の1箱をメグルさんに渡す。生八つ橋を受け取ったメグルは感謝の言葉を述べ、膝元に生八つ橋の箱を置いた。

「それにしても驚きましたよ。ロマニア城に行ったら王がラグドさんはぎっくり腰だ!て」

「ハハハ!申し訳ない。元勇者とあろう者がぎっくり腰とは本当になさけない」

 腰は辛そうだが、それ以外は健康のようだ。まずその事に安堵する。

「それにしてもいきなりラグナロクに遊びに来るなんてどうしたのかね?」

「はい、実は───」

 歩はラグドにラグナロクに来た経緯を簡単に説明した。

「成る程。エルフの国のシトラ君のご両親に挨拶ね・・・ついに結婚するのかい?」

「い、いえ!まだですよ!お互いまだ未成年ですし、お金も・・・」

「結婚式はあげられなくても婚姻届は出せるだろう?君の世界では18歳で婚姻届は出せると元山に聞いたが?」

「それ本当ですか!?」

 食いついたのはシトラだった。婚姻届の存在を知ったシトラは僕の胸倉を掴まんとする勢いで距離をつめてくる。

「帰ったらすぐに婚姻届とやらを出しましょう!万が一お父さんとお母さんに反対されてもね!!」

「落ち着いて、いずれは出すから。約束するから!」

「いいえ、帰ったらすぐに出しましょう!結婚式はまだあげなくても良いから!!」

 まったく話を聞いちゃいない。シトラの狂乱っぷりに驚いているとくすくすとメグルさんとラグドさんが笑った。

「相変わらず君達は仲が良いね!!結婚式には是非私を呼んでくれ」

「ええ、それは勿論」

 僕がラグドさんに送らないわけがない。彼は僕の命の恩人であり、師匠であるのだから。

「それにしても何で僕達にぎっくり腰の事を教えてくれなかったんですか?」

「ごめんよ。連絡という手段がある事を痛みのせいで忘れていたんだ。でも、君達にぎっくり腰の事を言っても意味は無いだろう?」

「そんな事ないですよ。もしぎっくり腰の事を教えてくれたらエデンの良い病院教えてましたよ」

「あら?エデンの病院ってこっちの世界ラグナロクの病院よりも良いの?」

「病院だけじゃない。文明そのものが私達の世界より格上なのだから」

「ならすぐにエデンの病院に行きましょう!善は急げというヤツです!!」

 何故、日本のこことわざを奥さんが?もしかしてこっちの日本でもことわざがあるとか?

 メグルは立ち上がって生八つ橋の箱を椅子に置くと病室を出ていこうとする。

「ど、どうしたんですか?」

「家に帰ってエデンに行く準備をしてきます。皆さんはごゆっくり」

 メグルはそう言うと病室から出ていってしまった。あまりの行動力に一同唖然である。

「すごいですね・・・ラグドさんの奥さん」

「ああ、だから私は惚れたんだ」

 ラグドさんは心の底からメグルさんを愛している。そんな気がした。僕とシトラもそんな風になれればなと思う。

「この後はエルフの里に行くのかね?」

「いえ、この後はおばあちゃ───コホン!シスター・マリーにお土産を渡しに行きます!」

「今おばあちゃんって───」

「言いかけていません!!」



「さて、久しぶりだな。この村も・・・」

 シスター・マリーが住む村へと着いた。この村に来るのも実に3ヶ月前である。村人達は今日も畑仕事に勤しんでいた。

「おーい!歩!久しぶりだな!!」

「元気にしとったか!!」

「オメェのお祖母ちゃんは元気だぞー」

 うれしい事に村人達は僕の事を覚えていてくれた。そして、誰だろう僕とシスター・マリーの関係を喋ったのは!!

「シスター・マリーが自分で言ってたぞ!!」

 あの人・・・絶対に浮かれてる。でも、うれしい。自分の事を孫だと思っている事に歩は喜びを覚えていた。

「あの、これエデンの日本名物生八つ橋です。良かったら皆で食べて下さい」

 大量に買った生八つ橋の内の1箱を村人達に渡して村の奥にある教会へと向かう。

 教会の前で何人かの修道女達がほうきで庭の掃除をしている。近づいていくと、1人の修道女が僕達の存在に気づいた。

「あれって・・・?歩!!」

 3ヶ月前にお世話になった修道女シスター・メリアだった。

「シトラもいるじゃん!!どうしたの!!」

「ちょっとシトラの里帰りに同行することになってね。折角ラグナロクに来たからシスター・マリーと会おうかなって」

「シスター・マリーなら、部屋で手紙を書いていますよ。そこまで忙しい仕事ではいのですぐに取り合ってくれるはずです」

「ありがとう。じゃ!」

 教会に入ろうとするが、ラグドさんの事を思い出す。一応伝えておくか。

「そういえばラグドさんがぎっくり腰になっちゃったって話は知ってる?」

「えっ!?ぎっくり腰!?聞いてない!!」

 やはり・・・か。あの人、連絡という選択肢をうっかり忘れていたと言っていたが、本当は人に心配かけないように黙っていただけだな。

 ラグドさんの人の良さには心底驚かされる。何故そこまで隠すのだろうか?

「さあ?私がロマニアにいた頃からよく心配かけないように怪我とかは黙っていましたよ。すぐにお祖母ちゃんにバレて怒られていましたけど」

「そ、そうなんだ・・・」

 すぐにバレるなら言えば良いのにと心の底から思う。

「じゃあ、ちょっと行ってくるよ」

「はーい、行ってらっしゃーい!」

 シスター・メリアに手を振り、教会の中へと入った。大きな教会とまでは行かないが、隅々まで掃除しているお陰か清潔感があってとても居心地が良い。例えるなら実家と同じくらいの居心地の良さである。

「あら、歩さん。シスター・マリーに会いに来たのですか?シスター・マリーなら自分の部屋で書類を書いていらっしゃいますので会いに行ってあげてください」

「はい、ありがとうございます」

 教会の中をしばらく歩いてシスター・マリーの部屋へと向かう。ラグナロクの言語は読むことは出来ないが、何回か行ったお陰で迷う事なく着くことが出来た。

「・・・良し」

「何が良しなのよ」

 まったくである。だが、今の歩には覚悟と勇気が必要だった。3ヶ月前は普通に会う事が出来たのに、何故ビビっているのか歩にも分からなかった。

 ノックをしようとするも、拳がドアの前で止まってしまう。それが1分続いた。

「ねえ、早くノックしなさいよ」

「・・・待ってくれ。もうちょっと勇気が必要なんだ」

 更に5分経過。歩はノックをしようとしない。いや、出来なかった。

「もう我慢の限界」

 ついに痺れを切らしたシトラが歩を退けて威勢良くドアをノックした。

「ちょ────!!」

「あらあら、誰かしら?」

 ドアの先から椅子を引きずる音と木の板を足が叩く音が聞こえる。

「どちらさ・・・ま・・・?」

 ドアを開けたシスター・マリーは歩の顔を見て硬直してしまう。歩もガチガチになりながらも挨拶した。

「ど、どうも・・・」

「歩・・・!!」

 シスター・マリーの顔は薔薇が咲いたかのように笑顔になり、歩の手汗まみれの右手を握る。

「良く来てくれました!!さあさ、入って下さい!!」

 シスター・マリーに背中を押されながら歩はマリーの部屋に入る。小まめに掃除しているようで部屋はとても綺麗だが、花などの植物を育てているので生活感はある部屋だ。

「今日はどうなさったのです?また魔物?」

「い、いえ、違うんです。実は───」

「アタシが里帰りについてきてくれたんです。で、ついでにお世話になった人達の所にも寄ろうってなってここに来たんです」

「先に言わないでって!」

 緊張しながら話そうとしたら噛みまくるだけでしょ?と正論を言われて歩は黙ってしまう

「あら、そうだったの。でも、シトラちゃん何でいきなり里帰りを?」

「前から考えていたんですけど、歩の経営するお店が忙しくって。暇になったら行こうと思ってたんですが、全然暇な時が出来なかったんでお店休んできちゃったわけです」

「へぇ、そうなの。そんなに歩のお店は繁盛してるの?」

「ええ、それは勿論!!」

 2人の会話が始まる。緊張してしまっている歩は2人の会話に入る事が出来ずにただただシスター・マリーの顔を茫然と見るしかなかった。

「で、これがお土産です」

「あら?八つ橋?エデンの日本にもあるの?」

 意外な事にマリーは八つ橋の存在を知っていた。しかもエデンの日本にあるの?と。ということはラグナロクの日本にも生八つ橋はあるのだろうか?

「ええ、あるわよ。昔は食いしん坊だったから行く先々でお土産とか料理とか食べまくったわ」

「旅っていうのはラグドさん達との?」

「そうよ。でも、ラグドはあの頃超がつく程真面目だったからご当地のお土産とかは買わなかったわね。代わりに武器を買っていたわ」

 誰にでも優しくエデンの物には大体興味を示していたラグドさんがお土産を買わない程真面目だったとは信じられない。いや、だからこそ今のラグドさんがあるのかもしれない。

 今まで我慢していたものが爆発したのだろう。

「あら、でもこれ・・・八つ橋じゃないわね」

「はい、生八つ橋です。あまり賞味期限は長くないのでお早めにお召し上がりを──」

「口調が硬いわよ歩。親族なんだからもっと軽いか口調で話しなさい」

「すいません。では───賞味期限あんまりないから皆で仲良く食べて」

「そうそう、それがベストよ!歩」

「・・・やっぱり慣れないな・・・」

 慣れるのにはやはり時間と努力がいると自覚した歩だった。
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