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第1章 掃き溜めに鶴
3-2 拾ってすぐに後悔した
しおりを挟む「ごめんなさいごめんなさいっ寝ぼけてましたすみませんっあたっ……」
ゴツン、と平伏しすぎて床に額を打ちつけた青年が涙目でうずくまる。
昨夜助けた恩も忘れいきなり襲いかかってきた放浪者が、急にハッと目を見開いたかと思うと、眼鏡をかけてオタオタした挙げ句いきなり土下座してきたのだ。
わけがわからない。
「寝ぼけてたぁ……? お前は普段ボケすぎて寝ぼけてた方が俊敏になるのかよ」
一瞬にして2年分くらいの緊張を味わい、ぐったりと疲れ果てたデュークがベッドに転がったまま不審に問い返す。
起きた直後の彼は、明らかに今目の前で頭を押さえているウスノロ眼鏡とは別人だ。切れ味の鋭い眼差しは、デュークですら飲まれるほどの迫力があった。
「いえ、あの……その……ごめんなさい、よく覚えてません」
「そうかよ……」
ずれた眼鏡の位置を直しながら、申し訳なさそうに答える。
「酒を飲んで人格が変わるやつもいるし、寝起きが凶悪になるやつがいてもおかしかねーけどよ……」
なんだかしっくり来ないが、そこまでこの男の正体について詮索する気もなく、適当に結論付ける。
「どうせならずっと寝ぼけてりゃあ面倒見ずに済んだのに」
「え?」
デュークのぼやきを、聞き返した青年が顔を上げる。
「2度目はねーぞ」
その言葉に、ぱっと白い貌が明るくなる。
「帰る気ねーんだろ?」
「ないです!」
「そう意気揚々と言い切られると、なんかムカつくんだが……」
風向きの良さを感じ取ったのか、現金な態度に出る相手に軽く苛立ちつつ、デュークはため息をついた。
「いいか、借金返済するまではうちに置いといてやる。だからとっととまともに働いて稼げるようになれ」
「はいっ」
「何が目的か知らねーが、だいだいお前のその生活力のなさで独りで旅しようなんて無謀極まりない! せいぜいここで俗世間を勉強しろ!」
「はいっ」
「お前本当は分かってないだろ!?」
「はいっ」
「…………(いらっ)」
「……あれ?」
「俺はな、返事だけ威勢のいいやつが大っ嫌いなんだよ!」
「わーっ、ごめんなさいごめんなさいっ」
ぐわしっと頭を掴み、前後左右に揺さぶる。いい加減相手が目を回したところで手を離し、デュークはイライラと煙草に火をつけた。これから煙草代がかさばりそうだ。
「お前なぁ……」
文句の1つも言おうと指をさし、そこであることに気付く。
「あー、そういやお前、名前なんだって?」
相手を指す固有名詞を、そういえばまだ持っていなかった。
向こうには聞かれたから答えただけで、必要ないから聞かなかったのだ。
どうせ気まぐれで助けて、すぐに忘れる相手の名前だろうと思ったから。
「え。私……ですか?」
ぱちくりと目を瞬かせ、自分を指した青年がなぜか不思議そうな顔をする。
「名前。なんて呼べばいいのか分かんねーだろ」
デュークとしてはごく当たり前のことを言ったつもりだったのだが、その青年は、まるですごく嬉しいことでも聞かれたように、顔を綻ばせた。
「私は、カルマです」
思わず、咥えていた煙草を取り落とす。
あまりにも幸せそうな表情で笑うので、肝心の部分を聞き逃し、結局、2回聞く羽目になった。
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