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第1章
第27話 誰がこの世界の神か分からせます(中編)
しおりを挟む「ん、どうしたんだ、ブレナ? そんなおっかない顔して」
視線の先で、トレド・ピアスが飄々とほざく。
彼の右斜め後方には、ボロ雑巾のようにされたルナが横たわっている。そのかたわらでは、黒髪黒目の女が残忍な笑みを浮かべて立っていた。
ブレナは無言で、ゆっくりと腰もとのダブルを抜いた。
と、ルナが弱々しい声で、
「……ダメ、です。ブレナ……さん、トレドさんたちは……十二眷属で……」
「知ってるよ。最初に会ったときに確信した。が、レプから受けた情報とちょっと食い違ってる部分もあったから、もう一人いる可能性に賭けてあえて泳がせた。結果、こんなことになって後悔してるよ。もう少し、遅かったら取り返しのつかないことになってた」
「……え?」
「俺の正体に最初から気づいてて、あえて泳がせてた? いやいやブレナ、おまえお得意のダサい言い訳だな。気づいてたのが本当だとしたら、泳がせてたんじゃなくて、ビビッて切り出せなかったんだろ? おまえじゃどう転んでも、俺には勝てないもんな。それが分かるくらいには、おまえは強い」
「そう思うか?」
「ほかにどう思えと?」
どう思えって?
ブレナは、心の中で薄く笑った。
と、何も分かっていないトレドが、得意げにペラペラとさらなる言葉を並べる。
「そう言えば、覚えてるか? ゲヘナ盗賊団のアジトに乗り込む算段をしてたとき、良い考えがあるって俺はおまえに言ったよな? 結局、おまえが『帰らずの森を抜けるルートを知ってる』って言ったからその案を採用したけど――おまえがその案を示さなければ、俺はおそらく自分のプランを強引に推し進めてた。俺のプラン、何だったと思う?」
「アリスの両親なんて見捨てて、今まで通り帝都の悪を狩り続けよう。帝都に現れたゲヘナ盗賊団も普通に狩る、そんなところか?」
「正解。よく分かったな。まっ、もう少しオブラートに包んで提案するつもりではあったけど」
「そんな案、俺が飲んだと思うか?」
「どうだろうな。が、飲まなかったら飲まなかったで、ターゲットをおまえらのほうに変えただけだ。早いか遅いかの違い。俺にとっては、悪党だろうが正義の味方だろうが、どっちでも一緒だからな。殺せるならどっちでもいい。まあでも、おまえらは特別ではあるけど。溜めに溜めた、極上のディナーだからな」
言って、トレドがこちら側へと一歩を踏み出す。
少し遅れて、後ろの黒髪女から彼に対するのんきな声援が発せられた。
「がんばってねー。そのあいだ、わたしはこのクソ生意気なデカパイ女をメタクソにいたぶってるからー」
「まだやるつもりか。さっきも言ったが、殺すなよ? ブレナ同様、そいつも俺の極上な餌なんだからな。まっ、順番は変わっちまったけど。このままいくと、アリスがメインディッシュだ。おまえが今、来たせいで、ショボいメインディッシュになっちまったよ」
「言いたいことは、それだけか? ほかに言い残したことはないのか? あるなら聞くぜ。十秒以内に、言ってみな」
ブレナは、真顔でトレドに言った。
と、彼の表情に若干と険が混じる。
「不思議だな。煽られるのは別に嫌いじゃないが、この煽りはなぜだか無性に腹が立つよ。ムカつくって意味だ。なあ、ブレナ。なぜだろうな?」
「その理由は、すぐに分かるよ。三分後には、身に染みて分かってる」
最後にそう言って。
ブレナは、両のまなこに闘争の色を灯した。
若干と遅れて、トレドのそれにも同様の色が灯る。
問答は、これで終わり。
そうして、戦闘開始の銅鑼は鳴らされる。
互いの『狙い』が、食い違ったまま。
運命のバトルは、衝撃の結末から始まった。
◇ ◆ ◇
「……は?」
「……え?」
トレドとルナ、二人の口から似たような短音が同時に落ちる。
彼らのはるか後方から、ブレナは冷静沈着に言った。
「おまえ、油断しすぎだよ。自分がターゲットになってないと、なんで決めつけたんだ?」
宙を舞ったのは、黒髪黒目の女の生首。
やがてそれがポトリと床に落ちると――ブレナは手に持った『ダブル』を小さく一度、ピュッと振るった。
飛び散った血が、大聖堂の床を真っ赤に染める。彼はそのまま、ルナのもとへとゆっくりと近づいた。
言う。
「ルナ、立って歩けるか?」
「……え? ああいえ、すみません。無理です。一歩も……動けないです」
「そうか。なら……」
「ふぇ!? ちょ、ブレナ……さん!?」
ブレナは、ルナの身体をひょいと肩に担いだ。
そうしてさっきと同じように、ゆっくりとした足取りで、今度は出入り口の扉のほうまで歩いて進む。
途中、トレドとすれ違うと、ブレナは茫然と固まる彼に対して、
「どうした? 今、攻撃してきたっていいんだぜ? 相棒の仇を取るには、絶好のタイミングだ」
「…………」
でも、結局トレドは仕掛けてこなかった。
ブレナは出入り口の扉をひらくと、担いでいたルナの身体を数十メートル先の地面へと放り投げた。
そのまま、トレド同様、茫然と固まる彼女に向かって叫ぶように言う。
「そのまま、そこでジッとしてろ! 三分以内に終わらせて戻ってくるから!」
多めに見積もっての、三分。
実際は、そんなに掛からないだろう。
ブレナは再び、トレドの前へと移動した。
「馬鹿な奴だな。なんで今のチャンスに攻撃してこなかったんだ? 確率の計算ができないタイプか? それとも、ビビッて固まってたのか?」
「…………ッ!?」
トレドの両目が、そこでようやくと我を取り戻したように大きく見開かれる。
彼はその顔に、憤怒と驚愕の色を同時に浮かべて、
「おまえ……ッ! 今まで強さを隠してたってのか……!? 俺に悟られないように……ていうより、いったい何者だ!? ただの人間じゃないな!? それにそのダブルの刀身……赫刀!?」
「ああ、赫刀だよ。別に熱で赤くなってるわけじゃないけどな。そういう仕様なだけだ。切れ味は、黒刀ゲルマを超えるがね」
赤き刀身。
ブレナ専用の最強ダブル――『グロリアス』が誇る、最高硬度の刃である。
「にしても……さすがに一発目で『当たり』は引けなかったか。まあ、昔から運は悪かったし――十回くらい回さないと、当たりは引けねえかもな」
「……あ? 何言ってやがるッ! ワケ分かんねえこと言ってねえで、さっきの俺の質問に答えろ! テメエはいったいナニモンだって訊いてんだよ!!」
「おいおい、口が悪くなってんぞ? もう余裕がなくなってきたのか? まだ斬り合いも、魔法の撃ち合いも、何もしてないってのに。つまんない奴だな。お前ら二人を倒しても、どーせギルバード辺りに『クククッ、奴らは十二眷属の中でも最弱の二人……』とか言われんだろうな。ま、でも倒すけど」
トレドの質問には答えず、ブレナはそう言って再び戦闘モードに入った。
察したトレドも、慌てて自身の意識を戦いのそれへと切り替える。
第二ラウンドのゴングが、終わりの始まりとなって聖堂内に鳴り響く。
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