【毎日20時更新】カレン・トーラント 歯車の町

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9、祝祭の影

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 フランコが接客のために席を立ったのをいいことに、セヴィアンは肩を回し、思い切り背を伸ばし、ついでに噛み殺しもせずにあくびをした。フランコと向き合って話し込んでいる老紳士の連れの女性客がその様子を見ていて、くすりとほほえんだ。老紳士は彼女のために、銀の箱入りの最高級のオルゴールを買ってくれた。フランコがひと月かけて薔薇を一面に彫り込んだこだわりの逸品だ。フランコはオルゴールの職人だが、機械を入れる化粧箱の一部も自分で手掛けている。さらにその作業を手伝っているのがセヴィアンだった。

 「こら、さぼるなセヴィアン」

 お客のほほえみから緩みの気配を感じ取ったフランコが振り向いた。セヴィアンはとっくに目の前の作業に戻っていたが、まつげの端に残っていた涙を見つかってしまった。

 「さぼってないよ」

 セヴィアンは化粧箱の蓋に入れる絵の図面と睨めっこしながら口答えした。彼が今やっているのは、小指の爪ほどの真珠を彫金された花の中心にはめる作業だ。小さな真珠には穴が半分まで開けてあって、それを花から飛び出ている針のような芯に刺していく。図柄が細かいので、セヴィアンはしょっちゅう目とこめかみの辺りをほぐさなければならなかった。

 「どうしてこんなに細かく描いたりしたんだろう。絵と彫金とじゃ、やり方が全然違うっていうのに」
 「一週間前の自分の胸にでも聞いてみるんだな」

 フランコはセヴィアンの向かいで、机に何本も出ているタガネのうちの一本を選び出した。フランコはセヴィアンの描いた無茶なほど繊細な図案を前に少しも怯むことなく、むしろ持てる技量のすべてを駆使しながら、優雅すぎる蔓草や豪華すぎる果物や、煌びやかすぎる女神たちを指定通りに彫っているのだった。

 「おまえの考えた柄がついてると、よく売れるんだ。ありがたいこった」

 こんにちは、という明るい声とともにまた誰かが訪ねてきて、フランコは忙しく立ち上がって戸口の方へ行ってしまった。セヴィアンはもうひとつ、小さなあくびをした。カレン・トーラントの町は祝祭の真っ最中だ。国中から、それに国外からもたくさん人が集まるここ数日、フランコと、その手伝いに駆り出されたセヴィアンは少し寝不足だった。本当ならすることがなくて、家で一日中寝ていたって誰にも咎められない身の上だったのだが。

 ほとぼりが冷めるまでだよ、と、北の森から戻って真っ先に職人組合に顔を出したセヴィアンへ、組合長は申し訳なさそうに言った。

 セヴィアンの飛行艇は鉄アンコウのペーシェ君のような遊びのある外観と、魔法使いでなくても操縦できる(これはかなり画期的な発想だった)設計の工夫が広く受け入れられて、高値で取り引きされる商品であるにも関わらず、固定客がつくほど人気があった。

 だからというわけではないが、事故の報告のために組合に出かけたときも、まさか門前払いに追い出されはすまい、とセヴィアンは思っていた。自転車、時計、宝石や金銀の細工物、靴、絵画、彫刻、人形。手に染み込んだ技術と勘で無口に仕事をする職人たちの中に一応の魔法使いとして入り、(恐らく自分たちでは操縦できないという理由で)何となく下火だったカレン・トーラントの飛行艇産業を少しでも活気づけたのは、他ならぬ彼だったからだ。魔法使いでもそうでなくても、大きな艇の操縦に憧れている人はいる。よんどころない事情で挑戦することすら断られた、自分のような思いを味わう人は、ずいぶん減るはずだ――。

 「おまえさんを除けものにするわけじゃないんだ」

 門前払いにはならなかったが、いつもはきびきび、かくしゃくとしている靴職人の組合長は、五十歳近くも若いセヴィアンに対してしどろもどろになった。

 「郵便局じゃ今までどおりに使わせてもらうと言ってきているし、返品だの苦情だのもない。そこは心配するな。だが――」
 「信用第一、でしょう? 」

 まるで、追い出さないから呪わないでくれとでも言いたげな相手の様子にうんざりして、セヴィアンは言った。

 「どんな信頼も、何かの拍子に崩れないとも限らない。しばらくは大人しくしていることにします。僕自身のために」
 「そうとも、おまえさん自身のために」

 組合長は威厳たっぷりに胸を反らしたが、ああよかった、という顔つきをセヴィアンから完全に隠しおおせることはできなかった。何気ない問いかけの中の、恐れと不安も。

 「で、まっとうな魔法使いってのは、人を呪ったりしないよな? 」
 「ええ、まっとうな魔法使いならね」

 不愉快でたまらなかったが、セヴィアンはにっこりしてやった。

 「まっとうな、こんな町中になんか出てきたがらない魔法使いならね」

 組合長は真っ青になった、かもしれない。捨て台詞を言いざま組合を出てきたセヴィアンには、どうでもよかった。彼はそのとき、咄嗟に不吉なことを言ってやることくらいでしか意地を張れなかったのだ――。

 カレン・トーラントの警察署では、先に行って事情を説明してくれたミロと、劇場勤務からわざわざ戻ってきてくれたピッケの立ち合いで、整備が足りなかったという結論が出されるのを危なく食い止めた。オルゴール屋のフランコの実弟であるピッケ・ファラデーはセヴィアンの気のいい友人だが、こと職場ではそれなりに発言権のある人物なのだった(劇場勤務は異動だと本人は言っていたが、実はこれも彼の私情がかなり含まれているのではないかというのが彼の兄の見解だった)。

 「連結を直してしまったのはまずいですねえ」

 警察官のさがで証拠のないことに渋い顔をする若い警官に、もっと渋い顔をしたピッケは言った。

 「事故に遭ったやつが歩いて帰ってこなかったことを責めるのが警察の仕事か! 何のために魔法犯罪対策課には十も班があるんだ、ええ? 再現班の連中を呼んで来い」
 「しかし、例のマルチノ・フリアーニが剥がそうとしたらしい、屋根瓦の解析が……」

 若い警官は言いにくそうにセヴィアンを見た。

 「君の家の瓦なんだけど……」
 「犯罪にいいも悪いもないが、コソ泥と殺人未遂の優先順位くらい考えろい」

 ピッケは自分もマルチノを散々取り逃がしていることで、「馬鹿たれ」を言わずにおいた。

 「フリアーニは、殺しはしねえよ。大体こいつの家にゃ、あのコソ泥の狙ってるものはないらしいぞ」
 「〈夕焼け〉ですね」

 若い警官の目が急に熱っぽくなった。

 「いったいどこにあるのでしょう。魔法史上に残る謎であります」……

 花を作ったら、実を作らなければならない。図案を出すのはセヴィアンだが、色を決めるのはフランコの仕事だった。金と銀と、地金の種類が違うから、多分それぞれにふさわしい色石をフランコは選んだはずだ、とセヴィアンは石を四方から留める金属の爪を倒しながら考えた。彫金はまったくの初心者だが、セヴィアンの器用さを買って、フランコはタガネやヤットコを貸してくれるのだ(「もし石を割っちまっても、おまえなら直せるだろうしな」)。

 フランコはセヴィアンが何枚も書類を書き、警察署と職人組合を行ったり来たりして手続きし終えるのを見計らって、いつものように店へ呼んだ。祭りで忙しくなるからという言い訳も用意してあったが、注文も組合からの援助も受けられないような気が腐ったようなときは、何かに集中している方がいいというのがフランコの言い分だった。

 「おい、セヴィー」
 「何だい」
 「おまえ、彫金をやる気はないのか。機械の方でもいいぞ」

 セヴィアンはもういくつめかの蓋を仕上げ終わり、首をほぐそうと傾けたまま、横目でフランコを見た。彼に誘われるのは初めてではなかった。

 「考えておくよ」
 「なに」

 フランコはタガネの頭を小槌で叩こうと、右手を振り上げたところで顔を上げた。セヴィアンは丸くふっくら磨かれた小粒の石をつまんで、光に翳した。何色かは分からなかったが、汚れや傷があれば分かる。

 「弟子にとってくれるんだろ」
 「まあな」

 フランコはうっかり尖ったタガネの先で頬をかきかけた。

 「おまえ、いつもはつれないような返事しかよこさねえじゃねえか」
 「フランコさんが言ったんじゃないか、興味があるなら鍛えてやるって」
 「思ってたより筋がよかったんでな。一人前にしてやりゃあ、うちの仕事が助かるってもんよ。……それにしたって、いったいどういう風の吹き回しだ」
 「僕だって、身の振り方を考えることはあるさ」

 フランコは自分で話を持ち出しておいて、セヴィアンがやけに素直なのが心配になったらしい。一度持ったタガネは、結局また机に置かれた。

 「おいおい、別に失業したわけじゃないんだろう。組合長は約束は守るぜ。おまえがこの町へ来たとき、あの人はなんて言った? 」

 セヴィアンは手を止めた。

 「〈よく来たな、歓迎するよ〉」
 「だろう? 」

 フランコは我が意を得たりと小槌でセヴィアンを指した。

 「カレン・トーラントの連中は頭の固いやつばかりだが、一度受け入れると決めたら見捨てない性分なんだ」
 「分かるよ。フランコさんとピッケさんを見てればね」

 セヴィアンは椅子にもたれた。楽器を構えた楽隊が、窓の外を通り過ぎる。顔の上半分を笑い顔の仮面で隠した女性が開け放したままの扉から店を覗いて、踊りにいらしてね、とビラを投げていった。フランコは律儀に拾って机に広げた。時計台の広場の催しもののビラだった。
 
 セヴィアンはやる気なくビラを弾いた。今から手紙を書いたら、それがすぐマドレブランカに届くとしたら、彼女は来てくれるだろうか、と思いながら。

 「別に、事故があったから落ち込んでるわけじゃないんだよ。組合長に見捨てられるとも思ってないし。北の森へ出かける前から考えるようになったんだ。どんな世界にもきれいなものはあるなって」

 フランコは鼻に皺を寄せた。

 「今まで薄汚いもんにでも囲まれてたのか? 」
 「そんなことないよ。僕にとっては、この目で見える世界が世界のすべてだからね。ただ鮮やかな色ってやつは僕の想像を超えてるから悔しかっただけ」

 ひとしきり彫金したので、フランコは作業台の上にそば粉の玉を転がしはじめた。細かな金粉や銀粉をくっつけて、水に入れて選り分けるのだ。練ったそば粉は水に溶けてしまい、重たい金属の粒は水の底に溜まる。

 「彼女はさ、」

 きらきらと沈んでいく粒を眺めながら、セヴィアンは言った。

 「どうして、あんなにきれいに見えたんだろうね」
 「何の話だ? 」

 フランコが聞いたが、セヴィアンは笑って首を振った――。

 「こんにちは」

 外から声がした。セヴィアンとフランコが一緒に顔を上げると、ふわふわした帽子と外套姿のディーナが敷居をまたいでくるところだった。セヴィアンは挨拶した。

 「やあ、ディーナ。踊りに行くのかい? 」

 彼女が訪ねてくるのは初めてだった。ディーナはセヴィアンを見て、なぜか眉を寄せた。

 「あなた、あんな大きな子どもがいたの? 」
 「ええ? 」
 「あなたのおうちに行ったら、そっくりな男の子にここにいるって言われたのよ」
 「ああ、ロッティのことか。あいつは人間じゃないんだよ。よく僕に変身してるんだ」

 ディーナはふうん、と相槌を打った。彼女の喧嘩腰はここしばらく鳴りを潜めていたが、相変わらずセヴィアンに対する態度は半信半疑といったところだ。

 ディーナは折りたたんだ紙切れをぐいと突き出した。

 「何だい? 」
 「アリアからの手紙よ。あたし宛てだけど、セヴィアンにお願いしたいって書いてあったから」

 ディーナの中ではクロエはアリアのままなのだ、とセヴィアンは思った。クロエとアリアは同じ女性なのだと、知っている人はあまりいない。自分が〈知っている〉側のひとりなのは特別な秘密のようにも、他の誰も見ていない幻の中のことのようにも思えた。

 セヴィアンは手紙を読んで目を細めた。フランコが横から覗いた。

 「コンサートに出たいから、セヴィアンに劇場に来てほしい、か。お嬢さん喉が治ったのか、よかったなあ」
 「そうなの、ミリアがもう喜んじゃって。同じ役をやらせてもらって勉強になったけど、やっぱり〈本物〉が見たいって。あの子、お客さん意識が抜けてないのよ。まだまだね」

 ディーナは姉然として言い、セヴィアンに尋ねた。

 「それで、来てくれるかしら? 一番いい席、取っておくわよ。おふたりに」
 「クロ………アリアの頼みとくればね」

 セヴィアンは文面の筆跡を指先でなぞり、手紙を元の通りにたたんでディーナに返した。

 「もし構わないんなら、当日君たちがどういう動き方をするのかとか、どこから先に見せてほしいんだけど」
 「もちろん、そのつもりの〈一番いい席〉よ。いろんな手間を考えた上で、ウチから出せる最高の報酬ってわけ」

 とディーナは言った。

 「本番前はみんなぴりぴりしやすいし、時間は限られてしまうけど」
 「そうだね。……最近は、何か変わったことはあったかい? 」

 ディーナは彼女の本調子らしい、挑むような口調で言った。

 「何もないわ。あたしたちが恐れていたことは、何もない。ミリアは無事に代役を終えたし、他には誰もアリアみたいにはならなかったわ」
 「ならあれは一度きりの、誰も意図しなかった事故だったって言い訳もできるわけだ」

 ディーナもフランコも黙り込んだ。セヴィアンは可憐・トーラントに戻ってからというもの、ピッケたちや劇場支配人のぺルラさん、劇場つき魔法医のグラニータ先生、アルモニア歌劇団の団員たちとともに、劇場の様子を調べていた。思ったとおり、イバラベニランという手がかりだけでは、事件なのか事故なのかを判断することすら難しそうだった――イバラベニランの成分があまりにたくさん見つかったからだ。

 「劇場の中の金属という金属、石という石、木という木、ガラスというガラス、全部イバラベニランが入った磨き粉やら洗剤やらで手入れされていたね。床、手すり、扉、飾り……それに、もちろん食器も。どれも市販されてるものだし、当然害のないものではあるけど」
 「でも、アリアは洗剤を飲んだんじゃないんでしょう? 」
 「そりゃあそうさ。洗剤なんか飲んでたら、また別の症状が出てただろうし。でも、あれだけイバラベニランに囲まれていれば、証拠を失くしてしまうことなんて簡単だ。原液を持ち歩くのだって、この町じゃ別に不自然じゃないし――ね、フランコさん」
 「まあな」

 フランコは革の手袋をはめて、棚から瓶を取り出した。水のような透明な液体が中で揺れている。

 ディーナはしげしげ覗き込んだ。

 「これ、イバラベニラン? 」
 「ああ、原液に水を混ぜたもんだ。うちは金属や木の細工物を扱うからな。店に出す前に、こいつで磨くんだ。市販の磨き粉にちっと混ぜると、いい艶が出るから――カレン・トーラントのうちなら大抵置いてあるもんだぜ。みんな自分のところの品物に合わせて磨き粉の配合を勝手に変えるんだ」
 「僕のうちにもあるよ。原液は劇薬扱いだから組合の許可がいるけど、まず許可されないなんてことはないね」

 セヴィアンがつけ足すと、ディーナは絶望的な顔をした。

 「じゃあ、やっぱり誰がやったことなのかは分かりそうもないわけね……食堂で食器を洗ってる男の子がすっかり恐縮しちゃって、かわいそうなのよ」
 「それは気の毒だけど、まだ彼のせいじゃないとも言い切れないしね」

 セヴィアンはディーナを見た。ディーナは見返してきた。

 「なによ? 」
 「君は、事件だと思う? 事故だと思う? 」

 ディーナは動揺したようだったが、問いかけられて腕を組んだ。ディーナくらい気丈なら、物怖じして舞台に立てなくなることもないだろうとセヴィアンは思った。

 ディーナはやがて、意を決した面持ちで口を切った。

 「めったなことは言えないから、あくまであたしの考えだけど」
 「もちろん」
 「……あたし、ある人が関係してるんじゃないかと思うの。馬鹿みたいだって、分かってるんだけど……」
 「そんなことないさ。君にはそう見えたんだろ? 」

 セヴィアンが優しく言うと、ディーナはそうよね、と頷いた。

 「別に、確かな証拠があるわけじゃないわ……だから、誰かは言わずにおくけど。その人、劇場で働いてる人なの。あたしたちの練習に必ず立ち会うんだけど、何ていうか、目がね。あたしたちを見る目が、すごく怖いのよ……」
 「もしその人がアリアにイバラベニランを飲ませたんだとしたら、どうしてだと思う? 」

 だが、ディーナは首を振った。

 「全然分からないわ……だって、この町で初めて会った人よ。アリアとも知り合いっていう感じでもなかったし。それに、単なるいたずらでそんなことをするような人にも見えないの。普段からすごくしっかりした人なんだから。だから、もし仮にその人がアリアのお茶にイバラベニランを入れたなら、本当は別の誰かに飲ませようとしてたんじゃないかって思うわ。……たとえば、あたしに、とか」
 「君に? 」
 「その人、若い人に厳しくてね。あたしたち、うるさく言われるのよ。その口の利き方は何なのとか、もっと淑女らしい振舞いを期待しますとか……いつの時代よ、って話。でもそういう意味じゃ、その人はアリアにだけは文句を言ったことがないわ。舞台に立つのにふさわしくないってその人が思ったとしたら、アリアじゃなくてあたしの方だったでしょうね」

 ディーナは少し青くなった顔を果敢に上げた。

 「あなたたちはどう考えてるの? 」

 セヴィアンとフランコは顔を見合わせた。

 「僕らは――というのは、僕の先生と父さんと、アリアのおばあちゃんを含めてなんだけど――やっぱり、イバラベニランはアリアを狙ったものだと考えてるよ」
 「どうしてなの? 」
 「ちょっと前に、ノルド平原で飛行艇の事故があったろ。新聞にはそこまで載ってなかったけど、僕の飛行艇なんだよ、あれ。君たちに見送られて、しばらく行ったあたりだったな」

 ディーナはさっと顔色を変えた。そして、幽霊でも見るような目でセヴィアンを見た。

 「それじゃああの汽車、あなたたちを乗せたまま墜落したの? ……ねえ、あの子無事なんでしょうね? 」
 「墜落はしてない。君の親友も怪我なんかしてない。保証する。でも、危険な状態だった。客車だけ切り離されそうになったんだ――もし本当に切り離されてたら、僕は今ここにはいられなかったよ。警察でそのとき何が起こってたのか再現してもらったら、誰かがわざと連結を外そうとしていたことが分かった」

 ディーナは衝撃から何とか立ち直ろうと喘ぎあえぎ言った。

 「あなたたちを……こ、殺そうと……? 」
 「どうだろう。殺すつもりなら、もっと確実な方法がいくらでもあっただろうからね。ちょっと回りくどいなと思う」
 「アリアお嬢、こっちへ出てきて大丈夫なのか? 」

 フランコは大抵上がりっぱなしの太い眉を心配のためにいくらか下げた。セヴィアンは首を振った。

 「分からないよ。僕らに分かることなんて、いつも数えるほどもないんだ。でも、アリアは戻ってくると言ってる。なら、僕はその勇気に敬意を表する」
 「ひとつ、思い出したことがあるわ。あなたの話を聞いて」

 とディーナが言った。

 「あたしがイバラベニランに関わっているんじゃないかと思う人、劇場で働いてるって言ったわよね。あのね、あなたたちが北の森へ出発した日、劇場はお休みだったのよ。アリアがあんなことになったから、原因を調べるためにペルラさんがしばらくお休みにしたのよね」
 「ああ、そうだったね」
 「それでね。その日、〈イバラベニランの人〉は劇場にはいなかったみたいなの。お客さんはいないけど、劇場で働いてる人は持ち場にいて、その人もそうだったのよ。でも、その日だけは、姿を見なかったわ。あたしが会わなかっただけかもしれないし、たまたま休みの日だったのかもしれないけどね……」
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