転生したら誰もいないどころか何もなかったのでゼロから世界を造ってみた

kisaragi

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第1章

第29話 奪還の旅路

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 神歴1012年2月19日――レベランシア帝国、ブレナ邸。

「あーっ、ホントだーっ、魔法出ない! なんでー?」

 魔法モードの『グロリアス』を右手でブンブンと振りながら、アリスが不思議そうに訊く。

 ブレナは鼻で息を落とすと、

「だから言ったろ、その『グロリアス』は俺専用ダブルだって。ほかの奴には使えない。形態を切り替えることさえできない。俺の声で刀身モードにしとけば、それを振るうことくらいならできるけどな。魔法は絶対使えない」

「じゃあ、ルナだったら問題ないね。ルナ、脳筋タイプだし」

「脳筋違います! ちゃんと頭使えます! ゼロエネルなだけです! 訂正してください!」

 ソファに座っていたルナが、そう言って反射的に立ち上がる。

 ルナはそのまま、不本意だと言わんばかりにアリスのほうを見やったが――すぐさま、アリスの立つ位置とは真逆の方向から、彼女に向けて続けざまの追い打ちが放たれた。

「ルナは脳筋。レプは覚えた。ルナ、脳筋ってなに?」

 レプリア・ヴァンセン。

 緑髪緑目の少女が、テーブルの椅子にちょこんと座りながら、ルナのほうを不思議そうなまなこで見つめていた。

「レプ、そんな言葉は覚えなくていいです。そんな言葉覚えると、馬鹿になってしまいます。アリスさんみたいに」

「ぐなあーっ、あたしは馬鹿じゃないーっ! 馬鹿って言うほうが馬鹿なんだーっ!」

「さきに侮辱してきたのは、アリスさんのほうですよ! だいたい、アリスさんはいつも――」

「……ハァ」

 ブレナは、テーブルの上に鉛の息を落とした。

 と、隣の席に座るレプリア――レプが、真顔で訊いてくる。

「ルナとアリスは仲悪い? 犬猿の仲?」

「いや、めっちゃ仲良い。超仲良し」

「兄者とチロくらい?」

「……ああ、そうだな。俺とアイツくらい……いや、俺たちは仲が良いとか悪いとかそんな次元にはないか。そんな次元、とっくの昔に超えてる……」

 在りし日の、チロの姿が脳裏に浮かぶ。

 俺は少しだけ、感傷的な気分になった。

(……いや、アイツまだ死んでねえか。危うく勝手に殺すとこだった)

 死んでない。
 
 死んでるわけでは決してない。

 

 十二眷属の、――。

 ブレナは椅子を鳴らして席を立つと、

「悪い、ちょっとそこまで出てくる。昼飯までには戻るよ」

 そう言って、三人の少女を残して家を出た。

 一人で、考える時間が欲しかった。

 今後の、身の振り方のために――。


      ◇ ◆ ◇


「ルナ、髪の毛アリスみたくして」

 ルナがソファに寝転んで無為に時間をつぶしていると、同じソファの上に座っていたレプが(テーブルで退屈そうに頬づえをついているアリスを見やって)不意にそう言ってきた。

 起き上がり、彼女のほうを見やると――レプは黒いヘアゴムをもって、急かすようにこちらの顔を覗き込んでいた。

 ルナは、言った。

「ポニーテールがいいんですか? レプはツインテのほうが似合うと思いますよ。二本のほうが可愛いです」

「可愛いよりカッコいいほうがいい」

 レプがハッキリと言い切る。

 ルナは同意の頷きを返したあと、

「まあ、それには百パーセント同意ですけど。でも、レプくらいの年のコは『可愛い』でも全然ありだと思います。実際、レプは可愛いですし」

 それにポニーテールもどちらかと言えば、可愛い部類に入る髪型である。まあ、可愛い全振りのツインテールに比べれば、カッコいい成分も少しは入っているかもしれないが。

 いずれ、レプには『可愛い』がふさわしい。

「じゃあ、一本やめて三本にする。そしたら、可愛くてカッコ良くなる?」

「いえ、それは可愛くもないし、カッコ良くもないです。変なだけです。たぶん」

「むぅ……変はやだ。じゃあ、二本のままでいい」

 納得してくれた。

 ルナはレプの頭をやさしく撫でると、

「そう言えば、レプはブレナさんとはどういった関係なんですか?」

「関係?」

「あ、いえ……ブレナさんは『義理の妹だ』って言ってましたけど……」

 レプリア・ヴァンセン。

 昨日、あの旧大聖堂での戦闘を経て、ブレナと共に彼の家に戻ると、アリスが見知らぬ少女とトランプをして遊んでいた。その少女がつまり、このレプというわけだが――彼ら二人の関係はいまだ、謎に包まれたままである。

 ブレナは「義理の妹だ」と簡潔に紹介してくれたが、それ以上詳しくは何も説明してくれなかった。

 この、まだ十歳だという少女が、今まで誰とどこで暮らしていたのか。

 なぜ今まで一度もこの家を訪れなかったのか。

 それなのになぜ、今になって急に現れたのか。

 全ては分からないままである。

 そもそも、よく考えたらブレナのこともまだよく分かってはいない。

 半年前に突然、帝都に現れ(本人は帝都生まれの帝都育ちと言っていたが、外の人間だろうということはなんとなく感覚で分かった)、次々と悪党を捕縛していった謎の青年。その行動に感化され、自分たちは彼の下へと集まったのだが――彼の素性について細かく訊いたことは一度もなかった。それはさして大事なことではないと思っていたし、それほど興味もなかった。

 だが、昨日のあの戦いぶり(全然関係ないが、アリスには昨日の戦いのことは伏せておいた。予定が変わって、トレドは急にこの町を出なければならなくなったと伝えただけである。ブレナのダブルに驚異的な回復能力を持つ回復魔法が積まれていたため、助かった部分もあった)を見てしまっては、興味を持つなというほうが土台無理な話である。

 ブレナが強いというのは前から知っていたが、いくらなんでもあそこまで強いとは思っていなかった。十二眷属を二人も、いともかんたんに倒してみせるなんて異次元すぎる強さだ。それにあのダブルは――と、そこまで考えたところで、レプの口から先の質問に対する答えが落ちる。

 ルナは改めて、彼女のほうを向いた。

「レプと兄者とチロは義兄弟。義兄弟の契りを結んだ。劉備と関羽と張飛と一緒」

「いや誰ですか、その三人。てゆーか、チロって……」

 なんか犬みたいな名前だが――前に一度、そう言えばブレナの口からも似たような名前が出た記憶がある。

 あれは、いつだったか……。

 どんな状況で、出た言葉だったか……。

 ルナは必死に記憶の糸を手繰った。

 だが、その糸を完全に手繰り寄せきる前に、玄関の扉が突とひらく。

 ブレナが、帰ってきたのである。

 ちょうどいい。

 そう思って、ルナは玄関のほうへと移動した(アイコンタクトを取ったわけでもなかったが、後ろからアリスとレプも同じように彼女のあとに続いた)。

 案の定、そこには帰ってきたばかりのブレナの姿があり――。

 けれども、ルナはブレナに対して『それ』を問うことはできなかった。

 それよりも前に、彼の口から想像だにしていなかった言葉が放たれたからである。

 それは本当に、まるで予期せぬ出し抜けの『衝撃』だった。

 運命の歯車が、今、ゆっくりと廻り始める……。


      ◇ ◆ ◇


 ブレナは、ため息の雨に降られていた。

 小橋の上から、町中を流れる川を見ると、その表面に自分の顔が映っている。

 金髪碧眼。

 黒髪黒目だった頃の自分は、もういない。この姿になって、ブレナ・ブレイクになって、もう二年近くが経とうとしている。

(……おまえがいなくなってからは、もうじき一年だ。早いな……)

 ブレナは、首から下げたペンダントに視線を移した。

 無色。

 トップの飾りの色は、いまだ無色のまま。あのときと、変わっていなかった。

(……ペンダントの色は変わらないけど、もう魂戻ってんじゃねえか?)

 一度、ラーム神殿に戻ってみようか。

 そんな考えが一瞬、脳裏をよぎったが、ブレナはすぐさまありえないとばかりに首を左右に振った。

 そんな都合のいい『イレギュラー』が、起こっているわけがない。

 やはり、ペンダントの色が『青』に変わるまで、ひたすら十二眷属を倒し続けるほかないのだ。

 そのためには――。

(……奴らはおそらく、このヴェサーニアの全土に散っている。最初に帝都に狙いを定めたのは正解だったが、さすがにこれ以上の幸運は望めない。確率的にもうこの近辺に奴らが現れることはないだろう。だとしたら……)

 離れなければならない。

 レプと二人、また旅に出なければならない。

 住み慣れてしまった、この帝都を離れて。

 親しくなりすぎてしまった、アリスとルナと離れて。

 ブレナは、帝都の空を見上げた。

 晴天。

 雲ひとつない、完璧な青空だった。

 その青空が、ブレナの背中を押す。

 彼は決心し、そうして帝都レベランシアの空に最後の別れを告げた。

 奪還。
 
 チロの魂と、世界の奪還。

 十二眷属はもちろん、このヴェサーニアの地を我が物顔で支配する悪党共から世界を取り戻す。

 唯一無二の、絶対神として――。

 ブレナ・ブレイクの、二度目の旅が始まる。



             ――第1章 完
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