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11-決意
しおりを挟む「っここは……」
「目が覚めたか」
ぼろぼろのソファで横になっていた青年が目を覚ます。少しだけ頭を上げ周囲を見回し、そこが自分の家であることを確認すると、またすぐソファに頭を預ける。
「お前は……なんなんだ」
要領もくそもない、バカみたいな質問だ。だが、これほどまでに今の俺の心境を現した質問もない。
青年はふっと表情を和らげ、体を起こした。
「久しぶりだな……ジーン」
そう言って、顔に自分の手をかざす。「解放」と声が聞こえた。自分の顔に偽装魔法をかけていたのだ。そして本物の顔を俺に見せる。その顔には、見覚えがあった。
「その顔……っまさか、ジョシュア!? ジョシュア・キャバディーニか!?」
俺の驚きの声に青年、ジョシュアは一瞬だけいたずらっぽく口角を上げ、すぐにその表情を情けないものに戻した。
「ジーン、お前とメイアがスラムに来たと聞いたときは、耳を疑ったよ。あんなに優秀で、アイーダとも仲が良かったから」
ジョシュア・キャバディニーニ。公爵家で俺の学友だった、アイーダ・キャバディーニの実の兄で、俺たち兄妹の友人でもある。だが、何故? 何がどうなっている? ジョシュアは三年前、十五歳になって魔力を授かると同時に近衛騎士となった。卒業式も、その前日も、俺はジョシュアに会って話もしている。それに……。
「――ッ」
式の最後に見たあの冷たい目を思い出して、背筋が震えた。
「ジーン、……メイアを死に追いやった俺が言えることじゃないのはわかってる。でも、それでも……! 俺に、お前の復讐を手伝わせてくれないか?」
「なっ、急に何を言い出す!」
「もっとも、俺は弱い。攻撃魔法は苦手だし、剣技に至っては落第ギリギリだった。……近衛騎士なんて、出番のないお飾りだからな。出来てもサポートが関の山だ。でも――」
ジョシュアがスラムにいる。それだけでも驚きだというのに、さらに復讐を手伝うとは……。予想外のことの連続で頭が回らない。
「……そもそも、どうしてあんたがここにいるんだ。公爵家の跡取りで、近衛騎士にまでなったあんたが、どうして……」
俺をあんな目で見たあんたが、どうして。
俺の問いに、ジョシュアはしばし目をつむり、考えるそぶりを見せる。その顔は、何かに迷っているようにも見えた。
「この国は、レトナークは何かがおかしい」
そうして紡ぎだされた言葉は、けれどすぐに理解できるものではなかった。
「おかしい?」
「そうだ。ジーンは学院で学んだことに違和感を覚えなかったか? 確かに魔法は偉大な力だ。戦いだけでなく、人々の生活まで潤している。でも、あまりにも魔法だけに頼りすぎていると思わないか?」
「それは……」
その言葉には、心当たりがあった。
魔法はレトナークだけの力だ。攻防に使える圧倒的な力。そのおかげで、レトナークは周辺国の追随を許さないほどの発展を遂げた。だがその差も、少しずつだが埋まりつつある。
「今の状態が続くのなら問題はないだろう。だが、魔法も絶対じゃない。防御魔法を破る兵器や、魔法でも貫けない盾が現れないとも限らない。そうなったとき、魔法以外に頼るもののないレトナークは何もできなくなる」
魔法以外の戦闘についてなら、俺も学院時代に調べたことがある。その時は教師とジョエルに「そんな無駄なことをしている暇があるのか」とどやされたが、今思えば不自然だ。ジョエルはともかく学院の教師なら、魔法以外の攻撃への対処はむしろ積極的に教えるべきだろう。まるで国の外や魔法以外へ関心を持たれたくないみたいだ。
「国を運営している王や貴族に、考えがあるのならいい。だが近衛に入り会議の場に護衛として同席しても、話しているのは魔法の運用ばかり。まるでこの国が、魔法のためだけに存在しているみたいに」
……ジョシュアの言い分はわかった。レトナークへの不信感も理解できる。だが、それとジョシュアがスラムにいることがどう繋がるのだろうか。俺と同じように、誰かから隠れているのか?
俺の視線に気づいたのか、ジョシュアがため息をつきながら答える。
「ああ、わかっている。今言ったことは、お前の復讐を手伝う理由の半分だ。もう半分で、俺がここにいる理由も説明できる」
そう言うとジョシュアは、ため息で落ち込んだ表情をより一層暗くさせた。
「俺は、逃げてきたんだよ」
「逃げた?」
何から?
その問いを口にするまでもなく、ジョシュアは続ける。
「あの、化け物みたいな国王から」
そう言うジョシュアの体は、小刻みに震えていた。
「王が、化け物だって?」
そうだ、とジョシュアは首肯する。
「最初は、そう。ただの違和感だった。何故魔法にばかりこだわるのか、何か理由があるんじゃないか。そう思って、王の周りを調べ始めた。国政に関わる貴族や、王が指名した近衛騎士も。だが、それで分かったのは魔法に対する絶対的な信頼だけ。奴らは盲目的に魔法を信じている。まるで、洗脳でもされているみたいに」
洗脳、そして魔法への絶対的な信頼。それはついひと月前までの自分にも重なることだった。
「そして、見てしまった。謁見の間で……」
ジョシュアの震えが大きくなる。何かに耐えるように歯を食いしばっているのがここからでも見て取れた。
「大きな扉の向こうにいる、『何か』を……!」
「何かって、何なんだ。……何がお前をそこまで怯えさせる」
その問いに、ジョシュアは首を横に振るだけでなかなか口を開こうとしない。まるで口にすることそのものを恐れているかのように。
「持てよ、そもそも……お前は一体いつからここに、スラムにいたんだ? あれだけ、あれだけ魔法的性のないことを悔やんでたお前が、どうして」
その様子に、俺は問いを変えることを選んだ。あそこまでおびえた様子を見せられては、そうせざるを得なかった。俺の新たな問いに、ジョシュアは少し時間をかけながら答えていく。
「ああ、そうだったな。……王宮には今も『俺』がいるんだったか。あれは俺の偽物だよ。俺はもう、二年も前からここで暮らしている」
「っ偽物!? 馬鹿な! あれはジョシュアだった。確かに近衛騎士になってから会う回数はかなり減ったが、俺もメイアも、アイーダだって……」
「それも、すべて国王の仕業さ。あいつは、王の血に近いものを手放さない。少なくとも、魔法適性が明らかになるまでは」
なら、俺がこの数年話していた、慕っていたジョシュアは、俺に祝福と激励をくれたジョシュアは……。
思い出される記憶のすべてが、色彩を失っていくようだった。いや、でも、それならあの時の冷たさにも納得がいく。少なくとも俺の知っているジョシュアとは、あんな目をする人間ではなかった。
「俺はあいつが恐ろしい。あいつの前では俺の存在なんて、いつでも吹き飛ばせる塵みたいなものだろう。簡単にもう一人の俺を用意できるほどだ。でもそれよりも、この国があいつの手の中にあることのほうが、ずっと、はるかに恐い」
ジョシュアは頼れる存在だ。幼いころから一緒にいたこともあって、兄のように思っている。攻撃魔法や剣術は苦手だったが、それでも年長者としての余裕みたいなものを常に感じていた。
そのジョシュアをここまで怯えさせる存在が、王の近くにある。
「俺の復讐を手伝うとは、つまり、俺を利用してレトナークに革命を起こす、ということか」
震えを押し殺すようにして、ジョシュアは頷く。
「ああ、自分でも情けないとは思ってるよ。それでも、滅びが見えている道を、黙って進ませることはできない」
未だに手は震え、隠しきれない怯えがにじみ出ている。それでもジョシュアは、まっすぐに俺を見つめていた。
ジョシュアの革命と、俺の復讐。確かに、魔法と王を打倒するという点において、目的は一致している。だがジョシュアが国に反発するということは、自分の親族をその手にかけるということだ。それは……。
「お前も、やるんだろ? ジーン。――ジーン・マクレイン」
「っ!」
その名を呼ばれ、反射的にジョシュアを睨む。睨み殺すほどの殺気を込めていたと思う。だが、ジョシュアは目をそらさなかった。
そうだ。自分がやるべきことに、血のつながりなんて関係ない。
「ああ……。奴は殺す。俺が、絶対に。奴だけじゃない。俺からすべてを奪った王も、貴族も、魔法も、俺は絶対に許さない。――ジョシュア、それはあんたも同じだ」
間接的ではあった、意図したわけでもなかった。だが、どうしようもなく、メイアを殺したのはジョシュアなのだ。いや、ジョシュアだけじゃない。メイアを殺したのは、その優しさだ。優しさを生み出した、あの甘っちょろい言葉だ。この世界の不幸なんて何も知らない、夢見がちな子供が吐いたきれいごと。
「……ああ」
目を伏せるジョシュア。だが、すぐにその目は力を取り戻す。
「すべてが終わった後に、俺を殺せ」
こちらをまっすぐと見据える瞳に、俺は頷いた。
この国をぶっ壊す。
それは、スラムで生きながらずっと頭の片隅にあった言葉。
ずっと、片隅で縮こまっていた言葉だった。
それがようやく、意味を持つ。
「力も……得た」
右のこぶしを握る。そこには魔力なんてつゆほども感じない。だが、俺は知った。自分の魔法を。人を騙し、思いこませ、そこにつけ込む贋作を。
魔法を否定するために、自らも出来損ないの魔法に頼る。
滑稽だ。だが、利用する。
「なら、俺はこの国を――」
魔法以外の技術を捨てた。魔法に拒まれた俺を捨てた。俺を捨てた父を受け入れ、その父は母を、妹を捨てた。
不要だと切り捨てたものの力で、まがい物の刃で、その喉元をかき切ってやる。
「レトナークを、ぶっ壊す」
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