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第3章
第62話 邪王ナミ
しおりを挟む神歴1012年4月7日――ギルティス大陸南東、神都アスカラーム。
午後7時41分――港湾地区、港湾倉庫内。
フードの中からのぞく、黒塗りの大きな瞳。長く見ていると、比喩でもなんでもなく、本当に吸い込まれてしまいそうな気分になる。身長も、体格も、普通の女性と変わらないはずなのに、得も言えぬ威圧感が彼女のそれを幾倍幾十倍にも見せていた。
エルフレアは、両目をきつく瞑った。
飲まれるな。
幻を見ているようでは、話にならない。
胸中で自身を奮い立たせるようにそうつぶやくと、彼女は再び両目を開いた。
百六十センチ弱の普通の女が、そこには普通に映っていた。
エルフレアは、安堵の息を吐いた。
と、そのタイミングで、ナミの口が再び開く。
「それで、心は決まったか?」
「…………」
エルフレアは無言で、魔法モードのダブルを構えた。
受けたナミが、やれやれと小さく肩をすくめてみせる。
「答えはノーか。愚かな女だ。だが、嫌いじゃないよ。裏切りより死を選ぶのは高潔な証だ。昨日の女といい、ナギは部下に恵まれているな」
「……シェラを殺ったのは、あなたということですか?」
「ああ、おまえと同じように振られてしまったのでな。仇を取りたいと思っていたのなら、絶好の機会だな」
絶好の機会。
そうだ、絶好の機会だ。
シェラの仇を取る、この上ない好機。
心に巣食う雑念のいっさいを消し去ると、エルフレアは後方に一歩ステップした。
その流れのまま、ダブルの先端を地面に押しつけ、鋭い声で叫ぶ。
「氷の絨毯!」
氷の絨毯。
文字どおり、前方数十メートルの地面を一瞬にして凍りつかせる魔法である。
普通の生物なら、まず間違いなく足を取られてバランスを崩す。殺傷力はゼロに近いが、コンボの初撃としてはこれ以上ないほど適した魔法。今までこれが決まらなかったことは、ただの一度もなかった。
ただの、一度も――。
「遅いよ」
「――――っ!?」
フードの隙間から、漆黒の髪がふわりとのぞく。
氷の床に足を取られ、前のめりに崩れるはずの相手が、何事もなかったかのように目の前へ。
それは、彼女を混乱させるにじゅうぶんなインパクトだった。
(……立っていた地点が凍りつく前に反応した!? ありえない! この魔法が来るとあらかじめ分かってでもいないかぎり、そんな非常識な反応……)
考えられない。
エルフレアは、目の前で起こった事象を受け入れることができなかった。
受け入れることができぬまま、そうしてイニシアチブを完全に失う。
そこから先は、ミスの連発だった。
ナミがマントで隠れた腰もとに手をやり、何かを握る。
直後、横なぎに振るわれた『その一撃』を、エルフレアはバックステップでかわした。
刀身モードのダブルを握って、それを横なぎに振るったと思い込んだのである。
だが、違った。
実際に振るわれたそれは、刀身モードのダブルではなく、刃のない、魔法モードのダブル。
千載一遇の好機を逃したエルフレアは、だが後悔する間もなく連続して二度目のミスを犯してしまう。
魔法モードのダブルを正面に突き出し、ナミが発動の言霊を放ったそのタイミングで――エルフレアは思考停止のままに、刹那の防壁を発動したのである。
一瞬の加護。
相手の魔法が『どんな魔法』か、何も分からなかったにも関わらず、彼女はその魔法にすがった。
すがって、しまった。
数瞬の後、それが『致命のミス』となって彼女の身体に降り注ぐ。
「神速の一槍」
「一瞬の加護!」
後悔。
人は数秒の過去にさえ、戻ることはできない。
◇ ◆ ◇
同日、午後7時43分――港湾地区、港湾倉庫内。
天井が、見える。
そのことから、エルフレアは自身が仰向けに倒れていることを知覚した。
(……動かない。身体が、どこも……)
動かせない。
指一本、動かせない。
エルフレアは、ゆっくりと視線を下方向へと動かした。
どてっぱらに、半径十数センチの巨大な穴が空いていた。
(……ダメ、ね。これでは助からない。指一本、動かせないから……ダブルを身体に押し当て、回復魔法を唱えることも……でき、ない……)
どうにもならない。
彼女は冷静にそう分析し、そうして覚悟を決めた。
生を捨て、死を与える。
ダブルを握ったままであったのは僥倖だった。
先端の向いている方向も悪くない。
あとは――。
「……あ、い、う……」
動く。
幸いにして、口もなんとか動く。
エルフレアは迷うことなく、最後の『あがき』を実行した。
「……天より投げ落とされし 実体たる悲運の工匠よ……」
「――――っ!?」
気づいたナミが、すぐさま視線をこちら側へと差し向ける。
だが、エルフレアは委細構わず、そのまま口早に『爆炎』を生み出す呪文詠唱を紡いで流した。
「……嘆きの槌を振るいて業炎を作り それを用いて焦土を築け……」
終結。
エルフレアは無心で、人生最期の言葉を渦中に放った。
「……煉獄火球」
爆誕した上級魔法が、尊大なアートとなって視界の全てを焼き尽くす。
◇ ◆ ◇
同日、午後7時45分――港湾区、港湾倉庫内。
「ナミ様っ!」
血相を変え、ミカエルはナミの元へと駆け寄った。
エルフレアのダブル――アーネストリーから放たれた、巨大な火炎球が一瞬間でナミの身体を飲み込んだのだ。
だが、爆炎が解け、再びあらわになった彼女の身体には軽度のヤケドのあとすらなかった。
否、それどころか傷ひとつない。
マントが半分ほど焼け落ちていたが――それを脱ぎ捨てたナミの身体には小さな傷ひとつ付いてはいなかった。
秀麗で、可憐で、神々しい。
いつもの彼女の、完璧な姿がそこには在った。
ミカエルは、ホッと胸を撫でおろした。
わずかな時間差で、ナミが言う。
「問題ないよ。無傷だ。こういった展開も想定していたし、対処する時間もじゅうぶんにあった。マントで身体を隠すことは、これでできなくなってしまったがな」
「すぐに別のモノを用意します」
「いや、いいよ。もう必要ない。これから先は素顔をさらして、堂々とナギの元に向かう。さすがにもう、感づかれているだろうからな。小細工はなしだ」
「了解しました。では、ラーム神殿までご案内いたします」
「ああ、頼む」
言って、ナミが出入り口のほうへと歩を進める。
が、彼女は中途で再び、こちら側を振り向くと――若干と愁いを帯びた眼差しで物言わぬ肉塊と化したエルフレアを見やって、
「……見事だったよ。見事な最期だった。エルフレア・ストックホルム」
「…………」
ああ、確かに見事な最期だった。
使命感の塊のようなエルフレアらしい、見事な最期だった。
自分には真似できない。
真似したくもない。
ミカエルは、鼻で笑って天井を仰いだ。
(あたしは己の快楽のためだけに生きる。それを与えてくれる場所があるなら、どこにだって行くさ)
ナギだろうが、ナミだろうが、ほかの第三者だろうが、誰だってかまわない。
これから先も、自分はそうして生きていく。
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