鉱夫剣を持つ 〜ツルハシ振ってたら人類最強の肉体を手に入れていた〜

犬斗

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第十章

第165話 シドの一番長い日

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「レイ、食事を用意した。少しは食べろよ」

 レイは無言で、ベッドの隣に置いた椅子に座っている。
 ベッドに横たわるアル君のそばから離れない。

 アル君の心臓の鼓動は完全に止まっている。
 それはすなわち……。

 アタシも声のかけようがない。
 アル君との生活をとても楽しそうに話してくれたレイ。
 私はアル君が羨ましかった。

 アタシがレイと初めて会ったのは、もう十年近くも前だ。
 うだつの上がらない底辺冒険者だったアタシに、チャンスを与えてくれたレイ。
 アタシに生きがいを与えてくれたレイ。
 だからアタシはレイに一生ついていくと決めた。
 レイの家族として、レイと共に生きていくと決めた。

 でもそれはアタシの役目ではなかった。
 レイはアル君と出会い、夢を叶えた。
 そのアル君がレイの前で……死んでいる。

 レイはずっと泣いていた。
 涙が枯れ尽くしても泣いていた。
 すでに深夜だ。

 晴天だった天気は、夕方から雨に変わっている。
 部屋には雨の音だけが鳴り響く。
 空がレイの代わりに涙を流しているようだ。

 冒険者時代も、騎士団時代も、大勢の仲間が死んでいった。
 悲しいことだが、レイはいつでも気丈に振る舞っていた。
 たった一度だけ泣いたレイを見たことはあるが、これほどまでに憔悴したレイは見たことがない。
 人目をはばからず泣くレイ。
 見てられない。
 とても悲しい夜だ。

 すると、ドアが軋む音が部屋に響いた。

「誰だ!」

 アタシは剣の柄を握ると、ずぶ濡れの男が入ってきた。
 レイはアル君から目を話さない。
 全く周りを警戒しないレイを見るのは初めてだ。

「な、なんだ。シ、シド様か?」
「リマか」
「こ、こんな時間にどうしたんです?」
「ジル・ダズ卿からここにいると聞いてな。アルの様子を見にきた」

 部屋に入ってきたのはシド様だった。
 その後ろには、ずぶ濡れのエルウッドもいる。
 シド様が来ても、レイはアル君から目を離さない。

「レイ、オルフェリアの峠は越えたよ。ひとまず大丈夫だ」
「そう。良かったわ」

 レイはアル君を見つめている。
 だが視線はうつろだ。
 悲しげな雨の音だけが部屋に響く。

「アルの様子はどうだ?」
「シド……。ねえシド……。アルが起きないのよ。ずっと寝てるの。シド、アルを起こして? 親友でしょ?」

 レイの顔には、枯れ果てた涙の跡しかない。
 干上がった川のように乾燥し、肌がひび割れている。
 ここ最近の寝不足もあるのだろう。
 顔からは血の気が消え失せている。
 あの美しかった顔が、見るに堪えない顔に変わり果てていた。

 生きる気力すら感じない。
 アタシはレイが心配で仕方がない。
 この絶望した姿を見ると、アル君の……後を追うのではないかと。

「ねえシド。アルはもう起きないの? ねえシド、教えてよ」

 椅子に座り、うつむくレイ。
 膝の上に置いた手を握りしめている。

「アルは……アルは……」

 もう涙すら出ない嗚咽。

「ア、アルは……し……し……」

 声を絞り出す。

「し……し……死んじゃったの?」

 レイから初めて死という言葉が出た。
 これまで認めたくなかったのだろう。
 だがレイも本当は分かっているのだ。
 冒険者として、騎士として、幾人もの死を見てきた。
 シド様の言葉で、現実を受け入れるつもりだ。
 レイから死という言葉が出て、アタシも涙が止まらない。
 シド様はそんなレイを見つめる。

「バカなことを言うな! アルが死ぬわけないだろう!」
「え?」

 シド様の表情には、絶望なんて微塵も感じられない。
 レイの横に立つシド様は、アル君の顔を指差す。

「見ろ、気持ち良く眠っているだけじゃないか! 私はこの寝坊助を起こしに来たのだ!」
「え? え? で、でも」

 混乱するレイの肩に、シド様はそっと手を乗せる。

「すまないレイ。遅くなったのはエルウッドを探していたのだ。エルウッドも相当ダメージを負っていてな。戦いの場から離れたところで倒れていた」
「クウウウン」

 エルウッドがレイにすり寄る。
 レイは自然な動きでエルウッドの頭を撫でた。

「ウォンウォン!」

 エルウッドがアル君に向かって吠えた。

「エルウッド、もう少しだけ頑張ってくれ」
「ウォン!」

 エルウッドの角が光る。

「こ、これは雷の道ログレッシヴ?」

 アタシは一度、王都での事件で見たことがある。
 エルウッドが雷を帯びたような状態になったことを。

「レイ、リマ、離れていろ」

 アタシはレイを立たせ、その小さな両肩を抱きかかえてベッドから離れた。
 エルウッドがベッドに飛び乗り、アル君の顔を舐める。
 シド様がアル君の胸を指差す。
 
「そもそもアルの心臓の鼓動は遅いのだ。だから動いてるかどうかも分からん。本当に困った親友だ。なあ、エルウッド」
「ウォンウォン!」
「エルウッドも世話が焼けると言っているぞ。さあ、アルよ。起きるがよい」

 エルウッドの角が光を帯びて、稲妻のような音を発している。

「ウォン!」

 エルウッドがアル君に声をかけた。
 まるで起きろと言わんばかりだ。
 そして、アル君の心臓の位置を角で触れる。
 すると一瞬だけ激しい雷の音が発生し、アル君の身体が大きく跳ねた。
 その様子を見て、シド様が安堵の表情を浮かべる。

「ああ、今日はなんて長い一日だったのだろう。本当に疲れたぞ。私はオルフェリアの元へ帰る。あとはよろしく頼むぞ」
「シ、シド。アルは? アルは起きるの?」
「当たり前だ。寝ているだけだと言っただろう。だが少しばかり深い眠りだ。数日は起きないかもしれないがな。では頼んだぞ。ハッハッハ」

 シド様が笑いながら部屋を出て行った。

 アタシは見逃さない。
 シド様の頬に伝わる一滴の雫を。
 濡れた髪から滴り落ちたのか。
 それとも。
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