神殺しの贋作

遥 奏多

文字の大きさ
26 / 46

24-真実

しおりを挟む


『我は――最後の魔族』


  ……その言葉を理解するのに、若干の時間を必要とした。難しい言葉は何一つとしてない。魔族、それは学院の教本にも載っている忌まわしい種族。邪神を信奉し、強力な魔法を用いた彼らの存在は、数千年にもおよび、人間たちを支配していた。だが、それは遥か過去の話だ。

「……何をバカな。魔族は滅んだ。この国を、レトナークを作った初代国王、レオンの手で、滅ぼされたはずです!」

 俺に抑えこまれたままで、クイナが叫ぶ。その言葉に間違いはない。もう五百年以上も昔の話。おとぎ話のようだが、歴史の話だ。世界でただ一人、魔法を使えた英雄『レオン=レトナーク』が世界を支配していた魔族を倒し、人々を解放した。英雄は魔法の力で国を興し、人々の生活を豊かにした。

 そんなよくあるおとぎ話が、この国の歴史だ。魔法という技術がこの国にしかないこと、そして、かつて魔族が存在した、という痕跡が世界各地に残っていることが、この話が事実であることを示している。

 何より、英雄の末裔である王族の五百年に及ぶ治世が、いかに国民が英雄を信奉しているかを示している。もしも目の前の存在が、王であり、王妃であった『それ』が魔族であったというのなら、この歴史全てが偽りだということになる。
「王が……魔族……?」

 そんなつぶやきを漏らしたのは、ジョエルだ。まだ意識を保っていたらしい。中身はクズだが、鍛えぬいた肉体は伊達ではない、ということか。

 ジョエル・マクレインは欲望の塊だ。王のため、国のためと嘯いてはいるが、それは結局、自分のため。そんな男でも、魔族に仕えていたという事実ははショックだったらしい。

『初代国王レオン……懐かしい名だ。その名を名乗ったのは、五百年前か』

「なっ!?」

 魔族の言葉に、この場にいる全員が息をのむ。五百年前にレオンを名乗っていた。それが意味することはつまり……。

「あなたが、レオン=レトナーク様、なのですか……?」

 震え、縋るような声をジョエルが出す。魔族によたよたと歩み寄りながら。

『英雄、レオン=レトナークは確かに存在した。だが、英雄レオンと初代国王のレオンは別の存在だ』

「……どういうこと?」

 アイーダが初めて声を出す。ようやくこの状況に適応したようだ。……そもそも、この状況で、魔族が本当に必要としているのはおそらくアイーダしかいない。

『かつて、英雄レオンは愚かにも、我らが神である魔神ベル=ゼウフ様と戦い、その命を散らした。……忌々しいことに、多くの同胞の命と、ベル=ゼウフ様の力を道連れにして……!』

 初めて、魔族の言葉に感情が見えた。この強大な存在が感情をあらわにする。それだけでその言葉が事実なのだと直感できる。

『残ったのは、死にかけの魔族一人と、力を失ったベル=ゼウフ様のみ。……考えた。考えたとも。どうすれば同胞を、ベル=ゼウフ様を救えるのか。その答えが、この国だ』

 情報が多い。だが聞き逃すこともできない。ヤツの言うことを全て信じるのなら、この国は、レトナークは人々を救った英雄ではなく、人々を苦しめた、魔族の手で作られたということになる。そして、その目的は……魔族、そして魔神の復活。

『ヒトとは愚かなものだ。英雄の形をした我を疑うこともなく、自らを追い込んだ魔法に縋り、与えてやればせっせと磨く。短い寿命を終えた後、人間の中で成長した魔力は与えた者へと戻ってくる。敵に力を与えているとも知らずに』

「そんな……、ではこの国を守る魔法も、私たちが積み上げてきた、努力も」

『感謝している。五百年もの間、よく働いてくれた。貴様らの魔力で、必要なものはあと一つ、鍵を残すのみとなった。そして、それも今日、かなう』

 そうして魔族はアイーダを見た。

『完全適性とは原初の魔力。魔族の中でも稀にしか発現しない、ベル=ゼウフ様と同質の魔力だ。人間の中で魔力を育ててゆけば、いずれは発現すると踏んでいたが、まさかこれほどまでに時がかかるとは思っていなかった。アイーダよ。ベル=ゼウフ様復活のため、その身、捧げてもらう』

 魔族の気配が変わる。アイーダを見つめる瞳、そこには明確な害意があった。

 俺の拘束を解いたクイナが走り出す。


 ――止めないと。


 本能が俺に言う。クイナを殺すのは俺だ、と。

 アイーダの心を折るために、彼女が救いたいと願う母親を殺せと。そう、復讐だ。俺からすべてを奪った魔法に、国に、王に。

 だが、理性が歯止めをかける。

 もう無駄なことだと。もう復讐の意味なんてないのだと。……二年前、復讐を決めたときから、止まらないことは決めている。そう思っても、痛いほどに冷静な思考が自分の体を動かしてくれない。

 今聞いた話を信じるのなら、魔法は、いや魔法という名の『システム』は、魔族の作りだした巧妙な罠だった。効率よく魔力を集め、魔神を復活させるためのシステム。家畜を肥え太らせてから食べることと何も変わらない。

 なら、俺のしてきたことは。

 魔法に縋っていた過去の俺は。魔法に殺されたジーン・マクレインは、母は、メイアは。その魔法に頼ってまで復讐をなそうとした俺は、いったいなんだ?

 復讐復讐と言いながら、俺は自分に与えられた魔法を磨き、魔法の恩恵にあずかっていた人々を殺し、魔法を滅ぼすと言いながら、結局は魔族の手のひらの上で踊っていただけ。


 滑稽だ。


 これが俺の行動の終わりか。

 魔法という特権に縋りつくすべての人間を殺しつくして、そして紅蓮の中で燃え尽きる、そのために今まで生きてきた。そのためにここにいる。だが、やつらは、俺が罰すべき連中は、ただの魔族に飼われていた家畜に過ぎなかった。もう俺には何もない。守るべきものも、憎むべきものも、何も。

 そして、英雄ですら滅ぼしきれなかった存在を前にした今。


 生き残るすべなんて、無い。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

200万年後 軽トラで未来にやってきた勇者たち

半道海豚
SF
本稿は、生きていくために、文明の痕跡さえない200万年後の未来に旅立ったヒトたちの奮闘を描いています。 最近は温暖化による環境の悪化が話題になっています。温暖化が進行すれば、多くの生物種が絶滅するでしょう。実際、新生代第四紀完新世(現在の地質年代)は生物の大量絶滅の真っ最中だとされています。生物の大量絶滅は地球史上何度も起きていますが、特に大規模なものが“ビッグファイブ”と呼ばれています。5番目が皆さんよくご存じの恐竜絶滅です。そして、現在が6番目で絶賛進行中。しかも理由はヒトの存在。それも産業革命以後とかではなく、何万年も前から。 本稿は、2015年に書き始めましたが、温暖化よりはスーパープルームのほうが衝撃的だろうと考えて北米でのマントル噴出を破局的環境破壊の惹起としました。 第1章と第2章は未来での生き残りをかけた挑戦、第3章以降は競争排除則(ガウゼの法則)がテーマに加わります。第6章以降は大量絶滅は収束したのかがテーマになっています。 どうぞ、お楽しみください。

【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活

シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜

AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。 そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。 さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。 しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。 それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。 だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。 そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。

ダンジョントランスポーター ~ 現代に現れたダンジョンに潜ったらレベル999の天使に憑依されて運び屋になってしまった

海道一人
ファンタジー
二十年前、地球の各地に突然異世界とつながるダンジョンが出現した。 ダンジョンから持って出られるのは無機物のみだったが、それらは地球上には存在しない人類の科学や技術を数世代進ませるほどのものばかりだった。 そして現在、一獲千金を求めた探索者が世界中でダンジョンに潜るようになっていて、彼らは自らを冒険者と呼称していた。 主人公、天城 翔琉《あまぎ かける》はよんどころない事情からお金を稼ぐためにダンジョンに潜ることを決意する。 ダンジョン探索を続ける中で翔琉は羽の生えた不思議な生き物に出会い、憑依されてしまう。 それはダンジョンの最深部九九九層からやってきたという天使で、憑依された事で翔は新たなジョブ《運び屋》を手に入れる。 ダンジョンで最強の力を持つ天使に憑依された翔琉は様々な事件に巻き込まれていくのだった。

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

処理中です...