あかるたま

ユーレカ書房

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行方

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 晴山王は川底に光るものを見つけ、掬い上げた。

 伊織へ行ったままのヒノクマが民のひとりを使いとして晴山の里に寄越したのが三日前だ。伊織から遣わされていた衛士たちが戻ってきたという。

 巫女王と衛士が、ある山の奥で死んだ。奏上したヤスオという衛士頭は、巫女の領巾と衛士の剣を携えてきたとか――。

 「領巾なんかどこにだってあらあ」

 双葉が真っ先に言って、駆け出していった……。

 それから三日三晩同じ淵を探り、初めて剣らしく見える枝だの、玉のように光る小石だの以外のものを晴山は見つけたのだった。

 二連の玉飾りのようだった。どちらも糸が切れて絡み合い、玉はほとんど残っていない。

 「おおい、双葉」

 呼ぶと、双葉は無言でそばへ来た。三日の間、念を入れて探して何も見つかれなければ、兄たちは生きていることにしよう、という約束だった。

 「これを見たことがないか」

 双葉は目の前に出された糸の切れた飾りを見て息を詰まらせた。そのまま俯いて黙り込む甥を見かねて、一緒にやってきた山辺彦が言った。

 「鏃は大水葵のもので、青い玉は葵のものじゃな」
 「体は見つかってないんだろう! 」

 双葉が顔を上げて晴山に縋った。

 「髪一筋どころか、衣の切れっ端だって見つからないじゃないか! 馬鹿な兄上だな、そんなことじゃごまかしたことには――」
 「そうだとしても」

 山辺彦は優しく甥を黙らせた。

 「我々があのふたりに会うことは二度とないだろう」

 トトリが目を伏せた。

 ――突然、哄笑こうしょうが響いた。双葉が天を仰いで笑い出したのだ。

 「ざまあみろ、晴山! 」

 口元が引き攣れるほど大声で、涙の出るほど双葉は笑った。足下にまで零れても零れても、涙だけは止まらなかった。

 「王にも誰にも、邪魔できないところへ行ったんだ。ざまあみろ、ざまあみろさ」



 高嶋が言っても構わない、と承諾したので、ヤスオは大水葵と葵を探し出す決め手が高嶋の言であったことを大武棘とウカミに申し添えたらしい。紛れもない手柄話として里に広がり、ウカミが直々に褒美を携えてやってきたが、高嶋は受け取らなかった。それでもいくらか、彼の地位は高まった。

 初音や采女たちは、ぱたりと高嶋の前に現れなくなった。里人たちの中には、おおっぴらに高嶋を謗(そし)るものもいた――巫女が里を出たのはウカミの流言につられた彼らが宮に火を放ったからだというのに、すべてが明らかになってからは、そんなことは誰の記憶からも消えてしまったようだった。

 高嶋は彼らを咎めはしなかった。ヤスオに自分の名を出させたことで高嶋が求めたのは、褒美ではなく、親友を裏切って安寧を得ようとした輩という非難だったからだ。

 衛士たちは表だって高嶋を悪しざまに言いはしなかったが、疎遠になってゆくものと寄ってくるものとで二通りに分かれた。唯一どちらでもなかったオタカは自分の足で高嶋を訪ねてきて、みなの非難があながち的外れではないと分かると、そうかと呟き目を伏せた。

 「大水葵……あれはいい男だったな。一度酒でも飲んでみればよかったな」
 「ああ……」
 「高嶋」

 オタカが高嶋をじっと見た。

 「おれがお主でも、同じことをしただろう……」
 「君が? 」

 高嶋は笑い、土器かわらけの酒を飲み干した。辛味の強い酒だった。

 「たとえそうだとしても、それは女人に絆されてのことではないだろうよ」

 東の山の、千曲が死んだ。

 千曲という女が死者に依りつき、弓を引かせたというヤスオの話は、それだけでは大武棘には受け入れられなかった。だが現に、それならばと様子を見に行ったものたちは、千曲が人知れず血を吐いて冷たくなっているのに出会ったという。人の手で殺めたにしては異様で、病に倒れたにしてはあまりに惨い最期だったらしい。東の集落のものは、どうしても高嶋を中へ入れてくれなかった。

 千曲は初めから、高嶋のことなど恋うていなかったのだ。巧みな女人であったことよと思う。恨む心など今さら浮かびはしない。

 幾度も二股をかけ、幾人も娘たちを裏切ってきた。大水葵への当てつけで王子につけられたのだと悟ったときから、己が身の空しさを恋人に押してつけては捨ててきた。

 それで最後は、初めて心から求めた娘に裏切られることになった。

 それだけだ。

 高嶋はオタカを見遣った。オタカは珍しく、困った顔をしていた。

 「おれはきっとろくな死に方をしないだろうな」

 高嶋が言うと、オタカはむっつりと黙り込んだ。またそんなことを、と咎めはしなかった。
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