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第六十二話(奉仕作業。プールの監視員)
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パシャパシャ。バシャバシャ。チャプンチャプン。
そこはあちらこちらで水音が飛び交う屋外プール内。子供や大人も関係なしにはしゃぐ黄色い声。真夏の太陽の空の下。監視台の上に腰掛け弱音を吐いていたのは木ノ下日影。色取り取りの水着を着たお客達を羨ましそうな目で眺めていた。
「はあ。あぢぃ~……俺もプール入りてぇ……」
種類豊富なスライダーに波のプールに流れるプール。浮き輪やビーチボールの貸し出しコーナー。かき氷やアイスに食べ物と飲み物が買える売店や出店。
遊びに来た側からしたら最高のおもてなしと言えるだろう。
「入れば良いんじゃないかな。僕は止めないよ」
日影が佇む監視台の下に足を止めたのは森羅万。緑色のロングをお下げ髪に結った、オッドアイの少女だ。
彼女の目線は奉仕作業でやってきた筈なのにプールに入って遊ぶ二人の囚人の姿を捉えていた。
「ほら。ツクネとテイルは奉仕作業何か放棄して夏を満喫してるし」
不愉快。
とまでは言わないが、俺や万が暑い中監視に目を光らせているというのに、二人してプールで遊ぶのは感心しませんな。
本日の奉仕作業はプールの監視員。かっこよく言うならライフセーバーみたいなもんだ。
溺れてる人を助けたり、迷子の子供の世話をしたりが主な仕事と言えるだろう。
緊急時以外は泳げる訳じゃないから非常に暑い。
軽めの熱中症くらいは覚悟しておいた方がいいかも知れん。
「いいや。俺は梃子でも動かないぞ。奉仕作業で来てるのに全員がサボってたら監視する人間が居なくなるだろ」
「的確な判断だね。日影が真面目な人で良かったよ。僕一人じゃ流石にカバーしきれないと思うんだ。……特に、溺れてる子をみつけた時とか」
「ふうん。もしかして、万も金槌なん?」
確信を付いた日影が何気無く尋ねると、万は恥ずかしそうに顔を赤らめ縦に首を振った。
ーーそっか。だから水に触れようとしなかったのか。
となると、四人の内泳げるのは俺とツクネだけってことだよな。
泳げない奴がライフセーバーとか、致命的過ぎる。
日影は浮き輪とスクール水着が強烈に似合っている我が相棒に視線を移し嘆息した。
テイルに続いて万まで金槌かよ。
「なあ、テイル。25mプールで競争しようぜー。負けた方が勝った方に晩飯丸々差し出すってのはどうよ?」
「ツクネのずるっ子。テイル泳げないって言ってる」
「競争とかいいからお前等はそろそろ持ち場に戻れ」
日影の一喝が効いたのか、テイルはしょんぼりと獣耳を垂れ下げながらプールサイドに上がってきた。ツクネも不服そうな顔つきで彼女の後に続いた。
「……日影、ごめんなさい……怒ってる……?」
そこまで素直に謝られると何か調子が狂う。テイルはプール初めてだって言ってたから気持ちの高ぶりを抑えきれなかっただけ何だよな。落ち込ませるように棘のある口調で怒鳴ってしまった俺は最低だ。
「別に怒ってねぇよ。監視員が泳いでるところを見られでもしたら、雇い主にこっぴどく叱られるだろ。テイルの為を思って指摘しただけだ」
「日影の言うこと何か信じるなよなー。あいつは嘘を言ってる。顔が怖い。眉間にシワが寄ってる」
「ツクネさんよ。どうやらお前は自粛という言葉を知らないらしいな」
滝登ツクネは持参してきたビーチボールを取り出して、テイルを誘惑しようと企んでいた。狼についてはよく分からないが、イヌ科の生き物なだけあって丸い物を見ると追いかけたくなる習性を持ち合わせているのかも知れない。
「ほれほれぇ。これが欲しいんだろぉ。齧り付きたいんだろ~」
テイルは爛々とした双眸で獲物を見据えている。標的はツクネが頭上に掲げたビーチボールだ。
「が、がう。欲しい。それちょうだい……」
「欲しいか。なら、力ずくで奪ってみろ!」
ツクネは溌剌とした声で宣言し、ボールを両腕で抱えながらプールサイドを走り出す。
すっかりと狼の本能を研ぎ澄まされたテイルは彼女の後を追いかけて行き、監視員としての業務を再び放棄した。
「あ~あ。二人共行っちゃったね。僕が呼び戻して来ようか?」
「ほっとけ。どうせ飽きたら戻って来るだろ」
ツクネはよくうちの相棒を相手にして遊んでくれている面倒見が良い奴だ。テイル以上に世話が焼ける相手で、元気だけが取り柄の人の話を聞かない若干男勝りな性格の自由人。
毎回のように相棒である万を困らせているお調子者。短めな茶髪を右サイド高めで結んだ小さめのポニテと黒いカチューシャがチャームポイント。何を仕出かして刑務所に居るのかは聞いてないが、懲役四十年を食らって今に至る十六歳の女の子だ。
出所後は還暦間近か。終身刑の万よりはまだ希望があるだろうけど、それでも十分にキツイ。
「万は当然知ってるんだよな。ツクネが刑務所に収容されてる理由」
「もちろん。僕達は刑務所に入る前からの友達だからね。お互いのことは何でも知ってるつもりだよ」
「シャバの頃からの付き合いだったのか。どうりで仲が良い訳だ」
「うん。僕もツクネもテイルも、三人が同じ境遇だったからね。仲間意識は高いと思うよ。子供の頃から一緒に居たし、家族みたいなものかな……」
万はテイルとも面識があったんだな。
この時点では、日影は三人の関係性を上手く理解出来ずにいた。
他聞を気にするような話なのか耳元で衝撃的な事実を囁かれる。
「実は、僕達はね……」
「ーー万、お前、何言ってんだ?」
一瞬だけ、時が止まった気がした。
思わず身震いするような話をすぐには信じられないで、彼女が冗談で口にした作り話だろうと疑いの眼差しを向ける。
今日はエイプリルフールじゃないんだ。仕事中にそんな恐ろしい話は耳に入れたくなかったぞ。
深く詮索するのを憚るレベルで現実味を少しも感じさせない内容を、万は淡々とした口調で語り続ける。
「嘘、だろ……」
「そうなら、どんなに良かっただろうね。今日まで黙ってたけどさ、僕やツクネもテイルと同じく、普通の人間じゃないんだよ……」
そんなことが許されるのか?
まるで「サクリファイス」じゃないか……。
日影は三人の正体を知って絶句した。
寝耳に水の情報に呆気に取られているばかりで、暫くの間その場に立ち尽くす。
彼の瞳が映すのは陽気にはしゃいで、楽しそうに遊んでいるテイルとツクネの姿。
彼女達がこれまでに抱えて歩んできた壮絶な人生に比べたら、俺の十八年程度の生い立ちなんざ鼻くそみたいなもんだ。
日影は苦虫を噛み潰したような顔つきで拳を力一杯に握りしめる。
テイルも万もツクネも皆被害者だ。
牢に閉じ込められて罰を受ける筋合い何かこれっぽっちも無いじゃないか。
そこはあちらこちらで水音が飛び交う屋外プール内。子供や大人も関係なしにはしゃぐ黄色い声。真夏の太陽の空の下。監視台の上に腰掛け弱音を吐いていたのは木ノ下日影。色取り取りの水着を着たお客達を羨ましそうな目で眺めていた。
「はあ。あぢぃ~……俺もプール入りてぇ……」
種類豊富なスライダーに波のプールに流れるプール。浮き輪やビーチボールの貸し出しコーナー。かき氷やアイスに食べ物と飲み物が買える売店や出店。
遊びに来た側からしたら最高のおもてなしと言えるだろう。
「入れば良いんじゃないかな。僕は止めないよ」
日影が佇む監視台の下に足を止めたのは森羅万。緑色のロングをお下げ髪に結った、オッドアイの少女だ。
彼女の目線は奉仕作業でやってきた筈なのにプールに入って遊ぶ二人の囚人の姿を捉えていた。
「ほら。ツクネとテイルは奉仕作業何か放棄して夏を満喫してるし」
不愉快。
とまでは言わないが、俺や万が暑い中監視に目を光らせているというのに、二人してプールで遊ぶのは感心しませんな。
本日の奉仕作業はプールの監視員。かっこよく言うならライフセーバーみたいなもんだ。
溺れてる人を助けたり、迷子の子供の世話をしたりが主な仕事と言えるだろう。
緊急時以外は泳げる訳じゃないから非常に暑い。
軽めの熱中症くらいは覚悟しておいた方がいいかも知れん。
「いいや。俺は梃子でも動かないぞ。奉仕作業で来てるのに全員がサボってたら監視する人間が居なくなるだろ」
「的確な判断だね。日影が真面目な人で良かったよ。僕一人じゃ流石にカバーしきれないと思うんだ。……特に、溺れてる子をみつけた時とか」
「ふうん。もしかして、万も金槌なん?」
確信を付いた日影が何気無く尋ねると、万は恥ずかしそうに顔を赤らめ縦に首を振った。
ーーそっか。だから水に触れようとしなかったのか。
となると、四人の内泳げるのは俺とツクネだけってことだよな。
泳げない奴がライフセーバーとか、致命的過ぎる。
日影は浮き輪とスクール水着が強烈に似合っている我が相棒に視線を移し嘆息した。
テイルに続いて万まで金槌かよ。
「なあ、テイル。25mプールで競争しようぜー。負けた方が勝った方に晩飯丸々差し出すってのはどうよ?」
「ツクネのずるっ子。テイル泳げないって言ってる」
「競争とかいいからお前等はそろそろ持ち場に戻れ」
日影の一喝が効いたのか、テイルはしょんぼりと獣耳を垂れ下げながらプールサイドに上がってきた。ツクネも不服そうな顔つきで彼女の後に続いた。
「……日影、ごめんなさい……怒ってる……?」
そこまで素直に謝られると何か調子が狂う。テイルはプール初めてだって言ってたから気持ちの高ぶりを抑えきれなかっただけ何だよな。落ち込ませるように棘のある口調で怒鳴ってしまった俺は最低だ。
「別に怒ってねぇよ。監視員が泳いでるところを見られでもしたら、雇い主にこっぴどく叱られるだろ。テイルの為を思って指摘しただけだ」
「日影の言うこと何か信じるなよなー。あいつは嘘を言ってる。顔が怖い。眉間にシワが寄ってる」
「ツクネさんよ。どうやらお前は自粛という言葉を知らないらしいな」
滝登ツクネは持参してきたビーチボールを取り出して、テイルを誘惑しようと企んでいた。狼についてはよく分からないが、イヌ科の生き物なだけあって丸い物を見ると追いかけたくなる習性を持ち合わせているのかも知れない。
「ほれほれぇ。これが欲しいんだろぉ。齧り付きたいんだろ~」
テイルは爛々とした双眸で獲物を見据えている。標的はツクネが頭上に掲げたビーチボールだ。
「が、がう。欲しい。それちょうだい……」
「欲しいか。なら、力ずくで奪ってみろ!」
ツクネは溌剌とした声で宣言し、ボールを両腕で抱えながらプールサイドを走り出す。
すっかりと狼の本能を研ぎ澄まされたテイルは彼女の後を追いかけて行き、監視員としての業務を再び放棄した。
「あ~あ。二人共行っちゃったね。僕が呼び戻して来ようか?」
「ほっとけ。どうせ飽きたら戻って来るだろ」
ツクネはよくうちの相棒を相手にして遊んでくれている面倒見が良い奴だ。テイル以上に世話が焼ける相手で、元気だけが取り柄の人の話を聞かない若干男勝りな性格の自由人。
毎回のように相棒である万を困らせているお調子者。短めな茶髪を右サイド高めで結んだ小さめのポニテと黒いカチューシャがチャームポイント。何を仕出かして刑務所に居るのかは聞いてないが、懲役四十年を食らって今に至る十六歳の女の子だ。
出所後は還暦間近か。終身刑の万よりはまだ希望があるだろうけど、それでも十分にキツイ。
「万は当然知ってるんだよな。ツクネが刑務所に収容されてる理由」
「もちろん。僕達は刑務所に入る前からの友達だからね。お互いのことは何でも知ってるつもりだよ」
「シャバの頃からの付き合いだったのか。どうりで仲が良い訳だ」
「うん。僕もツクネもテイルも、三人が同じ境遇だったからね。仲間意識は高いと思うよ。子供の頃から一緒に居たし、家族みたいなものかな……」
万はテイルとも面識があったんだな。
この時点では、日影は三人の関係性を上手く理解出来ずにいた。
他聞を気にするような話なのか耳元で衝撃的な事実を囁かれる。
「実は、僕達はね……」
「ーー万、お前、何言ってんだ?」
一瞬だけ、時が止まった気がした。
思わず身震いするような話をすぐには信じられないで、彼女が冗談で口にした作り話だろうと疑いの眼差しを向ける。
今日はエイプリルフールじゃないんだ。仕事中にそんな恐ろしい話は耳に入れたくなかったぞ。
深く詮索するのを憚るレベルで現実味を少しも感じさせない内容を、万は淡々とした口調で語り続ける。
「嘘、だろ……」
「そうなら、どんなに良かっただろうね。今日まで黙ってたけどさ、僕やツクネもテイルと同じく、普通の人間じゃないんだよ……」
そんなことが許されるのか?
まるで「サクリファイス」じゃないか……。
日影は三人の正体を知って絶句した。
寝耳に水の情報に呆気に取られているばかりで、暫くの間その場に立ち尽くす。
彼の瞳が映すのは陽気にはしゃいで、楽しそうに遊んでいるテイルとツクネの姿。
彼女達がこれまでに抱えて歩んできた壮絶な人生に比べたら、俺の十八年程度の生い立ちなんざ鼻くそみたいなもんだ。
日影は苦虫を噛み潰したような顔つきで拳を力一杯に握りしめる。
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