神殺しの贋作

遥 奏多

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「ジョシュア、……治りそうか?」

「ああ、問題ないよ。じきに目を覚ますだろう」

「そうか」

 その言葉を聞いて安堵に胸をなでおろす。なにせ殺すつもりで放った魔法だ。治療が間に合わなくても何の不思議もない。……いや、自分では殺すつもりだったが、無意識に手加減があったのだろう。

  考えてみれば、俺はあんな計画を立てておきながら、肝心なところでアイーダに非情になれなかった。アイーダに対する感情を否定したくても、しきれなかったのだ。

 そんな風に考えていると、それを目ざとく察したジョシュアが。

「憑き物が落ちたみたいだな」

 と、軽い調子で言ってきた。

「……そんなことは無い」

 ああ確かに、自分の身すら焼き尽くすほどの熱は、今は感じない。それを考えればジョシュアの言葉もあながち間違いではない。けれど、復讐の炎が絶えたわけでは、決してないのだ。

 消えない。消してはいけない。アイーダに復讐を肯定されて、俺は一瞬だけ、救われた気になってしまった。このままアイーダの優しさにおぼれて、復讐などすべて忘れて人並みの幸せに浸かりたいと。

 自分の甘ったるさに反吐が出る。

 救われたい? 人並みの幸せ?

 罪のない人々の命を奪っておきながら、よくそんなことを思えたものだ。思い出せ、家族を奪われる悲しみを、怒りを、憎しみを。それと同じ感情を、俺は多くの人々に植え付けてきたんだ。

「……っ」

 奥歯を噛み占める。

 救いなど求めてはいけない。俺はすべての罪を背負って、魔法とともに死ぬ。それが、今俺が生きている意味であり、ただ一つの償いだ。

「よかったよ」

 ジョシュアが突然、つぶやいた。俺はその言葉の意味がとっさに理解できなかった。

「アイーダと、ちゃんと話せたみたいで。いや、この様子じゃあ、ちゃんととは言い難いか」

 あっけらかんと笑いながら、ジョシュアはアイーダの治癒を続ける。

「……すまなかった」

 その謝罪は、何に対してだったのだろう。アイーダを傷つけたこと、ジョシュアを巻き込んだこと、どれも違う気がする。一つ確かなことは、謝っても許されないことをしてきた、ということだけだ。

 ジョシュアは見抜いていたのだろう。俺が抱えていた不安を。そして、それがジョシュア自分ではどうしようもないことだということも見抜いていた。だから、アイーダに託したんだ。

 昔から変わらない。ジョシュアは昔から、俺たち全員にとって頼れる兄だった。

「それで、どうする?」

 治癒がひと段落したのか、ジョシュアは魔法を止め、俺に尋ねる。

 どうするとは、当然、アイーダと魔族のことだろう。魔族の目的を考えるのならアイーダを殺したほうがいい。それは疑いようのない事実だ。だが、そんなことをする気は今の俺にも、ジョシュアにもない。

 ならば戦力として、魔族との戦闘に連れていくか……?

「……やめておこう」

 ジョシュアと自分からの問いに、そう答える。

 確かにアイーダがいれば戦力にはなる。俺の持っていない、魔法という戦力だ。それは確かに魅力的だが、だからと言って、アイーダを欲しがっている奴の元にみすみす連れていくわけにはいかない。

 何より、アイーダを危険な戦場に連れて行きたくなかった。

 まあ、そんなこと正直には言わないが。

「アイーダの魔法が増えたところで、火力はそこまで変わらない。それに相手は魔族だ。中途半端な魔法が通用するはずもない」

 それっぽい理由を述べてごまかそうとする、が、ジョシュアはこちらの考えなどお見通しだとでも言わんばかりに、こちらを見て微笑んでいた。

「……」

 アイーダはきっと、自分も魔族と戦うと言い出すだろう。俺の復讐を認めるというのはつまり、俺と一緒に罪を背負い、死ぬまで魔族と戦い続けるということだ。

 その優しさに甘えるわけにはいかない。

 俺の罪は俺だけのものだ。他人に背負わせることはできない。アイーダが俺の復讐を認めるのにどれだけの覚悟を必要としたかは、少しなら理解できるつもりだ。でも、そんなアイーダだからこそ、生きていてほしい。

 それに、いくらごまかしのための理由とはいえ、今言ったこともあながち的外れな意見じゃない。それはジョシュアも理解しているところだろう。

 事実、爆界でもあの魔族にダメージらしいダメージは入っていなかった。クイナ・キャバディーニの言葉が脳裏をよぎる。

「それに、頼まれたからな」

 彼女は最後の最後で、俺のことに気が付き、そして言ったのだ。「アイーダのこと、お願いね?」と。

「今度こそ、俺は……!」

 母の願いと、守れなかった妹。その後悔は、今でもまだ心の奥底で燃えている。だからこそ、同じように託されたアイーダの命は、俺が守らなければならない。自分勝手だが、これが、母との約束を守れなかったことに対する、償いなのだ。

「なら、あなたのことは誰が守るの……?」

 ふいに聞こえた言葉に、俺は目を見張った。

「アイーダ……! 目が覚めたのか」

 ええ、と返事をしながら、アイーダは体を起こした。まだけだるさは残っているようだが、その動きはしっかりとしたもので、俺は安堵から胸をなでおろした。

「ジーン、あなた、一人で行くつもり?」

 鋭い瞳でこちらを見つめながら言うアイーダに、俺は首を縦に振ってこたえた。

「そんなこと、私が許さない。私も一緒に行くわ」

「そんなぼろぼろの体で何を言ってる。ついてこられても足手まといだ」

 アイーダを攻撃したお前が言うか、という顔でジョシュアが見つめてきたが無視した。

「見ただろう、あの魔族を。あれは尋常な存在じゃない。戦えば、生きて帰れる保証はないんだ」

 再びお前が言うか、という顔をするジョシュアだったが、今回も無視を決め込んだ。

「そんなことはわかってる。でもね、あいつはもう私の復讐相手でもあるの。お母様と、……偽物とはいえ、お兄様の。ジーン。あなたに私の復讐を止める権利があるの?」

「……っ」

 そう言われてしまうと、俺に返せる言葉はなくなってしまう。

「ジーン。私は、あなたと一緒に行く。行かせてほしい。あなたはずっと、暗い場所を歩いてきた。怒りと、悲しみに耐えながら、復讐と道を、ずっと。だからっ!」

 アイーダが俺の手を取る。

 ……昔よりも、やわらかくなっていた。学院時代、剣術の練習や勉強でできたタコが、この二年間でやわらかくなって、普通の手のひらになっていた。凸凹も何もない、きれいでやわらかい手のひらだった。

 それを握る俺の手は、固く、ざらざらしている。剣だけじゃなく暗器の練習。そして薬草採集やらでできたマメ、タコ、切り傷が、アイーダの柔らかい肌に触れて、その存在を主張してくる。

「――っ」

 急いで手をひっこめようとするも、力強く握ったアイーダの手がそれを許してくれない。

「……私を、あなたと同じ場所にいさせて」

 アイーダは、わかって言っている。俺がこの二年間生きてきた地獄のような日々を知って、想像して、それでもなお、同じ苦しみを、同じように暗い場所を歩かせてほしいと。

「アイーダ……」

 このままでは、アイーダは一人でも魔族のもとへ行ってしまうだろう。そうなれば元も子もない。なら、アイーダを守ることができるのは……。



「きっと、私を守って。私も、あなたを守るから」



「――っ」

 それはかつて交わした約束。

 もう守れないと思っていた、俺とアイーダの誓いだった。

「……ちょっといーかな、お二人さん」

「――っ!」

 ジョシュアの声に、俺たちは急いで手を放す。

「別に俺も、相手がジーンなら何も言わないけどね。けどそういうのは、全部終るまでとっておこう」

 軽い口調のまま、ジョシュアは俺たちに、今やるべきことを思い出させる。

「アイーダ。お前の気持ちはよく分かった。でも、魔族がお前を狙っている事実は変わらない。それでも行くというなら、お前を連れていくに足る理由を言ってみろ」

 ジョシュアの言葉に、アイーダはごくりとつばを飲み込んだ。気持ちや感情ではどうにもならない、本物の、命がけの戦場に行くのだと、決意を新たにしたように見えた。

 アイーダが何と答えるのか、俺も気になっていた。実際、自分で考えてもアイーダを戦場に連れて行く利点が見つけられなかった。

 言葉に詰まるかと思っていたアイーダだったが、予想外にも、すんなりとアイーダは口を開き、自分の考えを言葉にしていく。

 自信満々に答え、俺とジョシュアの顔を見る。アイーダの表情は笑顔だった。

「決まりだ」

 アイーダの策は、策なんて言えたものじゃない、強行突破。火力がない俺たちではいくら頑張ってもできない作戦。だが、アイーダと俺がいれば、実現可能だった。

「そうなると、早いほうがいい。王宮は大混乱だろうからね。この隙をつかない手はない」

 ジョシュアの言葉に二人で頷く。

 今夜、準備ができ次第、再び王宮に向かう。そして、



 この復讐に決着をつける。



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