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第1章
第25話 トーマとチロの冒険 ④(この話以降、重大なネタバレが生じます。途中から読むタイプの方はご注意ください)
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神歴1010年、7月16日――ミレーニア大陸中央、ヘンフリックの町跡地。
「……なん、だ……これ?」
「……ひど。トーマ、町が死んじゃってるよ……」
町が死んでいる。
チロの言うとおり、この町はすでに死んでいる。
文字どおり、死体が町を埋め尽くしている。
「小規模な町だったみたいだけど――でも、それでも死体の数は百や二百じゃきかないよ。何百人も……もしかしたら何千人もかも」
「腐敗はそんなに進んでないから、まだ死んで間もないな。いや、殺されて間もない」
「……うん」
チロが、神妙な顔で頷く。
そう、この町の住民は病気や事故で死んだのではない。殺害されたのだ。何者かの手によって。それは死体の様子を見れば一目瞭然だった。
「ほとんど全員、斬撃でやられてるね。魔法で殺されてるヒトは少ない。いないわけじゃないけど」
「刀身で斬りつければ、殺す感覚が手に残るからな。快楽殺人主義者だな。おそらくは殺すことが目的でヒトを殺してる」
「でも、これだけの数の人間を殺せるかな……? 滅茶苦茶強い快楽殺人主義者だったのかな……。まあ、一人とはかぎらないけど」
「イカれた野郎が徒党を組んでるってのか? それはそれでぞっとしない話だな」
「……まだ、分からないことだらけだね。とにかく、あの子を探そう。町の中にまだ、これをやった人間が残ってるかもしれないし」
「……ああ、そうだな」
俺とチロは手分けして、緑髪の少女を探すことにした。
ドゥーラ山脈のふもとで彼女に追いついてから、俺たちはこの町の入口までずっと彼女を護衛してきた。
もっとも護衛と言っても、気づかれないような距離感を保って、ただ彼女の後ろをついて歩いてきただけだが。三度も無言で逃げられては、そうするよりほかなかった。
だが、町の入口に着いたところで、四度の逃走に遭う。
この町の惨状に言葉を失っていたところ、間抜けにも気づかれ、スタタと逃げられてしまったのである。
逃げ足の速さだけは超一級。というより、単純に足が滅茶苦茶速かった。とても十歳そこそこの少女とは思えないほど。俊足極まるランナーだった。
「けど、早く見つけてとっ捕まえないと。チロの言うとおり、これをやったイカレ野郎がまだ町の中にいるかも――」
「トーマ、こっち来てー! あのコ見つけたーっ!」
「……いや早いな、アイツ。もう見つけたのかよ。まあ、空飛べるんだから当然と言えば当然かもだけど……」
いずれにしろ、これで一安心だ。
俺は急ぎ、チロのもとへと向かった。
大変だったのはでも、ここから先の数時間だった。
◇ ◆ ◇
「……いやなんか喋れって。何時間、黙ってるつもりだ?」
石畳の地面に腰を下ろした状態で、俺は目の前に座る少女に言った。
時刻は、午後八時三十分。
辺りは完全に暗闇に包まれ、たき火を囲んでいなければ二メートル先も見えない状況だった。
「……心、閉ざしちゃってるのかな。まあ、無理もないよね。こんな地獄でひとり生き残っちゃったんだもん。ひとりかどうか、まだ分かんないけど」
チロが、テキトーなことを言う。
俺はもう一度、少女に向かって語りかけた。
「なあ、この町で何があったんだよ? これをやった人間は、もうこの町にはいないのか? 大丈夫なのか?」
「…………」
返事はない。
少女を保護してから、ちょうど五時間が経つ。この問いかけも、もうこれで十七回目だ。一声聞くだけで(まだ聞けてないが)、まさかこんなにも時間が必要だとは思わなかった。
俺は奈落の底に巨大なため息を落とすと、数日前に入手した『束の間の飛翔』のボールをサブのダブルにはめ込んだ。
と。
「あっ、そのボール、レプも持ってる」
「いやこのタイミングで喋んのかよ!? なんでだよ!」
喋った。
なんの前触れもなく、突然喋った。俺はワケが分からなかった。
「喋ったんだからいいじゃん。マジックボールに、興味あるの?」
「マジックボールってなに? さっきのボール?」
「ああ、そうだ。今、はめ込んだのは『束の間の飛翔』って言って、超絶レアなボールだ。おまえが持ってるのは、どんなボールだ?」
なぜ急に喋りだしたのかはまったく分からないが、千載一遇の好機である。俺は彼女の興味に飛びついた。
「レプのボールはこれ。赤くてキレイなボール。レア?」
「……小火だ」
チロが、ぼそりとつぶやく。
俺も思わず、つぶやいてしまった。
「……ショボ」
「……むぅ」
少女の顔が、ふくれっ面に変わる。
俺は慌てて、話題を変えた。
「でも、なんで急に喋る気になったんだ? そんなに、俺のマジックボールが気になったのか?」
訊くと、少女はブンブンと首を左右に振った。
その流れのまま、言う。
「レプはずっと警戒してた。お兄ちゃんがアイツの仲間かもってずっと思ってた。でも、違うって分かった。観察の結果。レプは観察超得意」
観察してたのか。とてもそんなふうには見えなかったが。
いずれ。
「アイツってのは、この町をこんなふうにしたヤツのことか? まだこの町にいるのか?」
「もういない。どっか行った。突然やってきて、みんな殺して、突然いなくなった。レプのおじいちゃんも殺された。レプは悲しい……」
そう言って、少女がうつむく。ほんの少し、目に涙が溜まっていた。
チロが、言う。
「……そっか。オイラ、チロって言うんだ。元気出しなよ。これあげるから」
「……ボール? チロもボール持ってた?」
「うん、それは『火炎波浪』って言うんだ。きみが持ってるボールのパワーアップバージョンだよ」
「おぉ……パワーアップバージョン……」
受け取った少女の表情が、見る間に晴れる。プレゼント効果は、どうやら抜群だったらしい。
俺は、その波に乗った。
「名前、なんて言うんだ? レプってのは愛称だろ? それとも、レプが名前?」
「レプはレプ。レプリア・ヴァンセン。でも、みんなレプって呼んでた」
「年は?」
「レプは昨日、九歳になった」
少し誇らしげに、少女――レプが答える。
最悪の中で迎えた誕生日だな、と俺は素直に思った。
が、その最悪を持続させてはならない。
俺はレプの頭をポンと叩くと、
「俺たちと一緒に来るか? このままここにいたって、最悪がずっと続くだけだ」
「行く。レプはお兄ちゃんとチロについていく。今、決めた。レプの決断は早い」
「そっか。んじゃ、出発しよう。この場所は長くいる場所じゃない」
そう言って、立ち上がる。
と、そこで俺は思い出したように、
「そうだ。俺の名前も教えとかないとな」
「あっ、ついに決めたんだ。なんて名前にしたの?」
若干と驚いた様子でこちらを見たチロが、興味津々に訊く。
俺はレプに視線を留めたまま、コクリと頷いた。
決めた。
そう、決めたのだ。
新たな世界での、新たな名前が今、決まった。
それは、始まりの号砲。
俺はわざとらしく、そこで一拍溜めると――。
それからゆっくりと、その言葉を乾いた空気に優雅に流した。
「ブレナ。ブレナ・ブレイクだ。よろしくな、レプ」
トーマの――ブレナ・ブレイクの、新たな人生が始まる。
「……なん、だ……これ?」
「……ひど。トーマ、町が死んじゃってるよ……」
町が死んでいる。
チロの言うとおり、この町はすでに死んでいる。
文字どおり、死体が町を埋め尽くしている。
「小規模な町だったみたいだけど――でも、それでも死体の数は百や二百じゃきかないよ。何百人も……もしかしたら何千人もかも」
「腐敗はそんなに進んでないから、まだ死んで間もないな。いや、殺されて間もない」
「……うん」
チロが、神妙な顔で頷く。
そう、この町の住民は病気や事故で死んだのではない。殺害されたのだ。何者かの手によって。それは死体の様子を見れば一目瞭然だった。
「ほとんど全員、斬撃でやられてるね。魔法で殺されてるヒトは少ない。いないわけじゃないけど」
「刀身で斬りつければ、殺す感覚が手に残るからな。快楽殺人主義者だな。おそらくは殺すことが目的でヒトを殺してる」
「でも、これだけの数の人間を殺せるかな……? 滅茶苦茶強い快楽殺人主義者だったのかな……。まあ、一人とはかぎらないけど」
「イカれた野郎が徒党を組んでるってのか? それはそれでぞっとしない話だな」
「……まだ、分からないことだらけだね。とにかく、あの子を探そう。町の中にまだ、これをやった人間が残ってるかもしれないし」
「……ああ、そうだな」
俺とチロは手分けして、緑髪の少女を探すことにした。
ドゥーラ山脈のふもとで彼女に追いついてから、俺たちはこの町の入口までずっと彼女を護衛してきた。
もっとも護衛と言っても、気づかれないような距離感を保って、ただ彼女の後ろをついて歩いてきただけだが。三度も無言で逃げられては、そうするよりほかなかった。
だが、町の入口に着いたところで、四度の逃走に遭う。
この町の惨状に言葉を失っていたところ、間抜けにも気づかれ、スタタと逃げられてしまったのである。
逃げ足の速さだけは超一級。というより、単純に足が滅茶苦茶速かった。とても十歳そこそこの少女とは思えないほど。俊足極まるランナーだった。
「けど、早く見つけてとっ捕まえないと。チロの言うとおり、これをやったイカレ野郎がまだ町の中にいるかも――」
「トーマ、こっち来てー! あのコ見つけたーっ!」
「……いや早いな、アイツ。もう見つけたのかよ。まあ、空飛べるんだから当然と言えば当然かもだけど……」
いずれにしろ、これで一安心だ。
俺は急ぎ、チロのもとへと向かった。
大変だったのはでも、ここから先の数時間だった。
◇ ◆ ◇
「……いやなんか喋れって。何時間、黙ってるつもりだ?」
石畳の地面に腰を下ろした状態で、俺は目の前に座る少女に言った。
時刻は、午後八時三十分。
辺りは完全に暗闇に包まれ、たき火を囲んでいなければ二メートル先も見えない状況だった。
「……心、閉ざしちゃってるのかな。まあ、無理もないよね。こんな地獄でひとり生き残っちゃったんだもん。ひとりかどうか、まだ分かんないけど」
チロが、テキトーなことを言う。
俺はもう一度、少女に向かって語りかけた。
「なあ、この町で何があったんだよ? これをやった人間は、もうこの町にはいないのか? 大丈夫なのか?」
「…………」
返事はない。
少女を保護してから、ちょうど五時間が経つ。この問いかけも、もうこれで十七回目だ。一声聞くだけで(まだ聞けてないが)、まさかこんなにも時間が必要だとは思わなかった。
俺は奈落の底に巨大なため息を落とすと、数日前に入手した『束の間の飛翔』のボールをサブのダブルにはめ込んだ。
と。
「あっ、そのボール、レプも持ってる」
「いやこのタイミングで喋んのかよ!? なんでだよ!」
喋った。
なんの前触れもなく、突然喋った。俺はワケが分からなかった。
「喋ったんだからいいじゃん。マジックボールに、興味あるの?」
「マジックボールってなに? さっきのボール?」
「ああ、そうだ。今、はめ込んだのは『束の間の飛翔』って言って、超絶レアなボールだ。おまえが持ってるのは、どんなボールだ?」
なぜ急に喋りだしたのかはまったく分からないが、千載一遇の好機である。俺は彼女の興味に飛びついた。
「レプのボールはこれ。赤くてキレイなボール。レア?」
「……小火だ」
チロが、ぼそりとつぶやく。
俺も思わず、つぶやいてしまった。
「……ショボ」
「……むぅ」
少女の顔が、ふくれっ面に変わる。
俺は慌てて、話題を変えた。
「でも、なんで急に喋る気になったんだ? そんなに、俺のマジックボールが気になったのか?」
訊くと、少女はブンブンと首を左右に振った。
その流れのまま、言う。
「レプはずっと警戒してた。お兄ちゃんがアイツの仲間かもってずっと思ってた。でも、違うって分かった。観察の結果。レプは観察超得意」
観察してたのか。とてもそんなふうには見えなかったが。
いずれ。
「アイツってのは、この町をこんなふうにしたヤツのことか? まだこの町にいるのか?」
「もういない。どっか行った。突然やってきて、みんな殺して、突然いなくなった。レプのおじいちゃんも殺された。レプは悲しい……」
そう言って、少女がうつむく。ほんの少し、目に涙が溜まっていた。
チロが、言う。
「……そっか。オイラ、チロって言うんだ。元気出しなよ。これあげるから」
「……ボール? チロもボール持ってた?」
「うん、それは『火炎波浪』って言うんだ。きみが持ってるボールのパワーアップバージョンだよ」
「おぉ……パワーアップバージョン……」
受け取った少女の表情が、見る間に晴れる。プレゼント効果は、どうやら抜群だったらしい。
俺は、その波に乗った。
「名前、なんて言うんだ? レプってのは愛称だろ? それとも、レプが名前?」
「レプはレプ。レプリア・ヴァンセン。でも、みんなレプって呼んでた」
「年は?」
「レプは昨日、九歳になった」
少し誇らしげに、少女――レプが答える。
最悪の中で迎えた誕生日だな、と俺は素直に思った。
が、その最悪を持続させてはならない。
俺はレプの頭をポンと叩くと、
「俺たちと一緒に来るか? このままここにいたって、最悪がずっと続くだけだ」
「行く。レプはお兄ちゃんとチロについていく。今、決めた。レプの決断は早い」
「そっか。んじゃ、出発しよう。この場所は長くいる場所じゃない」
そう言って、立ち上がる。
と、そこで俺は思い出したように、
「そうだ。俺の名前も教えとかないとな」
「あっ、ついに決めたんだ。なんて名前にしたの?」
若干と驚いた様子でこちらを見たチロが、興味津々に訊く。
俺はレプに視線を留めたまま、コクリと頷いた。
決めた。
そう、決めたのだ。
新たな世界での、新たな名前が今、決まった。
それは、始まりの号砲。
俺はわざとらしく、そこで一拍溜めると――。
それからゆっくりと、その言葉を乾いた空気に優雅に流した。
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