神殺しの贋作

遥 奏多

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14-始まり

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 血に染まるのは、見慣れた玄関ホール。

 座り込む少年には片腕がなく、その目の前には、一人の女性が少年をかばうように倒れこんでいた。

 女性の体を貫く凶刃は、その銀色の体を鮮やかな紅で濡らしていた。



 扉を開けると、光のない、胡乱な瞳と目が合った。

 粗末な小屋の中、少女は小さな体を床に投げ出し、その首は少しだけおかしな方向に曲がっていた。

 痛いだろう、早く直さないと。

 そう思い、華奢な肩に手をまわし、抱き起こす。すると、少女の首から上が、ごろんと床に転がった。

 ごめんね、痛かっただろう、すぐに直してあげるからね。

 少女の手に握られていた裁縫針を手に取って、少年は必死にその手を動かしていた。







「おいおい見ろよ! 昨日のことが載ってるぞ!」

 ……やかましいな。

 夢見が悪いのはいつものことだが、周囲の喧騒に余計、気分が悪くなる。

 どうやら転寝をしていたらしい。商業区、情報が張り出される掲示板のそばで騒ぎ立てる男に眉を顰める。だがそんな反応をしたのは俺一人だけだったようで、男の声を聴いた人々はすぐにその元へと集まっていった。

「ほらっ! 王宮の一部崩壊、それに、アイーダ様の捜索願だ!」

 耳にはいってきた言葉に俺は、先ほどとは違う意味で眉を顰める。

「……失礼」

 人ごみをかき分け、掲示板に近づく。そこには一枚の羊皮紙――新聞と呼ばれるものだ――が貼ってあった。


『王宮、謎の爆発により崩壊。魔力の暴走か』
『国王、王妃ともに無事を確認』
『アイーダ様、行方知れず情報求む』

 
「……ほう」

 見出しだけでもその内容はよく伝わった。なるほど、民衆が騒ぐわけだ。貴族以外の国民にとって、魔法とは謎の多い技術だ。だがそれ無しでは生活できない。その危険性は確認しておきたいだろう。

 内容に目を通し、把握する。なるほど、記事の組み方からして、アイーダの捜索を最も重要視されているようだ。この記事だけが人々への呼びかけという形で書かれている。完全適性を持つアイーダの生死には興味を惹かれるだろう。彼女は国民にとってアイドルのような存在だからな。公爵家の令嬢でありながら親しみやすく、庶民への理解もあり、その容姿も整っている。それに加えて完全適正者だ。二年前の卒業直後はお祭り騒ぎだったんじゃないだろうか。

 まあ、俺には知る由もないが……。

 とはいえ、これは好都合だ。王宮の情報を探って不審に思われたとしても、この事件を調べていると言えばうやむやにできるし、何より、アイーダを探しても不審に思われない。

「今回は、運に恵まれているようだな」

 マントについたフードを深くかぶり直し、俺は騒がしい人々の群れから抜け出した。

 アイーダが行方不明、ということは警備兵が捜索に動いているはずだ。今のうちに捜索に割かれている人員、捜索ルートを把握しておいたほうがいいだろう。警備兵の詰め所の様子を見てみるか。

 詰め所に続く最短経路を進もうと路地裏へと足を進める。と、

「おいお前、この辺じゃ見ない顔だな」

「ここらは俺たちの縄張りだぜ?」

 下品な笑みを浮かべる二人組の男に声をかけられた。

「……」

 当然、俺はそれを無視して歩みを進める。だが二人はそんな俺の態度が気に入らなかったのだろう。

「てめぇ、あんまりなめた態度とってると――」

 高圧的な物言いをしながら、汚い手で俺の肩を掴み、強引に振り向かせようとする。が、男がその言葉を言い終えることは無い。

 ぶしゅっ、という小気味いい音とともに、男の首から赤黒い血が噴き出る。

「へ?」

 力なく倒れこむ相方の姿を見て、もう一人の男が間抜けな声を出す。そしてそれが、男の最後の言葉になった。

 真っ赤に染まった死体が重なり、ただの路地裏が一瞬にして血なまぐさい、異界へとなり果てる。


「……邪魔なんだよ」


 目障りな死体をしり目に、俺は暗く続く路地裏へと歩みを進めた。




「戻ったぞ」

 扉を開け、今の住処――隠れ家と言ったほうがいいか――に帰ってくる。

 商業区、歓楽街のはずれにある、人々から忘れ去られた場所だ。かつてのスラムほど資源はないが、身を隠すには悪くない。何より、破棄された魔導管を利用できるのがいい。

 魔導管とは読んで字のごとく、魔力を国全体に行き渡らせるための装置。国中の地下に張り巡らされた、この国の血管だ。これがあるから、人々は魔力を持たなくても生活の中で魔道具を使える。

 そしてここは、人が住まなくなったために破棄された魔導管の残骸がある。破棄されたと言っても微量の魔力は流れているし、この中を通っていけば国の中心部にも到達できる。

「何か情報はあったか?」

 家に入ると、作業台の向こうから一人の男が話しかけてくる。

「ああ。今が好機だ。ジョシュア」

 そういうと男――ジョシュアは作業の手を止め、顔を上げた。

「そうか、いよいよだな。ジーン」




「と、言うわけだが。お前はどう見る?」

 新聞の内容を説明し、ジョシュアの意見を聞く。

「……そうだな。爆発したのは王宮の上層、謁見の間だったんだよな?」

 首肯すると、ジョシュアは確信を持った様子で続きを話す。

「爆発は魔法によるもので間違いない。火薬による爆発にしては被害が一部に集中し過ぎている。被害が出たのが謁見の間だけだったのなら、それは魔力によって指向性を与えられた爆発だ。それに、一部とはいえ王宮を破壊するほどの威力だ。そんな兵器を魔法至上主義の貴族たちが所持しているとは思えない。それより問題なのは、アイーダが行方不明で、王が無事、ということだ」

「それは、まさか王がアイーダを……?」

 半信半疑で尋ねると、ジョシュアは「近いが、それだけじゃないだろうな」と俺の考えを半ば肯定した。だが、完全適正者のアイーダを魔法至上主義のあいつらが排除、ないし害するだろうか。

 俺の疑問を見透かしたように、ジョシュアが続ける。

「謁見の間、あそこには何かがある。俺が逃げるきっかけになったのも、謁見の間の扉から気配を感じたからだ。何か、恐ろしい気配を。おそらくアイーダもそれを感じていたはずだ」

「それが今の話とどうつながってくる?」

「おそらくはアイーダ、もしくはその協力者が謁見の間の異常に気付き、魔法を放った。崩落に巻き込まれアイーダは行方不明になり、王が必死になって探している、ということだろう」

 ジョシュアの言葉に俺は思考を深める。

「なるほど、新聞に大きく『情報求む』と記したのはそのためか。……魔法のことしか考えていない王が、何も知らない国民にまで情報を求める。完全適正者というのは王にとって、それほどに価値がある、ということか」

 さすが、元近衛騎士というだけのことはあり、ジョシュアの推測は大きく外れていないだろう。そしてアイーダが脱出を試みるほどの、謁見の間の異常性。それはきっと、王が魔法にこだわり続ける理由と関係している。

「警備兵の動きを探ってきたのは正解だったようだな。何としてでも、王より先にアイーダを手に入れる」

 ジョシュアの革命も、俺の復讐も、王を殺せばよいという話ではない。俺たちを追い詰め、母さんを、メイアを虫けらのように殺した、この国を支える『魔法』という呪いを壊さなければ意味がない。そこまでしてようやく、俺の復讐は果たされる。

 完全適正者というのは思った以上に王にとって重要なのだろう。ともすれば、国の存続すら揺るがしかねないほどに。となると……。

「アイーダはすべてが終わった後、魔法の象徴として始末する予定だったが、変更だ」

 始末、という言葉にジョシュアはその端正な顔をゆがめる。……当然だろう。実の妹なのだから。ジョシュアは黙ったまま唇を噛んでいた。その理由もまた――当然だ。

「アイーダを殺すことそのものが王への復讐になる。くくっ、予想以上にいい材料だよ、なぁジョシュア」

 自分の口から洩れた醜い嗤い声。……ああ、以前の、二年前の俺だったらそんな声を出す自分自身に嫌悪感を抱いただろう。だが、そんな感情はもう俺の中にはない。


 復讐こそが俺の生きる意味。



 みじめな優等生だったジーンは、とっくの昔に死んでいるのだ。



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