68 / 112
第3章
第68話 ナギVSナミ ③
しおりを挟む神歴1012年、4月7日――ギルティス大陸南東、神都アスカラーム。
午後7時58分――ラーム神殿、礼拝堂。
伸ばしたダブルの先端から、数多の雷糸が発生する。
それらは各々、ヘビのようにくねりながら、獲物を探して冷たい床へと這い伸びた。
「――――っ!?」
ナギが、理解の両目を見開く。
彼はすぐさま、回避のために後方へと下がったが、その動きは明らかに普段の彼のそれではなかった(それでも五秒と動きを封じていられなかったのは、誤算と言えば誤算である)。
鈍い。
普通の生き物としては、尋常ならざるスピードだが、彼が本来持っているそれからしたら三分の一にも満たない。それでは、この魔法はかわせない。
ナギもそれを悟ったのだろう――彼は苦しまぎれに、急場しのぎの手段を放った。
「束の間の飛翔!」
ひゅぅ!
落とした言霊と共に、ナギの身体が地上高く舞い上がる。
が、それは誰がどう見ても、焼け石に水の逃亡だった。
(無駄だよ。今のおまえの動きでは、雷蛇の群れはかわしきれない)
ナミは、胸中で確信のつぶやきを落とした。
と、彼女のその言葉どおり、ナギの悪あがきはほどなく徒労に終わる。
接触。
数十と伸びる雷糸の中から、最初の一本がナギの足に追いつき触れる。
変化は、その瞬間に起こった。
それまで別々の方向に伸びていたほかの雷糸が、それを合図に、獲物を見つけたハイエナのごとくいっせいに彼の身体へと収束したのである。
全ての糸に宿る雷撃を一身に受け、そうしてナギはいかずちの業火に焼かれた。
「――――――――――――――――――ッ!!」
悲鳴が、轟音に溶ける。
衝撃で天井近くにまで跳ね上がったナギの身体は、そのまま、一直線にナミの目の前へと落下した。
自身に甚大なダメージをもたらした、格下と蔑んだナミの目の前へと。
ナミは、言った。
「無様だな、ナギ。格下と侮った相手に焼かれた気分はどうだ?」
「…………」
ナギの口はひらかない。
当然だろう。
口どころか、指一本動かせはしないはず。
ナミは、構わずに続けた。
「昔のよしみだ。せめて刹那のうちに逝かせてやろう。苦しむ時間は長くは与えんよ。発動後硬直が解けたあと、このロッソネロに組み込まれた――」
「……氷の豪雨」
(……え?)
響いたのは。
ナミの言葉を遮るようにして響いたそれは、魔法を生み出す言の霊。
直後、中空に生じた無数の氷塊が、どしゃぶりの雨となって間抜けに惚けたナミの身体に降り注ぐ。
その間、わずか数秒。
気がつくと、彼女の身体はズタボロになって冷たい床に伏していた。
(……なに、が……起こった……? 今の、魔法……は……ナギ、が……使った、のか……?)
考えられない。
指一本、動かせる状態ではなかったはず。
それなのに……。
目の錯覚ではない。
全身火傷まみれになりながらも、ナギは確かに立っていた。
立って、そうして自分を見下ろしていた。
シニカルな笑みを浮かべながら。
「……今のは、さすがに効いたよ。体力の半分以上を削られた。まさか私の身体の自由を数秒間とはいえ、奪うことができる毒薬を使ってくるとは思わなかったよ。相当優秀な薬師を部下に持っているようだな。危険な人物だ。おまえを殺したあと、そいつのことも始末せねばな」
「くっ……」
「それにしても、愚かな判断ミスを犯したな。なぜ、直接私の首を落としに来なかった? 上級魔法など使わず、シンプルに刀身モードに切り替え、まっすぐこちらに向かって来ればよかったものを。それとも、その段になって、急に怖くなったのか? 私を殺した感覚が手に残るのが、恐ろしくなったのか? だとしたら、相変わらずヌルい――」
「ふざ……けるなっ。そんなことは……ない。わたしは……」
「ふん、ではただの間抜けだったというオチか。ならば、その間抜けにふさわしい滑稽な最期をくれてやろう」
そう言って、ナギが自らのダブルを刀身モードに切り替える。
彼はそのまま、薄気味悪い『白き刃』を頭上高く掲げた。
言う。
「首を落とされるのと、心臓を一突きにされるのとでは、どちらが好みだ?」
「……どちらも反吐が出るな。おまえに殺されるくらいなら、いっそ――」
「いっそ、なんだ? 自害でもするか? 私はそれでもかまわんが。おまえが自ら命を絶つという――――っ!?」
ピッ!
鳴ったのは、そんな音だったと思う。
ナギの言葉の途中、不意に短い笛のような音が響き、目の前に――つまりはナギと自分のあいだに、見知った背中が突然と割って入る。
割って入ると同時、彼女は握っていた大鎌式のダブルをナギ目掛けて躊躇なく振るった。
が。
ぎぃんっ!
乾いた音を鳴らして、ふたつの刃が重なり合う。
大鎌式の、ふたつの刃が――。
「ありり、防がれちった。おじちゃん、どっから現れたの? 一秒前まで視界に入ってなかったのに、どゆこと??」
「それはこちらのセリフだ。貴様こそ、どこから現れた? 次元の旅路は、アーサーズフェイム専用のマジックボールだと認識していたが」
受けたギルバードが、怪訝に眉をひそめる。
ナミは、目の前の少女に向かって鋭く叫んだ。
「退けっ、リリー! 二対一では瞬殺される! それに、ナギは……ぁぐ!?」
「ナミ様っ!」
鈍い痛みが、全身を駆ける。
振り向かず、心配そうな声だけをこちらに投げた(さすがに目の前のギルバードから視線を外す愚は犯さなかった)少女に、ナミは問題ないとばかりに、
「わたしは平気だ。おまえのおかげで、回復する時間が稼げた。それより――」
「立ち上がることさえままならない状態を、回復と呼ぶか。ずいぶんと甘い自己判定だな。何者かは知らないが、小娘一人現れたぐらいで状況は変わらない。おまえも、そいつも、数秒後にはこの世界から消えてなくなる。それが絶対不可避の未来だ」
言い切り、ナギが並び立つようにギルバードの真横へと歩を進める。
ナミは、ギュッと奥歯を噛みしめた。
どうにもならない。
このロッソネロには回復系の魔法は積まれていないし、少女――リリーが回復してくれようとしても、それをナギらが許すはずはない。
万事休す。
どうあっても、ナギの言った未来が絶対不可避に待っている。
と、だがナミがそう覚悟した、次の瞬間だった。
「いや、そいつは違うな。なぜなら俺がその未来を変えるからだ。おまえが言ったとおりには絶対にならない」
「――――!?」
突として。
割って入ったその声が、複雑怪奇な戦況にさらなる混沌を与える。
0
あなたにおすすめの小説
お前には才能が無いと言われて公爵家から追放された俺は、前世が最強職【奪盗術師】だったことを思い出す ~今さら謝られても、もう遅い~
志鷹 志紀
ファンタジー
「お前には才能がない」
この俺アルカは、父にそう言われて、公爵家から追放された。
父からは無能と蔑まれ、兄からは酷いいじめを受ける日々。
ようやくそんな日々と別れられ、少しばかり嬉しいが……これからどうしようか。
今後の不安に悩んでいると、突如として俺の脳内に記憶が流れた。
その時、前世が最強の【奪盗術師】だったことを思い出したのだ。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
男爵家の厄介者は賢者と呼ばれる
暇野無学
ファンタジー
魔法もスキルも授からなかったが、他人の魔法は俺のもの。な~んちゃって。
授けの儀で授かったのは魔法やスキルじゃなかった。神父様には読めなかったが、俺には馴染みの文字だが魔法とは違う。転移した世界は優しくない世界、殺される前に授かったものを利用して逃げ出す算段をする。魔法でないものを利用して魔法を使い熟し、やがては無敵の魔法使いになる。
解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る
早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」
解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。
そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。
彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。
(1話2500字程度、1章まで完結保証です)
S級スキル『剣聖』を授かった俺はスキルを奪われてから人生が一変しました
白崎なまず
ファンタジー
この世界の人間の多くは生まれてきたときにスキルを持っている。スキルの力は強大で、強力なスキルを持つ者が貧弱なスキルしか持たない者を支配する。
そんな世界に生まれた主人公アレスは大昔の英雄が所持していたとされるSランク『剣聖』を持っていたことが明らかになり一気に成り上がっていく。
王族になり、裕福な暮らしをし、将来は王女との結婚も約束され盤石な人生を歩むアレス。
しかし物事がうまくいっている時こそ人生の落とし穴には気付けないものだ。
突如現れた謎の老人に剣聖のスキルを奪われてしまったアレス。
スキルのおかげで手に入れた立場は当然スキルがなければ維持することが出来ない。
王族から下民へと落ちたアレスはこの世に絶望し、生きる気力を失いかけてしまう。
そんなアレスに手を差し伸べたのはとある教会のシスターだった。
Sランクスキルを失い、この世はスキルが全てじゃないと知ったアレス。
スキルがない自分でも前向きに生きていこうと冒険者の道へ進むことになったアレスだったのだが――
なんと、そんなアレスの元に剣聖のスキルが舞い戻ってきたのだ。
スキルを奪われたと王族から追放されたアレスが剣聖のスキルが戻ったことを隠しながら冒険者になるために学園に通う。
スキルの優劣がものを言う世界でのアレスと仲間たちの学園ファンタジー物語。
この作品は小説家になろうに投稿されている作品の重複投稿になります
【死に役転生】悪役貴族の冤罪処刑エンドは嫌なので、ストーリーが始まる前に鍛えまくったら、やりすぎたようです。
いな@
ファンタジー
【第一章完結】映画の撮影中に死んだのか、開始五分で処刑されるキャラに転生してしまったけど死にたくなんてないし、原作主人公のメインヒロインになる幼馴染みも可愛いから渡したくないと冤罪を着せられる前に死亡フラグをへし折ることにします。
そこで転生特典スキルの『超越者』のお陰で色んなトラブルと悪名の原因となっていた問題を解決していくことになります。
【第二章】
原作の開始である学園への入学式当日、原作主人公との出会いから始まります。
原作とは違う流れに戸惑いながらも、大切な仲間たち(増えます)と共に沢山の困難に立ち向かい、解決していきます。
S級冒険者の子どもが進む道
干支猫
ファンタジー
【12/26完結】
とある小さな村、元冒険者の両親の下に生まれた子、ヨハン。
父親譲りの剣の才能に母親譲りの魔法の才能は両親の想定の遥か上をいく。
そうして王都の冒険者学校に入学を決め、出会った仲間と様々な学生生活を送っていった。
その中で魔族の存在にエルフの歴史を知る。そして魔王の復活を聞いた。
魔王とはいったい?
※感想に盛大なネタバレがあるので閲覧の際はご注意ください。
【第2章完結】王位を捨てた元王子、冒険者として新たな人生を歩む
凪木桜
ファンタジー
かつて王国の次期国王候補と期待されながらも、自ら王位を捨てた元王子レオン。彼は自由を求め、名もなき冒険者として歩み始める。しかし、貴族社会で培った知識と騎士団で鍛えた剣技は、新たな世界で否応なく彼を際立たせる。ギルドでの成長、仲間との出会い、そして迫り来る王国の影——。過去と向き合いながらも、自らの道を切り開くレオンの冒険譚が今、幕を開ける!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる