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ガタンゴトンと体が揺れていた。
「島根くん、また太った?」
「…………」
鼻先三センチの距離だが、それ以上は絶対に縮まらない距離で、北海道さんが俺の顔を観察している。
「病院行った方がいいんじゃない? 見てられないよ、その顔」
「わかってます」
「ずいぶん変わったよね」
「…………」
眠れないせいでどんどん見られない顔になっていくのも、そのせいでストレスで過食になっているのも、全部あんたのせいなのに。
「近所のジムでも行ってみたら?」
「最近は歩いて北海道さんのところに通ってるんで間に合ってます」
北海道さんが形の良い平行二重の目を見開いた。
「それでも太るんだ?」
「…………」
うるさいな。いつからこの人はこんなに自分のことは棚に上げて人のことをうるさく言うようになったんだ。
いったい、いつから。
「北海道さんはちゃんと家に帰ってますか?」
「うん」
「もしかして事務所に寝泊まりしてませんか?」
「ううん」
北海道さんが首を横に振った。
「北海道さんのアパートってまだ存在してますか?」
「たぶんね」
「事務所の仏壇は一人で運んだんですか?」
「うるさいな」
北海道さんが俺に背を向けた。
人のことはさんざん言うくせに、自分のこととなるとすぐ背を向けるんだ。この人は。
ガタンゴトンと揺れる満員電車の中。ようやく髪を切り、スーツを着た北海道さんは、後ろから見れば普通のサラリーマンにしか見えないだろう。
でも顔を見るとどうしてもこの人がまともな社会人には見えない。日焼けすることを知らない、年齢不相応な白い肌。好奇心を貯めた目。いつでも眠そうな猫背。
開いたドアの横に立ち、じっと外を見ている横顔を見ながら、無防備な寝顔を思い出していた。
すると北海道さんの口が小さく動いた。
「来た」
呟くと同時に北海道さんが乗客の波に逆らって移動した。その後ろを周りに小さく謝りながら追いかけた。
二人で手すりを持つ女子高生の両側に立った。
北海道さんが今から何をしようとしているかは分かっている。呆れたことに俺はそれを手伝おうとしているのだ。
電車が揺れて走り出し、駅に着くとまた乗客が入れ替わった。
しかし女子高生の横を北海道さんは動かない。女子高生越しに北海道さんに目配せをされ、俺はスーツのポケットからスマホを出し、若い太腿を撮影した。
駅に電車が到着すると、北海道さんは女子高生の後ろに立っていた男の手首を掴んで電車から降ろそうとした。
「えっ、ちょっと!」
男は驚き、車内に留まろうとしたが、俺が逆の腕を掴み、電車から引き摺り降ろした。
「おいっ! 何するんだよ! 離せよ!」
「痴漢の証拠は撮ってありますよ」
「ちょ、な、何言って」
改札の方へ無理やり連れて行こうとすると、男は腰を落とし、ホームの地面にしゃがみこんでしまった。
「ちょ、ちょっと待った! わかったから! か、金払うから見逃してくれ。な?」
「…………」
一応北海道さんを確認したが、北海道さんは男の腕を掴んだまま、いつになく冷たい目で男を見下ろしていた。
「無理」
北海道さんの一言で男を強引に立ち上がらせ、駅員室に連れて行った。
「まさか今日の依頼はこれで終わりですか?」
「そうだよ?」
「北海道さん、今まで探偵らしく事件を解決したことあるんですか?」
「ないよ。ドラマじゃないんだから。事件を解決する探偵なんて創作物にしかいないよ。現実は浮気調査ばかり。うちはやらないけどね」
「…………」
テーブルに無造作に置かれていたノートパソコンを開いたが、たしかに今日の予定は痴漢の現行犯逮捕しかなかった。
ソファの方を見ると北海道さんはすでに笑顔のまま目をつぶって横になっている。
この人はどうして俺の前でこんなに無防備に眠ることができるんだろう? ……俺だってこの人がいなければぐっすり眠れるのに。
「そうだ」
「え?」
突然瞼が開いて驚いた。
「明日九州に行く依頼が入ったんだった」
「九州?」
パソコン内の予定では明日は真っ白だ。どうやら急遽決まったらしい。
「どんな依頼ですか?」
「墓参り」
「墓参り?」
「九州の離島に墓参りに行く仕事だよ」
「ここはなんでも屋でしたっけ?」
俺の嫌味に北海道さんが眠そうな顔で起き上がった。
「ちょっと面白そうだろ?」
「他に依頼はないんですか?」
「ないよ。面白そうなのは」
「…………」
さっきまでサラリーマン風に整っていた髪が寝癖で風に吹かれたようになっている。
……この人はやっぱり自分が気に入った依頼しか受けていないんだ。
「明日の朝新幹線でまずは福岡に行くんだ」
「珍しい依頼ですね。離島ですか」
「日帰りだけどね」
「一人で行くんですか?」
「もちろん」
もう限界と言うように、北海道さんはまたソファに寝転がった。
「……自分で行けばいいのに。なんで墓参りなんか依頼を?」
「どうしたって故郷に帰りたくない理由があるんだよ。僕には分かるけどね」
「…………」
大学生のころからの北海道さんしか知らないけれど、意外だった。北海道さんにも心に残っている場所があるらしい。
話が終わったのか、北海道さんは床に脱ぎ捨てていた服を引き上げ、頭の下に入れて寝返りを打ち、背中をこちらに向けた。
「北海道さん」
まだ寝てないくせに北海道さんが無視をした。
「北海道さん」
「……なに?」
「一緒に行ってもいいですか?」
「…………」
北海道さんが顔だけ振り向いた。
「仕事は?」
「たまには休みをもらいます」
「……ふーん」
眠りを邪魔された北海道さんが、眉間に皺を寄せて俺を見ている。
「別にいいけど自費だよ? 君の分の交通費は出ないから」
「かまいません」
「あっ、そう」
北海道さんはそう返事をすると寝返りを打ち、また背中を向けた。
しかし寝苦しかったのか、枕にしていた服を床に払い落としていた。
「島根くん、また太った?」
「…………」
鼻先三センチの距離だが、それ以上は絶対に縮まらない距離で、北海道さんが俺の顔を観察している。
「病院行った方がいいんじゃない? 見てられないよ、その顔」
「わかってます」
「ずいぶん変わったよね」
「…………」
眠れないせいでどんどん見られない顔になっていくのも、そのせいでストレスで過食になっているのも、全部あんたのせいなのに。
「近所のジムでも行ってみたら?」
「最近は歩いて北海道さんのところに通ってるんで間に合ってます」
北海道さんが形の良い平行二重の目を見開いた。
「それでも太るんだ?」
「…………」
うるさいな。いつからこの人はこんなに自分のことは棚に上げて人のことをうるさく言うようになったんだ。
いったい、いつから。
「北海道さんはちゃんと家に帰ってますか?」
「うん」
「もしかして事務所に寝泊まりしてませんか?」
「ううん」
北海道さんが首を横に振った。
「北海道さんのアパートってまだ存在してますか?」
「たぶんね」
「事務所の仏壇は一人で運んだんですか?」
「うるさいな」
北海道さんが俺に背を向けた。
人のことはさんざん言うくせに、自分のこととなるとすぐ背を向けるんだ。この人は。
ガタンゴトンと揺れる満員電車の中。ようやく髪を切り、スーツを着た北海道さんは、後ろから見れば普通のサラリーマンにしか見えないだろう。
でも顔を見るとどうしてもこの人がまともな社会人には見えない。日焼けすることを知らない、年齢不相応な白い肌。好奇心を貯めた目。いつでも眠そうな猫背。
開いたドアの横に立ち、じっと外を見ている横顔を見ながら、無防備な寝顔を思い出していた。
すると北海道さんの口が小さく動いた。
「来た」
呟くと同時に北海道さんが乗客の波に逆らって移動した。その後ろを周りに小さく謝りながら追いかけた。
二人で手すりを持つ女子高生の両側に立った。
北海道さんが今から何をしようとしているかは分かっている。呆れたことに俺はそれを手伝おうとしているのだ。
電車が揺れて走り出し、駅に着くとまた乗客が入れ替わった。
しかし女子高生の横を北海道さんは動かない。女子高生越しに北海道さんに目配せをされ、俺はスーツのポケットからスマホを出し、若い太腿を撮影した。
駅に電車が到着すると、北海道さんは女子高生の後ろに立っていた男の手首を掴んで電車から降ろそうとした。
「えっ、ちょっと!」
男は驚き、車内に留まろうとしたが、俺が逆の腕を掴み、電車から引き摺り降ろした。
「おいっ! 何するんだよ! 離せよ!」
「痴漢の証拠は撮ってありますよ」
「ちょ、な、何言って」
改札の方へ無理やり連れて行こうとすると、男は腰を落とし、ホームの地面にしゃがみこんでしまった。
「ちょ、ちょっと待った! わかったから! か、金払うから見逃してくれ。な?」
「…………」
一応北海道さんを確認したが、北海道さんは男の腕を掴んだまま、いつになく冷たい目で男を見下ろしていた。
「無理」
北海道さんの一言で男を強引に立ち上がらせ、駅員室に連れて行った。
「まさか今日の依頼はこれで終わりですか?」
「そうだよ?」
「北海道さん、今まで探偵らしく事件を解決したことあるんですか?」
「ないよ。ドラマじゃないんだから。事件を解決する探偵なんて創作物にしかいないよ。現実は浮気調査ばかり。うちはやらないけどね」
「…………」
テーブルに無造作に置かれていたノートパソコンを開いたが、たしかに今日の予定は痴漢の現行犯逮捕しかなかった。
ソファの方を見ると北海道さんはすでに笑顔のまま目をつぶって横になっている。
この人はどうして俺の前でこんなに無防備に眠ることができるんだろう? ……俺だってこの人がいなければぐっすり眠れるのに。
「そうだ」
「え?」
突然瞼が開いて驚いた。
「明日九州に行く依頼が入ったんだった」
「九州?」
パソコン内の予定では明日は真っ白だ。どうやら急遽決まったらしい。
「どんな依頼ですか?」
「墓参り」
「墓参り?」
「九州の離島に墓参りに行く仕事だよ」
「ここはなんでも屋でしたっけ?」
俺の嫌味に北海道さんが眠そうな顔で起き上がった。
「ちょっと面白そうだろ?」
「他に依頼はないんですか?」
「ないよ。面白そうなのは」
「…………」
さっきまでサラリーマン風に整っていた髪が寝癖で風に吹かれたようになっている。
……この人はやっぱり自分が気に入った依頼しか受けていないんだ。
「明日の朝新幹線でまずは福岡に行くんだ」
「珍しい依頼ですね。離島ですか」
「日帰りだけどね」
「一人で行くんですか?」
「もちろん」
もう限界と言うように、北海道さんはまたソファに寝転がった。
「……自分で行けばいいのに。なんで墓参りなんか依頼を?」
「どうしたって故郷に帰りたくない理由があるんだよ。僕には分かるけどね」
「…………」
大学生のころからの北海道さんしか知らないけれど、意外だった。北海道さんにも心に残っている場所があるらしい。
話が終わったのか、北海道さんは床に脱ぎ捨てていた服を引き上げ、頭の下に入れて寝返りを打ち、背中をこちらに向けた。
「北海道さん」
まだ寝てないくせに北海道さんが無視をした。
「北海道さん」
「……なに?」
「一緒に行ってもいいですか?」
「…………」
北海道さんが顔だけ振り向いた。
「仕事は?」
「たまには休みをもらいます」
「……ふーん」
眠りを邪魔された北海道さんが、眉間に皺を寄せて俺を見ている。
「別にいいけど自費だよ? 君の分の交通費は出ないから」
「かまいません」
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北海道さんはそう返事をすると寝返りを打ち、また背中を向けた。
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