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「そろそろ出所するころなので警戒はしていたんですが、遅かったようで倅に怪我を負わせてしまいました」
「…………」
北海道さんの父親だという男の車の中はイカ焼きの匂いが充満していたが、男は食べようとせず、なぜかイカ焼きは俺の膝の上に乗っていた。
「岩手リカを捕まえたのはあなたですか?」
男が俺を見てにっこりと笑った。その顔は少しだけ北海道さんに似てる気がした。
「いいえ。後から倅が関わった事件だと知りました」
北海道さんの知り合いの刑事とは父親のことじゃなかったのか。北海道さんから家族の話など聞いたことがない。ましてや父親の話なんて。
「……今日はどうして俺のところへ来たんですか?」
そう聞くと、男が俺の太ももにポンと手を乗せた。男の手は大きくて厚く、じわじわと体温が伝わってきた。
「倅は私のことを嫌っていて会おうとしません。だからあなたにお願いに来たんです。あなたは倅を守ってくれる方でしょう?」
「…………」
「私が会いに来たことは秘密にしてくださいね」
甘い笑顔でウィンクをする男のフェロモンは、イカ焼きの匂いよりも濃くて、頭がおかしくなりそうだった。
昼休みに北海道さんを車に乗せ、病院へ送っていた。今日も北海道さんの事務所に来ていた熊本さんと助手の千葉ために弁当を三つ持って行ったが、また二つ余ってしまった。
「うちの弁当は不味いんでしょうか」
「二人とも偏食なだけだよ」
北海道さんは笑いながらそう言ってくれたが、軽くショックを受けていた。熊本さんと千葉は毎回弁当を一瞥しただけで一口も食べないのだ。
「北海道さんは何でも食べますよね」
うちの弁当を飽きずに食べ続ける北海道さんだけど、他の食べ物でも好き嫌いをしているのを見たことがなかった。
「うん。小さなころから食べられないものはないよ」
北海道さんにも小さなころがあったなんて不思議だ。今でも子供みたいなのに。
「怪我のことは家族に知らせなくてもいいんですか?」
「いいよ。別に」
「でも」
「僕には家族がたくさんいるんだ。父親が手当たり次第に手を出す人でね。誰が本当の家族か分からないくらいだよ」
「…………」
「おかげで恋愛なんて嘘っぱちだと思えたから良かったけど」
北海道さんから初めて聞いた家族の話は寂しいものだった。
……あの色気だだ漏れジジイは本物の父親だったのか。しかもあいつの影響で北海道さんが恋愛嫌いになったんじゃないか。
「どうしてもっと早く岩手リカについて教えてくれなかったんです? 強盗と聞いて気づいていたんじゃないですか?」
病院の駐車場に車を停めると、北海道さんがドアを開けた。
「まさかそんなに僕のことを恨んでるとは思わなかったんだ」
「…………」
北海道さんは誰も好きになったことがないから、本当の人の怖さを知らないのかもしれない。
北海道さんが慣れた手つきで松葉杖を突き、車を降りた。
「北海道さん。帰りも迎えに来ますから」
「いいよ。タクシーで帰るから」
北海道さんは笑顔でそう言って、車のドアを閉めた。
北海道さんは毎日飽きずにうちの弁当を食べてくれるけど、うちの弁当屋が無くなっても生きていける人だ。
恋愛をしない北海道さんには執着心がない。
だから俺は結局助手以上にはなれないんだ。
「おにーちゃん! 大変!」
店の閉店作業も終わり、厨房の椅子に座ってボーっとテレビを見ていると、妹が厨房まで走り込んできた。
「え?」
「看板が」
妹に言われ店を出ると、義弟の幸知が店の前の道路に出て、呆然と何かを見ていた。
幸知の横に立って店を見ると、店の看板に紫色のペンキで殺すと書かれていた。
「気付きませんでした。いつの間に?」
「…………」
昼間にはなかったはずだ。
……北海道さんのストーカーがここまで?
「島根さんっ!」
名前を呼ばれた方を見ると、千葉が長い前髪を振り乱して、こちらへ走って来ていた。
「北海道さんが」
立ち止まった千葉が、胸に手を当てて息を落ち着かせながら、苦しそうに言った。
「……誘拐されました」
「…………」
北海道さんの父親だという男の車の中はイカ焼きの匂いが充満していたが、男は食べようとせず、なぜかイカ焼きは俺の膝の上に乗っていた。
「岩手リカを捕まえたのはあなたですか?」
男が俺を見てにっこりと笑った。その顔は少しだけ北海道さんに似てる気がした。
「いいえ。後から倅が関わった事件だと知りました」
北海道さんの知り合いの刑事とは父親のことじゃなかったのか。北海道さんから家族の話など聞いたことがない。ましてや父親の話なんて。
「……今日はどうして俺のところへ来たんですか?」
そう聞くと、男が俺の太ももにポンと手を乗せた。男の手は大きくて厚く、じわじわと体温が伝わってきた。
「倅は私のことを嫌っていて会おうとしません。だからあなたにお願いに来たんです。あなたは倅を守ってくれる方でしょう?」
「…………」
「私が会いに来たことは秘密にしてくださいね」
甘い笑顔でウィンクをする男のフェロモンは、イカ焼きの匂いよりも濃くて、頭がおかしくなりそうだった。
昼休みに北海道さんを車に乗せ、病院へ送っていた。今日も北海道さんの事務所に来ていた熊本さんと助手の千葉ために弁当を三つ持って行ったが、また二つ余ってしまった。
「うちの弁当は不味いんでしょうか」
「二人とも偏食なだけだよ」
北海道さんは笑いながらそう言ってくれたが、軽くショックを受けていた。熊本さんと千葉は毎回弁当を一瞥しただけで一口も食べないのだ。
「北海道さんは何でも食べますよね」
うちの弁当を飽きずに食べ続ける北海道さんだけど、他の食べ物でも好き嫌いをしているのを見たことがなかった。
「うん。小さなころから食べられないものはないよ」
北海道さんにも小さなころがあったなんて不思議だ。今でも子供みたいなのに。
「怪我のことは家族に知らせなくてもいいんですか?」
「いいよ。別に」
「でも」
「僕には家族がたくさんいるんだ。父親が手当たり次第に手を出す人でね。誰が本当の家族か分からないくらいだよ」
「…………」
「おかげで恋愛なんて嘘っぱちだと思えたから良かったけど」
北海道さんから初めて聞いた家族の話は寂しいものだった。
……あの色気だだ漏れジジイは本物の父親だったのか。しかもあいつの影響で北海道さんが恋愛嫌いになったんじゃないか。
「どうしてもっと早く岩手リカについて教えてくれなかったんです? 強盗と聞いて気づいていたんじゃないですか?」
病院の駐車場に車を停めると、北海道さんがドアを開けた。
「まさかそんなに僕のことを恨んでるとは思わなかったんだ」
「…………」
北海道さんは誰も好きになったことがないから、本当の人の怖さを知らないのかもしれない。
北海道さんが慣れた手つきで松葉杖を突き、車を降りた。
「北海道さん。帰りも迎えに来ますから」
「いいよ。タクシーで帰るから」
北海道さんは笑顔でそう言って、車のドアを閉めた。
北海道さんは毎日飽きずにうちの弁当を食べてくれるけど、うちの弁当屋が無くなっても生きていける人だ。
恋愛をしない北海道さんには執着心がない。
だから俺は結局助手以上にはなれないんだ。
「おにーちゃん! 大変!」
店の閉店作業も終わり、厨房の椅子に座ってボーっとテレビを見ていると、妹が厨房まで走り込んできた。
「え?」
「看板が」
妹に言われ店を出ると、義弟の幸知が店の前の道路に出て、呆然と何かを見ていた。
幸知の横に立って店を見ると、店の看板に紫色のペンキで殺すと書かれていた。
「気付きませんでした。いつの間に?」
「…………」
昼間にはなかったはずだ。
……北海道さんのストーカーがここまで?
「島根さんっ!」
名前を呼ばれた方を見ると、千葉が長い前髪を振り乱して、こちらへ走って来ていた。
「北海道さんが」
立ち止まった千葉が、胸に手を当てて息を落ち着かせながら、苦しそうに言った。
「……誘拐されました」
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