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第二章
第33話 その手にツルハシ 胸に金貨を3
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俺たちはどれだけの時間、そこにいただろう。
立ち尽くす俺をずっと抱きしめてくれたファステル。
気づいたら家は完全に燃え尽きていた。
燃石はよく燃えるが、持続性は低い。
五百キルクもの燃石の燃焼力は凄まじい反面、その分早く燃え尽きた模様。
幸いにも俺の馬と、馬具や旅の道具は無事だ。
「……ファステル、弟のデイヴはアセンにいるんだよね?」
「ええ、アセンの病院にいるわ」
「ファステル、これからアセンへ行く。ここから南へ二百キデルトだ。数日かかるが一緒に行こう」
「分かったわ。私にはもう弟しかいないのよ」
月はまだ頭上を超えていない。
これから本格的に深夜帯へ入る。
こんな時間に街道を進む者はいない。
だが、俺たちはラドマ村を出た。
俺とファステルは馬に跨り、エルウッドは徒歩でアセンを目指す。
言葉なく進む。
夜の街道はモンスターが出ることもある。
犯罪者が横行しているかもしれない。
「エルウッド、深夜の街道だ。もしモンスターが出たら一緒に戦ってくれ」
「ウォン!」
エルウッドが応えてくれた。
「ウオォォォォン!」
そして自分の存在をアピールするかのような遠吠えが夜空に響く。
――
イーセ王国の街道は、五十キデルトごとに宿場町がある。
俺たちはラドマ村を出て、無事最初の宿場町に到着。
急いだこともあり、夜明けはまだもう少し先だ。
街道沿いの宿場町は、夜も活動する旅人や冒険者のために一日中営業している宿が多い。
俺はその中で、最も高級そうな宿に入った。
受付へ行くと、泥だらけの俺達は追い出されそうになる。
「二人の宿泊代です。それと食事は部屋へ運んでください」
金貨を一枚出したら喜んで受け入れてくれた。
ファステルには落ち着いてゆっくり休んで欲しかったし、部屋に風呂があることが重要だった。
部屋に入り、俺たちはすぐに眠った。
「おはよう、アル!」
「……おはよう、ファステル」
ファステルの声で目が覚めた。
外を見ると太陽はもう頭上に来ている。
どうやら昼まで寝ていたようだ。
「ねえ、アル! この宿、お部屋にお風呂があるよ!」
ファステルは元気だ。
空元気なのかは分らないが、俺はひとまず安堵した。
「疲れてたから風呂にも入りたいじゃん? 洗濯もしたいし」
「そ、そうだけどさ。こんな高級宿初めてだよ。た、高いんじゃないの?」
「金額は気にしないで。それより、ファステルは泥だらけなんだから綺麗にしなきゃ。ゆっくり風呂に入ってきなよ」
「アルだって汚いわよ!」
俺たちはラドマ村を出て初めて笑った。
風呂に入り洗濯。
ファステルは着替えがないため、宿の部屋着を着ている。
それもあり部屋食を依頼した。
部屋で夕食を済ませ就寝。
翌日、夜明け前に宿を出発。
俺の馬は一日最長八十キデルト移動できる黒風馬だが、これまで一日五十キデルトほどに留めていた。
しかし、今回は急いでることもあり、全力の八十キデルトペースで進む。
夕方前に少し大きい街へ到着。
そこでも高級宿に宿泊した。
ファステルは着替えがないため、俺は宿の受付嬢に頼んで女性用の服を購入してきてもらった。
部屋で夕食を済ませ、購入した服をファステルに渡す。
「ファステル、着替えを用意したよ」
「え? ちょ、ちょっと! これ凄くいい服じゃない?」
「ファステルの服は転んで穴も空いてたじゃん。ファステルは綺麗なんだから、これぐらいの服じゃないと釣り合いが取れないよ」
「そんな……ここまでしてもらって……。あの、私……アルに返せるものがない」
「アハハ、気にしないで。もうファステルは他人じゃないんだから」
「……嬉しい。アル、本当にありがとう」
ファステルが服を抱きかかえ、俺の胸に頭をそっと当てていた。
そして翌日の午後、ようやくアセンに到着。
キーズ地方の最大都市アセンは広大だが、俺はちょうど一週間前に来ていたので迷わず道を進む。
高級商業地区にある一軒の宿へ向かっていた。
カミラ・ガーベラさんが経営している、アセンでも一、二を争う超高級宿だ。
受付でカミラさんに取り次いでもらう。
しばらくすると、カミラさんが受付まで来てくれた。
「アルさん! どうしたのですか! あれから一週間しか経っていませんよ?」
「カミラさん! すみません、突然お邪魔してしまって」
「何を仰るのですか。会いに来てくださって本当に嬉しいです。あの時はお見送りができませんでしたので。しかし、今日は何か事情がありそうですね。場所を移しましょう」
カミラさんは、ただごとではない状況を察したようだ。
俺たちは宿の一階にある宝石店の応接室へ移動。
「カミラさん、お忙しいところ申し訳ありません」
「お気になさらず。それで、どうされたのですか?」
「単刀直入に申し上げます。この女性に金貨十枚をお貸しいただきたいのです」
「え? 金貨十枚を? この女性に?」
「はい、そうです」
突然のことでカミラさんは当然ながら、ファステルも驚いている。
「え? あ! 私はファステル・エスノーと申します」
「この店を経営していますカミラ・ガーベラです」
ファステルへ挨拶し、カミラさんが俺に視線を向けた。
「アルさん、金貨をお貸しすることは構いません。でも、担保は? 返済は? このお話は私にメリットがあるのですか?」
さすがアセンでも有数の商人だ。
即座に反応してきた。
もちろん俺はカミラさんの質問を予想しており、あらかじめ返答を用意している。
「ファステルがこちらの宝石店で働きます。担保はファステル自身。返済はファステルの給与からお願いします」
「この子がうちの宝石店で?」
「ええ、そうです。彼女は鉱石を扱っていたので、確かな鑑定眼を持っています。その能力は俺が保証します。先日の鉱石詐欺もありましたし、カミラさんの宝石店では、鑑定眼を持つファステルは喉から手が出るほど欲しい人材でしょう。さらにまだ若くこれほどの美貌です。宝石モデルとしてもいかがでしょうか?」
俺の言葉を聞いたカミラさんは、驚いたような表情を浮かべた。
だがすぐに経営者の眼差しで、ファステルをくまなく凝視。
そして、俺に視線を移し微笑んだ。
「ウフフフフ、アルさん。あなたは本当に凄い方です。それを聞いたらこちらからお願いしたくなります。アルさんは商売上手ですね」
「え? いや! カミラさんに対して商売だなんて。そんなつもりは……」
「ウフフフフ、謙遜なさらなくてもいいですよ」
次にカミラさんは、ファステルに笑顔を向けた。
「ファステルさんと言いましたね。金貨十枚お貸しします。仕事は明日から。給与は月に金貨三枚。返済は初月から毎月金貨一枚、利子をつけて十一ヶ月間給与から天引します。住まいは従業員宿舎に即日入れます」
その内容を聞き、両手で口を押さえているファステル。
「き、金貨三枚って! そ、そんな大金いただけません! それに、いきなり私のような者がお世話になるなんて」
「ウフフフフ、これは慈善事業ではないのですよ。アルさんの言う通り、あなたの上品で可憐な美貌は、私の店の品格をより高いものにしてくれるでしょう。それに鉱石に関して、アルさんが言うことは絶対に間違いがないのです。ですから、これはあなたの能力に見合った正当な給与です。もし足りなければ相談に乗りますけど?」
「い、いえ! 足りないなんて! ほ、本当によろしいのですか?」
「ええ、もちろんです。突然のことで驚きましたけど、むしろアルさんに感謝します」
「あ、ありがとうございます!」
あっという間にファステルの就職が決まった。
カミラさんの商人としての直感力と判断力は、本当に凄いと思う。
「ファステル、良かったね。ここならデイヴの病院も近いでしょ? これで安心して看病もできるじゃん」
「アル……。本当に……、本当にありがとう」
ファステルの頬を伝う大粒の雫。
「ではファステルさん、いやファステル。あなたは今からうちの従業員です。さっそく宿舎へ向かってください。契約して金貨も支払います」
カミラさんが合図をすると、初老の執事が動き出す。
ファステルを連れて部屋の外へ出て行った。
「さて、アルさん。詳しく話を伺います。いいですね?」
俺はファステルに起こった全てのことを説明した。
「そ、そんなことが……。それは大変でしたね」
「はい。俺も責任を感じています。ですのでカミラさん、本当に助かりました。ありがとうございます」
俺はカミラさんに心から感謝し、頭を下げた。
「アルさん、頭を上げてください。先程も言った通り、彼女はうちの店に必要な人材です。絶対に店でも頭角を現すでしょう。私の直感は当たるのです。それにその弟さんが退院したら、うちの専属鉱夫として契約させてもらいます。本当にアルさんは私に幸運をもたらしてくれます」
「そう言っていただけるとありがたいです」
カミラさんの心遣いが嬉しい。
使用人が淹れてくれた紅茶に口をつける。
そこで先週の出来事を思い出した。
「そうだ! 詐欺でここへ来た冒険者のハリー・ゴードンを覚えてますか?」
「ええ、もちろんです。アルさんに言われた通り、警備を強化しています」
「その件なんですが、もう絶対に来ませんので安心してください」
「え? それは?」
カミラさんは察したような表情を浮かべた。
「わ、分かりました。……やっぱり、アルさんは幸運をもたらしてくれます」
「過大評価です」
「ウフフフフ。アルさん、今日はファステルの歓迎会をします。ぜひ参加してください」
「ファステルの歓迎会……」
それはぜひとも参加したいし、ファステルを励まして応援したい。
新天地で不安もあるだろう。
しかし……。
「カミラさん、俺はもう行きます」
「え! どうしてですか? 今日は泊まってください。出発は明日でも大丈夫でしょう? ゆっくりお話がしたいです。ファステルだってアルさんと積もる話があるはずです」
「騎士団の試験がそろそろ始まるので、もしかしたら王都到着が遅れるかもしれません」
「そ、そうでしたね。旅の目的は騎士団の試験でしたね」
「はい、すみません。それに……その……ファステルの顔を見ると……」
「あら! あらあら。ウフフフフ、分かりました。でも必ずまた寄ってくださいね」
「はい、もちろんです! あと、これをファステルに渡していただけますか?」
俺は革製の小さな袋を渡した。
カミラさんは持った瞬間、中の物に気づいたようだ。
さすがは一流の商人。
「もう、最初から自分でそうすればいいのに……」
「す、すみません。あの、カミラさん……。ファステルは本当に頑張り屋で、弟思いの素直な子です。どうか、どうかよろしくお願いします。本当によろしくお願いします」
俺は心からお願いし、カミラさんに何度も頭を下げた。
「はい、任せてください」
「じゃあ行きますね」
「アルさん、また絶対に寄ってくださいね。歓迎しますから」
「ありがとうございます」
俺はカミラさんに挨拶して、すぐにアセンを出発。
街道からアセンを振り返る。
「ファステル、頑張れよ」
最初にファステルの事情を話せば、カミラさんなら無条件で金貨を貸してくれただろう。
もしくは、こうなったのは俺の責任でもあるし、俺が全額出しても良かった。
しかしそれをしてしまうと、カミラさんや俺がファステルの境遇に同情して金貨を出したと思うはずだ。
そのことで、ファステルは負い目を持ったまま生きていくことになるかもしれない。
この先も弟の看病は続くだろうし、ファステル自身住む家すらなくなっている状況だ。
一時的に誰かに頼るのではなく、継続的に、安定的に収入を得ないと暮らしていけない。
だから俺は、ファステルには素晴らしい能力があることと、その能力で立派に生活できることを知って欲しかった。
そして、その能力に自信を持って生きて欲しかった。
結果的にカミラさんを試したようで申し訳なかったけど、これで全てが上手くいくはずだ。
悲しいことはあったが、ファステルなら前を向いて再出発するだろう。
「エルウッド、行こう」
「ウォン!」
俺たちは、王都イエソンに向かって街道を北へ進む。
◇◇◇
「カミラさん! アルがいないんです!」
「アルさんならもう出発しましたよ」
「え! どうして? アルとたくさん話したいことがあったのに! 伝えたいことだって……。どうして……」
混乱しているファステルの肩に、カミラが優しく手を置く。
「ファステル、あなたが羨ましいです。アルさんが、あなたをよろしくって言い残していきましたよ」
「だからって! 何も言わずに行かなくても!」
「ウフフフフ、アルさんはね、あなたの顔を見ると別れるのが辛いって……。以前私はアルさんを誘ったのに、はぐらかされたんです。だからファステル、あなたが本当に羨ましいです」
「カミラさん……」
「あと、アルさんからこれを預かってます」
カミラは革製の小さな袋をファステルに渡した。
「ファステル、少し休憩していいですよ」
そう言い残して、カミラは自室へ戻った。
ファステルは革袋を開ける。
中には金貨が十枚入っていた。
そして、小さな小さな緑鉱石が一つ。
それはアルとファステルが二人で採った緑鉱石の欠片だった。
「アル、あなたって人は……。もう……、本当に……、本当に……」
ファステルは溢れ出る涙をそのままに、金貨を胸に押し当て、その手を強く握りしめた。
「アル、愛してる」
◇◇◇
立ち尽くす俺をずっと抱きしめてくれたファステル。
気づいたら家は完全に燃え尽きていた。
燃石はよく燃えるが、持続性は低い。
五百キルクもの燃石の燃焼力は凄まじい反面、その分早く燃え尽きた模様。
幸いにも俺の馬と、馬具や旅の道具は無事だ。
「……ファステル、弟のデイヴはアセンにいるんだよね?」
「ええ、アセンの病院にいるわ」
「ファステル、これからアセンへ行く。ここから南へ二百キデルトだ。数日かかるが一緒に行こう」
「分かったわ。私にはもう弟しかいないのよ」
月はまだ頭上を超えていない。
これから本格的に深夜帯へ入る。
こんな時間に街道を進む者はいない。
だが、俺たちはラドマ村を出た。
俺とファステルは馬に跨り、エルウッドは徒歩でアセンを目指す。
言葉なく進む。
夜の街道はモンスターが出ることもある。
犯罪者が横行しているかもしれない。
「エルウッド、深夜の街道だ。もしモンスターが出たら一緒に戦ってくれ」
「ウォン!」
エルウッドが応えてくれた。
「ウオォォォォン!」
そして自分の存在をアピールするかのような遠吠えが夜空に響く。
――
イーセ王国の街道は、五十キデルトごとに宿場町がある。
俺たちはラドマ村を出て、無事最初の宿場町に到着。
急いだこともあり、夜明けはまだもう少し先だ。
街道沿いの宿場町は、夜も活動する旅人や冒険者のために一日中営業している宿が多い。
俺はその中で、最も高級そうな宿に入った。
受付へ行くと、泥だらけの俺達は追い出されそうになる。
「二人の宿泊代です。それと食事は部屋へ運んでください」
金貨を一枚出したら喜んで受け入れてくれた。
ファステルには落ち着いてゆっくり休んで欲しかったし、部屋に風呂があることが重要だった。
部屋に入り、俺たちはすぐに眠った。
「おはよう、アル!」
「……おはよう、ファステル」
ファステルの声で目が覚めた。
外を見ると太陽はもう頭上に来ている。
どうやら昼まで寝ていたようだ。
「ねえ、アル! この宿、お部屋にお風呂があるよ!」
ファステルは元気だ。
空元気なのかは分らないが、俺はひとまず安堵した。
「疲れてたから風呂にも入りたいじゃん? 洗濯もしたいし」
「そ、そうだけどさ。こんな高級宿初めてだよ。た、高いんじゃないの?」
「金額は気にしないで。それより、ファステルは泥だらけなんだから綺麗にしなきゃ。ゆっくり風呂に入ってきなよ」
「アルだって汚いわよ!」
俺たちはラドマ村を出て初めて笑った。
風呂に入り洗濯。
ファステルは着替えがないため、宿の部屋着を着ている。
それもあり部屋食を依頼した。
部屋で夕食を済ませ就寝。
翌日、夜明け前に宿を出発。
俺の馬は一日最長八十キデルト移動できる黒風馬だが、これまで一日五十キデルトほどに留めていた。
しかし、今回は急いでることもあり、全力の八十キデルトペースで進む。
夕方前に少し大きい街へ到着。
そこでも高級宿に宿泊した。
ファステルは着替えがないため、俺は宿の受付嬢に頼んで女性用の服を購入してきてもらった。
部屋で夕食を済ませ、購入した服をファステルに渡す。
「ファステル、着替えを用意したよ」
「え? ちょ、ちょっと! これ凄くいい服じゃない?」
「ファステルの服は転んで穴も空いてたじゃん。ファステルは綺麗なんだから、これぐらいの服じゃないと釣り合いが取れないよ」
「そんな……ここまでしてもらって……。あの、私……アルに返せるものがない」
「アハハ、気にしないで。もうファステルは他人じゃないんだから」
「……嬉しい。アル、本当にありがとう」
ファステルが服を抱きかかえ、俺の胸に頭をそっと当てていた。
そして翌日の午後、ようやくアセンに到着。
キーズ地方の最大都市アセンは広大だが、俺はちょうど一週間前に来ていたので迷わず道を進む。
高級商業地区にある一軒の宿へ向かっていた。
カミラ・ガーベラさんが経営している、アセンでも一、二を争う超高級宿だ。
受付でカミラさんに取り次いでもらう。
しばらくすると、カミラさんが受付まで来てくれた。
「アルさん! どうしたのですか! あれから一週間しか経っていませんよ?」
「カミラさん! すみません、突然お邪魔してしまって」
「何を仰るのですか。会いに来てくださって本当に嬉しいです。あの時はお見送りができませんでしたので。しかし、今日は何か事情がありそうですね。場所を移しましょう」
カミラさんは、ただごとではない状況を察したようだ。
俺たちは宿の一階にある宝石店の応接室へ移動。
「カミラさん、お忙しいところ申し訳ありません」
「お気になさらず。それで、どうされたのですか?」
「単刀直入に申し上げます。この女性に金貨十枚をお貸しいただきたいのです」
「え? 金貨十枚を? この女性に?」
「はい、そうです」
突然のことでカミラさんは当然ながら、ファステルも驚いている。
「え? あ! 私はファステル・エスノーと申します」
「この店を経営していますカミラ・ガーベラです」
ファステルへ挨拶し、カミラさんが俺に視線を向けた。
「アルさん、金貨をお貸しすることは構いません。でも、担保は? 返済は? このお話は私にメリットがあるのですか?」
さすがアセンでも有数の商人だ。
即座に反応してきた。
もちろん俺はカミラさんの質問を予想しており、あらかじめ返答を用意している。
「ファステルがこちらの宝石店で働きます。担保はファステル自身。返済はファステルの給与からお願いします」
「この子がうちの宝石店で?」
「ええ、そうです。彼女は鉱石を扱っていたので、確かな鑑定眼を持っています。その能力は俺が保証します。先日の鉱石詐欺もありましたし、カミラさんの宝石店では、鑑定眼を持つファステルは喉から手が出るほど欲しい人材でしょう。さらにまだ若くこれほどの美貌です。宝石モデルとしてもいかがでしょうか?」
俺の言葉を聞いたカミラさんは、驚いたような表情を浮かべた。
だがすぐに経営者の眼差しで、ファステルをくまなく凝視。
そして、俺に視線を移し微笑んだ。
「ウフフフフ、アルさん。あなたは本当に凄い方です。それを聞いたらこちらからお願いしたくなります。アルさんは商売上手ですね」
「え? いや! カミラさんに対して商売だなんて。そんなつもりは……」
「ウフフフフ、謙遜なさらなくてもいいですよ」
次にカミラさんは、ファステルに笑顔を向けた。
「ファステルさんと言いましたね。金貨十枚お貸しします。仕事は明日から。給与は月に金貨三枚。返済は初月から毎月金貨一枚、利子をつけて十一ヶ月間給与から天引します。住まいは従業員宿舎に即日入れます」
その内容を聞き、両手で口を押さえているファステル。
「き、金貨三枚って! そ、そんな大金いただけません! それに、いきなり私のような者がお世話になるなんて」
「ウフフフフ、これは慈善事業ではないのですよ。アルさんの言う通り、あなたの上品で可憐な美貌は、私の店の品格をより高いものにしてくれるでしょう。それに鉱石に関して、アルさんが言うことは絶対に間違いがないのです。ですから、これはあなたの能力に見合った正当な給与です。もし足りなければ相談に乗りますけど?」
「い、いえ! 足りないなんて! ほ、本当によろしいのですか?」
「ええ、もちろんです。突然のことで驚きましたけど、むしろアルさんに感謝します」
「あ、ありがとうございます!」
あっという間にファステルの就職が決まった。
カミラさんの商人としての直感力と判断力は、本当に凄いと思う。
「ファステル、良かったね。ここならデイヴの病院も近いでしょ? これで安心して看病もできるじゃん」
「アル……。本当に……、本当にありがとう」
ファステルの頬を伝う大粒の雫。
「ではファステルさん、いやファステル。あなたは今からうちの従業員です。さっそく宿舎へ向かってください。契約して金貨も支払います」
カミラさんが合図をすると、初老の執事が動き出す。
ファステルを連れて部屋の外へ出て行った。
「さて、アルさん。詳しく話を伺います。いいですね?」
俺はファステルに起こった全てのことを説明した。
「そ、そんなことが……。それは大変でしたね」
「はい。俺も責任を感じています。ですのでカミラさん、本当に助かりました。ありがとうございます」
俺はカミラさんに心から感謝し、頭を下げた。
「アルさん、頭を上げてください。先程も言った通り、彼女はうちの店に必要な人材です。絶対に店でも頭角を現すでしょう。私の直感は当たるのです。それにその弟さんが退院したら、うちの専属鉱夫として契約させてもらいます。本当にアルさんは私に幸運をもたらしてくれます」
「そう言っていただけるとありがたいです」
カミラさんの心遣いが嬉しい。
使用人が淹れてくれた紅茶に口をつける。
そこで先週の出来事を思い出した。
「そうだ! 詐欺でここへ来た冒険者のハリー・ゴードンを覚えてますか?」
「ええ、もちろんです。アルさんに言われた通り、警備を強化しています」
「その件なんですが、もう絶対に来ませんので安心してください」
「え? それは?」
カミラさんは察したような表情を浮かべた。
「わ、分かりました。……やっぱり、アルさんは幸運をもたらしてくれます」
「過大評価です」
「ウフフフフ。アルさん、今日はファステルの歓迎会をします。ぜひ参加してください」
「ファステルの歓迎会……」
それはぜひとも参加したいし、ファステルを励まして応援したい。
新天地で不安もあるだろう。
しかし……。
「カミラさん、俺はもう行きます」
「え! どうしてですか? 今日は泊まってください。出発は明日でも大丈夫でしょう? ゆっくりお話がしたいです。ファステルだってアルさんと積もる話があるはずです」
「騎士団の試験がそろそろ始まるので、もしかしたら王都到着が遅れるかもしれません」
「そ、そうでしたね。旅の目的は騎士団の試験でしたね」
「はい、すみません。それに……その……ファステルの顔を見ると……」
「あら! あらあら。ウフフフフ、分かりました。でも必ずまた寄ってくださいね」
「はい、もちろんです! あと、これをファステルに渡していただけますか?」
俺は革製の小さな袋を渡した。
カミラさんは持った瞬間、中の物に気づいたようだ。
さすがは一流の商人。
「もう、最初から自分でそうすればいいのに……」
「す、すみません。あの、カミラさん……。ファステルは本当に頑張り屋で、弟思いの素直な子です。どうか、どうかよろしくお願いします。本当によろしくお願いします」
俺は心からお願いし、カミラさんに何度も頭を下げた。
「はい、任せてください」
「じゃあ行きますね」
「アルさん、また絶対に寄ってくださいね。歓迎しますから」
「ありがとうございます」
俺はカミラさんに挨拶して、すぐにアセンを出発。
街道からアセンを振り返る。
「ファステル、頑張れよ」
最初にファステルの事情を話せば、カミラさんなら無条件で金貨を貸してくれただろう。
もしくは、こうなったのは俺の責任でもあるし、俺が全額出しても良かった。
しかしそれをしてしまうと、カミラさんや俺がファステルの境遇に同情して金貨を出したと思うはずだ。
そのことで、ファステルは負い目を持ったまま生きていくことになるかもしれない。
この先も弟の看病は続くだろうし、ファステル自身住む家すらなくなっている状況だ。
一時的に誰かに頼るのではなく、継続的に、安定的に収入を得ないと暮らしていけない。
だから俺は、ファステルには素晴らしい能力があることと、その能力で立派に生活できることを知って欲しかった。
そして、その能力に自信を持って生きて欲しかった。
結果的にカミラさんを試したようで申し訳なかったけど、これで全てが上手くいくはずだ。
悲しいことはあったが、ファステルなら前を向いて再出発するだろう。
「エルウッド、行こう」
「ウォン!」
俺たちは、王都イエソンに向かって街道を北へ進む。
◇◇◇
「カミラさん! アルがいないんです!」
「アルさんならもう出発しましたよ」
「え! どうして? アルとたくさん話したいことがあったのに! 伝えたいことだって……。どうして……」
混乱しているファステルの肩に、カミラが優しく手を置く。
「ファステル、あなたが羨ましいです。アルさんが、あなたをよろしくって言い残していきましたよ」
「だからって! 何も言わずに行かなくても!」
「ウフフフフ、アルさんはね、あなたの顔を見ると別れるのが辛いって……。以前私はアルさんを誘ったのに、はぐらかされたんです。だからファステル、あなたが本当に羨ましいです」
「カミラさん……」
「あと、アルさんからこれを預かってます」
カミラは革製の小さな袋をファステルに渡した。
「ファステル、少し休憩していいですよ」
そう言い残して、カミラは自室へ戻った。
ファステルは革袋を開ける。
中には金貨が十枚入っていた。
そして、小さな小さな緑鉱石が一つ。
それはアルとファステルが二人で採った緑鉱石の欠片だった。
「アル、あなたって人は……。もう……、本当に……、本当に……」
ファステルは溢れ出る涙をそのままに、金貨を胸に押し当て、その手を強く握りしめた。
「アル、愛してる」
◇◇◇
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辺境の村を拠点に、薬草採取から魔物討伐まで、スキルを駆使して依頼をこなし、着実に経験値と信頼を稼いでいくレントたち。プルは多彩なスキルを覚え、リンドは驚異的な速度で成長を遂げる。
これは、ゴミスキルだと蔑まれた少年が、最強の仲間たちと共にどん底から成り上がり、やがて自分を捨てたパーティーや国に「もう遅い」と告げることになる、追放から始まる育成&ざまぁファンタジー!
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白魔道師のクリスは、宮廷魔導師団の副団長として、王国の戦争での勝利に貢献してきた。だが、国王の非道な行いに批判的なクリスは、反逆の疑いをかけられ宮廷を追放されてしまう。
そんなクリスに与えられた国からの新たな命令は、逃亡した美少女公爵令嬢を捕らえ、処刑することだった。彼女は敵国との内通を疑われ、王太子との婚約を破棄されていた。だが、無実を訴える公爵令嬢のことを信じ、彼女を助けることに決めるクリス。
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イラスト 卯月凪沙様より
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