鉱夫剣を持つ 〜ツルハシ振ってたら人類最強の肉体を手に入れていた〜

犬斗

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最終章

第347話 二人の天才

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 たったの四日の飛行で、南西の果てにあるベルフォン遺跡に到着したシド。

「これが……ベルフォン遺跡」

 世界を旅したシドでさえ、ベルフォン遺跡は初めて訪れる場所だ。
 ノルンから遺跡の精巧な地図を渡されていたため、迷うことなく到着。
 四角錐の墓の正面に王の赤翼ラルクスを停泊させ、ノルンの指示通りに特殊な巨大扉を開けた。

 廊下を進み、五十メデルト四方の空間に出る。
 正面に横たわるのは、神々しいまでの白い生物だ。

「こ、これが白竜クトゥルス」

 全長は二十メデルト、巨大な二枚の翼、四足歩行であろう手足、長さ十メデルトはある尻尾。
 頭部には五メデルトほどの長い角が一本。
 シドがこれまで見てきた竜種の中で、最も美しいフォルムだった。

 だがクトゥルスの様子が少しおかしい。
 ほとんど動かないと聞いていたにもかかわらず、牙を剥き出しにし、よだれを垂らし、眼光鋭くシドを睨んでいる。

「は、初めまして。白竜クトゥルス。今日はお願いがあって参りま」
「グルゥゥゥゥ」

 シドが話しかけた瞬間、クトゥルスはその長い尻尾をシドに向かって振り下ろした。
 クトゥルスにとっては身体にまとわりつく羽虫を払う行為だが、人間にとっては死に直結する。
 潰れたトマトのように、シドは簡単に床に張りついた。

「くっ、いくらなんでも話の途中で……」

 しばらくして身体が修復されたシド。
 とはいえ完全ではない。
 潰れた左半身は消えたままだ。
 この姿はオルフェリアにだって見せられないだろう。
 
「グルゥゥゥゥ」
「頼むクトゥルス。話を聞いてくれ」

 寿命を迎えたとはいえ竜種だ。
 軽く身体を動かすだけでも、その衝撃で人間はあっけなく死ぬ。

「グルゥゥ」

 しかも、今日に限ってクトゥルスは機嫌が悪い。
 それは全身に痛みを感じているからだ。
 クトゥルスの血液は、自身の身体すら蝕む強力な毒素を持つ。
 本来であれば毒を抑える器官が働くのだが、寿命を迎え弱った身体では、この器官が正常に働かないことがある。
 それもあり、クトゥルスは急速に弱まっていた。
 とはいえ、それは無限の時間を持つ竜種だ。
 急速といっても数万年は経っている。

「クトゥルス! 頼む!」

 シドは何度も声をかける。
 その都度殺されるシド。
 もう数回殺された。

 シドは身体の再生速度を上げる。
 実は過去の拷問時に、少しでも間隔を開けるために再生速度を遅くしようと努力した結果、自らの意思で速度をコントロールできるようになっていた。

「クソッ! このままでは先に進めない」

 焦るシド。
 何とか話だけでも聞いてもらいたいと考える。

「クトゥルスはほとんど動けないと聞いていたが……」

 アルからクトゥルスの情報を得ていたが、明らかに様子が違う。
 シドは様々な角度から理由を分析。

 シドはクトゥルスの血液に、強力な毒素があることを予測していた。
 アルがこれまで討伐した竜種を研究した結果、多かれ少なかれ血液中に毒素が含まれていることを発見。
 ヴェルギウスやルシウスの血液は人間への影響がない毒素で、狂戦士バーサーカーの大元であるリジュールの血液は人間に対して影響が大きい。
 竜種によってもタイプがあることは研究済みだ。
 そして、シドは自らの身体で臨床試験を行うことで、より詳しく効果を確認していた。

「寿命を迎えた竜種だ。臓器の機能は低下しているだろう。そして、竜種の血液と毒性。竜種で最も理性的と言われるクトゥルスのこの暴れ方。もしかして……」

 シドは、クトゥルスが自らの毒で痛みを感じていると結論付けた。

「クトゥルス! 聞いてくれ!」
「グルゥゥゥゥ」

 尻尾を振り上げるクトゥルス。

「あなたの痛みを和らげることができる薬があるのだ!」

 尻尾の動きが止まる。
 人語を理解するクトゥルスは、ようやくシドの提案に耳を傾ける。
 何かにすがりたいほどの痛みだった。

「少し待ってくれ!」

 シドは一旦王の赤翼ラルクスへ戻った。

「半分はブラフだが、きっと効くはずだ。これで効かなければ世界が終わる。頼むぞ」

 シドは薬の瓶を手に取り、祈るように呟いた。
 そして、すぐにクトゥルスの元へ駆けつける。

「これは痛み止めだ! クトゥルスにも効く!」
「グルゥゥ」

 クトゥルスに麻酔薬を見せるシド。
 この麻酔薬は、シドの友人でアルの父親バディが開発したものだ。
 さらにシドは調薬することで、麻酔の効果を上げていた。
 それは麻酔が効かないオルフェリアにも、効果が見えるほどだ。

 麻酔薬に顔を近付けるクトゥルス。
 痛みに耐えながらも、理性を保ち匂いで内容を判別した。

「どうかな? クトゥルス」

 小さく頷くクトゥルス。
 シドは安堵の表情を浮かべた。
 
「注入針を刺せるところはあるかな?」
「グルゥゥ」

 シドを信用したクトゥルスは、左手の爪を器用に使い、右手上腕の鱗を数枚剥がした。
 シドはそこから麻酔薬を注入。
 しばらくすると、クトゥルスの表情は穏やかになり、落ち着きを取り戻した。

「グルゥゥゥゥ」
「効いてるようだな。良かった。クトゥルスよ、お願いがあるのだ。あなたの血液を少しいただきたい。よろしいか?」
「グルゥゥ」

 頷くクトゥルス。
 シドは麻酔薬を打った部位に、採血用の針を刺す。
 どれほどの量を採っていいのか分からなかったので、クトゥルスの反応を見ながら採血。
 シドの予想に反して、かなりの量を採血できた。

「クトゥルス、ありがとう」
「グルゥゥゥゥ」
「麻酔薬はしっかりと効いてるようだな。もし良かったら、また麻酔を打ちに来るがいかかがな?」
「グルゥゥ」

 クトゥルスが牙を見せた。
 その表情はまるで笑っているようだ。

 ――

 デ・スタル連合国の首都メルデス。
 一国の首都であるが、人の気配はない。
 ほとんどの住民は病で死んだ。
 生き残った住民も病に感染し、唯一の薬である狂戦士毒バーサルクによって狂戦士バーサーカーとなり進軍中。
 今や人口はノルン一人だけだ。

 王城にあるノルンの研究室へ駆け込むシド。

「ノルン、クトゥルスの血を分けてもらったぞ!」

 ノルンは薬品を調合していた手を止めた。
 だがすぐに調合を続ける。

「よくやったの」
「白竜は無事だ。安心してくれ」
「うむ……。そうか……。あ、ありがとう」

 最後はシドに聞こえたのか分らないほどの小さな声だった。
 シドは気にせず全ての状況を説明。
 ノルンは真剣に耳を傾けていた。

「なるほど。クトゥルスには麻酔薬が必要なのじゃな」
「そうだ。定期的に注入しないと、むしろ痛みで暴れて身体を傷つける恐れがあるだろう」
「ふむ、分かった」

 話を終えると、二人は作業に取りかかった。
 二人の不老不死者は共に研究者だ。
 現存する薬の元となる理論を作り上げたノルン。
 ノルンの薬を飛躍的に進化させたシド。

 その二人の天才が、初めて協力する。
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