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気づいたら王族ハーレムパーティになってた件
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全長20メートルを超える大木が生い茂り、中からは多くのモンスターの鳴き声が聞こえてくる。
俺の目の前にあるのは世界最大の森はアーティア。
アーティアには希少な素材があったり、貴重なモンスターが生息していたりと多くの冒険がここに集まってくる。
下級の冒険者から上級冒険者までがこの森にやってくる、世界屈指の冒険者スポットだ。むろん、危険なモンスターも多数生息している。森の深部にいけばいくほど危険なモンスターと接触する可能性が増えるので、下級冒険者は森の深部に絶対に入ってはいけないと言われている。
そんな森に、俺は薬草の採取で訪れていた。あいにく今日は大雨だが、仕事はやらなくてはならない。
薬草の採取は森の外側で行われる下級冒険者の仕事だ。
アーティアで行われる依頼の中ではもっとも危険度が低いにもかかわらず、それなりの報酬がよこされる下級冒険者にとって生命線ともいえる。
俺は毎日なんとか食いつないでいくために、今日も薬草を取って帰らなければいけないのだ。
いつものように森に入り、目的の薬草が自生している場所を探す。
この仕事をやってすでに二年近く経過しているので、探すのは簡単だ。
モンスターと接敵したくはないので、あたりを警戒しながら森の中を進んでいく。
いくら薬草の採取場所にめぼしがついているといっても、モンスターと接敵する可能性は十分にある。俺は戦う力はほとんどないので、できうる限りモンスターと接敵したくないのだ。
「おっ。今日は結構大量だな」
慎重に森を進んでいくと、目的の薬草を発見した。
これなら今日の報酬は期待できるし、夜は美味しいものでも食べてしまおうか。
「キャアアアアアアア!!」
その日暮らしの生活を続けていたのであまり贅沢は贅沢はできなかったが、たまには良いだろう。
俺がそんなことを考えながら薬草を採取していくと、少し離れた場所から女性の悲鳴が聞こえてきた。
きっとモンスターに接敵してしまったんだろう。
森の外側ではあまり聞く悲鳴ではないが、冒険者初心者の人はたまにあることだ。
俺が行って何かできるかもわからないが、女性の悲鳴を無視するほど心を殺しているわけではない。
少し様子を見に行ってみるとしよう
◇◆◇◆
声がしたほうに向かってみると、そこにいたのは一人の女性と巨大なベヒーモスが対峙していた。
ベヒーモスは森の外側にいるような弱小モンスターではなく、森の深部にいるような強力なモンスター。
大きさは5メートル近くあり、クマに近い姿をしている。その腕や足から放たれる一撃はとても強力で、この森に生えている巨木も叩き折るらしい。森の中で最高クラスの戦闘力を持っていると認定されている。
そんなベヒーモスに女性が一人で戦っているのだ。防戦一方ではあるものの、なんとか攻撃を耐えしのいでいる。ベヒーモスの強力な攻撃を剣で受け止めているあたり、凄腕の冒険者なんだろう。
そして、とても美しい。
年齢としては20代半ばあたりだろう。顔も整っている。
漆黒の髪をたなびかせ、凛とした顔がとても魅力的だった。
そして装備も良いものを使っているらしい。
深い青みがかった軽装を身に纏い、片手剣は隙通りほどに美しい。何か動物が象られているようで、芸術品のような仕上がり方だった。
「あっ! ちょ、ちょっとあなた手を貸してくれない!?」
そんな様子を見ていると、戦っている女性と目があい、あろうことか声をかけられてしまった。
下級冒険者である俺にベヒーモスと戦えるような手段は持っていない。
しかし、女性が俺に話しかけているのを見て、ベヒーモスがこちらを向いてしまった。
鋭い目を俺に向けると、よだれがぼとりと地面に落ちた。完全に俺のことを餌だと認識しているらしい。
女性のことを守れているのは嬉しいけど、こんなの大した時間稼ぎにもならない。なにか、なにかしなくてはいけない。大きな足音をたて、ベヒーモスは俺の方に向かってきている。
このままでは俺はただ殺されるだけで終わりだし、女性もそのあと犠牲になるだけだろう。
なんとかしなくてはいけない。俺は魔法が使えるわけでもないし、女性のように剣を巧みに使えるわけでもない。あるとすれば、無駄に悪運が強いだけだ。
ベヒーモスと俺の実力差は運で埋まるようなものではないが、もしかしたら何かが起きるかもしれない。
どうせベヒーモスに目をつけられた時点で逃げることはできないわけだし、悪運にかけるしかない。今振っている大雨でベヒーモスが転倒してくれればワンチャンあるんじゃないかっ!?
「うぉぉぉぉぉおお!!!!」
「グルァアアアアア!!」
俺が叫んでベヒーモスに突っ込むと、それに応えるようにベヒーモスも叫んだ。
お互いが距離を詰め、残り数メートルになった時だった。
ドンッ!!!!!
凄まじい轟音とともに、蒼色の落雷がベヒーモスを貫く。
プスプスと焦げた匂いが周囲に広がり、ベヒーモスの体から煙が立ち上った。
ベヒーモスは力尽きたのか、ばたりと地面に倒れる。
白目をむいており、息をしているようには思えなかった。
「お、おっ? こりゃどうなってんだ」
目の前で最強級モンスターであるベヒーモスが倒れていることに、俺の心は困惑で満たされた。
悪運が強いとは思っていたが、落雷でベヒーモスを殺せるまでに強いとは思ってもみなかった。
倒れたベヒーモスの奥からは、女性が目をパチクリさせて驚愕の表情を浮かべているのが分かった。
いや、そんな顔で見られても俺の実力じゃないからね?
「あ、あなた今何をしたの!? 青い稲妻を落とす力なんて初めて聞いたわっ!!」
「いや、これは偶然稲妻がベヒーモスに当たっただけだからね…? 俺は何もしてないよ」
「どうしてそうやって隠すのよ! 今のは明らかにあなたが叫んで、その後に落とした稲妻じゃない」
確かにタイミングはそうだったけど、違うんだよ……。
「ほら、今は打てないしね? たまたまだってわかるでしょ」
「なるほど。あの力は特別だから隠しておきたいのね! 確かに、あんな力が世に知れたらとんでもないことになるわっ!」
話を聞いてくれぇ……。
女性は興奮しているのか、鼻息を荒くして僕に語り掛ける。よほど今の稲妻がお気に召したようだ。
「俺の名前はアルクっていうんだ。名前を聞いてもいいいか?」
「あぁ、私の名前はユリア。剣聖ユリアって名前で少しは名が知られているんだけど、聞いたことはあるかしら?」
「け、剣聖っ!?」
剣聖ユリアといえば、ライカス王国の姫君にして、最上級であるSランク冒険者のライセンスを持つ最強の姫君じゃないか。剣を使わせれば右に出るものはおらず、闘技場での大会を100連覇したという逸話まである。
そんな姫君がどうしてこんなところでベヒーモスと戦っていたのか。
姫なんだし、護衛とかつけてたりしないのか?
俺が疑惑の目を向けると、ユリアは察したのか事情を話し始めた。
「私の動きについてこれないから全員王国に返してやったわ! それで一人で動いたら何故かベヒーモスにいきなり遭遇しちゃったってわけ」
「いやいや、早計だって。俺はただの下級冒険者だからさ……」
「下級冒険者を名乗らなければいけない事情があるのねっ。やはり、あの魔法を使っているだけあって、いろいろ込み入った事情がありそうね……」
ユリアは全く俺のいうことを聞いてくれそうにない。
もう説明するのも面倒だし、このまま放っておくことにしよう……
「もう、それでいいよ。とりあえず雨もひどいし、街に戻らない?」
ベヒーモスなんて危険なモンスターがうろついてるってなったら冒険者ギルドに報告しなくちゃいけないし、こんな場所にいつまでもうろついていたくない。
「そうね。あと、あなた私と一緒に冒険しなさいよ。せっかくそれだけの力を持ってるんだから、それなりの力を持った人と冒険するべきだわ!」
「いや、俺はたいしたことないし一人で冒険する方が慣れてるから……」
普通に誘われたならまだしも、こんな壮大な誤解を受けた状態で一緒に冒険するなんて御免だ。
どんな期待をされているのか分かったもんじゃない。
ただ、俺が断るのはあまりにも想定外だったらしい。
ユリアは顎が取れるんじゃないかというぐらい口を開いていた。
これだけ美人な上に腕もたつ、そして姫君とお近づきになれるなんて条件までついてるのに断るような冒険者は俺ぐらいだろう……。
「ま、待って!? 私、ベヒーモスには苦戦してたけど、本当に腕はたつのよ? な、なんで断るのかしら?」
「実力とかの問題じゃないんだよ……」
「こ、これでもそこそこ顔もいい方だしっ!? お、男の人には結構人気あるんだもん」
あ、この子もしかして人を誘う方法とか知らないのか。
これだけ魅力のある人材と立場だったわけだし、人から声をかけられるのが当たり前だったに違いない。仮に声をかけたとしても普通なら100%とおるわけだし、断られたあとの対処を知らないんだ。
俺に断られたせいか、大雨のせいか分からないが大きな雫が彼女の頬を伝う。
「ごめん。俺は君の期待には応えられないよ。もっと有能な人材にあたった方が良いと思う。君ならもっと良い人を見つけられるよ」
なんだか恋人が別れを告げるようなセリフになってしまったが、まぁ良いだろう。
これで彼女が僕を諦めてくれればそれでよしだ。
「い、いやだわっ! 私の窮地を助けてくれた王子様を、ほいそれと離したりしたくないのっ。あ、あなたが一緒に冒険するというまで、勝手についていかせてもらうわっ!」
「別にいいけど、ただ失望するだけだと思うよ?」
俺がやっている依頼なんて、薬草を採取してくるか木の実をとってくるとかそんなものしかない。
彼女からすればとてつもなく退屈で低レベルなことしかしていないので、すぐに失望して離れていくだろう。
少しの我慢だと思って、僕は彼女の提案を受け入れることにした。
◇◆◇◆
「おはようアルク。今日はよろしく頼むわね」
「あぁ、よろしく」
翌朝、俺は彼女を連れて依頼を受けに行くことにした。
今日の依頼は料理人から頼まれた食材の調達だ。
森の外側に自生しているものを回収し、それを届けるだけで任務完了になる非常に楽なもの。
俺がその依頼を受けているのをみて、ユリアは不思議そうな顔をしていた。
「それで、今日はどうしてその依頼にしたの?」
「俺は本当に強くないから、こうやって簡単な依頼をこなして日々を過ごしてる下級冒険者なんだよ。ユリアのように強くないから、あんまり期待されても困る」
そういってDランクのギルドライセンスを提示する。
これはD、C、B、A、Sとランク分けされており、Sが一番高いものとされている。その他にも細かい情報が表示されているので、ここからも俺が大したことのない冒険者であると証明できる。
「そこまで徹底して影に回っているなんて、さすがねっ! 私、そういう立ち回り大好きなのっ。なんだか余計に期待しちゃうわっ!」
うーん。なんの効果もないようだ。
ユリアは俺の手を握り、キラキラした瞳で見つめてきた。
綺麗な顔が俺の近くにきて心臓がドキリとしたが、この憧れの瞳は幻想だ。俺が本来もっていないものに対してのものなので、忘れてしまおう。
「そういうことにしとこうか。さ、今日の依頼をこなしにいこう」
「分かったわ。食材の調達なんて初めてやるのだけど、楽しみねっ」
「いつも討伐依頼しかやってないの?」
「えぇ。その方が楽しいから討伐しかやっていないわ!」
Sランクの任務は討伐だけでなく、護衛や捜索なんて依頼もたくさん入っている。それこそ難易度と報酬が際限ないほどに高いものがたくさんあるのだ。にもかかわらず、ユリアはSランクになって討伐しかやっていないらしい……。
危険と疲労を考えたら普通やらないことだし、もしかするとこの子は相当脳筋なのかもしれない。
今までの経歴からすると可憐な姿からは考えられないほどゴリラスタイルだ。
そんなユリアを引き連れて、俺はアーティアに向かうことにした。
ユリアを引き連れて歩いていることで、ほかの冒険者から変なものを見るような目で見られた。
まぁ、一国の姫であり最高クラスの冒険者がDランク冒険者の後をついているんだから、不思議に思うのも無理はない。
「今日は澄み渡っていて良い空だ」
「今日は狩りがしやすいわねっ!」
「今日は食材調達だから狩りはしないよ……」
今日は昨日のような大雨ではなく、それは青く澄んでいる。
仮に昨日のように強力なモンスターに接敵してしまったとしても、今日は何もできない。
そして、道中ユリアに森の外側のことを分かっているのか聞いたのだが、ほとんど知識がないようだ。
この森にきてからはずっと討伐で森の深部に向かっていたらしいので、モンスターの特性以外ほとんどわからないという。そんな知識量でこの森に入ったなぁ……とは思ったが、だからこそベヒーモスに遭遇してしまったに違いない。
運が悪いというのもあるだろうけど、立ち回り方が適当だったんだろう。
戦い以外のことは他のパーティメンバーがやっていたということがよくわかる。
そんなユリアを引き連れて、俺は食材の捜索を始める。
残念なことに、今回の食材は森の外側でも街から少し離れた場所に自生しているものだ。
ある程度歩かなければいけない。
森を右回りにぐるりと回って数時間たったころ、ようやく俺の目当てである食材を見つけることができた。真っ赤な果実のグローンベリーだ。甘酸っぱく、実がぎっしり詰まっているのが特徴的で、高級店の定番デザートとして用いられている。
「よしっ。ユリア、俺が探してた食材を見つけたぞ」
「これを探していたのねっ! 確かにグローンベリーは美味しいから大切ね!」
「たくさんあるから少し食べるか?」
「いいのっ!? もちろんいただくわ」
かなりの数自生しているようだったので、一つをユリアに渡すと嬉しそうにグローンベリーに噛り付いた。
「おいしぃ!! アルク、これとっても美味しいわっ! 採れたてはいいわねっ!」
ユリアは満足そうにグローンベリーをかじる。とても美味しいようで、頬を緩ませながら何度も噛り付いていた。その間に、俺は指定されていたグローンベリーを持ってきていた入れ物に詰める。あとはこれを持ち帰れば依頼完了だ。
「さぁ、これで依頼は終了だし街に戻ろうか?」
「これで終わりなのっ!? Dランクの依頼はあっという間に終わってしまうのね」
Sランクの依頼は一週間森の中で滞在するのなんて当たり前のような難易度のものしかない。わずか数時間移動しただけで依頼終了なんて考えられないものなんだろう。だが、これが現実っ!
ユリアには俺の現実をはやめに理解して、元あるべきところに戻ってもらいたい。
今回の依頼で相当分かってくれただろうか?
「あぁ、だから俺は本当に大したことないんだよ。わかっ」
「GUAAAAAA!!!」
俺がユリアに言葉を聞かせていると、少し離れた位置からモンスターの叫び声が聞こえてきた。
それと一緒に、爆発音が聞こえてくる。
おそらく誰かが魔法を使ってモンスターと戦ってるんだろう。
今回は俺の出る幕はないだろうし、さっさととんずらして街に戻るとしようか。
「ねっ! ねっ!」
ユリアの方を見ると、すごく嬉しそうな顔で俺のことを見てきた。
何を考えているのか丸わかりだ。モンスターの声がする方に行きたいとでも言うんだろう。
戦いが始まれば俺の実力がまた見れるとでも思っているに違いない。
あ、これは逆にチャンスでもあるのか。ちゃんとしたモンスターと戦っても俺が大したことないということがわかれば本当に実力がない証明になるわけだし、ユリアも納得してくれるだろう。
「よし、いくか」
「さすがっ! その言葉を待っていたのよ!」
やる気満々のユリアと一緒に、爆発音とモンスターの声がする方へと足を向ける。
音はかなり近い位置だったらしく、すぐに戦いの現場に到着した。
また女の子一人とモンスターが戦っているようだが、これまた戦っているモンスターがおかしい。
目の前にいるのは大きさ10メートル、以上ある亀のモンスター。デストロイヤーだ。
体長は4メートルほどあり、動きは遅いが、覆っている甲羅がとても硬くとんでもない防御力を誇っている。何をしても通用しないことが有名で、こいつも本来森の外側にいてはいけないモンスターだ。アーティアの食物連鎖の最上位に位置するモンスターだと聞いている。
凶悪な牙にかみ砕かれれば一撃で命を落とすことになるだろう。
「これ、あの子やばいんじゃないっ!?」
「どうしてそんなに嬉しそうなんだよ……」
「やばいモンスターじゃないとアルクがちゃんと力を使ってくれないからよ。どうでも良いモンスターだったら普通にやっても勝てちゃうじゃい。というか、あの女の子ってもしかして……」
それはユリアとかSランクならそうなんだろうけどさ……。
普通の冒険者はモンスターを相手に手を抜いたりとかそんなことをしてる余裕なんてないんだよ。
「それにしても戦ってる女の子、とても強いわね」
「あぁ、デストロイヤー相手にダメージを与えてる?」
女の子は一人で魔法攻撃をすることで戦っているらしく、デストロイヤーの甲羅を爆破してダメージを与えていた。さすがに致命傷には至っていないようだが、甲羅のあちこちがこげついている。
だが、一発に込める魔力量に対して与えられるダメージが釣り合っていないように思えた。いつまでの超火力の魔法を打ち続けることはできないだろうし、そのうち女の子の魔力も力尽きてしまうだろう。
「助ける、しか道はなさそうだな」
デストロイヤーは確かに動きは遅いが、人間が走って逃げられるレベルで遅いわけではない。森の深部のモンスターにしては遅いね、と言われているレベルだ。時速30キロ程度の速度は出るので、森で逃げ切るのは困難といえる。
「さぁ、アルク。いってきなさいっ!」
「手伝ってくれないのかよ……」
「私が手伝ったら意味ないじゃない。それに、私の力なんてなくてもアルクならこんな危機簡単に乗り切れるしょ?」
それを違うと何度言ったら理解してくれるのか……。
まぁ、ここまで来たのならいくしかあるまい。
俺は木を引き締めてデストロイヤーと女の子が対峙している場所へと近づいていく。
「だ、だれですっ!?」
俺が近づいているのに気が付いたらしく、女の子が驚いた声をあげた。
隠れているわけでもないので堂々と姿を現すと、女の子は驚いているようだった。
それにしても、この森でソロでやってる女の子はみんなかわいい子なんだろうか。
ユリアは綺麗系の顔立ちだが、この子は可愛らしい顔つきをしている。茶色の毛にくりくりした瞳。
小柄な体は庇護欲をそそる。
だが、そんな子が爆発魔法を連発しているのだから人は見た目によらないなぁ。
「ち、近づいちゃだめですっ! この怪物は私が止めておくの、なんとか逃げてくださいっ!」
「そんなこと言ったって君だってこいつを倒せてないじゃないか。俺が引き付けるから君が逃げるんだ」
どうであろうとも、この子を逃がさずに俺が逃げるのは後味が悪すぎる。
なんとかしてこの子に逃げてもらわなければならない。
「わ、わたしは一人でいいのでっ! だめぇ!!」
「GUUUU!!!」
女の子は叫ぶが、デストロイヤーと俺の目線があってしまった。
適当にポーズをとって煽ってみると、気に食わなかったらしく鼻息を荒くして俺の方に向かってきた。
ガシガシと木をなぎ倒し、道を作りながら進んでくる。
「うぉっ。思ってたよりえげつねぇ」
いつまでののんびりしていたら俺がひき殺されてしまう。
俺は女の子からデストロイヤーを遠ざけるため、全力で走り出す。
「アルクー! がんばってぇ!」
「応援するぐらいなら手伝ってくれよぉぉ!!!」
遠くから俺を応援するユリアの声が聞こえてくる。
しかし、全く俺のことを手伝うつもりはないらしい。ちらりと声の方を見てみると、手を思いきり振っていた。
くそっ。自分でなんとかするしかないか。
そうはいっても、俺がデストロイヤーと戦えるようなものはない。
長距離走って、スタミナ切れを狙うか?
「GUUU!!!」
「そうもいってられそうにないなっ!!」
俺がよけて移動するのにたいして、向こうは一直線に進んでくる。
動きも向こうの方が早いので、距離は一瞬で詰められていた。
「くそおおお!!」
「GUAAA!」
俺が追い詰められて声を出したのを見て、デストロイヤーはにんまりと顔をゆがめた。
獲物が追い詰められて声を出しているのが分かったらしい。
くそっ。亀のくせに憎たらしい奴だ。
俺はそれでもあきらめずデストロイヤーから逃げ続けていると後ろからバキッ!! という音が聞こえてきた。振り返ると、デストロイヤーがぶつかった大木が折れ、そのままデストロイヤーを叩き潰そうとしていた。
どうやら木が少し腐っていたようだ。そこにデストロイヤーの一撃が加わったせいで折れてしまったらしい。太さ20メートル近い巨木が折れる。
バキバキと音がした後に大木がデストロイヤーへと落下し、甲羅を粉々に砕いてデストロイヤーの命を絶たせた。
「あ、あっぶねぇ……。これがなかったら俺死んでたぞ……」
いつまで逃げ切れたか分かったものではない。本当に無事で生還できてよかった。
「あぁぁ!!! アルクの活躍みようと思ってたのに、もう終わってるぅぅぅ!!!」
「だだ、大丈夫ですかっ!?」
俺がほっと一息ついていると、後ろからユリアと女の子の声が聞こえてきた。
俺のあとを追いかけてきたようだが、俺の無様な姿はほとんど見れずに結果だけ確認する形になってしまったようだ。
「あぁ、なんとかな……」
「あのデストロイヤーをこんなにすぐに倒すなんてすごいです……。お名前、なんて言うんですか?」
「アルクっていんだ。万年Dランクの下級冒険者だよ」
「で、デストロイヤーを一人で倒す下級冒険者なんているわけないじゃない! やっぱり私が思っていた通りアルクはすごい力を持っているのね!」
「もってないってばぁ……」
たまたまなんとかなってしまったせいで、ユリアは大盛り上がりだ。
ここでダメダメなところを見せようと思っていたのに、ダメだところは見ずに美味しいところだけ見るなんて反則だぞ。これだとまるで俺がすごいように見えてしまうじゃないか。
「す、すごいですっ。私、ミーアって言って一人で冒険してます。修行中の身です」
女の子はおっかなびっくりではあるが、俺に名乗ってくれた。ミーアって、どこかで聞いた名前だったけどなんだっただろうか。
「賢者ミーアって聞いたことない? 黒魔法を使わせたら世界一の賢者様よ。ちなみに、水の都アルツの姫君ね」
「あぁぁぁ!!」
風邪の噂で聞いたことがあった。
炎、水、雷、闇、光。すべての属性魔法を使いこなせる天才姫様がいるって話だ。
それが、こんなに可愛い女の子だったとは……。
「し、知ってもらえてて嬉しいですっ。ちょっと用があってこの森に来ていたんですが、迷ってしまっていて……てへへ」
ペロリと舌を出して可愛らしく誤魔化すミーアだが、普通一人でデストロイヤーとの戦闘になんてならないぞ……。
「まぁ、なんとかなって良かったよ。俺達も依頼は達成してるし、街に戻るなら一緒に戻ろうか?」
「よろしくお願いしますっ。こんなかっこいい助け方してくれる男性に会えてすごく嬉しいですっ!」
確かにあわや殺されそうになっているところを助けられた形にはなるのかな……?
実際ミーアがどんな風に思ってるのか分からないけどね……。
「気にしなくていいよ。たまたまだしね」
「いいえっ! 私、すっごく嬉しいんですよ!」
女性らしいぷにぷにとした手でミーアは両手で俺の手を握った。
期待したようなキラキラした瞳で俺を見上げているようだが、何を求めているんだ?
「ちょ、ちょっと私のこと忘れてないっ!? アルクに先に目をつけたのは私なんですけど!? 私なんですけど!?」
俺とミーアが妙な空気になっているのを察したのか、ユリアが間に割って入った。
ミーアは割って入ったユリアをすごく嫌そうな顔で見る。
「か、アルクさんは私の運命の人なんですよっ!? どうして邪魔するんですか!」
「う、運命の人ぉぉぉ!? どうするつもりなのよ!」
「私、アルクさんと一緒に冒険します! それで、その一緒に……えへへ」
ミーアは何か想像しているらしく、一人で顔を赤らめた。
ユリアはその様子が許せないようで、むすっと頬を膨らませる。
「アルクは私の運命の人なんだから、あとから来た人は下がっていて!?」
「だ、だめです。私がアルクさんと一緒になるんですから……」
もしかしなくても、これは昨日と同じパターンではないだろうか。
ミーアは完全に俺のことを勘違いしている。
「ダメだぞ。俺はただのDランク下級冒険者なんだから」
「違いますっ! あんなところを助けられたら私、私っ!! アルクさん、私と一緒になってください!」
あぁぁぁあ!!!
ユリアだけでもどうしようか困っていたのに、二人に増えちゃったじゃないか!!
変に期待させてしまったユリアとミーアを連れて、俺は今後どうするか考えながら街に帰還することになった。
万年Dランクのソロ冒険者だったのに、気づいたら王族ハーレムパーティになりそうなんだがどうしよう。
俺の目の前にあるのは世界最大の森はアーティア。
アーティアには希少な素材があったり、貴重なモンスターが生息していたりと多くの冒険がここに集まってくる。
下級の冒険者から上級冒険者までがこの森にやってくる、世界屈指の冒険者スポットだ。むろん、危険なモンスターも多数生息している。森の深部にいけばいくほど危険なモンスターと接触する可能性が増えるので、下級冒険者は森の深部に絶対に入ってはいけないと言われている。
そんな森に、俺は薬草の採取で訪れていた。あいにく今日は大雨だが、仕事はやらなくてはならない。
薬草の採取は森の外側で行われる下級冒険者の仕事だ。
アーティアで行われる依頼の中ではもっとも危険度が低いにもかかわらず、それなりの報酬がよこされる下級冒険者にとって生命線ともいえる。
俺は毎日なんとか食いつないでいくために、今日も薬草を取って帰らなければいけないのだ。
いつものように森に入り、目的の薬草が自生している場所を探す。
この仕事をやってすでに二年近く経過しているので、探すのは簡単だ。
モンスターと接敵したくはないので、あたりを警戒しながら森の中を進んでいく。
いくら薬草の採取場所にめぼしがついているといっても、モンスターと接敵する可能性は十分にある。俺は戦う力はほとんどないので、できうる限りモンスターと接敵したくないのだ。
「おっ。今日は結構大量だな」
慎重に森を進んでいくと、目的の薬草を発見した。
これなら今日の報酬は期待できるし、夜は美味しいものでも食べてしまおうか。
「キャアアアアアアア!!」
その日暮らしの生活を続けていたのであまり贅沢は贅沢はできなかったが、たまには良いだろう。
俺がそんなことを考えながら薬草を採取していくと、少し離れた場所から女性の悲鳴が聞こえてきた。
きっとモンスターに接敵してしまったんだろう。
森の外側ではあまり聞く悲鳴ではないが、冒険者初心者の人はたまにあることだ。
俺が行って何かできるかもわからないが、女性の悲鳴を無視するほど心を殺しているわけではない。
少し様子を見に行ってみるとしよう
◇◆◇◆
声がしたほうに向かってみると、そこにいたのは一人の女性と巨大なベヒーモスが対峙していた。
ベヒーモスは森の外側にいるような弱小モンスターではなく、森の深部にいるような強力なモンスター。
大きさは5メートル近くあり、クマに近い姿をしている。その腕や足から放たれる一撃はとても強力で、この森に生えている巨木も叩き折るらしい。森の中で最高クラスの戦闘力を持っていると認定されている。
そんなベヒーモスに女性が一人で戦っているのだ。防戦一方ではあるものの、なんとか攻撃を耐えしのいでいる。ベヒーモスの強力な攻撃を剣で受け止めているあたり、凄腕の冒険者なんだろう。
そして、とても美しい。
年齢としては20代半ばあたりだろう。顔も整っている。
漆黒の髪をたなびかせ、凛とした顔がとても魅力的だった。
そして装備も良いものを使っているらしい。
深い青みがかった軽装を身に纏い、片手剣は隙通りほどに美しい。何か動物が象られているようで、芸術品のような仕上がり方だった。
「あっ! ちょ、ちょっとあなた手を貸してくれない!?」
そんな様子を見ていると、戦っている女性と目があい、あろうことか声をかけられてしまった。
下級冒険者である俺にベヒーモスと戦えるような手段は持っていない。
しかし、女性が俺に話しかけているのを見て、ベヒーモスがこちらを向いてしまった。
鋭い目を俺に向けると、よだれがぼとりと地面に落ちた。完全に俺のことを餌だと認識しているらしい。
女性のことを守れているのは嬉しいけど、こんなの大した時間稼ぎにもならない。なにか、なにかしなくてはいけない。大きな足音をたて、ベヒーモスは俺の方に向かってきている。
このままでは俺はただ殺されるだけで終わりだし、女性もそのあと犠牲になるだけだろう。
なんとかしなくてはいけない。俺は魔法が使えるわけでもないし、女性のように剣を巧みに使えるわけでもない。あるとすれば、無駄に悪運が強いだけだ。
ベヒーモスと俺の実力差は運で埋まるようなものではないが、もしかしたら何かが起きるかもしれない。
どうせベヒーモスに目をつけられた時点で逃げることはできないわけだし、悪運にかけるしかない。今振っている大雨でベヒーモスが転倒してくれればワンチャンあるんじゃないかっ!?
「うぉぉぉぉぉおお!!!!」
「グルァアアアアア!!」
俺が叫んでベヒーモスに突っ込むと、それに応えるようにベヒーモスも叫んだ。
お互いが距離を詰め、残り数メートルになった時だった。
ドンッ!!!!!
凄まじい轟音とともに、蒼色の落雷がベヒーモスを貫く。
プスプスと焦げた匂いが周囲に広がり、ベヒーモスの体から煙が立ち上った。
ベヒーモスは力尽きたのか、ばたりと地面に倒れる。
白目をむいており、息をしているようには思えなかった。
「お、おっ? こりゃどうなってんだ」
目の前で最強級モンスターであるベヒーモスが倒れていることに、俺の心は困惑で満たされた。
悪運が強いとは思っていたが、落雷でベヒーモスを殺せるまでに強いとは思ってもみなかった。
倒れたベヒーモスの奥からは、女性が目をパチクリさせて驚愕の表情を浮かべているのが分かった。
いや、そんな顔で見られても俺の実力じゃないからね?
「あ、あなた今何をしたの!? 青い稲妻を落とす力なんて初めて聞いたわっ!!」
「いや、これは偶然稲妻がベヒーモスに当たっただけだからね…? 俺は何もしてないよ」
「どうしてそうやって隠すのよ! 今のは明らかにあなたが叫んで、その後に落とした稲妻じゃない」
確かにタイミングはそうだったけど、違うんだよ……。
「ほら、今は打てないしね? たまたまだってわかるでしょ」
「なるほど。あの力は特別だから隠しておきたいのね! 確かに、あんな力が世に知れたらとんでもないことになるわっ!」
話を聞いてくれぇ……。
女性は興奮しているのか、鼻息を荒くして僕に語り掛ける。よほど今の稲妻がお気に召したようだ。
「俺の名前はアルクっていうんだ。名前を聞いてもいいいか?」
「あぁ、私の名前はユリア。剣聖ユリアって名前で少しは名が知られているんだけど、聞いたことはあるかしら?」
「け、剣聖っ!?」
剣聖ユリアといえば、ライカス王国の姫君にして、最上級であるSランク冒険者のライセンスを持つ最強の姫君じゃないか。剣を使わせれば右に出るものはおらず、闘技場での大会を100連覇したという逸話まである。
そんな姫君がどうしてこんなところでベヒーモスと戦っていたのか。
姫なんだし、護衛とかつけてたりしないのか?
俺が疑惑の目を向けると、ユリアは察したのか事情を話し始めた。
「私の動きについてこれないから全員王国に返してやったわ! それで一人で動いたら何故かベヒーモスにいきなり遭遇しちゃったってわけ」
「いやいや、早計だって。俺はただの下級冒険者だからさ……」
「下級冒険者を名乗らなければいけない事情があるのねっ。やはり、あの魔法を使っているだけあって、いろいろ込み入った事情がありそうね……」
ユリアは全く俺のいうことを聞いてくれそうにない。
もう説明するのも面倒だし、このまま放っておくことにしよう……
「もう、それでいいよ。とりあえず雨もひどいし、街に戻らない?」
ベヒーモスなんて危険なモンスターがうろついてるってなったら冒険者ギルドに報告しなくちゃいけないし、こんな場所にいつまでもうろついていたくない。
「そうね。あと、あなた私と一緒に冒険しなさいよ。せっかくそれだけの力を持ってるんだから、それなりの力を持った人と冒険するべきだわ!」
「いや、俺はたいしたことないし一人で冒険する方が慣れてるから……」
普通に誘われたならまだしも、こんな壮大な誤解を受けた状態で一緒に冒険するなんて御免だ。
どんな期待をされているのか分かったもんじゃない。
ただ、俺が断るのはあまりにも想定外だったらしい。
ユリアは顎が取れるんじゃないかというぐらい口を開いていた。
これだけ美人な上に腕もたつ、そして姫君とお近づきになれるなんて条件までついてるのに断るような冒険者は俺ぐらいだろう……。
「ま、待って!? 私、ベヒーモスには苦戦してたけど、本当に腕はたつのよ? な、なんで断るのかしら?」
「実力とかの問題じゃないんだよ……」
「こ、これでもそこそこ顔もいい方だしっ!? お、男の人には結構人気あるんだもん」
あ、この子もしかして人を誘う方法とか知らないのか。
これだけ魅力のある人材と立場だったわけだし、人から声をかけられるのが当たり前だったに違いない。仮に声をかけたとしても普通なら100%とおるわけだし、断られたあとの対処を知らないんだ。
俺に断られたせいか、大雨のせいか分からないが大きな雫が彼女の頬を伝う。
「ごめん。俺は君の期待には応えられないよ。もっと有能な人材にあたった方が良いと思う。君ならもっと良い人を見つけられるよ」
なんだか恋人が別れを告げるようなセリフになってしまったが、まぁ良いだろう。
これで彼女が僕を諦めてくれればそれでよしだ。
「い、いやだわっ! 私の窮地を助けてくれた王子様を、ほいそれと離したりしたくないのっ。あ、あなたが一緒に冒険するというまで、勝手についていかせてもらうわっ!」
「別にいいけど、ただ失望するだけだと思うよ?」
俺がやっている依頼なんて、薬草を採取してくるか木の実をとってくるとかそんなものしかない。
彼女からすればとてつもなく退屈で低レベルなことしかしていないので、すぐに失望して離れていくだろう。
少しの我慢だと思って、僕は彼女の提案を受け入れることにした。
◇◆◇◆
「おはようアルク。今日はよろしく頼むわね」
「あぁ、よろしく」
翌朝、俺は彼女を連れて依頼を受けに行くことにした。
今日の依頼は料理人から頼まれた食材の調達だ。
森の外側に自生しているものを回収し、それを届けるだけで任務完了になる非常に楽なもの。
俺がその依頼を受けているのをみて、ユリアは不思議そうな顔をしていた。
「それで、今日はどうしてその依頼にしたの?」
「俺は本当に強くないから、こうやって簡単な依頼をこなして日々を過ごしてる下級冒険者なんだよ。ユリアのように強くないから、あんまり期待されても困る」
そういってDランクのギルドライセンスを提示する。
これはD、C、B、A、Sとランク分けされており、Sが一番高いものとされている。その他にも細かい情報が表示されているので、ここからも俺が大したことのない冒険者であると証明できる。
「そこまで徹底して影に回っているなんて、さすがねっ! 私、そういう立ち回り大好きなのっ。なんだか余計に期待しちゃうわっ!」
うーん。なんの効果もないようだ。
ユリアは俺の手を握り、キラキラした瞳で見つめてきた。
綺麗な顔が俺の近くにきて心臓がドキリとしたが、この憧れの瞳は幻想だ。俺が本来もっていないものに対してのものなので、忘れてしまおう。
「そういうことにしとこうか。さ、今日の依頼をこなしにいこう」
「分かったわ。食材の調達なんて初めてやるのだけど、楽しみねっ」
「いつも討伐依頼しかやってないの?」
「えぇ。その方が楽しいから討伐しかやっていないわ!」
Sランクの任務は討伐だけでなく、護衛や捜索なんて依頼もたくさん入っている。それこそ難易度と報酬が際限ないほどに高いものがたくさんあるのだ。にもかかわらず、ユリアはSランクになって討伐しかやっていないらしい……。
危険と疲労を考えたら普通やらないことだし、もしかするとこの子は相当脳筋なのかもしれない。
今までの経歴からすると可憐な姿からは考えられないほどゴリラスタイルだ。
そんなユリアを引き連れて、俺はアーティアに向かうことにした。
ユリアを引き連れて歩いていることで、ほかの冒険者から変なものを見るような目で見られた。
まぁ、一国の姫であり最高クラスの冒険者がDランク冒険者の後をついているんだから、不思議に思うのも無理はない。
「今日は澄み渡っていて良い空だ」
「今日は狩りがしやすいわねっ!」
「今日は食材調達だから狩りはしないよ……」
今日は昨日のような大雨ではなく、それは青く澄んでいる。
仮に昨日のように強力なモンスターに接敵してしまったとしても、今日は何もできない。
そして、道中ユリアに森の外側のことを分かっているのか聞いたのだが、ほとんど知識がないようだ。
この森にきてからはずっと討伐で森の深部に向かっていたらしいので、モンスターの特性以外ほとんどわからないという。そんな知識量でこの森に入ったなぁ……とは思ったが、だからこそベヒーモスに遭遇してしまったに違いない。
運が悪いというのもあるだろうけど、立ち回り方が適当だったんだろう。
戦い以外のことは他のパーティメンバーがやっていたということがよくわかる。
そんなユリアを引き連れて、俺は食材の捜索を始める。
残念なことに、今回の食材は森の外側でも街から少し離れた場所に自生しているものだ。
ある程度歩かなければいけない。
森を右回りにぐるりと回って数時間たったころ、ようやく俺の目当てである食材を見つけることができた。真っ赤な果実のグローンベリーだ。甘酸っぱく、実がぎっしり詰まっているのが特徴的で、高級店の定番デザートとして用いられている。
「よしっ。ユリア、俺が探してた食材を見つけたぞ」
「これを探していたのねっ! 確かにグローンベリーは美味しいから大切ね!」
「たくさんあるから少し食べるか?」
「いいのっ!? もちろんいただくわ」
かなりの数自生しているようだったので、一つをユリアに渡すと嬉しそうにグローンベリーに噛り付いた。
「おいしぃ!! アルク、これとっても美味しいわっ! 採れたてはいいわねっ!」
ユリアは満足そうにグローンベリーをかじる。とても美味しいようで、頬を緩ませながら何度も噛り付いていた。その間に、俺は指定されていたグローンベリーを持ってきていた入れ物に詰める。あとはこれを持ち帰れば依頼完了だ。
「さぁ、これで依頼は終了だし街に戻ろうか?」
「これで終わりなのっ!? Dランクの依頼はあっという間に終わってしまうのね」
Sランクの依頼は一週間森の中で滞在するのなんて当たり前のような難易度のものしかない。わずか数時間移動しただけで依頼終了なんて考えられないものなんだろう。だが、これが現実っ!
ユリアには俺の現実をはやめに理解して、元あるべきところに戻ってもらいたい。
今回の依頼で相当分かってくれただろうか?
「あぁ、だから俺は本当に大したことないんだよ。わかっ」
「GUAAAAAA!!!」
俺がユリアに言葉を聞かせていると、少し離れた位置からモンスターの叫び声が聞こえてきた。
それと一緒に、爆発音が聞こえてくる。
おそらく誰かが魔法を使ってモンスターと戦ってるんだろう。
今回は俺の出る幕はないだろうし、さっさととんずらして街に戻るとしようか。
「ねっ! ねっ!」
ユリアの方を見ると、すごく嬉しそうな顔で俺のことを見てきた。
何を考えているのか丸わかりだ。モンスターの声がする方に行きたいとでも言うんだろう。
戦いが始まれば俺の実力がまた見れるとでも思っているに違いない。
あ、これは逆にチャンスでもあるのか。ちゃんとしたモンスターと戦っても俺が大したことないということがわかれば本当に実力がない証明になるわけだし、ユリアも納得してくれるだろう。
「よし、いくか」
「さすがっ! その言葉を待っていたのよ!」
やる気満々のユリアと一緒に、爆発音とモンスターの声がする方へと足を向ける。
音はかなり近い位置だったらしく、すぐに戦いの現場に到着した。
また女の子一人とモンスターが戦っているようだが、これまた戦っているモンスターがおかしい。
目の前にいるのは大きさ10メートル、以上ある亀のモンスター。デストロイヤーだ。
体長は4メートルほどあり、動きは遅いが、覆っている甲羅がとても硬くとんでもない防御力を誇っている。何をしても通用しないことが有名で、こいつも本来森の外側にいてはいけないモンスターだ。アーティアの食物連鎖の最上位に位置するモンスターだと聞いている。
凶悪な牙にかみ砕かれれば一撃で命を落とすことになるだろう。
「これ、あの子やばいんじゃないっ!?」
「どうしてそんなに嬉しそうなんだよ……」
「やばいモンスターじゃないとアルクがちゃんと力を使ってくれないからよ。どうでも良いモンスターだったら普通にやっても勝てちゃうじゃい。というか、あの女の子ってもしかして……」
それはユリアとかSランクならそうなんだろうけどさ……。
普通の冒険者はモンスターを相手に手を抜いたりとかそんなことをしてる余裕なんてないんだよ。
「それにしても戦ってる女の子、とても強いわね」
「あぁ、デストロイヤー相手にダメージを与えてる?」
女の子は一人で魔法攻撃をすることで戦っているらしく、デストロイヤーの甲羅を爆破してダメージを与えていた。さすがに致命傷には至っていないようだが、甲羅のあちこちがこげついている。
だが、一発に込める魔力量に対して与えられるダメージが釣り合っていないように思えた。いつまでの超火力の魔法を打ち続けることはできないだろうし、そのうち女の子の魔力も力尽きてしまうだろう。
「助ける、しか道はなさそうだな」
デストロイヤーは確かに動きは遅いが、人間が走って逃げられるレベルで遅いわけではない。森の深部のモンスターにしては遅いね、と言われているレベルだ。時速30キロ程度の速度は出るので、森で逃げ切るのは困難といえる。
「さぁ、アルク。いってきなさいっ!」
「手伝ってくれないのかよ……」
「私が手伝ったら意味ないじゃない。それに、私の力なんてなくてもアルクならこんな危機簡単に乗り切れるしょ?」
それを違うと何度言ったら理解してくれるのか……。
まぁ、ここまで来たのならいくしかあるまい。
俺は木を引き締めてデストロイヤーと女の子が対峙している場所へと近づいていく。
「だ、だれですっ!?」
俺が近づいているのに気が付いたらしく、女の子が驚いた声をあげた。
隠れているわけでもないので堂々と姿を現すと、女の子は驚いているようだった。
それにしても、この森でソロでやってる女の子はみんなかわいい子なんだろうか。
ユリアは綺麗系の顔立ちだが、この子は可愛らしい顔つきをしている。茶色の毛にくりくりした瞳。
小柄な体は庇護欲をそそる。
だが、そんな子が爆発魔法を連発しているのだから人は見た目によらないなぁ。
「ち、近づいちゃだめですっ! この怪物は私が止めておくの、なんとか逃げてくださいっ!」
「そんなこと言ったって君だってこいつを倒せてないじゃないか。俺が引き付けるから君が逃げるんだ」
どうであろうとも、この子を逃がさずに俺が逃げるのは後味が悪すぎる。
なんとかしてこの子に逃げてもらわなければならない。
「わ、わたしは一人でいいのでっ! だめぇ!!」
「GUUUU!!!」
女の子は叫ぶが、デストロイヤーと俺の目線があってしまった。
適当にポーズをとって煽ってみると、気に食わなかったらしく鼻息を荒くして俺の方に向かってきた。
ガシガシと木をなぎ倒し、道を作りながら進んでくる。
「うぉっ。思ってたよりえげつねぇ」
いつまでののんびりしていたら俺がひき殺されてしまう。
俺は女の子からデストロイヤーを遠ざけるため、全力で走り出す。
「アルクー! がんばってぇ!」
「応援するぐらいなら手伝ってくれよぉぉ!!!」
遠くから俺を応援するユリアの声が聞こえてくる。
しかし、全く俺のことを手伝うつもりはないらしい。ちらりと声の方を見てみると、手を思いきり振っていた。
くそっ。自分でなんとかするしかないか。
そうはいっても、俺がデストロイヤーと戦えるようなものはない。
長距離走って、スタミナ切れを狙うか?
「GUUU!!!」
「そうもいってられそうにないなっ!!」
俺がよけて移動するのにたいして、向こうは一直線に進んでくる。
動きも向こうの方が早いので、距離は一瞬で詰められていた。
「くそおおお!!」
「GUAAA!」
俺が追い詰められて声を出したのを見て、デストロイヤーはにんまりと顔をゆがめた。
獲物が追い詰められて声を出しているのが分かったらしい。
くそっ。亀のくせに憎たらしい奴だ。
俺はそれでもあきらめずデストロイヤーから逃げ続けていると後ろからバキッ!! という音が聞こえてきた。振り返ると、デストロイヤーがぶつかった大木が折れ、そのままデストロイヤーを叩き潰そうとしていた。
どうやら木が少し腐っていたようだ。そこにデストロイヤーの一撃が加わったせいで折れてしまったらしい。太さ20メートル近い巨木が折れる。
バキバキと音がした後に大木がデストロイヤーへと落下し、甲羅を粉々に砕いてデストロイヤーの命を絶たせた。
「あ、あっぶねぇ……。これがなかったら俺死んでたぞ……」
いつまで逃げ切れたか分かったものではない。本当に無事で生還できてよかった。
「あぁぁ!!! アルクの活躍みようと思ってたのに、もう終わってるぅぅぅ!!!」
「だだ、大丈夫ですかっ!?」
俺がほっと一息ついていると、後ろからユリアと女の子の声が聞こえてきた。
俺のあとを追いかけてきたようだが、俺の無様な姿はほとんど見れずに結果だけ確認する形になってしまったようだ。
「あぁ、なんとかな……」
「あのデストロイヤーをこんなにすぐに倒すなんてすごいです……。お名前、なんて言うんですか?」
「アルクっていんだ。万年Dランクの下級冒険者だよ」
「で、デストロイヤーを一人で倒す下級冒険者なんているわけないじゃない! やっぱり私が思っていた通りアルクはすごい力を持っているのね!」
「もってないってばぁ……」
たまたまなんとかなってしまったせいで、ユリアは大盛り上がりだ。
ここでダメダメなところを見せようと思っていたのに、ダメだところは見ずに美味しいところだけ見るなんて反則だぞ。これだとまるで俺がすごいように見えてしまうじゃないか。
「す、すごいですっ。私、ミーアって言って一人で冒険してます。修行中の身です」
女の子はおっかなびっくりではあるが、俺に名乗ってくれた。ミーアって、どこかで聞いた名前だったけどなんだっただろうか。
「賢者ミーアって聞いたことない? 黒魔法を使わせたら世界一の賢者様よ。ちなみに、水の都アルツの姫君ね」
「あぁぁぁ!!」
風邪の噂で聞いたことがあった。
炎、水、雷、闇、光。すべての属性魔法を使いこなせる天才姫様がいるって話だ。
それが、こんなに可愛い女の子だったとは……。
「し、知ってもらえてて嬉しいですっ。ちょっと用があってこの森に来ていたんですが、迷ってしまっていて……てへへ」
ペロリと舌を出して可愛らしく誤魔化すミーアだが、普通一人でデストロイヤーとの戦闘になんてならないぞ……。
「まぁ、なんとかなって良かったよ。俺達も依頼は達成してるし、街に戻るなら一緒に戻ろうか?」
「よろしくお願いしますっ。こんなかっこいい助け方してくれる男性に会えてすごく嬉しいですっ!」
確かにあわや殺されそうになっているところを助けられた形にはなるのかな……?
実際ミーアがどんな風に思ってるのか分からないけどね……。
「気にしなくていいよ。たまたまだしね」
「いいえっ! 私、すっごく嬉しいんですよ!」
女性らしいぷにぷにとした手でミーアは両手で俺の手を握った。
期待したようなキラキラした瞳で俺を見上げているようだが、何を求めているんだ?
「ちょ、ちょっと私のこと忘れてないっ!? アルクに先に目をつけたのは私なんですけど!? 私なんですけど!?」
俺とミーアが妙な空気になっているのを察したのか、ユリアが間に割って入った。
ミーアは割って入ったユリアをすごく嫌そうな顔で見る。
「か、アルクさんは私の運命の人なんですよっ!? どうして邪魔するんですか!」
「う、運命の人ぉぉぉ!? どうするつもりなのよ!」
「私、アルクさんと一緒に冒険します! それで、その一緒に……えへへ」
ミーアは何か想像しているらしく、一人で顔を赤らめた。
ユリアはその様子が許せないようで、むすっと頬を膨らませる。
「アルクは私の運命の人なんだから、あとから来た人は下がっていて!?」
「だ、だめです。私がアルクさんと一緒になるんですから……」
もしかしなくても、これは昨日と同じパターンではないだろうか。
ミーアは完全に俺のことを勘違いしている。
「ダメだぞ。俺はただのDランク下級冒険者なんだから」
「違いますっ! あんなところを助けられたら私、私っ!! アルクさん、私と一緒になってください!」
あぁぁぁあ!!!
ユリアだけでもどうしようか困っていたのに、二人に増えちゃったじゃないか!!
変に期待させてしまったユリアとミーアを連れて、俺は今後どうするか考えながら街に帰還することになった。
万年Dランクのソロ冒険者だったのに、気づいたら王族ハーレムパーティになりそうなんだがどうしよう。
応援ありがとうございます!
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