神殺しの贋作

遥 奏多

文字の大きさ
34 / 46

32-対話2

しおりを挟む

  飛び出した言葉は、とても予想できるものではなく、俺は再度の驚きに表情を固めることになった。

 そんな俺の感情を読み取ったのだろう、アイーダが続ける。

「二年前のこと、聞いたわ」

「――っ!」

「何も知らずに、ごめんなさい」

 その瞬間、カッと頭に血が上る。魔族のことも、アイーダに対する純粋な嫌悪のことも忘れ、前が見えなくなるほどの怒りが自分を支配した。

 ごめんなさい、だと? 何がだ。自分が今まで何もしてこなかったことか? 無神経な発言を繰り返していたことか? それとも……、自分がアイーダであることか?

「……そんな簡単な言葉で、俺が満足するとでも思っているのか」

 どこかおぞましい声が、自分の耳に入ってきた。それが自分の声だと理解するのに少しかかった。

「思わない。けれど、言わなくちゃならないと思ったの。あなたが私のことを嫌いでも、それでも、あの楽しかった過去を忘れたくないから」

 アイーダはまっすぐに俺の目を見てそう言った。それが、どうしようもなく俺の奥に渦巻く、どす黒い感情を煽ってゆく。

 過去。ああ、過去だろうさ。アイーダ。お前にとってその記憶は確かに過去だ。だが、俺にとっては違う。二年前も、今も、そしてこれからも、俺は手に入れるはずだった幸せを夢見ながら、毎日を絶望と憎しみで染め、生きている。過去なんかじゃない。昔のことにしてたまるか。この憎しみは、俺が生きている限り続いていくんだ。


 幸せだった時を思い出す。


 母とメイアと、何も考えず食事をした時を。

 アイーダとジョシュアと、メイアと四人で将来を語ったことを。

 未来を疑うことのなかった過去を、思い出す。そして思い出すたびに、脳を焼くような憎しみが、怒りがあふれだす。

「随分と、手前勝手な考え方だ」

 実にお前らしい、と。呪詛を吐くように告げる。

 思い描いた安らかな未来を、お前だけが享受している。俺も、ジョシュアも、メイアだって、そこにいるはずだった。一緒にいるはずだった場所に、お前だけがいる。もうメイアは戻ってこないのに、お前だけがそこでのうのうと光を浴びている。

 記憶の中にある過去と、過去が願った未来。そして今生きている現実。考えるだけで怒りがあふれ、いら立ちが募り、炎のように燃え上がる憎しみが目頭を熱くさせる。

「ええ。だって私は私だもの。私はいつだって、自分の言いたいことしか言わない。自分のやりたいことしかやらない! ……今だって」

「ならっ! どうしてお前はここにいる。俺の目の前に立っているっ! 自分から逃げ出したお前が。現実なんて、何も見えていなかったお前が!」

 ふてぶてしく開き直ったアイーダに、俺は感情をぶつけた。演技なんて微塵も含まれない、自身の本音を。そう。かつて夕暮れの広場で怒鳴り散らしたように。

 アイーダは、そのむき出しの感情を受け止めてから、ゆっくりと自分の言葉を紡ぐ。

「あなたに謝るために。死んでほしくないと伝えるために。……あなたの」


 深く、呼吸をとってから。



「復讐を認めるために」



 そう、アイーダは言った。

 意味が分からなかった。

 復讐を認める? なんだそれは。そんなことを言う必要がどこにある? お前の許可なんて必要ない。俺は、俺の意志で復讐するのだから。この憎しみは俺だけのものだ。ほかの誰にもやらない。誰にもわかってほしくない。

 わかってたまるものか。

「ふ、ざけるな」

 絞り出すように声を出す。怒りのおかげで頭が回らない。ただただこの怒りをぶつけたい。俺が今まで抱えてきた怒りを、憎しみを、苦悩を、目の前にいるこいつにすべて、ぶつけてやりたい、吐き散らしてやりたい。

「そんな、簡単にっ! 知った風な口をきくなッ!」

 気づけば、こぶしを握り締めていた。

「昨日今日家族を失ったやつに、俺の憎しみが分かってたまるかっ!」

 手のひらに爪が食い込み、鮮血が滴る。

「噛みしめてきた悲しさも、悔しさも! 無力さも! 毎日毎日、夢の中で家族が殺される恐怖も! お前なんかにはわからないッ!」

 ぎり、と。奥歯が音を立てて軋む。

「自分の都合のために他者を犠牲にする覚悟も、自分の命を懸ける覚悟すらも持てないやつが! 簡単に俺を認めるなッ‼」

 熱くなった目頭から、雫がこぼれた。

 怒りで、憎しみで人を殺したこともない奴が、復讐を認めるだなんて簡単に言うな。

 他人を巻き込み、殺すことを、簡単に認めるな。

 自分の復讐のために、何の罪もない人間をゴミくずのように殺した。そして、この国に住む多くの人間から『魔法』という当たり前を奪う。日常を奪う。かつて、俺が奪われたように。

 それは決して許されない。認められてはいけない行為だ。解っていてもなお、止まるわけにはいかない。どれだけの罪を重ねても、罪悪感にさいなまれても、母の死を、メイアの死を忘れてのうのうと生きていくことなんて俺にはできない。

 俺は生きている限り殺し続ける。今まで奪ってきたすべてを無駄にしないために、これまで以上に奪い続ける。家族を失った悲しみも、憎しみも、すべてを燃やし尽くし、この薄汚い贋作の命が灰になるまで……!

 こいつといると俺はどんどんおかしくなっていく。身を焦がすほどの憎悪に焼かれていても、こんなにも感情的になることは今までなかった。

 こいつは俺を狂わせる。

「やっぱり……殺しておけばよかった」

 怒りが、憎しみが、悲しみが、様々な感情が渦となって燃え上がる。

 こんな感情になる前に、復讐の道具として殺しておけばよかったんだ。

 いや、今からでも遅くはない。

 こいつさえ死ねば、魔族に勝つことができなくても、負けることはなくなる。


「俺の前から消えろ、アイーダッ!」


 もう、何も考えられなくなっていた。



 練り上げた魔力は防がれることもなく、まっすぐにアイーダの元へと降り注いだ。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

欠席魔の公爵令嬢、冤罪断罪も欠席す 〜メイリーン戦記〜

水戸直樹
ファンタジー
王太子との婚約――それは、彼に恋したからでも、権力のためでもなかった。 魔王乱立の時代。 王も公爵も外征に出ている王都で、公爵令嬢メイリーンは“地味な婚約者”として王城に現れる。 だが、王太子は初顔合わせに現れなかった。 にもかかわらず、記録に残ったのは「公爵令嬢の欠席」。 抗議はしない。 訂正もしない。 ただ一つ、欠席という事実だけを積み上げていく。 ――それが、誰にとっての不合格なのか。 まだ、誰も気づいていない。 欠席から始まる、静かなるファンタジー戦記。

スキル買います

モモん
ファンタジー
「お前との婚約を破棄する!」 ローズ聖国の国立学園第139期卒業記念パーティーの日、第3王子シュナル=ローズレアは婚約者であるレイミ・ベルナール子爵家息女に宣言した。 見習い聖女であるレイミは、実は対価と引き換えにスキルを買い取ることのできる特殊な能力を有していた。 婚約破棄を受け入れる事を対価に、王子と聖女から特殊なスキルを受け取ったレイミは、そのまま姿を消した。 レイミと王妃の一族には、数年前から続く確執があり、いずれ王子と聖女のスキル消失が判明すれば、原因がレイミとの婚約破棄にあると疑われるのは明白だ。 そして、レイミを鑑定すれば消えたスキルをレイミがもっている事は明確になってしまうからだ。 かくして、子爵令嬢の逃走劇が幕を開ける。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

【完結】魔王を殺された黒竜は勇者を許さない

綾雅(りょうが)要らない悪役令嬢
ファンタジー
幼い竜は何もかも奪われた。勇者を名乗る人族に、ただ一人の肉親である父を殺される。慈しみ大切にしてくれた魔王も……すべてを奪われた黒竜は次の魔王となった。神の名づけにより力を得た彼は、魔族を従えて人間への復讐を始める。奪われた痛みを乗り越えるために。 だが、人族にも魔族を攻撃した理由があった。滅ぼされた村や町、殺された家族、奪われる数多の命。復讐は連鎖する。 互いの譲れない正義と復讐がぶつかり合う世界で、神は何を望み、幼竜に力と名を与えたのか。復讐を終えるとき、ガブリエルは何を思うだろうか。 ハッピーエンド 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/03/02……完結 2023/12/21……エブリスタ、トレンド#ファンタジー 1位 2023/12/20……アルファポリス、男性向けHOT 20位 2023/12/19……連載開始

処理中です...