ヤバい奴に好かれてます。

たいら

文字の大きさ
28 / 37
          2 

4

しおりを挟む
 心臓がパニックを起こしたみたいにドキドキしている。
 真っ暗な中をきつく目をつぶって、一人で佇んでいると、遠くから久保田の声が聞こえてきた。
『僕は一歩歩くごとにあなたを思い出し、一歩歩くごとにあなたが頭を占領します』
 すると突然眩しい光が現れて、自分が暗いトンネルにいたことに気が付いた。久保田の声がする方に歩いていくと、光が輪になってどんどん大きくなり、その光に囲まれて目が覚めた。
 目を開けたすぐそばに久保田の顔があった。
「…………」
 久保田の顔が、中指で眼鏡の位置を直しながら離れていく。
 ……あれ? なんでこいつがいるんだ?
「起きましたか? 野坂さん」
 ……出張に行ったんじゃなかったのか?
 久保田に背中を支えられ、体を起こされた。
「喉が渇いたでしょう? お茶飲みますか?」
「…………」
「はい、あーん」
 お茶の乗ったスプーンが差し出され、口を開けるとお茶を入れられた。
 これはデジャヴか?
「もしかして覚えてませんか? あなたは今朝帰ってきた途端、玄関で倒れたんですよ? すごい熱でした」
「…………」
「昨日は変な物ばかり食べたんでしょう。だからきっと免疫力が下がってしまったんですね」
 ……たった一日で?
 たった一日、ジャンクな生活をしただけで、風邪を引くほど俺の体は弱っていたのか? サイボーグどころか、幼児並になってるじゃないか!
「やっぱりあなたには僕がいないとだめなんですね」
「…………」
「もう二度と離しませんからね」
「…………」
 久保田がスプーンに乗せたお茶を何度も俺の口に運ぶ。顎に流れて落ちる水滴を袖で拭われた。
「昨日は朝しかキスができなくて気が狂いそうでした」
 久保田はそう言って、俺の顎に手を触れ、次は額と額が触れあった。
「まだ熱がありますね。昨日の夜は風がきつくて寒かったでしょう? どうせ薄着で出掛けたんじゃないですか?」
「…………」
 昨日の夜?
 ……あれ? 俺、昨日の夜何してたっけ? 
……おかしいな。思い出せないぞ? なんだこれ。
 なんとか昨日の夜のことを思い出そうとしているのに、久保田に押し倒された。
「まだ寝ていた方がいいです」
 しかし久保田は押し倒したまま、俺の上からどこうとしない。なぜか眼鏡を取って枕元に置いた。
「え?」
「すみません。昨日の分を取り戻してもいいですか?」
 無抵抗なまま、久保田にキスをされた。
 たしかに熱があるみたいだ。久保田の舌を冷たく感じる。心なしか頭も重い気もする。
「……ん……」
 喉は痛くない。久保田に布団の上から乗っかられ、身動きがとれない。代わりに口の中で、久保田の舌が熱を吸い取るように動いている。
 ……こいつ、本当に寝かせる気があるのか?
 それでも俺の熱い体温が久保田の舌に移るころには、自然と眠りについていた。






「あ、またくぼたのわるぐちみつけた」
「え? どこ?」
 俺が聞くと、男子トイレの個室の中を掃除していたジョンソンが壁を指差した。
 床に近い部分の壁に久保田死ねと書いてあった。わざわざしゃがみ込んで書いたのか? 小学生の落書きのようでもあるが、それがさらにより深い久保田への憎悪にも感じる。
「……マジックか。シンナーで消えるかな?」
 俺は布にシンナーを染み込ませ、落書きを消すことにした。なんで俺は、恋人の悪口を消す仕事をしているんだ?
 しかし久保田はどれだけ恨みを買っているんだろうか。あいつは仕事ができるタイプの人間だけど、部下のために鬼になるとかそういうタイプの人間じゃない。そんな優しい人間じゃないから、ただ思ったままを言って周りの人間を傷つけているだけだ。
 そもそもあいつは人間に興味がないんだ。
 だから簡単に酷いことも言えるし酷いこともできるんだ。しかし気に入った人間にはとことん尽くすタイプみたいで、それが今全て俺にのしかかっている。
 誰か助けてくれ。
「くぼたのことすきなにんげんていないのかな?」
 ジョンソンが床にモップをかけながら言った。
「…………」
「みんなにきらわれてさびしくないのかな?」
「人間じゃないから平気なんじゃない?」
 俺は落書きを消しながら答えた。
 あいつは心も体も鋼鉄でできている。寂しいなんて気持ちを持ち合わせているわけがない。俺が言うんだから間違いない。
「久保田くん?」
 二人で掃除をしているところに、なくなった洗剤を取りに行っていた木村さんが戻ってきた。
「それって営業部長の久保田くんのこと?」
「はい。知ってるんですか?」
「久保田くんはね、僕が営業の課長だった頃の新入社員なんだよ」
 木村さんがにっこりと笑いながら言った。
「えっ!?」
「今ではだいぶ偉くなったけどね」
 木村さんは自分のことのように嬉しそうな顔をしている。
「む、昔の久保田さんてどうだったんですか?」
「昔の彼はとても可愛かったよ~」
「えっ! かわいいっ⁉」
 あの久保田が⁉
「彼にだって初々しい新人の頃はあったんだよ」
「うそだっ!」
 あいつに初々しかった頃があるなんて信じられない! 生まれた時からふてぶてしかったんじゃないの⁉
「僕が彼に仕事を教えたんだけどね、素直で良い子だったよ」
「うそだっ‼」
 俺は思わず叫んでいた。
「うそだ。くぼたのことみんなあくまだっていってるよ?」
 ジョンソンも疑うような目をしながら言った。
「それは久保田くんが妥協をしないからだよ。根は良い子なのに悪役を買って出ているんだよ」
 それは絶対にない! 信じられない! 根は良い子がどうやったらあんな鉄仮面になるんだよっ⁉ 絶対、地で悪魔だよ!
「てかのさか、くぼたのことしってるみたいだね」
「…………」
「もしかしてくわしい?」
「…………」
 俺は首を横に振った。
 そうだ。俺はあいつのことを全然知らないんだ。でももしかしたら知ることができるかもしれない。
「たしか野坂くんは、久保田くんが営業所にいた時に一緒に働いたことがあったんだよね?」
「えっ‼」
 ジョンソンが素っ頓狂な声で驚いた。
「はい」
 あいつが素直で良い子だった時代の話を聞いてみたい。木村さんはあいつの過去を知っているんだ。
「たしかこの仕事も久保田くんの紹介だよね」
「はい」
「えっ‼」
「木村さん。久保田さんのこともっと教えてくれませんか?」
「えっ‼」
 ジョンソンがいちいち目を丸くして俺を見て驚く。
 あわよくば、あいつの弱点を知りたかった。弱みを握りたいんだ。反撃のチャンスがあるかもしれない。
「いいよ。なんでも聞いてくれ。あっ、ごめんね。今日は少し風邪気味なんだ。早めに休憩に入らせてもらうよ。またあとでね」
 木村さんはそう言うと、モップを持ったまま階段を降りて行ってしまった。
「なぜうそをついた?」
 すると山のように背の高いジョンソンだけが残ったが、俺は無視をして掃除を続けた。
 久保田に可愛かった頃があったって? そんな馬鹿な。あいつにドジでおっちょこちょいで恥ずかしい新人時代の過去があったのなら絶対に知りたいじゃないか! 知って村上くんにも教えてやりたい。
 村上くんと久保田の悪口を言い合いたい!
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

男同士で番だなんてあってたまるかよ

だいたい石田
BL
石堂徹は、大学の授業中に居眠りをしていた。目覚めたら見知らぬ場所で、隣に寝ていた男にキスをされる。茫然とする徹に男は告げる。「お前は俺の番だ。」と。 ――男同士で番だなんてあってたまるかよ!!! ※R描写がメインのお話となります。 この作品は、ムーンライト、ピクシブにて別HNにて投稿しています。 毎日21時に更新されます。8話で完結します。 2019年12月18日追記 カテゴリを「恋愛」から「BL」に変更いたしました。 カテゴリを間違えてすみませんでした。 ご指摘ありがとうございました。

ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学で逃げ出して後悔したのに、大人になって再会するなんて!?

灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。 オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。 ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー 獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。 そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。 だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。 話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。 そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。 みたいな、大学篇と、その後の社会人編。 BL大賞に応募しましたので、見て頂けると嬉しいです! ※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました! ※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました! 旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」

ビジネス婚は甘い、甘い、甘い!

ユーリ
BL
幼馴染のモデル兼俳優にビジネス婚を申し込まれた湊は承諾するけれど、結婚生活は思ったより甘くて…しかもなぜか同僚にも迫られて!? 「お前はいい加減俺に興味を持て」イケメン芸能人×ただの一般人「だって興味ないもん」ーー自分の旦那に全く興味のない湊に嫁としての自覚は芽生えるか??

刺されて始まる恋もある

神山おが屑
BL
ストーカーに困るイケメン大学生城田雪人に恋人のフリを頼まれた大学生黒川月兎、そんな雪人とデートの振りして食事に行っていたらストーカーに刺されて病院送り罪悪感からか毎日お見舞いに来る雪人、罪悪感からか毎日大学でも心配してくる雪人、罪悪感からかやたら世話をしてくる雪人、まるで本当の恋人のような距離感に戸惑う月兎そんなふたりの刺されて始まる恋の話。

【完結】勇者パーティーハーレム!…の荷物番の俺の話

バナナ男さん
BL
突然異世界に召喚された普通の平凡アラサーおじさん<山野 石郎>改め【イシ】 世界を救う勇者とそれを支えし美少女戦士達の勇者パーティーの中……俺の能力、ゼロ!あるのは訳の分からない<覗く>という能力だけ。 これは、ちょっとしたおじさんイジメを受けながらもマイペースに旅に同行する荷物番のおじさんと、世界最強の力を持った勇者様のお話。 無気力、性格破綻勇者様 ✕ 平凡荷物番のおじさんのBLです。 不憫受けが書きたくて書いてみたのですが、少々意地悪な場面がありますので、どうかそういった表現が苦手なお方はご注意ください_○/|_ 土下座!

この俺が正ヒロインとして殿方に求愛されるわけがない!

ゆずまめ鯉
BL
五歳の頃の授業中、頭に衝撃を受けたことから、自分が、前世の妹が遊んでいた乙女ゲームの世界にいることに気づいてしまったニエル・ガルフィオン。 ニエルの外見はどこからどう見ても金髪碧眼の美少年。しかもヒロインとはくっつかないモブキャラだったので、伯爵家次男として悠々自適に暮らそうとしていた。 これなら異性にもモテると信じて疑わなかった。 ところが、正ヒロインであるイリーナと結ばれるはずのチート級メインキャラであるユージン・アイアンズが熱心に構うのは、モブで攻略対象外のニエルで……!? ユージン・アイアンズ(19)×ニエル・ガルフィオン(19) 公爵家嫡男と伯爵家次男の同い年BLです。

【完結】弟を幸せにする唯一のルートを探すため、兄は何度も『やり直す』

バナナ男さん
BL
優秀な騎士の家系である伯爵家の【クレパス家】に生まれた<グレイ>は、容姿、実力、共に恵まれず、常に平均以上が取れない事から両親に冷たく扱われて育った。  そんなある日、父が気まぐれに手を出した娼婦が生んだ子供、腹違いの弟<ルーカス>が家にやってくる。 その生まれから弟は自分以上に両親にも使用人達にも冷たく扱われ、グレイは初めて『褒められる』という行為を知る。 それに恐怖を感じつつ、グレイはルーカスに接触を試みるも「金に困った事がないお坊ちゃんが!」と手酷く拒絶されてしまい……。   最初ツンツン、のちヤンデレ執着に変化する美形の弟✕平凡な兄です。兄弟、ヤンデレなので、地雷の方はご注意下さいm(__)m

処理中です...