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第5章
第76話 フェリシアの町
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神歴1012年、5月5日――ミレーニア大陸東部、フェリシアの町。
午後1時37分――フェリシアの町、商業区画大通り。
「なんじゃこりゃあーーー!?」
「いえセーナさん、それはただのダイコンです」
「ダイコンだね」
「ダイコンだよ」
「ダイコンだな」
「ダイコンで間違いない!」
「ダイコンーっ」
ルナから始まり、最終的にはトッドにまでダイコンだと断言され――セーナは、ムキになって反論した。
「いやダイコンはダイコンだけど、なんか卑猥な形のダイコンじゃない? 女の人の下半身みたいな! ヤバくない!? めっちゃ珍しくない!? 買っとく!?」
「……二分後には後悔してると思うけど? セーナ姉、いいかげん珍しいモノ見るとすぐ買っちゃう癖、直したほうがいいよ。邪悪な魔人ハニワくんシリーズとか、何が気に入って買ったの?」
「全てだよ! 何もかも気に入って買ったんだよ! 邪悪なのに兄弟みんなつぶらな瞳の、ハニワくんシリーズ舐めんなっ! ルナちゃんも、アリスちゃんも――たぶんあんた以外はみんな持ってるわ! 持ってるよね!?」
「いえ持ってないです。初めて聞きました。なんですか、その気持ち悪そうな人形」
「あたしも持ってないーっ、あのコたち全然可愛くないーっ」
「レプは持ってる! 去年、兄者に買ってもらった! レプは三男坊のハニオくんが 良い味出してると思う! あのふてぶてしさは将来性豊かと巷では有名……」
「でしょ! アタシは長男のハニタロウ推しだけど――ジャリンコ、でもあんた良く分かってるじゃない。それに比べて……リアも、ルナちゃんも、アリスちゃんも、ちょっと女子力足りてないんじゃない?」
「逆だーっ! そんなの持ってたら、逆に女子力下がるーっ! キモいーっ!」
「いやキモくないわ! 全然まったくキモくないわ! ハニワ九兄弟に謝れっ!」
「九人もいるんですね……」
「しかも全員、キモいからね。たぶん、セーナ姉しか愛でてない」
「レプも愛でてる!」
「……ハァ」
ブレナは、嘆息した。
ハーサイドを発ってから、今日で三日。
この商都フェリシアにたどり着くまでの短い旅路で、彼は『ジャック』という存在がいかに貴重だったのかを思い知った。
否、ジャック個人がどうこうという問題ではない。男が一人(トッドは男とくくるには幼すぎる)いるのといないのとではこうも違うものかという話である。
今までも、男は自分一人だけだったが、さすがに女が四人(レプも数に入れたら五人か)も揃うと、男が一人だけだと何かとキツイ。うらやましいと思う人間もいるかもしれないが、おそらくはそう感じている人間も同じシチュエーションに一度でも身を置けば、この気持ちがたちどころに理解できるだろう――まあ四六時中、そういったすわりの悪さを感じているわけではないのだが(あくまでときより。ふとした瞬間思い出したようにそういった心境に陥るのである)。
とまれ。
「……おい、宿探すって目的忘れてるわけじゃないだろうな? 寝床の確保がまずは最優先。そのあとは……」
「情報集め、でしょ? 分かってる。運が良ければ、この界隈に十二眷属がいるかもしれないし。手を組んだ手前、あんたの方針には従うよ。あたしたちの目的も、ほとんどあんたたちと同じだからね」
つまりは、十二眷属の討伐。
リアの言葉を受けて、ブレナは満足げに頷いた――と、だがすぐさま心中で疑念の思いを口ずさむ。
(……そのほとんどってのが引っ掛かんだけどな。十二眷属討伐以外の任務が、俺らの邪魔になるようなモノじゃないことを祈るぜ)
まあ、わざわざ共闘を持ちかけてきたくらいだ――少なくとも、しばらくのあいだは味方でいると考えていいだろう。ジャックを救出するか、あるいは(彼女たちにとって)それに類するような状況の変化がないかぎりは。
(……ま、それまでは遠慮なく『戦力』としてキッチリ利用させてもらうぜ。単純な戦闘力だけなら、特A級の助っ人だ。旅のリスクが大幅に下がる)
自分だけではなく、ルナやアリス、レプの危険も大幅減となる。デメリットをはるかにしのぐメリットだ。今は細かな疑念は心の奥底に封印しておくとしよう。
ブレナは気持ちを切り替え、
「ルナ、宿に着いたらマッサージしてもらえるか? 若干、肩がこってる」
「はい、喜んで」
「あーっ、あたしもー。ルナー、足と腰揉んで―」
「あっ、ルナちゃん。アタシもアタシも。足裏マッサージお願い。ルナちゃんのあれ、めっちゃフニャれる」
「フニャれるってなに……? セーナ姉、ちょっとは遠慮しなよ。なに、どさくさにまぎれて他人《ひと》の家の弁当つつこうとしてんの。恥ずかしいんだけど」
「んなこたぁない。アタシとルナちゃんの親密度はもう、ただの友達レベルを大きく超えてる。ルナちゃんにとって、アリスちゃんが十の親友だとしたら、アタシはもうすでに八くらいの位置には――」
「いえ、五もないです。ただの友達レベルです。八の位置にいるのはリアさんです」
「なんでよ!? アスカラームの町を案内してあげたし、一緒にキノコ狩りにも行った仲じゃない!?」
「聞けば聞くほどたいした仲じゃないんだけど。ワンセンテンスで終わってるし。一回遊んだらもう親友みたいな考え方、セーナ姉の中でしか――」
突然。
そう、それはあまりに唐突な反応だった。
それまでそっけない様子でたんたんと発していたリアの表情が、瞬間、突如として鬼の形相へと切り替わる。
切り替わった刹那、彼女の身体は弾かれたように視界の外へと消え失せた。
「……え、なに? ちょっとリア、あんたなに突然走り……」
「おまえたちはここにいろ! リアのあとは俺が追う! レプ、ついてこい!」
「合点招致!」
セーナも、ルナも、アリスも、全員の目が点になっていた。
おそらくは『それ』に気づいたのは、自分とリアだけだったのだろう。
否、その自分も明確に『見た』わけではない。
リアの表情の変化にいち早く気づき、とっさにその方向に視線をくれたが、そのときにはすでに『その存在』は雑踏の中へと消えていた。
ゆえに見えたのは『横顔』が一瞬と、あとは後ろ姿だけ。
だから、その人物が『彼女』であると断言することはできない。よく似た別人かもしれない。別人かもしれないが……。
(……いや、別人じゃなきゃおかしいだろ? あの女がここにいるはずはない。処刑されたはずだ。ギルバードは滞りなく、刑は実行されたと俺に言った。その件に関して、奴が嘘をつく道理はない)
道理はない。
道理はないはずだが……。
ブレナは、一心不乱に駆けた。
彼がリアに追いついたのは、数百メートル先の入り組んだ細い路地。
ブレナ・ブレイクはこの日、その場所で、ありえない光景の目撃者となった。
午後1時37分――フェリシアの町、商業区画大通り。
「なんじゃこりゃあーーー!?」
「いえセーナさん、それはただのダイコンです」
「ダイコンだね」
「ダイコンだよ」
「ダイコンだな」
「ダイコンで間違いない!」
「ダイコンーっ」
ルナから始まり、最終的にはトッドにまでダイコンだと断言され――セーナは、ムキになって反論した。
「いやダイコンはダイコンだけど、なんか卑猥な形のダイコンじゃない? 女の人の下半身みたいな! ヤバくない!? めっちゃ珍しくない!? 買っとく!?」
「……二分後には後悔してると思うけど? セーナ姉、いいかげん珍しいモノ見るとすぐ買っちゃう癖、直したほうがいいよ。邪悪な魔人ハニワくんシリーズとか、何が気に入って買ったの?」
「全てだよ! 何もかも気に入って買ったんだよ! 邪悪なのに兄弟みんなつぶらな瞳の、ハニワくんシリーズ舐めんなっ! ルナちゃんも、アリスちゃんも――たぶんあんた以外はみんな持ってるわ! 持ってるよね!?」
「いえ持ってないです。初めて聞きました。なんですか、その気持ち悪そうな人形」
「あたしも持ってないーっ、あのコたち全然可愛くないーっ」
「レプは持ってる! 去年、兄者に買ってもらった! レプは三男坊のハニオくんが 良い味出してると思う! あのふてぶてしさは将来性豊かと巷では有名……」
「でしょ! アタシは長男のハニタロウ推しだけど――ジャリンコ、でもあんた良く分かってるじゃない。それに比べて……リアも、ルナちゃんも、アリスちゃんも、ちょっと女子力足りてないんじゃない?」
「逆だーっ! そんなの持ってたら、逆に女子力下がるーっ! キモいーっ!」
「いやキモくないわ! 全然まったくキモくないわ! ハニワ九兄弟に謝れっ!」
「九人もいるんですね……」
「しかも全員、キモいからね。たぶん、セーナ姉しか愛でてない」
「レプも愛でてる!」
「……ハァ」
ブレナは、嘆息した。
ハーサイドを発ってから、今日で三日。
この商都フェリシアにたどり着くまでの短い旅路で、彼は『ジャック』という存在がいかに貴重だったのかを思い知った。
否、ジャック個人がどうこうという問題ではない。男が一人(トッドは男とくくるには幼すぎる)いるのといないのとではこうも違うものかという話である。
今までも、男は自分一人だけだったが、さすがに女が四人(レプも数に入れたら五人か)も揃うと、男が一人だけだと何かとキツイ。うらやましいと思う人間もいるかもしれないが、おそらくはそう感じている人間も同じシチュエーションに一度でも身を置けば、この気持ちがたちどころに理解できるだろう――まあ四六時中、そういったすわりの悪さを感じているわけではないのだが(あくまでときより。ふとした瞬間思い出したようにそういった心境に陥るのである)。
とまれ。
「……おい、宿探すって目的忘れてるわけじゃないだろうな? 寝床の確保がまずは最優先。そのあとは……」
「情報集め、でしょ? 分かってる。運が良ければ、この界隈に十二眷属がいるかもしれないし。手を組んだ手前、あんたの方針には従うよ。あたしたちの目的も、ほとんどあんたたちと同じだからね」
つまりは、十二眷属の討伐。
リアの言葉を受けて、ブレナは満足げに頷いた――と、だがすぐさま心中で疑念の思いを口ずさむ。
(……そのほとんどってのが引っ掛かんだけどな。十二眷属討伐以外の任務が、俺らの邪魔になるようなモノじゃないことを祈るぜ)
まあ、わざわざ共闘を持ちかけてきたくらいだ――少なくとも、しばらくのあいだは味方でいると考えていいだろう。ジャックを救出するか、あるいは(彼女たちにとって)それに類するような状況の変化がないかぎりは。
(……ま、それまでは遠慮なく『戦力』としてキッチリ利用させてもらうぜ。単純な戦闘力だけなら、特A級の助っ人だ。旅のリスクが大幅に下がる)
自分だけではなく、ルナやアリス、レプの危険も大幅減となる。デメリットをはるかにしのぐメリットだ。今は細かな疑念は心の奥底に封印しておくとしよう。
ブレナは気持ちを切り替え、
「ルナ、宿に着いたらマッサージしてもらえるか? 若干、肩がこってる」
「はい、喜んで」
「あーっ、あたしもー。ルナー、足と腰揉んで―」
「あっ、ルナちゃん。アタシもアタシも。足裏マッサージお願い。ルナちゃんのあれ、めっちゃフニャれる」
「フニャれるってなに……? セーナ姉、ちょっとは遠慮しなよ。なに、どさくさにまぎれて他人《ひと》の家の弁当つつこうとしてんの。恥ずかしいんだけど」
「んなこたぁない。アタシとルナちゃんの親密度はもう、ただの友達レベルを大きく超えてる。ルナちゃんにとって、アリスちゃんが十の親友だとしたら、アタシはもうすでに八くらいの位置には――」
「いえ、五もないです。ただの友達レベルです。八の位置にいるのはリアさんです」
「なんでよ!? アスカラームの町を案内してあげたし、一緒にキノコ狩りにも行った仲じゃない!?」
「聞けば聞くほどたいした仲じゃないんだけど。ワンセンテンスで終わってるし。一回遊んだらもう親友みたいな考え方、セーナ姉の中でしか――」
突然。
そう、それはあまりに唐突な反応だった。
それまでそっけない様子でたんたんと発していたリアの表情が、瞬間、突如として鬼の形相へと切り替わる。
切り替わった刹那、彼女の身体は弾かれたように視界の外へと消え失せた。
「……え、なに? ちょっとリア、あんたなに突然走り……」
「おまえたちはここにいろ! リアのあとは俺が追う! レプ、ついてこい!」
「合点招致!」
セーナも、ルナも、アリスも、全員の目が点になっていた。
おそらくは『それ』に気づいたのは、自分とリアだけだったのだろう。
否、その自分も明確に『見た』わけではない。
リアの表情の変化にいち早く気づき、とっさにその方向に視線をくれたが、そのときにはすでに『その存在』は雑踏の中へと消えていた。
ゆえに見えたのは『横顔』が一瞬と、あとは後ろ姿だけ。
だから、その人物が『彼女』であると断言することはできない。よく似た別人かもしれない。別人かもしれないが……。
(……いや、別人じゃなきゃおかしいだろ? あの女がここにいるはずはない。処刑されたはずだ。ギルバードは滞りなく、刑は実行されたと俺に言った。その件に関して、奴が嘘をつく道理はない)
道理はない。
道理はないはずだが……。
ブレナは、一心不乱に駆けた。
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