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32-対話2
しおりを挟む飛び出した言葉は、とても予想できるものではなく、俺は再度の驚きに表情を固めることになった。
そんな俺の感情を読み取ったのだろう、アイーダが続ける。
「二年前のこと、聞いたわ」
「――っ!」
「何も知らずに、ごめんなさい」
その瞬間、カッと頭に血が上る。魔族のことも、アイーダに対する純粋な嫌悪のことも忘れ、前が見えなくなるほどの怒りが自分を支配した。
ごめんなさい、だと? 何がだ。自分が今まで何もしてこなかったことか? 無神経な発言を繰り返していたことか? それとも……、自分がアイーダであることか?
「……そんな簡単な言葉で、俺が満足するとでも思っているのか」
どこかおぞましい声が、自分の耳に入ってきた。それが自分の声だと理解するのに少しかかった。
「思わない。けれど、言わなくちゃならないと思ったの。あなたが私のことを嫌いでも、それでも、あの楽しかった過去を忘れたくないから」
アイーダはまっすぐに俺の目を見てそう言った。それが、どうしようもなく俺の奥に渦巻く、どす黒い感情を煽ってゆく。
過去。ああ、過去だろうさ。アイーダ。お前にとってその記憶は確かに過去だ。だが、俺にとっては違う。二年前も、今も、そしてこれからも、俺は手に入れるはずだった幸せを夢見ながら、毎日を絶望と憎しみで染め、生きている。過去なんかじゃない。昔のことにしてたまるか。この憎しみは、俺が生きている限り続いていくんだ。
幸せだった時を思い出す。
母とメイアと、何も考えず食事をした時を。
アイーダとジョシュアと、メイアと四人で将来を語ったことを。
未来を疑うことのなかった過去を、思い出す。そして思い出すたびに、脳を焼くような憎しみが、怒りがあふれだす。
「随分と、手前勝手な考え方だ」
実にお前らしい、と。呪詛を吐くように告げる。
思い描いた安らかな未来を、お前だけが享受している。俺も、ジョシュアも、メイアだって、そこにいるはずだった。一緒にいるはずだった場所に、お前だけがいる。もうメイアは戻ってこないのに、お前だけがそこでのうのうと光を浴びている。
記憶の中にある過去と、過去が願った未来。そして今生きている現実。考えるだけで怒りがあふれ、いら立ちが募り、炎のように燃え上がる憎しみが目頭を熱くさせる。
「ええ。だって私は私だもの。私はいつだって、自分の言いたいことしか言わない。自分のやりたいことしかやらない! ……今だって」
「ならっ! どうしてお前はここにいる。俺の目の前に立っているっ! 自分から逃げ出したお前が。現実なんて、何も見えていなかったお前が!」
ふてぶてしく開き直ったアイーダに、俺は感情をぶつけた。演技なんて微塵も含まれない、自身の本音を。そう。かつて夕暮れの広場で怒鳴り散らしたように。
アイーダは、そのむき出しの感情を受け止めてから、ゆっくりと自分の言葉を紡ぐ。
「あなたに謝るために。死んでほしくないと伝えるために。……あなたの」
深く、呼吸をとってから。
「復讐を認めるために」
そう、アイーダは言った。
意味が分からなかった。
復讐を認める? なんだそれは。そんなことを言う必要がどこにある? お前の許可なんて必要ない。俺は、俺の意志で復讐するのだから。この憎しみは俺だけのものだ。ほかの誰にもやらない。誰にもわかってほしくない。
わかってたまるものか。
「ふ、ざけるな」
絞り出すように声を出す。怒りのおかげで頭が回らない。ただただこの怒りをぶつけたい。俺が今まで抱えてきた怒りを、憎しみを、苦悩を、目の前にいるこいつにすべて、ぶつけてやりたい、吐き散らしてやりたい。
「そんな、簡単にっ! 知った風な口をきくなッ!」
気づけば、こぶしを握り締めていた。
「昨日今日家族を失ったやつに、俺の憎しみが分かってたまるかっ!」
手のひらに爪が食い込み、鮮血が滴る。
「噛みしめてきた悲しさも、悔しさも! 無力さも! 毎日毎日、夢の中で家族が殺される恐怖も! お前なんかにはわからないッ!」
ぎり、と。奥歯が音を立てて軋む。
「自分の都合のために他者を犠牲にする覚悟も、自分の命を懸ける覚悟すらも持てないやつが! 簡単に俺を認めるなッ‼」
熱くなった目頭から、雫がこぼれた。
怒りで、憎しみで人を殺したこともない奴が、復讐を認めるだなんて簡単に言うな。
他人を巻き込み、殺すことを、簡単に認めるな。
自分の復讐のために、何の罪もない人間をゴミくずのように殺した。そして、この国に住む多くの人間から『魔法』という当たり前を奪う。日常を奪う。かつて、俺が奪われたように。
それは決して許されない。認められてはいけない行為だ。解っていてもなお、止まるわけにはいかない。どれだけの罪を重ねても、罪悪感にさいなまれても、母の死を、メイアの死を忘れてのうのうと生きていくことなんて俺にはできない。
俺は生きている限り殺し続ける。今まで奪ってきたすべてを無駄にしないために、これまで以上に奪い続ける。家族を失った悲しみも、憎しみも、すべてを燃やし尽くし、この薄汚い贋作の命が灰になるまで……!
こいつといると俺はどんどんおかしくなっていく。身を焦がすほどの憎悪に焼かれていても、こんなにも感情的になることは今までなかった。
こいつは俺を狂わせる。
「やっぱり……殺しておけばよかった」
怒りが、憎しみが、悲しみが、様々な感情が渦となって燃え上がる。
こんな感情になる前に、復讐の道具として殺しておけばよかったんだ。
いや、今からでも遅くはない。
こいつさえ死ねば、魔族に勝つことができなくても、負けることはなくなる。
「俺の前から消えろ、アイーダッ!」
もう、何も考えられなくなっていた。
練り上げた魔力は防がれることもなく、まっすぐにアイーダの元へと降り注いだ。
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