神殺しの贋作

遥 奏多

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08-贖罪

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「はあ、遅くなっちゃったな」

 リリーの花を探していたら、ずいぶんと時間が過ぎてしまった。

 普段、鉄くずを探している場所には花はもちろん、雑草すらろくに生えていなかった。リリーなんてもってのほかだ。そこで思い出したのが、情報屋が言っていた薬草のとれる場所だった。

 情報屋の言っていた場所は家からは少し離れていて、あの時間から探し出せばかなり時間がかかってしまうのは明らかだった。でも今だからこそ、リリーの花が欲しかったんだ。

 遅くまで探した甲斐あって、俺の手には二輪のリリーが握られている。……ついでに薬草や発火草も摘んであるのだが、まあこれは貧乏人の性、というやつだ。たった一か月で俺の貧乏生活も板についたものだ。……嬉しくはないが。

 ともあれ、これでメイアにちゃんと謝ることができる。自分の言葉だけで謝れないのはいささか不甲斐ないが、この花を渡せばメイアもわかってくれるはずだ。だって、これは母さまの花なのだから。

  これが、今の俺がメイアに返せる、精いっぱいの努力と優しさだ。……もっとも、この言葉はアイーダの受け売りだったんだが……、そのことはもう少しだけ秘密にしておこう。

 ぼろぼろの家が目に入る。メイアが待っている家だ。いや、こんな兄を待ってくれているかはわからないけど、でも、俺たち二人の家だ。ちゃんと謝って、これからのことを話して、二人で、未来を生きよう。



「ただい……ま?」



 いつものようにひどい音を立てて扉が開く。いつものように笑顔で迎えてくれる妹の姿を探す。

 いつものように聞こえてくる、「お帰り」という声に耳を澄ます。


 でも見えない、聞こえない。


 聞こえてくるのは心が軋むような余韻を鳴らすぼろぼろの扉と、痛いほどの静寂。

 見えるのは、その笑顔を血だまりに沈めるいたいけな顔と、表情のない、胡乱な瞳。




「めい……あ……?」




 俺を出迎えたのは、事切れた妹の亡骸だった。





 見開かれた眼は、自分のものか?

 震える手は、己のものか?

 崩れ落ちる足は、誰のものだ?


 自分というものが、なくなっていく。


 閉じることもできない瞳を、大切な花を取り落とす手のひらを、進むこともできない足を、自分のものだと思えなかった。

 今、目の前にある光景を、現実だと受け入れたくなかった。

「め……い、ぁ――」

 掠れる声が、己が胸に突き刺さった。


「やーーぁ、よぉやくお帰りかい? おにいさま?」


 ぎぃ、と揺れる扉の向こうから、何かの声が聞こえる。

 でも、そんな声なんかより、大事なことが目の前にあった。

 ポケットから薬草を取り出す。すりつぶす手間も惜しい。夢中で口に入れ、咀嚼する。

「はぁ? 何のつもり? ……まさか、助けるつもりでいるわけぇ?」

 薬草をメイアに口移しする。ここの薬草は性能がいい。大きな傷もすりつぶして塗り込めば一晩で治る。学院時代に図鑑で見た、上級治癒薬や万能薬に匹敵するほどに。

 そうさ、だから、まだ、助かるかも……しれない。

「っぷは」

 次だ。次の薬草を。

 そう思いポケットをまさぐった。でも……。

「もぅ、わかってんだろぉ?」

 しゅんっという風切り音とともに、

「死んでるってさぁ」

 メイアの首が、その体から離れた。

 離れた首は、さっきから聞こえる雑音のもとへと飛んで行き、

「っんだよこれ、きったねぇの」

 その口元から、咀嚼された薬草をこぼしながら、小屋の隅へと投げ飛ばされた。

「爆笑だったぜぇ? 病人のふりしてやったら、なぁんの警戒もせずに近寄ってくるんだもん。挙句の果ては『優しさは返ってくるものだから』ってさぁ! ははぁっ! 頭ン中お花畑かよって……」

「メイア……めいあ……」

 転がる愛しい顔に追いすがり、咀嚼した薬草を流し込む。

「はっ、つまんねぇの。もっと絶望して苦しんでる顔がみたかったのになぁー。……そんなに一緒にいたいなら、すぐにそっちへ送ってやるよ?」

 耳障りな何かが動いた、そう思った瞬間、俺の体は宙に浮き、反対側の壁へと叩きつけられる。蹴り飛ばされたらしい。

「ぐぁ……っは!」

「つまんないなぁ。魔法が使えないとはいえ、学院の首席だっていうから期待してたのに」

「学院……主席? 魔法?」

 どこかで聞いたことのある言葉に頭が痛くなる。

「そうだよ! ジーン・マクレイン。出来損ないの半端物が。魔法も使えない、家族も守れない。成績だけは優秀なお人形さんだぁ!」

 魔法、使えない……、出来損ない。家族も、誰も守れない……。
その言葉は、ついさっき自分に投げかけた言葉とそっくりだった。でもだからこそ、今度こそ守ると、幸せにすると誓ったんだ。自分に、母の名に懸けて……。

 そう――誓ったんだ。幸せにすると。



 ――何を?
 ――誰を?



 ――何の力もないくせに。



 ……メイア。






「っぁああァああああああああああッ‼」

「お前もっ、逝っちまいなァっ!」

 鎌のようなものが飛んでくる。

 既に無い右腕がさらに切り裂かれ、背後にある鍋を切り倒す。まだ火の灯る薪が鉄の斬撃に散り
、花弁のように舞った。

 血しぶきに、もう痛みは感じない。

 散った火の粉が家を燃やす。俺とメイアの家を。ここから築こうとした、幸せの形を。

「お前がああぁッ!」

 発火草の花弁をちぎり、投げつける。

 
 散る火の粉と舞う花弁がぶつかり――爆ぜた。



 爆音、そして崩壊。



 炎とともに赤く崩れる幸せの形。揺らめきとともに崩壊していく、幸せのなれの果て。その中で俺は、熱さを感じることも忘れて、ただ立ち尽くしていた。

「んだよ、魔法は使えないって聞いてたのによ……」

 瓦礫の中から聞こえる声。耳障りな声。聞きたくもない声。だというのに、その言葉に反応して、体が妙に高ぶっていく。

 瓦礫を崩し、その中から現れる男。体中、いたるところにやけどを負い、全身が煤で汚れて真っ黒だ。

 その目に浮かぶ感情は、怒り。

 格下だと思っていた俺に、傷をつけられた怒り。プライドを傷つけられた怒り。

 ……ちっぽけだ。

「ふっざけんなよ……。俺様を誰だと思っていやがる。貴族直属の暗殺者だぞ……」

 貴族、その単語に、無意識のうちに体が反応した。

「たかが出来損ないの始末に、汚ねぇスラム街のやつらの力まで借りて……そのうえ俺様にこんな傷までつけやがってぇ」

 どんな言葉も頭を素通りする。何も考えられない、何をすればいいか、そんなことも考えられない。けれど、自分が何をしたいのか、何をするべきなのか、頭よりも先に体が理解していた。

「集え」

 勝手に口が動く。

「我が憎しみを糧とし、地獄の炎をここに呼び起こせ」

 それは人生の半分以上をささげてきた、魔を呼び起こす言霊。

「な……なんだよ、嘘だろ? いくら優秀でも、こんな魔法使えるわけが……制御できるわけねぇ!」

「顕現せよ」

 瞬間、男の周囲を青き炎が覆いつくす。幸せを焼き尽くした炎もろとも、青き炎に飲み込まれて襲い掛かる。


「『――業火インフェルノ』」


「ァアあああぁあアアっづあぁあ――――!」

 聞くに堪えない断末魔よりも、

「っはあ、っはあ!」

使えないはずの魔法が使えた理由よりも。

「メイア……メイアっ!」

 いまだに燃え続ける欠片をつかみ、投げ飛ばし、掘り進める。



「メイアァァア――――っ!」





 俺はまた、決意も、プライドも、家族も、守りたいものは何も――守れなかった。




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