神殺しの贋作

遥 奏多

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16-再会

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 母を、救わなければならない。

 貴族街のとある場所。兄と二人で身を隠しながら、一夜を明かした。夜の間ずっと、同じことばかりを考えていた。私を救ってくれた母を、今度は私が救うのだと。

「アイーダ、どうするつもりだ?」

 兄が尋ねてくる。兄は近衛騎士だというのに、謁見の場で私を助け、逃亡の手助けをしてくれた。巻き込んでしまったことは申し訳ないが、母を助ける手助けをしてほしかった。

「……きっと国王は私を探しているはず。まずは追手を振り切る。そして、母を助けに行きます」

「王宮に、戻るというのかい?」

 兄の懸念は当然だ。この状況で戻るなんて、自分の身を危険にさらすようなものだ。でも、

「もう、決めたから」

「……はぁ。アイーダならそう言うと思ったよ」

 兄はため息をつきながら、諦めたように笑ってくれた。

「でもまずは、追手を振り切らないと」

「それなら一つ、案があるの。こっち」

 言いながら、私は移動を始める。ここは学院の地下。学院生も教師もめったに来ない、かつて利用したサボり場所だった。

  ――否応なしに思い出される、学院生時代の記憶。この場所も、見つけたのは私ではなく彼だった。

「……これは?」

 少し歩き、目的の場所にたどり着く。

「破棄された魔導管。ここを通れば商業区に行ける」

 よく、ここを使って彼と学院を抜け出した。

「……なんでこんなことを知っているのか、聞いてもいいかな」

「……それは、あの……」

 答えに詰まっていると、兄が「ぷっ」と噴き出した。

「っはは、まじめ過ぎる妹だと思っていたけど、そうでもなかったんだね」

「……幻滅、しましたか?」

 恐る恐る尋ねる。しかし私の心配は、明るく答える兄の声がきれいに消してくれた。

「まさか。むしろ嬉しいのさ。妹の新たな一面を知ることができて。これは母上にも報告しないといけないな」

「そ、それはやめてください」

 魔導管を進みながら、他愛もない話をする。こんな状況でもなければ、のんびりお茶でも楽しみたいような、そんな会話だ。そう。兄の言ったように、母と三人で。

 しばらく歩いていると、道が三又に分かれた。それぞれの道がつながっている場所は把握している。

「どの道を?」

「中央の道がいいと思う。道具屋が近いの。お母様を助ける準備がしたいし、できれば顔を隠せるものも欲しいから」

「わかった」

 中央の魔導管を進む。ちなみに、右の管を進めば屋台が立ち並ぶ飲食街に、左の管を進めば売春宿の集まる花街に出る。人の出入りや立ち並ぶお店のことを考えれば、左の管は使えない。地上の状況によっては、来た道を戻って右の管を進むことになるだろう。

 徐々に傾斜が急になってゆき、地上に続く梯子にたどり着いた。これを上れば、路地裏に出ることができる。

 カッ、カッと音を立て梯子を上る。魔導管を塞ぐ蓋を少しずらし、地上の様子を確認する。

「っ!」

 急いで、しかし音が立たないように蓋を閉める。

「どうした?」

「……一旦、降ります」

 下から掛けられた声にこたえ、梯子を伝ってすーっと降りる。

「警備兵がすぐ近くにいます。きっと、私を探して」

「そんな……。いくらなんでも早すぎる。そもそも、どうして私たちが商業区にいると分かった? 街門も通っていないのに」

 兄の言う通りだ。貴族街と商業区の間には大きな街門があり、入場者を厳重に確認している。抜け道を使わない限り、道はその一つしかない。

「別の出口に行きましょう。警備の薄い箇所があるかもしれない」

「っああ」



 結果として、右の管――飲食街に続く出口にも警備兵が多くいた。抜け道の存在がばれているのかとも思ったが、兄が一人で街の様子を確認した結果、そういうわけではないことが分かった。

 私を商業区で見たと、何者かが街門の詰め所に報告したらしい。それで多くの警備兵が駆り出され、商業区をくまなく捜索しているらしい。
私は地上には出ていないし、完全にでまかせなのだが、そのせいで私は動けずにいた。

「しょうがない。花街のほうに向かいましょう」

「……貴族街に戻ることはできないし、いつまでも地下にこもっていても仕方がないか」

 母を救い出した後のために治癒薬の準備がしたかったが、花街にも少しは扱いがあると信じよう。顔を隠すものなら、むしろこっちのほうが手に入りやすいかもしれない。

「この時間ならまだ人もいないだろうし、地上に出ることだけを考えるならいいかもしれない」

「そうですね、前向きに考えることにします」

 地下の移動と、追手から逃げているという精神的不安から、体力以上に精神が疲れていた。母がいつ殺されるかもわからない。急いで助けに行きたいのに、自分が逃れられるかもわからない。その事実が精神の疲弊を加速させる。

 花街につながる左の管が、一番移動が長い。そもそも学院から延びている魔導管なのだ。商業区のはずれにある花街が遠いのは当然だった。

「ようやく、着いたな」

 兄もだいぶ体力を消耗したようで、声からは疲労が見えていた。

 疲れた足で梯子を上る。うっかり足を滑らせないよう、腕にも余計な力が入っていた。

 がらんっと控えめな音を立てて蓋がずれる。わずかな隙間から外の様子をうかがう。

「――よし! 行ける」

 兄のその声に、限界だと思っていた手足がにわかに力を取り戻す。我ながら現金なものだ。

 ガガガっと、今度は派手な音を立てて蓋を開ける。堂々と浴びられる日の光に、疲れが少しばかり癒された。

 まだ日が高い時間の花街。暗くなれば派手に灯るであろう、魔力灯に彩られた多くの建物が、眠るように立っていた。目に入る場所には誰の姿も見えない。

「昼の花街って、こんなに静かなんだ……」

「――まるで夜の花街に通っているかのような発言ですね」

 兄の言葉を耳ざとく拾い上げる。

「あぁ、いや……そんなんじゃ……」

「ふふっ、冗談ですよ」

 動揺する兄の顔が新鮮で面白く、笑ってしまった。

 しかしこうして見ると、ここに出たのは結果的に正解だったのかもしれない。人目を気にする必要がないし、ここまで誰もいなければ警備兵も見回りに来ないだろう。……心苦しいが、店に侵入できれば準備も整えられる。
そんな風に考えて、兄より先に路地から出た。その時だった。

「こんなところ流石に――っアイーダ様!?」

「――っ!?」

 建物の死角から現れた警備兵のグループに、私は気づけなかった。魔導管から出るときのように警戒していれば人の気配くらいつかめただろうに、油断した……。

「アイーダ様、お探ししました! さ、早く王宮へ――」

 そう言い、警備兵の一団はこちらへと近づいてくる。そして、私に向けてその手を伸ばしてきた。

 迫ってくるその手が、私にはひどく禍々しいものに思えて。――謁見の間で見た、あの魔力の渦が思い出されて……。

「っ、だめッ!」


 ぱんっ、と。


 気が付けば私は、伸ばされたその手を振り払っていた。

「――あっ」

「アイーダ……様?」

 驚いただろう。国の象徴とも言える私が、完全適正者のアイーダが、その手を拒絶したのだから。

 兄も路地裏から動けずにいる。私と違い顔が知られているわけではないが、兄の格好は近衛騎士のままだ。この場に姿をさらしてもいいことはない。どれだけ好意的に解釈されても、兄妹同士の駆け落ちくらいには思われてしまうだろう。

 かといってこのまま彼らに連れていかれるわけには……。そうなるくらいなら、罪のない一般兵でも……。相手は五人だが、魔法が使える私なら――。

 無意識に、魔力を手に宿す。



「おいおい、お前がやるのはちょっと、まずいんじゃないか?」



 不穏な考えが頭に浮かんだその瞬間、どこか聞いたことのあるような声が、頭上から降ってきた。

「えっ?」

 反射的に首を上げる、と、同時に黒い何かが私と警備兵の間に飛び降りてきた。

「っな!」

「なんだ貴様っ!?」

「全員、戦闘態勢をとれ!」

 それは黒いローブに身を包んだ人影だった。

 驚いたのは私だけでなく警備兵も同じだったようで、あわてて私から、いや、黒い人影から距離を取り、剣を抜こうとする。が、

「おせぇよ」

 地を這うように人影が移動する。

「え? ぐわぁ!」

 ひとりが、その手を剣の柄に触れることもなく気絶する。

「何して――ぐっ!」

 そのひとりに気を取られている間に二人目が。

「まとまれ! 相手はひとりだぞ!」

「ふん、バカが」

 素早く、予想が出来ない人影の動きに対応しようと、残った三人が背中合わせに剣を構える。けれど人影はためらうことなく疾駆する。ひたすらに低い姿勢から、まるで魔法のように高く跳躍。私は離れていたから目で追うことができたが、至近距離にいた警備兵には、人影が突如として消えたように見えただろう。

 そのまま、背中合わせになる三人の中央に着地。首筋に強い衝撃を与え、無力化してしまった。

 警備兵が力なく倒れこむ中、揺らめくような動作でその人影は私のほうに振り返った。

「あなたは……なに?」

 一見して味方のようにも見えるが、油断はできない。まずいパターンは、警備兵は私を見つけるための人海戦術で、目の前の黒ローブこそが私を王宮に連行するための刺客だったときだ。その場合、私は実力行使でこいつを無力化しなければならない。

 私にできるのか? いくら魔法が使えるからといって、疲れ切った今の状態で。

 黒ローブはその暗いフードの奥から私を見つめるだけで、何も答えない。耐えきれずに、私は叫ぶ。

「連れて行くのなら好きにしなさい! でも私は、私は必ず、お前たちから母を救ってみせる!」

「アイーダっ!」

 私の声を聞きつけた兄も路地裏から出てくる。兄の姿を見て、黒ローブが一瞬だけ動揺したように見えた。

「そう、アイーダの言う通りだ。私たちは捕まるんじゃない。母を救うために王宮に行くんだ!」

 兄も私と同じように黒ローブに叫ぶ。すると、初めて反応を見せた。

「……なるほど、そういうことか」

「……?」

 その反応に疑問を抱きながらも、私は警戒を怠らない。隙があれば即座に反応する。それくらいの気持ちでいなければ、こいつには勝てない。

「今ので大体、事情はわかったよ」

 そう思ったとき、黒ローブがのんきな声を出す。言葉の意味も、その態度の意味もわけがわからず、私は混乱した頭でじっと黒ローブを凝視した。

 けれど、

「警備兵、倒しても問題なかったんだな。安心した」

 そのフードを取り、

「――っ」

 その笑顔を見て、

「久しぶり。アイーダ」

 そう、名前を呼ばれて。

 信じられないかった。その声をまた聞けることが。また笑い合えることが。でも、信じたい。いくつもの感情が混じり合って、抑えきれずに心の中を吹き荒れる。

 警戒でも、感謝でもない。もっと複雑で、でもきっと単純な感情。

 潤む瞳と震えた声で、私は彼の名を呼ぶ。



「――ジーン」




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