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24-真実
しおりを挟む『我は――最後の魔族』
……その言葉を理解するのに、若干の時間を必要とした。難しい言葉は何一つとしてない。魔族、それは学院の教本にも載っている忌まわしい種族。邪神を信奉し、強力な魔法を用いた彼らの存在は、数千年にもおよび、人間たちを支配していた。だが、それは遥か過去の話だ。
「……何をバカな。魔族は滅んだ。この国を、レトナークを作った初代国王、レオンの手で、滅ぼされたはずです!」
俺に抑えこまれたままで、クイナが叫ぶ。その言葉に間違いはない。もう五百年以上も昔の話。おとぎ話のようだが、歴史の話だ。世界でただ一人、魔法を使えた英雄『レオン=レトナーク』が世界を支配していた魔族を倒し、人々を解放した。英雄は魔法の力で国を興し、人々の生活を豊かにした。
そんなよくあるおとぎ話が、この国の歴史だ。魔法という技術がこの国にしかないこと、そして、かつて魔族が存在した、という痕跡が世界各地に残っていることが、この話が事実であることを示している。
何より、英雄の末裔である王族の五百年に及ぶ治世が、いかに国民が英雄を信奉しているかを示している。もしも目の前の存在が、王であり、王妃であった『それ』が魔族であったというのなら、この歴史全てが偽りだということになる。
「王が……魔族……?」
そんなつぶやきを漏らしたのは、ジョエルだ。まだ意識を保っていたらしい。中身はクズだが、鍛えぬいた肉体は伊達ではない、ということか。
ジョエル・マクレインは欲望の塊だ。王のため、国のためと嘯いてはいるが、それは結局、自分のため。そんな男でも、魔族に仕えていたという事実ははショックだったらしい。
『初代国王レオン……懐かしい名だ。その名を名乗ったのは、五百年前か』
「なっ!?」
魔族の言葉に、この場にいる全員が息をのむ。五百年前にレオンを名乗っていた。それが意味することはつまり……。
「あなたが、レオン=レトナーク様、なのですか……?」
震え、縋るような声をジョエルが出す。魔族によたよたと歩み寄りながら。
『英雄、レオン=レトナークは確かに存在した。だが、英雄レオンと初代国王のレオンは別の存在だ』
「……どういうこと?」
アイーダが初めて声を出す。ようやくこの状況に適応したようだ。……そもそも、この状況で、魔族が本当に必要としているのはおそらくアイーダしかいない。
『かつて、英雄レオンは愚かにも、我らが神である魔神ベル=ゼウフ様と戦い、その命を散らした。……忌々しいことに、多くの同胞の命と、ベル=ゼウフ様の力を道連れにして……!』
初めて、魔族の言葉に感情が見えた。この強大な存在が感情をあらわにする。それだけでその言葉が事実なのだと直感できる。
『残ったのは、死にかけの魔族一人と、力を失ったベル=ゼウフ様のみ。……考えた。考えたとも。どうすれば同胞を、ベル=ゼウフ様を救えるのか。その答えが、この国だ』
情報が多い。だが聞き逃すこともできない。ヤツの言うことを全て信じるのなら、この国は、レトナークは人々を救った英雄ではなく、人々を苦しめた、魔族の手で作られたということになる。そして、その目的は……魔族、そして魔神の復活。
『ヒトとは愚かなものだ。英雄の形をした我を疑うこともなく、自らを追い込んだ魔法に縋り、与えてやればせっせと磨く。短い寿命を終えた後、人間の中で成長した魔力は与えた者へと戻ってくる。敵に力を与えているとも知らずに』
「そんな……、ではこの国を守る魔法も、私たちが積み上げてきた、努力も」
『感謝している。五百年もの間、よく働いてくれた。貴様らの魔力で、必要なものはあと一つ、鍵を残すのみとなった。そして、それも今日、かなう』
そうして魔族はアイーダを見た。
『完全適性とは原初の魔力。魔族の中でも稀にしか発現しない、ベル=ゼウフ様と同質の魔力だ。人間の中で魔力を育ててゆけば、いずれは発現すると踏んでいたが、まさかこれほどまでに時がかかるとは思っていなかった。アイーダよ。ベル=ゼウフ様復活のため、その身、捧げてもらう』
魔族の気配が変わる。アイーダを見つめる瞳、そこには明確な害意があった。
俺の拘束を解いたクイナが走り出す。
――止めないと。
本能が俺に言う。クイナを殺すのは俺だ、と。
アイーダの心を折るために、彼女が救いたいと願う母親を殺せと。そう、復讐だ。俺からすべてを奪った魔法に、国に、王に。
だが、理性が歯止めをかける。
もう無駄なことだと。もう復讐の意味なんてないのだと。……二年前、復讐を決めたときから、止まらないことは決めている。そう思っても、痛いほどに冷静な思考が自分の体を動かしてくれない。
今聞いた話を信じるのなら、魔法は、いや魔法という名の『システム』は、魔族の作りだした巧妙な罠だった。効率よく魔力を集め、魔神を復活させるためのシステム。家畜を肥え太らせてから食べることと何も変わらない。
なら、俺のしてきたことは。
魔法に縋っていた過去の俺は。魔法に殺されたジーン・マクレインは、母は、メイアは。その魔法に頼ってまで復讐をなそうとした俺は、いったいなんだ?
復讐復讐と言いながら、俺は自分に与えられた魔法を磨き、魔法の恩恵にあずかっていた人々を殺し、魔法を滅ぼすと言いながら、結局は魔族の手のひらの上で踊っていただけ。
滑稽だ。
これが俺の行動の終わりか。
魔法という特権に縋りつくすべての人間を殺しつくして、そして紅蓮の中で燃え尽きる、そのために今まで生きてきた。そのためにここにいる。だが、やつらは、俺が罰すべき連中は、ただの魔族に飼われていた家畜に過ぎなかった。もう俺には何もない。守るべきものも、憎むべきものも、何も。
そして、英雄ですら滅ぼしきれなかった存在を前にした今。
生き残るすべなんて、無い。
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