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第1章
第16話 トーマとチロの冒険 ②
しおりを挟む神歴1010年、7月6日――ミレーニア大陸中央、ダイダラン平原。
「……え、どーゆうこと?」
俺は、我が目を疑った。
何もない。
見渡すかぎり、草草草。
雄大で、目を見張るほどの美しい風景だが――大きな町どころか、人っ子ひとりいなかった。
「トーマぁぁぁ」
隣を飛んでるチロが、細めた両目を向けてくる。
俺は、ありえないとばかりにかぶりを振った。
「なんでだよ! 普通、ここに町作るだろ!? こんだけだだっ広い空間があるんだぞ!? 町を作れと言わんばかりの、神様からのギフトじゃねえか!?」
信じられない。
神からの贈り物を、新人類総出でスルーするとは……。
が、冷静なチロの指摘が、憤る俺の心にグサリと刺さる。
「トーマ、近くにちゃんと水場作った? 海に面してるどころか、なんか川すら見えないんだけど」
「……………………あ」
俺は、とんだケアレスミスに頭をかいた。
「忘れちゃった」
「忘れちゃったって……」
チロが再び、あきれたように両目を細める。
俺は小さく一度息を吐くと、気を取り直し、
「大丈夫。この草原を抜けた先にある『ドゥーラ山脈』を超えれば、そこには確実に町があるはずだ。近くに大きな川も流れてるし、ここほどじゃないにしろスペースもじゅうぶんにある」
「……で、そこには何日くらい歩けばたどり着けるの?」
「このダイダラン平原を抜けるのに三日、ドゥーラ山脈を越えるのに一週間くらいだろうから……合わせて十日前後かな?」
「……ハァ」
チロの巨大なため息が、緑の大地にドスンと落ちる。
俺はムッとして、チロの頭を軽く小突いた。
言う。
「おまえは飛んでんだから、全然疲れないだろ!? 歩きっぱの俺よか、はるかにマシじゃねーか!」
「そんなことないやい! 飛んでるのだって、けっこう疲れるんだからなー! 飛んだことないトーマには、この感覚は分からない!」
「分かりたいわ! むしろ飛びまくって、その疲れた感覚を味わってみたいわ!」
「なんだとー!」
「なんだよ!」
七秒。
チロとの不毛なにらみ合いは、七秒続いた。
七秒続いて、八秒後にそれを終わらす事態が起きる。
かすかな地響きと共に、視界の先に巨大な何かが映りこんだのである。
そうしてそれは、あっという間に俺たちの眼前へと到着した。
全身黒の外殻に覆われた、体長五メートル越えの大型モンスターだった。
「でかっ! トーマ、これ過去最大級のモンスターじゃない!?」
「……確かに。木造二階建てクラスだな。チロ、下がってろ。仲間を呼ばれる前に瞬殺する」
そう言って。
俺は右の拳を強く握った。
素手で破壊する。
三階建てのビルを一撃で粉砕できる俺の拳撃なら、このモンスターもワンパンで仕留められるはずだ。その身体能力を確認する良い機会。
俺は爆速の一歩を踏み出した。踏み出したとほぼ同時に、モンスターとの距離がゼロになる。目の前でけたたましい咆哮を上げる黒き魔物の左足に、そうして俺は全力の右ストレートをぶちかました。
が。
「いってぇぇぇぇぇぇ!!」
痛かった。
滅茶苦茶痛かった。
このまま砕けてしまうんじゃないかと思うくらい、右の拳が超絶痛かった。
俺は即座に、チロを見やった。
そのまま、光速で彼への文句をぶちまける。
「破壊できねえじゃねーか! ビルの三階どころか、ビル二階クラスのモンスターの身体も砕けねえじゃねーか! この、嘘つき巻きグソ精霊っ!!」
「嘘つき巻きグソ精霊って……。もうオイラ巻きグソ形態じゃないんだけど……。てゆーか、前の形態も別に巻きグソじゃないからね。たぶん、そのモンスターの外殻が硬すぎるんだよ。ビルの外壁より全然硬い」
「ビルの外壁より硬いのか、こいつ!?」
「うん、おそらくね。その証拠に、外殻に傷はついてないけど、トーマのパンチ喰らったあと、ちょっとヨロめいてたもん。相当な衝撃だった証拠だよ」
「……マジか? 効いてたのか、俺の右ストレート。いやでも、効いてたとしても地味だわ。地味すぎるわ。やっぱ素手の撃破はあきらめる」
時間が掛かりすぎるし、何より右手が超痛い。
俺は腰もとのダブルを抜いた。
無論、刀身は生えてない。まだ、形態は魔法モードのままである。でも、俺はその魔法モードのまま、くだんのモンスターに向けてそれを突き伸ばした。
チロが、両目をパチクリさせて訊く。
「斬撃モードでやらないの? そのダブルの切れ味なら、さすがに両断できると思うけど」
「ないとは思うが、まんがいち折れたらシャレにならねえ。それに、この場所なら存分にコイツの本領が発揮できそうだからな。俺専用の最強ダブル。それに組み込まれた最強魔法を、このムカつくデカブツにお見舞いしてやる」
「下級魔法にしといてよ。いくらトーマのエネル総量が莫大だと言っても、ベッドの上でグッスリ休まないとエネル回復しないんだから。不測の事態に備えて、エネルは常に温存しとかないと。こういう場所ならなおさら」
「分かってるよ。放つ魔法は下級魔法。エネル消費350の、最強下級魔法だ!」
叫んで、俺はターゲットをロックオンした。
間を置かず、そうして発動の言葉を投げ放つ。
全てを焼き尽くす、青き超熱の言霊を――。
「傲慢な火炎っ!」
産み落とされた爆炎が、視線の先を灰燼に帰す。
◇ ◆ ◇
「……ちょっとやりすぎちゃったかな?」
やりすぎちゃった。
まさかこれほどの威力とは、自分でも思わなかった。
視線の先に広がるは、焦土と化したダイダランの一角。くだんのモンスターと共に何平方メートルが焼けてしまったのか。それを考えるのは憂鬱な作業だった。
「これだけ広い平原なんだから、たいした被害じゃないよ。焦土と化したのはせいぜい半径二、三十メートルってとこだし。消火のために使った氷結魔法でエネルを超絶無駄にしたのは痛かったけど。そんなことより――」
問題ないとばかりに気軽に言って、チロがとある一点を指し示す。
土の地面と化したその場所に――これみよがしに、豪奢な宝箱が鎮座ましましていた。
「モンスター倒したら、宝石と一緒に宝箱出てきたよ。初めてのパターンじゃない?」
「……ああ、たぶんそれ、モンスターが宝箱を飲み込んじまったパターンだ。宝箱はむちゃくちゃ丈夫に作ったからな。溶けることもなければ、壊れることもない。せっかくだから、中身もらっとくか」
前のクアニール森林では、宝箱を探している余裕などなかった。見るのも、開けるのも、これが初めてである。
俺は小さく一度、緊張の息を吐くと、目の前の宝箱をカチリと開けた。
中から現れたのは――。
「あっ、ダブルだ。えっと、このダブルは確か……」
「ナイーブキラーだ」
必死に記憶の糸を手繰ろうとしていたチロに、迷いなくそう断言する。
ナイーブキラー。
剣式の、Cランクダブルである。
「……ショボ」
ぼそりと、チロ。
俺はガックリと肩を落とした。
最初に開けた宝箱に入っていたのは、最初に開けたという思い出以外なにも残らないだろう、超絶ショボいアイテムだった。
ビギナーズラックなんて、どの世界でも起こらない。
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